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右手に釣り竿、左手に鳩サブレ

作者: 木戸森新木

目を開けたら、死後の世界になってくれないだろうか。このまま目を瞑ったまま、眠るように、沈むように、涅槃に行けたらそれで幸運なのだろうが。

夜、月明かりさえ出ていない防波堤に腰かけてただひたすら、目を瞑り、時が過ぎゆくのを待つ。

辺りはただ波の寄せては返す音と、遠くから聞こえるのは大型客船の不気味なボッボーという汽笛のみ


――お兄さんお兄さん、何をしてるの?


隣から不意に人の声、


――お兄さんお兄さん、釣りをしているの?


隣から聞こえるのは見ず知らずの女の声、声質からして若い娘なのだろう。いや別にそれは今どうでもいい。もう目を開けるのも億劫だ。


――お兄さん、お兄さん左手のそれ何?クッキー?


「鳩サブレ」


――はっ…ふっふっひゅ…鳩サブレ?


「鳩サブレ…クックック」


右手に釣り竿、左手に鳩サブレを持った不審者からの第一声が「鳩サブレ」不意を突かれた女が噴き出し、連れて俺もおかしくなってきた。


ボッボー――


大型客船の汽笛が近づく。夜中にはやけにうるさくよく響く。


――お兄さんお兄さん、逃げた方がいいかも。


女の声色が警告を帯びたものに変わる。俺は思わず目を開く。


ボッボーーーーー


また客船の汽笛、今度はより近く、そしてすぐ目の前から聞こえる。だが、目の前に船らしきものはない。ただひたすらに俺を吸い込むように闇が、漆黒の海が広がっているだけだ。これは汽笛ではない。では一体…。


―――逃げて!!!!


虚空から女の絶叫、と同時にこれまでに無いくらいの鳥肌が全身に立つ。全身の体毛が逆立つような感じ。俺はそのまま防波堤から身を翻し、駆け出していた。どこへ逃げる?すべてから逃げ出してきたのに、また逃げるのか?


走り出しながら思わず自嘲してしまう。全て捨ててきた。全て置いてきた。それでもなぜだか頑なに離さなかった。何故だろう。しかし今はただただ走る。不審な男が夜の街をただただ走る。




その右手に釣り竿、左手に鳩サブレを持ち、何も考えずひた走る。


 

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