意外にも相性は悪くない?
殿下は想像していたよりも私を良く見ていたらしい。
その後も暫くアレクサンドラの行動に対する日頃の鬱憤を晴らすかの如く、目の前の本人に語り続ける。
この歳でだいぶ我慢していたんだろうなと、改めて私がした訳では無いが…若干の哀れみを感じた。殿下はカップを持ったまま話を静かに聞く私に漸く目を向けたかと思えば、罰の悪そうな顔をしだす。言いすぎたとでも言いたげな顔で。
「……すまない。病み上がりの君にこんな事を言うべきでは、なかった」
「いえ、日頃どれだけ殿下にご迷惑をおかけしてしまっていたかということを、大変良く理解出来ました。改めて、ご心労をおかけし申し訳ございません」
流石にこの状況は良くないと思ったらしい殿下の言葉に、私は首を横に振る。あれだけ人の前で大人な対応をしていた人だ、私ですら優しい人だなと思ってしまうような対応だっただけに…これだけ言われるというのは、それ程此方に非があるということ。
私の言葉を聞いた殿下はまたも、おかしなものでも見るかのような顔を見せる。ここまでくると隠したところで警戒しかされないだろうと感じた私は、カップを置きながらことの経緯を説明した。
「仰られていた通り、怪我をおってから記憶を無くしてしまいまして。殿下の事は勿論、最初は両親のことや自分の事ですら記憶にない状況だったのです。なので普段の殿下への接し方も分からず、違和感を感じさせてしまったのだと思います」
「まさか、君が?本当に記憶がないと言うのか。僕の事を一切覚えていないって?昨日普通に挨拶をしていただろう」
「申し訳ございません、仰る通り記憶にはありません。昨日は殿下にご挨拶する直前に、傍の者に教えてもらいご挨拶いたしました」
「……なるほど、あれはそういう事か」
私の回答を聞き納得したように息を吐かれる。バレていないかと思ったが、やはり遠くから見てもルネと小声で話している姿は見えていたのだろう。辻褄があったと言わんばかりに頷き、顎に手を置きながら私を見据える。
正直に話しをしたはいいが、想定外の状況の為それ以上の言葉は出てこない。私が困った様に眉を下げつつも笑みを浮かべれば、殿下はそうか。と呟き少し冷めたお茶に口をつけた。
「辻褄が合ったよ、あまりにも普段とは違うのも納得がいく。だが、記憶を失うと嗜好も変わるのか?」
「嗜好?ドレスの事でしょうか?」
「それもあるが、そもそも君はこのお茶が好きではない筈だ。香りすら毛嫌いする程に。まあ、僕が出せば君は飲むと思ったけど」
「ええ?性格悪すぎません?」
思わず口に出た言葉。やばいと思い即座に口に手を当てたが出した言葉は戻らない。流石に王子様に言うべきではない言葉だったと理解した故の行動だったが、考えてみると此方に非があるのかこれは?とも思えてくる。
だって、事実性格は悪くないか?と。
相手が苦手なものだと理解した上で、自分に好意があるから無理をしてでも飲むだろうという行動は、あまりにも稚拙で意地が悪い行動だ。それに至るまでの経緯で言えばこちらのせいでもあるが、あまりにも宜しくない。
「……失礼いたしました。が、私が言うべき事ではないかと存じますがね。相手の好意を利用して憂さを晴らすのはあまりにも良くない行為ですよ?まあ、その、元を辿れば私の行動が原因かと思いますが。あ、因みに私このお茶結構好きでした。なのでおあいこにしませんか?……なんて……」
「……っは、ははは!」
そうだ、ここまで言ってしまったのならしっかり伝えておこうと。王子様だからといって何でも許されるわけじゃないんだぞと、マイルドにしつつ強気に言ってみる。とんでもなく無礼である事には変わりないが、子供のしたことに一々目くじらをたてることでは無いし、どっちもどっちだと押し通すつもりだ。
そんな私を見た殿下は大きく目を見開いたあと、強い意志を持ちつつも青くなっているであろう私の顔を見て……大きな声を出して笑った。
面白いものをみたかのように笑う殿下は、ずっと見ていた微笑みとは全く違う表情で。目尻に涙を浮かべ笑い続ける彼に対し、初めて本当の姿を見た気がした。
「ふ、ふふ…!君、今の方がずっと良いな。一応確認するが、僕への好意も一切なくなったのか?」
「好意……と言われますと、うーん。恋愛感情の事を言うのであれば、まあそうですね。ですが人として、好意はあるかと思います」
「そうか、それは良い。今の君となら案外仲良くやれそうだ。ふふ、それにしても…あんな顔をしながら啖呵を切ったくせに、茶の感想など普通言わないだろ」
「いや、だって本当に美味しかったので!それは伝えるべきかと思ったら……ふふ、あはは!」
そう言って未だにクスクスと笑う殿下を見て、何だか自分でも可笑しくなってしまう。私達は暫く笑いあった後、冷めたお茶を温めてもらうため人を呼び……その後は気を張らないお茶会を行った。
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「お嬢様、失礼いたします」
殿下との会話もそこそこに、だいぶ時間も過ぎた。
声をかけ傍に来たルネは、ロイドが屋敷に訪れたことを告げてくる。今日は殿下が来る予定になっていた為、おやつの時間に庭園で会おうと約束をしていた。丁度いい時間だし、ロイドはロイドで約束をしっかり守ってくれていて嬉しい気持ちになる。
殿下に声をかけ、そろそろお暇しようとなる。
入口まで見送りをしようと皆で準備をしていると、殿下はふと周りを見渡した後私へ視線を向けた。
「今更だが、昨日一緒にいた黒い髪の子はここの者か?同世代くらいに見えたけど、使用人にしては仲が良さげだったな」
「え?…もしかしてロイドの事ですか?彼は使用人ではありません。友達です」
「友達?君に?」
本日何度目かの驚いた顔をする殿下。思わず頬を膨らませた。そろそろアレクサンドラの記憶が無いという状況に、慣れて欲しいと思ってしまう。
ロイドは使用人では無く友達だと改めて説明すると、ふーん。と声を漏らしながら今日はいないのかと確認される。
庭園にはいるが、何だか嫌な予感がした為言葉を濁した私を見て…殿下はニコリと微笑んだ。
ああ、これは上っ面の笑みだと悟る。
「いるなら是非会ってみたいものだ。僕と同じで、君の友達という人に」
私は頬を引き攣らせながら笑みを向ける。
知らぬ間に殿下の友人に昇格していたようだ。
悪いことでは無いのだが、素直に喜べない状況が憎く思える。
本来出会うはずの無い二人を引き合わせていいものかと。
だが皆の前で聞こえるようにそう言われてしまった手前、断るという選択を私は選ぶことが出来ない。
結構仲良くなれると思っていたが、思い違いだったのかもしれないと、そう考えるアレクサンドラだったが…引き攣る顔に無理やり笑を貼り付けたまま、殿下を連れロイドの元へと向かった。