仲間が増えました
長めになっております。(5000字超)
部屋に入ってきたサフィールを見て、助けに来てくれたのかと思ったらどうやら違うようだ。連れて来られる間に暴れたのか、華やかで美しい衣装はところどころ破れていた。おまけにきちんと撫で付けられていた金髪は乱れている。顔に傷はないようだが、暴れたのかもしれない。
「サフィール様!どこも怪我してない?大丈夫ですか?」
心配して声を掛けたが、サフィールは不機嫌を隠さない。思い切り嫌な顔をしてエメランデを睨みつけた。
「お前のせいで俺は廃嫡されたんだ。よくもまあぬけぬけと平気で居られるもんだな」
「え!廃嫡は計画通りじゃないですか。それよりサフィール様どうしちゃったんですか?パーティの時から変でしたけど。なんか性格変わってないですか?」
「ふんっ!俺は正気に戻ったんだ。どうせお前は側妃とイオライトの指示で俺に近付いたのだろう?こうやって陥れる事が出来て本望じゃないのか。
なあ、魅了でも使ったのか?そうでもなければ、お前のようなちんちくりんに心惹かれる筈はないからな」
サフィールは心配して差し出したエメランデの手を振り払うと、俺に近寄るな、構うな、話しかけるな、と背を向けた。
「ちんちくりんって酷い!容姿を貶すなんてサフィール様らしくないですよ!わたしだってルビニア様みたいなナイスバディに生まれたかったですよぅ!
それに、好きこのんでサフィール様に近付いたわけじゃありませんからね!何故かわからないけど行く先々にサフィール様がいただけです。それを魅了だとか言ってわたしのせいにするのはやめてください。
王太子を辞めて冒険者になりたいって言ったの、サフィール様本人ですよ。忘れちゃったんですか」
「知らんな。王太子の俺に気安く近付くなど、何か魂胆があったと思われても仕方あるまい。とにかくお前が悪い」
「何ですか、その八つ当たりみたいなのは。わたしが何したって言うんです」
「何したって、自分の胸に聞いてみろ。お前が俺に付き纏うから、ルビニアは嫉妬したんだぞ」
「はぁ?全然相手にされてなかったくせに」
ああ言えばこう言う。サフィールはこんなに饒舌な人だっただろうか?思慮深く穏やかで、イオライトやルビニアの言動が目に余っても、声を荒げるような人ではなかったし、何だか思考が幼稚になっていないか?喋り方とか変な自信とか、パーティ前とはまるで、
「まるで別人みたい……」
エメランデが思わず発した言葉に、我が意を得たりとばかりにサフィールはニヤリと笑った。
「そこのちんちくりん女、他言無用だぞ。特別に教えてやる。
俺は前世を思い出したんだ。そうしたら急に頭の中のモヤが晴れた気がして、悪女のお前を断罪せねばならないと思った。つまり今の俺は俺であって以前の俺ではない。
それよりお前も転生者なんだろう?そうでもないと王太子の俺にわざとらしく近付いてくるなどありえんからな。
しかし、お前に関わってしまったおかげで、婚約が解消されてしまい、王家から見捨てられていたとはな。廃嫡されたのを知らず、最後にあんな恥ずかしい事をやらかしてとんだ阿呆もいいところだ」
「サフィール様も前世を思い出したの?わたしもだよ」
「やっぱりそうか。コスプレとかアトラクションとか叫んでたからそうなんじゃないかと思ってた」
サフィールは少し落ち着いたのか態度を軟化させて、エメランデが退出させられてからの出来事を話した。
「さっきは受け入れられなくて八つ当たりして悪かったな。お前と国を捨てて出奔する計画を立てていた事もちゃんと覚えている。寧ろ突然前世を思い出してからの行動の方が、何かの力が働いていたように感じて気持ち悪い。あの時の俺、変だっただろう?」
「うん。怖かったよ。
サフィール様もわたしも前世を思い出したのは、あの断罪の時なんだね。なんか不思議だね。やっぱりこの世界って物語とかゲームの筋に沿ってるのかな。それでもって強制力があって、ストーリーを正しく戻そうとしているのかな」
2人は思わず顔を見合わせた。
「今のこの状態がストーリーに従っているとして、そうしたらヒロインってルビニア様って事?ヒーローがイオライト様で」
