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欲したもの。


殿下を見送った私達は一緒に晩御飯をいただく。

未だ覚束無いテーブルマナーではあるが、当初に比べだいぶ様になってきた。何故か私と一緒にマナー等を学びはじめたばかりのロイドが同じレベル…若干私より先まで到達しているのは少し悲しい気もするが。


晩御飯の後、少し話をしたいとロイドに伝え自分の部屋へ招いた。部屋の入口にはルネが待機しており、こちらの様子を伺えるようにする。どれだけ信頼を得ているとしても、流石に室内に二人きりには出来ないからだろう。



「それで、話って?」



ソファーに座るロイドはいつも通り結論を求める。

仲良くなりそれなりに会話をしてくれ、心を開いてくれている様子のロイドだが、本質的には無駄な会話を長引かせるという行為はしない人だ。研究や発明においては饒舌であるも、人とのコミュニケーションは聞き専。


それでも私とは存外、話せる方だと思う。



私は改めて、私の立場についてや貴族の在り方についてロイドへ説明をした。今日の殿下の態度の理由や、考え方の違い、責務。ロイドはただ私をじっと見つめながら話を聞き続けた。




「大まかな認識のズレについてはこんなところかな。まあ、殿下も話していたけど魔塔に所属するのは悪いことでは無いという事だよ。ロイドにとって良いことだと思うし」


「…俺にとって?」


「うん。将来を保証されるのは安定に繋がるでしょ?いつ何が起こって、今周りにいる人達がいなくなるか分からない。同じ状況が続かなかったとしても、保証があれば苦労はしないから。私もいつかは政略結婚とかで遠くへ行く可能性もあるわけだし」


「……結婚?」




頭で考えながらも話を聞いている様子だったロイドは、政略結婚という言葉を聞き徐に顔を上げる。そりゃ私は貴族だし、公爵令嬢だし。物語では一応あの殿下の婚約者になっている。最終的には婚約破棄に至る流れだが…その後も結局は何処かの貴族に嫁ぐことになったはずだ。

結婚というのは貴族の義務でもある。まあ、出来れば愛せる人と共にありたいと思うが。


それを簡単に説明すれば、ロイドは小さく口を開ける。

何かを言いかけたその口は息を漏らすが、暫く言葉は出てこない。心配になりどうしたのかと聞いてみれば、ロイドは一度結んだ口を再度、薄く開いた。





「……仕組みは分かる。でもメリットは感じられない。

お前は結婚したいのか?」


「ええ?まあ…いつかは恋愛とかして、ずっと一緒にいたいなっていう人と結婚出来たらなとは思うけど。そんな自由でも居られないし、順当にいくと王族に嫁ぐという可能性が今は一番高いんじゃないかな。うちは現状唯一の公爵家だし」


「基本は自分の家と同等か、それ以上って事だな」


「どうだろうね、仮に他に公爵位を得る家門があるとしても、同じ公爵家には嫁げないと思う。派閥にはよるけど、一つの家に権力が集中し過ぎるのは良くないだろうから。元々自由に選べるとは思ってないから良いんだけど…」




私もまだ学んでいる最中なのでこの当たりは曖昧だが、権力分散を考えるとそうなるんじゃないだろうかと思う。他の貴族からすれば公爵家が王族に嫁げば勢力を増しすぎるからと、他の貴族から娶るべきだと言う話になる可能性はあるが。基本大きな過ちを犯さない限り他国に嫁ぐというのはないと思いたい。


過去には他にも公爵位を持つ家門もあったが、色々あり最終的に我が家が残ったと言われている。小説内では唯一と強く書かれていた為、私がいる間は増えないと思う。



考える私の言葉を聞いたロイドはそうかとだけ短く言葉を返し、徐に立ち上がる。今日はもう帰るとだけ言い残したロイドは、送りは不要と言って部屋を後にした。



説明しておきたい事は説明出来たし、頭の良いロイドならきっと理解はしてくれただろうと思える。せめてもの気持ちで部屋を後にしたロイドの背を見送った私は、就寝する為に部屋へと戻って行った。




________________

________。




「君が一人で訪ねてくるのは珍しいな」




別所にて。

アレクサンドラの部屋を後にしたロイドは、その足で父親である公爵の元へ訪れていた。執事よりロイドがやってきたと聞いた父…ライドルトは、いつも通りアレクサンドラと共に来たのだと思っていたが、入ってきたのがロイドだけだった為少し驚いた様子だ。



