五姫祭り
こんな夢を見た。
お祭りの中の夢だ。
私は祭りで賑わう往来の中に立っている。
ドン、ドン、ドンとどこからか太鼓のような音が響いてきていて、祭囃子が聞こえてくる。
あたりを見回すと、人は皆動物のような仮面を被っているようだった。仮面を被っている者と、被り物をしている者に分かれるが、素顔を見せている者は見当たらない。
自身の顔を触れば、そこにも仮面があった。
和風の夏祭りのような雰囲気の中で立ち尽くしながら私はずっと往来を見渡している。
そうして困っていると、懐からピコンッとスマホの通知音がして、ようやく私は今がどんな状況かをぼんやりと把握した。
チャットの中では十数人のグループで、この祭りについてを話している。その内容を見れば、どうやらこのお祭りは胡乱な宗教によるもので、この村か街か、ともかくその土地丸ごとがその宗教に支配されている地域であることが分かる。
私たちはどうやらこの怪しい土地を興味本位で調査に来たグループらしい。
なんとなく、パニックホラーか、次々と友人が死んでいくタイプのB級ホラー映画とかにありそうな展開だと私は思考にふける。
手始めに祠でも見つけ出して壊してみるべきだろうか。
ドンドンドン、と今度は花火の音が聞こえてくる。随分と豪勢なお祭りだ。
そういえば、と思ってスマホのカメラを反転させて自分を映せば、自分が被っているのはオオカミの仮面であった。こんなところはいつも通りオオカミなのだな、などと思う。
服装は残念ながら浴衣ではなく普段着ではあるが、適当にぶらつくことにした。
屋台類は遠目から見てもベジタリアンかなにかの配慮か、肉類がことごとく欠落している。祭り飯というものは油っぽくて安っぽい、けれどやけに高いあの味を求めて食べるものだというのに、ちょっと残念である。
さて、ぶらつくことにしたとはいえ、特に変な行動に移すことはない。
街か村ごとカルト宗教っぽいとはいえ、なにを調べるにしてもあまり迂闊なかとをしたり喋ったりすれば死亡フラグが立つのは明白だからだ。
今のところ、ベジタリアンメニューであること以外は普通の祭りのように見えたが、これからきっとなにかが起こるのだろう。
屋台を冷やかしながら歩いていると、放送機器が唸りをあげて起動する。花火の音がいったん落ち着いた頃だったのでよほど大事な放送なのだろう。盆踊りの合図とかだろうか?
道の脇に逸れて耳を澄ませてみる。
同じように道端を歩いている人たちも立ち止まって放送を聞くようだった。
「あ、◯◯。こんなとこにいたの?」
私の名前が呼ばれて振り返る。
そこにはウサギの面をした女がいる。思い返してみると、それは同じグループのメンバーの一人であるようだった。
なんとなしに二人して放送を聞くことになり、耳を澄ませた。
どうやらこの祭りに関する『五姫』とやらの紹介であるらしい。
最初はかぐや姫……由来はそのままかぐや姫で、星を見ながら花火を楽しむのはこのためらしい。月に向かって打ち上げる花火を、ロケットかなにかに喩えているらしい。
次に野うさぎ姫。いきなり全然知らない名前が出てきて驚いた。てっきり乙姫とか親指姫とか、童話シリーズでいくものだとばかり思っていた。
肉に飢えた獣たちのために自らを犠牲に腹を満たした悲劇の姫である、という説明を聞きながら袖を引かれて隣を見る。
「あ……あの、なんか、わたしら、見られてない?」
そう言った途端、隣の彼女はもう片方の腕を引っ張られて後ろに倒れ込む。
「あっ、◯◯!」
私が助け起こすよりも先に彼女は他の祭りの人々に引きずられていく。ボロボロになっていく手足と服に比べて、ウサギの面だけがやけに綺麗に保たれていた。
やがて、肉食獣の面を被っている人達の中に彼女が消えて私は思わず逃げ出した。
悲鳴と水音。聞きたくもない咀嚼音。
なにが起きているのかはさすがに悟っていた。
逃げて、逃げて、五姫とやらのうち三番目と四番目が「くり抜き姫」と「縄括り姫」であると告げられていく。
悲鳴がどんどん聞こえてくる。
きっと仲間の誰かが目玉をくり抜かれたのだろうし、仲間の誰かが縄で括られて死んだのだろうと気づいて震える。
最後に告げられたのは「雪解け姫」という名前で、ようやく見つけた「雪」のつく名前の友達に手を伸ばした瞬間――彼女は怯えた顔をしたまま透明になって消えて、服と靴。そして、カツンと地面に落ちたスマホだけが取り残されていた。
「間に合わなかった……また……」
スマホには、グループチャット内に送られる寸前のメッセージが書きかけのまま残されている。
『とける たすけて』
放送が終わり、なにが嬉しいのか喜びの声や歓声をあげる祭りの中の人々に混じって私はふらふらと歩き出す。仮面の下では、自分では止められないほどの涙がこぼれ、流れ出ていった。
そうして気がつくと、私はスマホを握ったまま道端に立っている。周りを見渡すと、最初に気がついたときと同じ屋台の並びがあって、そこがスタート地点だと理解した。
「今度こそ」
呟いて、顔をあげる。
早送りのように過ぎていく景色の中、遠くなっていく二回目の放送の音が聞こえていた。
そこで、私は目が覚めた。
雪解け姫にと選ばれてしまった友達はいっそう大事な友達だったらしく、私は眠りと覚醒の狭間で胸の辺りがギュウッと痛むのを感じた。涙が流れて、どうしようもなく悲しい気持ちになっていた。
しかし、私はもうあの祭りの中にはいない。
友人達は皆、あの祭りの中に取り残されている。
もしかしたら、同じ夢を見れば助けられるかもしれない。ループもののように。
しかし、私は少しだけ恐ろしかった。
二回目の放送で流れていた『五姫』の内容が変わっていた気がするのである。
次の回で、自分が『五姫』になぞらえられて殺されることになるかもしれない。そう考えると、もう一度同じ夢を見ようだなんてとても思えない。
今年の夏は、お祭りに行けるだろうか。
どうしても、足が進まなくなるだろう未来を思って、私は苦い笑いをこぼすしかなかった。