表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/7

断罪されました

よろしくお願いします。

4話完結です。

 静寂のフロア、誰かがごくりと唾を飲み込んだ音が響く。フロアの中心にはピンク色のフリルひらひらのドレスを着た小柄な少女と、金髪碧眼の見るからに高貴な身分の若い男が立っている。人々の視線は彼らに向いていた。どうやら断罪の真っ最中のようである。


「エメランデ・サイドール。王太子である私を魅了で陥れようとしたお前の罪は深く、許されるものではない」


 金髪碧眼の王子が合図すると、控えていた騎士達がエメランデを取り囲む。そして何が何やらわからぬまま拘束された。


「え?ええ?ちょっと待ってよ。ここは一体どこなの?これって何かのコスプレ?アトラクションなの?」


 きょとんとした顔の少女は手にかけられた強い力に思わず悲鳴をあげた。

「いたっ!何すんのよ!わたしをどうするつもり……」

 会場に響く彼女の叫びも虚しく、その問いかけに誰も答えようとしなかった。


「さあ、諸君!卒業パーティのやり直しだ。我が愛しの婚約者ルビニア嬢、この手を取ってはくれまいか」


 王子然とした若者、実際王子なのだが、その彼が傍の美少女にさっと手を出す。美少女は美しく微笑み返し、王子の心臓は激しく鼓動した。


「お断りいたしますわ、殿下。ああ、もう殿下ではございませんでしたわね、サフィール様」


「ん?何を言っている?」


「わたくしとは既に婚約解消済である事をお忘れになったのかしら、サフィール様は」


 ルビニアは、誰もがうっとり見惚れる美しい笑顔で告げた。


「わたくしと婚約を解消した段階で、サフィール様は廃嫡、王族としての権利は剥奪される事が決まりましたわ。ただ国王陛下の温情で、この卒業パーティまではその猶予期間でしたのよ」


 サフィールは目を白黒させてルビニアを見つめた。彼女の言葉の意味が理解できなかったのである。


「まさか、ご存知ありませんでしたの?貴方様、サフィール・ジュエライト様は、王妃殿下の実のお子様ではなく、ましてや側妃様がご母堂でもなく、陛下が気まぐれに手を出したメイドが産んだお子。それでも陛下の尊き血を受け継いだお方という事で、王妃殿下は我が子のように可愛がっておられましたわ。わたくしという婚約者を与えるほどに。

 ところが貴族学院に入ってからは、婚約者のわたくしを蔑ろにし、エメランデ・サイドール男爵令嬢を常に傍に置いて愛でるという行動を取り続けられましたでしょう?流石に陛下も王妃殿下も、貴方様を切り捨てるとお決めになったのですよ」


「たちの悪い冗談はよしてくれ。それとも何か、余興の寸劇なのかい?」


「ちなみに婚約は2ヶ月前に解消されておりますの。もちろんサフィール様の有責ですわ」


「……嘘だ。僕があのような女に気を許したから、君は拗ねているだけなのだろう?そもそも魅了の罠にはまっていて、僕は正気ではなかったんだ!」


 サフィールの顔色は真っ青だった。この2年ほど悩んで思考が鈍っていたが、先程漸くすっきりとしたのだ。諸悪の根源の悪女のエメランデを罰して、愛する婚約者のルビニア・パール公爵令嬢と結婚してこの国を正しく導き、より一層の発展に励むと卒業に際し誓ったばかりだ。まさかそれが全て茶番で、婚約は解消されていて、もはや自分は王太子でも王族でもないというのだから、そんな言葉を受け入れられるわけがない。

 しかし、愛する婚約者ルビニアから向けられるのは冷たく蔑んだ視線だった。心なしか周囲の者達からの視線も痛い。


 誰かこれが嘘だと言ってくれ……


「残念ながら、全て本当の事だ」

「父上!」


 いきなり現れた国王に、集った人々は頭を下げた。そもそも貴族学院の卒業パーティに国王の出席の予定はない。卒業生とその父兄は、さきほどの公爵令嬢の発言に加えて、予期せぬ国王の登場に固唾を飲んで成り行きを見守っていた。


