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『深夜の車工場』※動物の死

 こんな夢を見た。


 私は両親とともに深夜、車を買うかどうかを決めるために工場に来ていた。


 今乗っている車はそこそこ古く乗っているもので、私の誕生日のナンバープレートが誇らしげにつけられている、私が生まれたときの記念にやってきた車だった。


 私はこの車を新しいのと交換することに反対だったので、一人無言で座る。つまらなさそうに。


 ディーラーと話をしている両親の隣で、しかし居心地の悪さを感じていた私は父親に許可をもらって自分達の車の中で暇を潰すことにした。


 両親が話をしている、やけに明るい室内を一歩出るとそこはどろっとした暗闇に抱きしめられているような深夜の駐車場が広がっていた。

 点在する照明は頼りなく、その真下にスポットライトを当てているように情けなく首を垂れているだけである。暗闇の中をまあるい光が少しずつ切り取っているようにも見えた。


 足元も暗く、少しだけ怖かったものの私はこの暗闇を克服する方法がすぐに思いついた。


 そして、私はその場で小柄なジャガーの姿に変身する。両手をついて、喉の奥から震えるような声を出して。そうすれば夜でも視界は塞がらないと知っていた。

 コンクリートの地面にガリガリと爪を立てながら、骨が変化する痛みに耐える。その痛みを許容してしまうほどに暗闇が怖かったから。


 視界が制限されている状態を脱すると、私は再び歩み出す。

 ディスプレイされているわずかな車達を眺めながら、自分達の車へと戻ろうと四つ足でチャカチャカと爪の音を立てながら。本物の獣ではないので足音を消すのは苦手だった。


 しかし、そうして視界が開けた状態でいると奇妙なことに気がついた。

 ディスプレイされている車や、車を製造しているだろう工場の中から獣とゴミを燃やしたあとの灰に似た匂いが漂ってきていることに。


 たったか たったか

 チャカチャカチャカ チャカチャカ


 興味を惹かれた私はディスプレイされている車にそっと近づき、くん、と匂いを嗅いだ。獣と灰の匂いは間違いなく車からしていた。

 こんな状態ではとてもではないが売れないだろう。クレームどころの話ではない。両親に進言したら買うのをやめてくれるだろうか? そう考えて後ろを振り返ると、そこには工場の入り口が生き物のように大きな口をあんぐりと開けていた。


