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不憫なんです

エメランデとサフィールの事情です。

 時は遡り、エメランデが謎の強制力でサフィールに抱きついたり、噴水に飛び込んだのを助けられたりと、交流を始めた頃。


 まるで保護者のように、やれご飯はちゃんと食べてるか?睡眠時間を削ってはいけないよなどと構ってくるサフィールに対して、初めは綺麗な顔の王子様だなあと、見ているだけでときめいて眼福だった。しかしその超綺麗な顔立ちにも関わらず、中身は世話焼きなお母さんのような王子に、エメランデはなんだかんだ言って絆されてしまったのだった。


 婚約者の公爵令嬢はサフィールを避けているし、側近と言えるのは護衛も兼ねている伯爵子息のみ。友達いないのかなこの人、王子様って孤独なんだと不憫に思って、気がつけば行動を共にするようになっていた。そこに恋愛感情があったのかと問われれば、本人にも良くわからない。憧れと憐憫が入り混じった複雑な感情、というのが正しいような気がする。しかし周りは2人を恋人だと思っていたので、結果的にパーティへの断罪へと繋がってゆく。


 後から考えれば随分とおかしな話だった。

 何しろサフィールは王太子なのだ。本来なら支えるべき側近達を従えて、直視したら目が潰れるくらいのキラキラを周囲に撒き散らして、尊敬と憧れを一身に集めるべき存在の筈。ところがそちらの役割は弟の第二王子イオライトが引き受けているようだった。

 サフィールとイオライトは一歳違いで腹違いの兄弟である。由緒正しい侯爵家出身の母を持ち、王家特有の金髪碧眼をしており、常に自信に溢れ王者の風格を漂わせるイオライトは多くの取り巻きを侍らせていた。中でも、サフィールの婚約者ルビニアが取り巻き筆頭といっても良いくらいで、2人が一緒にいる姿は目についた。


 時折、学院の庭でルビニアを始めとする取り巻きを引き連れて練り歩くイオライトとばったり遭遇する事があった。そんな時エメランデは、緊張が極度に達して胃が痛くなったものだ。


『これはこれは、兄上、散歩ですか?随分と風通しが良いようで。しかし大切な御身ゆえ付き合う人間は選んだ方が良いかと思いますが』


『ああ、ちゃんと選んでいるよ。僕は二心のある人間はいらないのでね。己の目で判断し厳選した者しか側には置きたくないのだよ』


 それってあれよね、わたしが場違いだって言いたいんだよね、あ、ルビニア様が睨んでる、怖いよぅ……

エメランデの心はゴリゴリと削られていった。睨みつけるルビニアの視線が痛かったが、そんなに睨むならどうしてサフィール様の側にいてあげないの?と思う。高貴な人の考える事はさっぱりわからない。

 

 何にしても、男爵令嬢にうつつを抜かしている、とサフィールだけが非難されていて、兄の婚約者と距離が近いイオライトの事は話題にもならないのが理不尽だった。



 ある時唐突に、夢はあるか?と尋ねられたエメランデは、こう答えた。


『冒険者になりたいのです』


 エメランデの言葉に目を丸くしたサフィールは、それも良いかもしれんなと頷いた。

『もし、僕も共に冒険者になるから、一緒にここから逃げようと言ったらどうする?』

  

 サフィールとて己の出自をよく理解している。それなりの器量を持ち、王太子になるべく育てられてはいても、卑しい血が混じっていると陰で噂されているのを知っていた。いくら王妃が我が子のように慈しんで育てているとはいえ実母はメイドである。それに比べて第二王子の母は元侯爵令嬢だ。

 後ろ盾になるようにとパール公爵家のルビニアが婚約者になったが、彼女は初めからサフィールに冷たく、こちらがいくら交流を深めようとしても何かと理由をつけて避けられていた。

 ルビニアの立ち回りは上手く、サフィール殿下がわたくしを避けていらっしゃるのですと、まるで彼女には非がなくて蔑ろにされているのはルビニアの方だと周囲に訴えるのでタチが悪かった。パール公爵はそんな娘の肩を持つばかりで、王太子がしっかりとしていないからと公然と非難した。

 サフィールが王太子でいられるのは、先に生まれた事と、王妃が実子のように育ててきたからに他ならない。王妃は側妃と仲が悪くて、第二王子を王太子にする事だけは阻止したかったのだ。


 然し乍ら、侯爵家をバックにつけた第二王子イオライトの方が王太子に相応しいのではないかと、貴族の間ではもっぱら噂されていた。子を産めなかった王妃は他国から輿入れした王女で、この国には味方も少ない。そして本来なら強力な後ろ盾になる筈の婚約者は全くあてにならない。