ライドルトはロイドを特に警戒していない。

家門の長として必要だからとロイドについて調べはしたが、特に危険はないと判断しているのもある。

かつ家門に貢献し、娘と仲良くし、今の生活をより豊かにする為行動するロイドを評価しているのもあった。





「それで、今日はどうしたんだ?」


「…一つ、願いが出来ました」


「何と、今日は珍しい事ばかりだな。君が願いを口にするなんて」





ライドルトは驚いた様子でそう言う。金はいらない。欲しいものもないと無欲なロイドに、半ば無理やり報酬を与えてはいたものの正直考えあぐねいていた。

何か望みが出来たら報告をしてくれとは言ったが、暫く経っていた為漸く願うような望みが出たのかと顎を撫でて考える。


ロイドの傾向からして金品ではないだろう。

新手の素材か何かか、またはアレクサンドラ関連か。

娘もロイドを気に入っており懇意にしているが、まさか婚姻を結びたいなどとは言わないだろうと確信はある。賢い者であるが故、それを望むとは思えないからだ。


それを踏まえた上で何が欲しいとライドルトは問いかける。ロイドはこちらを真っ直ぐ見たまま静かに…だがしっかりと通る声で短く答える。




「権力です」


「…権力とは。賢い君からそんな言葉が出るとは思わなかったな。己の身分を理解した上での発言か?」


「はい。ですが欲しいのは爵位ではありません」




想定外の回答だ。ライドルトは目を細める。

口にしたその言葉は聞く者からすれば分不相応と言われかれないもの。だが彼の現時点の功績から見るに、今後より成果を上げ続ければ男爵位として名誉貴族にはなれる可能性はある。

だが、彼が求めるものは爵位ではないと。言葉の意味合いによっては今後の付き合いを考えなおさないといけないことを考慮した上で、ライドルトは問う。




「爵位でなければなんの為の権力か。それを手にしてどうするんだ」


「…ずっとここで世話になる訳にはいきません。ですが、生まれ育った此処で貢献していくために、自分の力だけで対等に渡り合えるだけの力が欲しいです」


「ほう。具体的には?」


「同等、もしくはそれ以上に。発言力が伴うもので。」





ライドルトは言葉を飲む。暫く沈黙した後息を吐くように笑った。マナーや諸々を学ばせてはいるはずだ、本来その発言がどういうものかの判断はつくだろう。

それでも時としてこの少年は、相手を対等な存在であるかのように真っ直ぐ、悪意など感じさせない言葉を放つ。

そんなロイドを見て暫く笑ったライドルトは、表情を変えないままこちらを見るロイドに言った。




「同等、またはそれ以上。結論だけ伝えるとすれば答えはある。神殿か、魔塔の最高権力者であればその願いは叶うだろう。だが神殿は君向きではない、故に魔塔に所属する所からだろうな」


「…魔塔の最高権力者にはどうすればなれますか?」


「ははは!良い、実に己の感情に素直な子だ。それについても簡単な説明は出来るが…まずは、魔塔に推薦書を提出する話からしていこう」




そう言って紙を取り出したライドルトはスラスラとペンを走らせ、紙をロイドに渡した後話を進める。

公爵領で、かつ懇意にしている者から魔塔主が生まれることになればそれは大きな利益になる。悪いことは何も無いのだ。かつ彼の才能は国を、世界を、人々を豊かにする物だとも知っている。だからこそその才能を開花させる為に、この行動は間違っていないだろう。



何故ロイドがそのような事を言ったのか、ライドルトは何となく予想がついてしまった。今日出会った王族という存在と、アレクサンドラの地位を改めて理解したという口だろう。


本音を言えば彼が真に望むものを与える為には、自分がその決定権を握っているという事は言わない。アレクサンドラの気持ちも勿論だが…二つ返事をしそうなくらいには仲が良いので父親として娘にだけは任せられない。

どれだけ才能がある者と理解をしていても、今の彼に自分の娘を託そうとは微塵にも思っていないからだ。



だが、言葉にした通り…その手で、自分の力のみで、のし上がるだけの力を持ったとするならば話は変わってくる。

だからこそライドルトは、未来を想像するロイドに真実は話さないでいた。それを察してか、ロイドは紙に目を向けたままこちらへ言葉を吐く。




「…理解していると思いますが、俺は、必ず手にしますよ」


「言葉だけなら何とでも言えるさ。それに結果を残したからと言って、思い通りになるとは限らないぞ」


「分かってます。」




分かっていると言いながら、何処か不安気な瞳。灯りに照らされ揺れるそれは、それでもと言葉を繋ぐ。



それでも、初めて心から望んだものだと。




それがある限り、何があってもそれを手にすると。

ロイドはライドルトに誓った。

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