「つまり俺達は狂言回しって事か」
エメランデはさっきから気になっている事を尋ねた。
「ねぇ、サフィールってどっちが本来のサフィールなの?」
「お前、敬称つけるのやめたのか。ま、いいけど。
わからんのだ。パーティ以前の自分も今の自分も確かに俺自身だ。強いて言えば今の俺は前世のままで、以前の俺は求められている役割を演じてた感じがする」
「そうなんだ。以前のサフィールはいつもなんだか遠くを見てた気がする」
「そうだな。ここは自分の居場所ではないと感じていたのかもしれないな」
*
騒つく感情が落ち着いたところで、サフィールとエメランデはお互いの前世の情報を確認する事にした。それは今後に役立つかもしれないし、取り敢えず今は手持ち無沙汰でやる事がないからである。
「じゃあ、お前の最後の記憶は陸上競技中って事か」
「うん。走ってたら息が苦しくなって視界が暗くなって。貧血だったのかな」
「そりゃ心不全だろうさ。心身の成長期に過度のストレスと栄養摂取障害があって負担がきたんだろ」
サフィールの冷静な言葉に、毎日ひもじかったからねーと笑いながら答える。そしてそのサフィールはと言えば、記憶の最後は大学2年だと言った。
「ボーイスカウトでリーダーやってて、夏休みに子どもら連れて山ん中でキャンプしてたんだ。迷子になった子を探しに行って山から滑落したんだよな。で、多分首が折れた。まあ子どもは助かったからいいけど」
「えっ!怖っ。痛っ。悲惨」
「俺たち、体育会系から王子と貴族令嬢に転生しちまったのか。まあ、お前はなんちゃって貴族だけどな」
「そう言うサフィールだって、王子の仮面脱ぎ捨てちゃってるじゃない。優しくて穏やかでいつも微笑みを絶やさなかったアレ、演技だったとしたらアカデミー賞もんよ」
「儚げな美青年なのになんでモテなかったんだろ。あ!そうか、お前がひっついてからかー、なんだよ疫病神かよ」
「なんですと?」
サフィールとエメランデがわーわーきゃーきゃーと、子どもの喧嘩のような事をしていた時、再び扉が開き、2人ははっと振り返った。そこにいたのは……
*
「陛下の温情である。貴様たちは辺境の地へ追放と決まったがそれまでここで過ごすように」
「カルセド、どうしてここに?」
あ、カルセド様だとエメランデはドキドキした。サフィールの護衛騎士カルセド・オニキス伯爵子息は、高身長に鍛え抜かれた鋼のボディを持つ赤毛の美丈夫だ。エメランデの前世の理想の体を持っているので、ついうっとりと眺めてしまう。そのカルセドは軽くつまめる食事と飲み物を持って立っていた。
「もっと早く来たかったんだが、用意されていた食事に毒が入っていたので俺が作り直してきた」
お腹が空いていた2人はありがたくハムと野菜を挟んだパンと果実水を平らげた。
「美味かった、ありがとうな。お前にこんな才能があるとは知らなかった」
カルセドは卒業パーティが始まった直後あたりに突然頭痛に襲われ立っている事すら辛くなり、同僚の騎士にサフィールの警護を任せ控室に下がった。その時脳裏にまざまざと思い浮かんだのは、あるゲームのスタート画面だった。
キラキラ眩しい金髪に青い瞳の王子、小柄で愛くるしい小動物のような茶髪の少女、そしてやはり金髪にゴージャスな巻き毛の美少女の3人が睨み合うように向き合っている絵だ。
ああ、ジュエル集めちゃうアレだ。陳腐なストーリーだったよなあ。名前が宝石のもじりで。ヒロインが宝石、つまり男を虜にしちゃう逆ハー狙いのやつ。
それにしてもサフィールってお馬鹿だよな。美少女ルビニアではなく、ちんちくりんを選ぶなんて、趣味悪、くすくす。でもそんなサフィも可愛いかった、女みたいな綺麗な顔をしてるし、せつなげな表情とか胸がキュンってしちゃう。
え、何だ今のは?カルセドは頭を抱えた。まさか、ここはこの世界は、え、そうなの?俺転生しちゃったのー?でもってこの金髪は、俺の大好きなキャラのサフィたんじゃないか。
えっ、俺って知らないうちに、推しキャラサフィたんの護衛してたの?なんでその時に思い出さなかったんだよ、勿体無い。