 サフィールは王太子という立場に未練はない。国を舞台にしたパワーゲームの捨て駒にしか過ぎず、早々にリタイアさせられるのではないかと予感していた。

 国を背負わねばならない息苦しさと重圧から逃れたいし、権力闘争に巻き込まれて死にたくもない。何よりしっかりした背景を持つイオライトの方が王太子として相応しいのはわかっている。そんな中で出鱈目な男爵令嬢エメランデと出会い彼女の夢を聞いて、冒険者になるのも良いなと考え始めたのである。


 そして2人は話し合いを重ね計画を練った。卒業パーティでサフィールが王族から抜ける事を宣言し、そのまま国を出ていくという計画を立てたのだった。もちろんすんなり行かないだろうから、脱出経路を準備して道中の路銀や支度を隠した。

 自分が王族から抜けたとて大したダメージはないと思う。王妃には申し訳ないが、王妃に迷惑がかからぬようすっきりと縁を断つのが良いと考えた。勿論最悪の場合も考えられるが、万が一という時の為に命を取られる事はないだろうとたかを括っていた。イオライトが何かあった時の保険は必要だろうと。


 全ては秘密裏に準備され、エメランデはサフィールの用意した趣味の悪いドレスを身に纏った。周りから嘲笑されて追い出される方が、憎しみは少ないだろうという作戦だ。


 懸念はルビニアを始めとするパール公爵家の反応で、まさかと思うけれど最後の最後になってサフィールの味方をする可能性だってある。サフィールを傀儡の王にしてしまえば権力はパール公爵の手に入る。 しかしそれは大丈夫だとサフィールは断言した。


『ルビニアは権力志向がが強い。イオライトは見栄えが良いし権力欲も強い。利害だって一致するからね。2人はお似合いなんだよ。

 僕の事は下賎な血が流れていると見下しているから、居なくなってせいせいするだろうさ』


 計画は完璧、準備は万端、いざ出陣となったところで、サフィールが豹変してしまったのは大いなる誤算だった。

 まるで人が変わったかのように、男爵令嬢のエメランデを睨みつけ、お前は人心を惑わす悪女だと切り捨てた。そしてルビニアの手を取ろうとしたのだが、こちらはこっぴどく拒絶されてしまった。


「あの時のサフィール様、おかしかったわ。まさかルビニア様に愛を語るなんて思わなかった。なんだか変な薬でも飲まされたみたい。サフィール様、大丈夫かしら。

 それにしてもお腹が空いたわ。いつまでここに閉じ込められてるんだろう」


 床に三角座りをしたエメランデは手の平を上に向け、水を生み出すイメージを脳裏に浮かべた。空気中の酸素と水素を混ぜて、、、

 ポンと効果音がありそうなほど劇的に、手の平の上には水の球が出来た。

 

「わあっ!出来た!」


 エメランデはそれを飲み干した。そう、エメランデは魔法が使えるようになったのだ。この世界には少なからず魔法を使える人間がいる。前世を思い出すまでは使えなかったが、そもそも魔力は全員にあるのだ。それを体外に放出して使えるかどうかが問題なのだ。

 魔法は空想力が大事だと聞いたからもしかしたら出来るかも?とやってみたら、出来てしまった。

 とはいえ水を出したに過ぎないが、それでも魔法が使えた事が、エメランデは嬉しくなった。


「ここってやはりゲームとか小説の世界なのかなあ。前世を思い出すってそういう事だよね。異世界転生ってやつ?

 そもそもゲームとかやったことないからどういうストーリーなのかわからないけど、確かに言えるのは、ここって剣と魔法の世界だって事ね。魔法が使えるって凄いじゃない」


 話し相手はいないけれど、エメランデは独り言を続けた。話していないとなんだか落ち着かなかった。



 前世の記憶の中で、エメランデは女子高生だった。

母と2人、狭いアパートで暮らしていた。 

 部活は陸上部だ。高校へはスポーツ推薦の特待生で入学した。部活が終わったらコンビニでバイトをして、生活費の足しにして、母との生活を維持していたが貧しい事に変わりはなかった。

 そんなエメランデが思い出した前世の最後の記憶はトラックを走っているところだ。ゴール目前でブラックアウトしたから、急性心不全というやつだろうか。


「わたし、死んじゃったんだよね多分。お母さんを一人ぼっちにしちゃった」


 前世の母の顔は思い出せないけど、お金を稼いでいつか母を楽にしてあげたい、そんな事を考えていたのにわたしは親不孝だ。

 今頃になって悲しさと不安が押し寄せてきて涙が溢れてきた。これからどうなっちゃうんだろう。


 膝に顔を埋めてしくしくと泣いていたらカチャリと音がして、室内に誰かが入ってきたようだ。そっと顔をあげると目に入ったのは、少し草臥れた金髪の美青年だった。


「サフィール様!?」


 思いきり顔を顰めたサフィールがそこに立っていた。




お読みいただきありがとうございます。


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