 ぞっとした。


 だって、歩いてきたその方向には両親達が話している明るい室内があるはずなのに。

 いつのまにか、私は遠くにあったはずの工場にあとをつけられていたかのような近さで入り口に背を向けていた。


 転々と続く電灯のスポットライトが遠くから順々にバツッと大きな音を立てて消えていく。私のほうへと向かって、追い立てるように。


 バツッ


 バツッ


 バツッ


 まるで暗闇が光の円を食うように、どんどん迫る暗闇が口を開けて迫ってくる。

 驚いた私は尾を股の間に挟んで怯えながら、ぴょんと飛び跳ねて明るい室内を目指して走り出した。

 目の前の工場の入り口を避け、背後の暗闇から逃げて走る。


 走る。


 走る。


 明るい部屋へ向かう道路を走っているはずなのに、不思議と両脇は工場の中の風景が広がっていた。

 カゴに入れられた、薄汚れた犬や猫がベルトコンベアーの上を流れていく。


 走る。


 走る。


 まだつかない。


 なんらかの装置の中に入ると、ベルトコンベアーの上を運ばれていた動物達の断末魔が響き渡る。


 装置の中に大量の灰のようなものが上から降り注ぐ。


 何匹かの動物が装置の中に消えていく。

 装置の中に合流するベルトコンベアーからも、何匹も、何匹も、そして灰が降り注ぐ。


 その装置を通過すると、動物達だったものは大量の灰で接着されたように混ざり合っていた。


 走る。


 走る。


 逃げなくちゃと四つ足で。

 捕まったら私もあのコンベアーの上に乗せられるのだ。


 また別の装置の中に混ざり合った動物達が入り、そして出てくると車の部品に生まれ変わっていた。


 そこからは車がどんどんできあがっていく。

 無人の工場内であるのに。


 ごうん、ごうんとやかましい音をがなりたてながら機械が動物達の命を喰らいながら無機質な車に生まれ変わらせる。


 そのおぞましさに息があがり、ベロを出し、過呼吸のようになりながら走る。足を止めたら終わりだった。


 光を目指して走る。

 まだ光は遠い。

 追いつかれる。


 走る。

 嫌だ。

 走る。


 死にたくない。


 走る。

 怖い。

 走る。


 喉が痛い。


 走る。

 走る。


 足が痛い。


 走る。走る。走る。

 尻尾をなにかが掴もうとして飛び上がる。

 ぜえ、ぜえ、はあ、はあと息を荒げてひゅう、と息を吸い込んだ勢いでだろうか。乾いた喉の奥が焼けるように熱くなった。血の味が口内に広がる。


 走る。

 走る。

 助けて。

 ねえ助けて。


 すぐそこのはずなのに。

 ベルトコンベアーに乗ったみたいに前へ進んでいる気がしない。


 おとうさん。

 おかあさん。


 たすけて。

 たすけて。

 たすけて。


 パパ。

 ママ。


 た す け て


 背中の毛がわずかに掴まれる。

 恐怖に悲鳴をあげた。

 手を伸ばすように前足を動かした。


 目の前に、自分達が乗ってきた「普通」の車があった。

 後部座席の扉が開いていて、まるで私を招くように。


 死に物狂いで足に力を込め、飛び上がって車に乗る。


 掴まれた毛がぶちぶちと千切れて痛みに悲鳴をあげた。それでも捕まるよりはマシだと車内に伏せて震える。


 ばたん。


 背後でひとりでにしまった扉の中で、私はようやく顔を上げた。


 もし、誘われて入ったこの車があのコンベアーの先の機械だったらどうしようと不安になったからだった。


 けれど、車内に変化はない。

 静かに駐車場に佇む、いつもの私達家族の車だった。


 ばくばくと早鐘を打つ心臓と落ち着かない呼吸を必死に整えて、ようやく私は人間の姿に戻った。

 むしろ工場の中では動物だけが犠牲になっていたのだから、人間の姿にさっさと戻ればよかったのではないかとさえ思う。


 冷静になってから解決策が見つかるという、お決まりのオチだった。


 しばらくそうしていただろうか?

 車内から外を覗くと、ぽつぽつと灯っている電灯の明かりが復活していた。


 あれだけ走ったはずなのに、すぐ近くに両親のいる室内が見える。


 じゃあ工場は?

 背後を振り返ると。


 じっ


 と、無表情の人間が私を見つめていた。


 ゾッとして体をすくませる。


 コンコン


 コンコン


 窓を叩いてこちらを見つめる工場の人間だろうその人に、恐怖心に耐えながら指ひとつ分。声の届くように少しだけ窓を開けてどうしましたか? と尋ねる。


 動物がこの辺にいませんでしたか。


 いいえ、見かけませんでした。


 そうですか、失礼しました。


 短いやりとりをしてその人は車から去っていく。

 心臓がまだドクドクと音を立てて騒いでいた。


 守ってくれたのかもしれない車の中で、私は両親が帰ってくるまで震えながら丸まっているしかなかった。


 私と同い年の車と離れ離れになりたくない。

 泣いて、泣いて、丸まったまま震えて。


 そして、両親が帰ってきて言った「今回は見送る」という言葉に安堵する。


 何事もなく帰ってきた両親が運転する車で工場を出ていく。

 その帰りに振り返れば、暗闇の中に無数の獣の瞳がずらっ、と並んで離れていく私達を見つめていた。


 そこで、目が覚めた。


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