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お狐様

 その夢での私は沢山出てくる敵キャラのような有象無象の存在で御座いました。


 そこは広い妓楼のような屋敷で、私はそこの最上階にいるようでした。布団で目が覚めた私は訳が分からない中で、ただ一心にこの屋敷から脱出しなければという思いに支配されておりました。思えばこのときから既に事は始まっていたのかもしれません。私の眠っていた部屋は豪奢で、何も問題がありませんでしたが一歩廊下に出た途端にそれは間違いだったのだと気がつきました。廊下は喧騒に見たされておりました。


私をそっくりそのまま増やしたかのような同じ顔が廊下の彼方此方に走り去り、また戻ってきて慌てた様子で他の仲間に言葉を伝えています。何事かが起こったようでした。そして、彼ら、彼女らの頭にある金色の耳と、腰にあるこれまた金色の尻尾を見て、始めて私自身にもそれらがあることに気がつきました。どうやら、今の私は狐の娘になっているようでした。


 そして、走り回る有象無象の狐達に私はチャンスだと思いました。幸い、階段を降りる同じ顔の波が見えるのであれに混ざればこの屋敷から脱出できると思ったのです。侵入者が現れたという声を私は聞いておりましたので、その侵入者に会いさえしなければ安全だと思いました。侵入者を迎撃しに行こうとせず、逃亡を望む私は言うなればゲームの中の、バグのような存在だったのかもしれません。


 同じ顔をした者達とすれ違い、共に向かい、ときに道を選びながら階下に下りて行きました。狐達は皆一様に背が低く、私も目線が低かったことから様々な物に隠れて皆が向かう場所を大きく避けて私は移動しました。皆が向かう場所には侵入者とやらがいるに違いないからです。


 やがて、一番下の階に着いたとき、周りは地獄のような有様でした。腹から血を流し、心臓付近から血を流し、死んでいる同じ顔が並んでいたのですから驚くのは必然のことだったでしょう。生き絶えた者達は皆人形のようで、恐怖も何もなく、ただ置物を手で押して倒してしまったような光景でした。


 血溜まりを踏んだことで足袋が汚れ、気持ち悪くなった私はそれを脱ぎ、裸足になりました。そして、向かう先から話し声がするのに気がついてしまったのです。その声は同じ顔の狐達とはまるで違うものでしたので、私はそれが侵入者だと気がついて近くにあった厠に逃げ込みました。


木のかんぬきを掛けて鍵として、じっと息を潜めました。ですが、あと一歩遅かったようです。


 無情にも木の扉は向こう側からガタガタと大きな音を立ててどうにか開こうとしているのが分かりました。私はただ一心に扉を押さえ、開けてくれるなと願い続けました。耳と尻尾はこのとき、大変怯えて震えていたように思います。


 バキン、と大きな音を立ててかんぬきが壊れ、扉がゆっくりと開いて行きました。怯えて丸くなっていた私はその音で思わず顔を上げました。扉に手を掛け、そこに立っていたのは果たして、私と同じように耳と尻尾を持った非常に美しい大人のお狐様でした。人形のように整ったそのお顔の端々に化粧を施したかのように血糊がべったりと付着しておりましたので、すぐに彼女が侵入者だと分かりました。そして、同じ顔達ととてもよく似た顔立ちをしているお狐様に目をまん丸にして驚愕しているとき、容赦無くその手にある鋭い爪を私の腹に埋めました。


 はじめは違和感しかありませんでした。次に息を強制的に止められてしまったかのように腹に溜まっていた空気が全て口から逃げて行きました。灼熱のコテを当てられたかのような腹部に耐えきれず、私は直ぐに厠の壁に身を預けるように倒れました。爪が引き抜かれた所から次々と生命の色が溢れ出て、息も出来ぬほどに痙攣致しました。


侵入者のお狐様はもう一人いるらしい誰かとニ、三言話すともう一度此方を睨み据えました。


 ああ悔しい。ここで彼女らと出会わなければもう少しで脱出することが出来たというのに。その想いと、腹部の灼熱にとてもやりづらい息をぜいぜい言いながら吸い、吐いていくことしか出来ぬ自分自身にやり切れぬ苛立ちが募りました。ぜはぁ、ぜはぁ、と荒い息をしている私にお狐様は死なぬことを哀れに思ったのか、再びその爪を私に向けました。

 しかし、私は諦めることが出来なかったのです。はじめの負傷で直ぐ様死ねていれば何も言うことはなかったでしょう。ですが、ぎりぎりのところで私を繋ぎ止めている腹部の灼熱にもう一度コテを入れられるのだけは我慢なりませんでした。


腹部に当てていた手を伸ばし、迫りくるお狐様の手を両手で絡め取り、どうにか明確な死を回避することができましたが、それも時間の問題でした。上から刺そうとしているお狐様と、下でどうにか受け止めている私では力の差も歴然。どうなるかはすぐに分かります。

 そして、目の前に迫るお狐様に訳も分からぬまま心から湧き上がる言葉を吐露致しました。


「ぉ、かぁさ、ま」


 息も絶え絶えに絞り出した言葉にお狐様はその目をお月様のようにまん丸にして驚きました。そしてゆっくりと、振り下ろす爪を引っ込めて力を抜きました。

 気づけば、私の両の眼からは大粒の涙が溢れ出ていました。痛みによる生理的な涙か、はたまた。どうして泣いていたのかは分からずじまいでした。


 そこで私は現実に戻ってきてしまったからです。現実でも感じる腹の鈍痛と、流れ出る涙に夢の出来事を全て思い出し、また泣きました。


 これで私のお話はお終いで御座います。お狐様と私、有象無象の出会い。また一夜、一夜と続く夢の世界の出来事で御座いました。ではお客様、これからも続く不思議な夢の世界をごゆるりとお楽しみくださいませ。


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