カルセドは悶えた。推しの護衛として常に側に控えていたから、適当な言い訳を作って触りたい放題だったのに。まあ、それはそれで護衛としてどうかと思うが。とにかく、転生は告白するが、サフィたん推しは封印せねば。
「そういう訳で、ゲーム画面が脳裏に浮かんで俺は前世を思い出した。俺は転生者でここはゲームの世界なんだ。あんた達もそうなんだろ?」
「信じられないけどゲームの世界なんだね。
わたしは、さっきパーティで断罪されてる時に思い出したの、女子高生だったんだよ」
「俺は大学生だった。この牢に来てからしっかり覚醒した感じだな。
それにしてもお前、いい身体してるよなあ、何か運動してたのか?」
サフィールが何気なくカルセドの分厚い胸板に触れると、一瞬びくりとしたカルセドは顔を赤くする。
「俺か?俺は、、、、だ」
「何て言ったの。聞こえなかったよ。もういっかい言って」
「あー、俺は、帰宅部のヒョロガリの高校生だった」
(前世の俺はイケメン好きな腐男子で、推しのサフィールと護衛騎士カルセドの濡れ場を妄想していましたとは、口が避けても言えない。しかもカルセドに転生してさらに妄想が膨らんでるとかますます言えない)
カルセドは努めて冷静を装っているが、心のうちはずっきゅんと動悸が止まらない状態である。
(サフィたんに触られちゃったよ、きゃは)
「で?なんでここに来た?」とサフィール。
「先程言ったように、ここは日本の乙女ゲーム『素敵なジュエル(殿方)を集めちゃうぞ』の世界なんだ。あんた達はこの国からすぐに脱出しないと危ない」
「何故だ?俺たちは辺境へと送られると聞いたが?」
「俺があんた達を始末する刺客だからだよ」
そもそも第二王子を王太子にしたい側妃と、元から年下美少年の第二王子の事が好きなルビニアと、娘溺愛のルビニアの父パール公爵の思惑が一致して、サフィールとエメランデを放置しておいて最後に断罪するという筋書きだったらしい。そしてサフィールが生きていたら、万が一後継者争いが生じたりすると都合が悪いというので始末するとのこと。これは国王や王妃は知らない話で、廃嫡はするが死を望むほどの事ではないと考えていた。
「パール公爵ってのは権力志向とともに猜疑心もつよい嫌なおっさんでさぁ、お前達を抹殺したならイオライト殿下の側近に取り立ててやるから、忠誠心を示せって言ってきたんだ」
「なかなか手厳しいな。ルビニアはそんなに俺の事が嫌いだったのか」
「いや、今はそこじゃないだろう?俺はイオライト側に与した刺客なんだぜ。もっと緊張感を待てよ」
「でもカルセド様はわたし達を殺さないよね」
「うん、殺すつもりないよな。そこまで話したって事は俺たちを逃してくれるんだろう?」
カルセドはニヤリと笑った。
「ああ、俺もこのままトンズラして、あんた達の冒険者計画に一枚噛ませてもらおうと思っている」
「カルセド様にはなんのメリットもないのに?」
「えーと、メリットならある。サフィールの側にいられる」(それが本音なんだよね)
「お前、いい奴だなあ。いつも寡黙で喋らないし、俺に仕えている事に不満を持っていると思ってたよ。
それからエメランデ、なんで俺は呼び捨てでこいつは様付けなんだ。統一しろ」
サフィールは苦々しい顔つきでエメランデのこめかみをぐりぐりと攻撃した。
「痛いじゃない、わかったわよ。じゃあ、カルセド、よろしくね!」
「うん、騎士のお前がいれば心強い」
そうと決まれば、とエメランデはサクッと立ち上がった。
「じゃあここにいてもしょうがないから脱出しますか?試してみたい事があるの」
「試すってお前どうするつもりなんだよ?」
サフィールが心配そうに尋ねた。
「こうするつもり!」
右手にサフィール、左手にカルセドゥの手を取ると、エメランデは厳かに宣言した。
「転移!」
恐る恐る目を開けるとそこは、事前に準備していた隠れ家の中だ。
「やったあ、出来ちゃった!」
なんと3人はエメランデの出鱈目魔法発動で、城内の簡易牢から無事脱出を果たしたのだった。
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仲間が増えました。