噛み合うようで噛み合わない。
太陽光ライトの改良は、思ったよりも難航する。
ライトとしての性能は既に完成系にある訳だが、光を蓄える性質からそれを動力として他の物に使えないかと。所謂ソーラーパネル的な物にならないかという話だ。
ロイド曰く、出来なくはないらしい。
魔源ペンと同様の仕組みで貯蔵したエネルギーを使い他の物を使うという考えだが、結論から言うと以前試作した掃除機を媒介にした実験は失敗で。
「うーん。掃除機は魔源を動力にして、風魔法を付与した石がスイッチで作動するわけだけど…これが使えれば魔源の供給もなく、光のエネルギーだけで動くのに何がダメなのかな」
「出力が足りないんだ。目で見る分には強く見えるかもしれないけれど、魔源とは本質的に放出される質量が違う。質量を増すためにはもっと光を蓄えられるだけの強度がないと長くは持たない」
なるほど、良く理解出来た。
つまり光として見る分にはとても明るく強い光に見えるけど、物へ影響を与えるパワーとしては貧弱という事だ。
ソーラーパネルも多く光を蓄えて電力に変換する様な物だと思うけど、あれは半導体や様々な物が合わさった結果生まれるもので。光を蓄積する石というだけでそこまでの精度がある訳では無い以上、簡単にはいかないということ。
うーん、と首を傾げる。私とロイドが話をする間、隣にいる殿下は太陽光ライトに興味津々だ。話など聞いていなさそうな顔をして、色んな角度からそれを確認し護衛の騎士とライトについて話をしている。
この人何しに来たんだろう。そう言いたくなる程自由に過ごす殿下にジト目を向ければ、くるりと此方を向いてきた為慌てて顔を取り繕った。突然振り返るのはやめて欲しい。
「これは凄いね。こんなに明るいのに熱いわけでもない」
「凄いですよね。今試作運転を兼ねて公爵領で展開していますが、安全性が認められれば王都でも普及する予定なんです」
「それは良いね。それで、この見た目と違って質量が足りないという話の続きは?」
「ああ、聞いていたんですね」
ニコリと微笑む殿下に、取り繕うのも忘れてジトッとした目を向けてしまった。今更もう繕うのも遅い程に色々失態はしているし、何なら殿下はこっちの方が楽しそうなので私はあまり深く考えることをやめた。
続きを話すと言っても、難航中である。ロイドは如何に蓄積量を増やすかという事で思考中らしく、口元に手を当てながら何やら紙に書き込みをしている。私はふぅと息を吐きながら、独り言のように言葉を漏らした。
「そもそも蓄えて、温度で放出。これだけでもだいぶ負荷がかかってるしこれ以上蓄積する様な負荷が加わったら、持たないって話です」
「気になったんだけど、要はエネルギーが外に出ればいいんだろう?蓄える方じゃなくて外に出す出力を強める…増やすのじゃいけないのか?かなり長い時間使う前提の話をしているのなら話は別だが、夜間点灯し続けるという事は、蓄積量は見た目以上にあるんだろう?」
「……蓄積させるんじゃなくて、放出する方を強くする?」
「うん。外に出す穴を増やすとか。中から外へ出る際の力に強化を加えるとか」
殿下から放たれた言葉に私はイメージをする。魔源ペンの様に一つの道から流すのではなく、道を増やすということかと。シャボン玉でイメージをしてみると、穴が多ければ外に出る量は当たり前に増えるが、割れるリスクが高まる。最低限器としての強度は必要そうだけど……。
内から外への力の強化というのは魔法か?それともそう言った性質がある素材を利用できるのか。考えることが一気に増えた。
「ロイド、聞いてた?」
「出来ると思うよ。蓄積する量を増やすより、流れる管を増やす方が効率はいいかもな。強化に関しては付与するよりも素材を使った方が多用し易い」
「管が増えたら器は壊れやすくなるよね?器が壊れないようなコーティング……膜を作るのは?」
「……それなら光を取り込む性質だけを残して、媒介を壊れにくい素材に変えた方が良い。でも両方試した上で考えよう」
なんという事だ。話を聞いていないようで、しっかりと聞いていたらしい殿下から出た言葉により道筋が見えてきた。ロイドは素材を探してみると良いながら道具を鞄に閉まっていくので、私はその間に殿下の方へと体を向ける。
可能性が生まれたのは、紛れもなくこの人のおかげだ。
「貴重なご意見ありがとうございます!また結果が分かったらお伝えしますね」
「力になれたのなら嬉しいよ。それにしても、このライトもそうだが…二人は非常に有益な研究をしている様だね。彼は特に、将来この国をとても豊かにしそうな人だ」
「!そうなんです!ロイドは本当に凄くて、自分一人でここまでの知識を学んできたんです。だから一緒に色々出来るのは楽しいし、公爵領が以前よりも明るくなったのは彼のおかげです」
ロイドが評価を受けた事に私は喜びを露わにする。
自然と上がる口角。心無しか声も少しトーンが上がった気がしたが、目の前にいる殿下はそんな私を見つめた後、私の背後へと視線を向けた。
その先にいるであろうロイドを暫く見た後、彼はパッと笑みを浮かべそのまま話し始める。
「それで、君は将来魔塔に所属する予定か?ロイド」
「…?特に予定はありません」
「それだけの才能があるんだ、予定がないなら作るべきだよ。魔塔へ所属し功績を挙げる事は名誉の一つだ。身元も保証され、成果に応じた報酬を得られ、感謝もされるだろう。」
「名誉を得たとして、それの何が俺の保証になるんでしょう」
ロイドの返答を聞いた殿下は、ピタリと動きを止める。彼は素朴な疑問として殿下へ問いかけただけだろうと、私は理解する事が出来る。間に挟まれたままの私は殿下の言わんとすることも理解出来た為、何とも言えない気持ちになった。
我々貴族にとって名誉とは命だ。その名誉に恥じぬ行いをし、民を導き、国を豊かにする。高い地位や権力を持つからこそ、相応の責任や義務を果たすわけで…その結果としてついてくる名誉は、正しき行動における証明なのだ。
隣にいる殿下はその中でも、王族という誰よりも厳粛に規律を重んじる立場で。
名誉になんの意味がある?と言っているのと変わりないロイドの言葉に、若干の苛立ちを見た気がした。
「…殿下。失礼を承知で申し上げますが、殿下とロイドは学んだ環境やルールが違います。私と殿下にも、その差はありますでしょう。全ての者が同じ考えをしている訳では無いということを、ご理解ください」
「……失礼、そうだったね。私の認識が誤っていた」
ハッとしたように肩を揺らした殿下は、眉間を抑えつつ視線を落とした。ロイドが居る手前ハッキリとは言いたくない言葉を濁したが、立場上貴族と平民という差があるのだと理解したらしい彼は、未だに自分を見つめるロイドに視線をやる。ロイドは本当に素朴な疑問だった様子で、首を傾げて見つめていた。
ただ、あまり空気が良くない事は察しているのか、暫く目を閉じた後ロイドはそのまま話をする。
「…何かをする時は、一緒にやるって約束をした。魔塔に入っても一緒に出来るなら入るかもしれない、です」
「ん?……え、私と一緒に実験したりって約束のこと?」
「そう。アレクサンドラが魔塔に入るのが、一番話は早い」
「待て。アレクサンドラ嬢が魔塔に所属出来るはずないだろう?彼女は公爵令嬢なんだぞ」
「そうですか。なら所属はしないでしょうね」
当たり前のように言うロイドを見て、殿下は言葉が見つからない様子でポカンとした顔をする。流れる様に巻き込まれた私だが、殿下とロイドではあまりにも想像している先の未来が違いすぎるためか、全くもって噛み合いそうにない。
説明、と言うよりは。私の立場について改めて話をしなければと考える良い機会だった。だがそれよりも私の心を埋めたのは、ロイドの未来には当たり前の様に私が一緒にいるという事への喜びだ。
嬉しい気持ちを噛み締めつつ、ギクシャクとした雰囲気は暫く続き…日が暮れてきてしまった為、流石にそろそろ帰ると言い殿下は公爵家を後にした。また来るという、地獄のメッセージを残して。