「サフィールは私の息子ではあるが、王妃の子ではない。己の才覚を生かせねば王太子としての価値は失われると、散々言って聞かせておったのだがな。

 変な女にひっかかったお前をこのままにしてはおけない」


 国王の合図でサフィールは近衛に連れられて卒業パーティの場から姿を消し、何事もなかったかのように卒業パーティは続けられた。そして、ルビニア・パール公爵令嬢は、側妃から生まれたイオライト第二王子と新たに婚約を結び、その第二王子がやがて王太子となる事が国王の口から告げられると会場は大きな歓声と祝福の声で満たされたのだった。

 


 前世の記憶とやらが脳裏に浮かんだのは、ほんの先ほどの出来事。前世の自分は高校生で、陸上トラックを走っていた。400メートルを全力で走っていた時に息が出来なくなり倒れ込んだと思ったら、卒業パーティ会場に居た。隣には金髪の美青年(サフィール王子)と、やはり金髪の美少女(ルビニア・パール公爵令嬢)がいて、コスプレ?アトラクション?とあわあわしていたら、糾弾されて騎士に引き立てられて、わけがわからぬまま一室に閉じ込められた。

 ひとり呆然と立ちすくんでいたが、やがてじわじわと前世と現世の記憶が混ざり合って、己の置かれている立場を理解した。

 しがない男爵家の娘が王子を誑かしたと思われているのだ。それ故の罰としてここに閉じ込められたのだろう。自分のしでかしたやたらと恥ずかしい行動の数々を思い出し、エメランデは身悶えした。 


 いや、誑かしたなどとは思ってはいない。たまたま仲良くなったのが王太子だっただけなのだ。

 それにエメランデはサフィール王子のことが好きだった。いや、王子というより王子の綺麗な顔が大好きだったのだ。

『こんな綺麗な顔をした男の子、初めて見た!』と、うっとり見惚れていただけで、それは恋と言うよりアイドルに対する憧れのようなもの。本来ならお触り厳禁の見て眺めて愛でる存在なのである。

 それが間が悪い事に、後ろから走ってきた誰かに突き飛ばされて、綺麗な顔のサフィール王子に抱きついてしまったのは不可抗力だと思う。


 その後も噴水に落としてしまった母のブローチ(形見ではない。サイドール男爵夫人は健在である)を取ろうとしてうっかり噴水にはまってしまったら、サフィールが現れて

『誰かに突き落とされたのか?かわいそうに』と、勝手に勘違いした挙句、王宮へ連れて行かれ替えのドレスに着替えさせてくれた。それを勘違いするほどエメランデは図々しくは無かったので、買い取れと言われたらどうしよう、とてもじゃないが払えないと顔を青くしたが、返却不要だから好きにすると良いと言われて安心した。

 ドレスは高く売れそうだったが、流石に王族から下賜されたものを売るのは怖かったので自室に飾ってあったのをサフィール本人の許可を得て、最近お金に変えたばかりだ。何故ならエメランデにはお金が必要だったから。


 ともあれ何となくサフィールとの交流を始めたエメランデであったが、その後に始まった虐めには参ってしまった。何しろ男爵といっても貧乏だから、教科書を破られたり、筆記用具を捨てられたりすると非常に困るのである。そもそも貴族学院での立場は奨学生なので、必要最低限のものしか手元にない。


 それを素直にサフィールに愚痴れば、真新しい教科書や文房具とともに、

『ルビニアには釘を刺したから』と一言があって、エメランデは恐れ慄いた。

 何しろルビニア・パール公爵令嬢というのが、とんでもない美少女でとんでもなく怖かったのである。微笑んでいても目が笑っていないし、常に相手を威嚇するオーラを漂わせていた。エメランデは本能的にルビニアの持つ苛烈な本性を見抜いていた。


 貴族学院の生徒達は、美しく気品があって国内きっての貴婦人であるとルビニアを褒め讃えるが、あれは心の奥底に闇を抱えている人間の目だ。だからあの人を敵に回してはいけないとなるべく出くわさないようにと注意をしていたのだが、サフィールに連れ回されると必然と遭遇してしまうのだった。

 その上サフィールは、エメランデへの一連の虐めはルビニアの指示だと決めつけて注意をするものだから、王太子と婚約者の間を裂こうとする下賤な女として、エメランデは貴族学院の女生徒を敵に回した状態だった。本人は王太子と婚約者の間に割って入るつもりなど毛頭ないのに、肝心のサフィールがルビニアを毛嫌いして、エメランデを側に置いておきたがるので本当に困ってしまった。


 一触即発のような緊張感を漂わせながらも、大きな問題が起きなかったのは奇跡だった。そしてサフィール達は最終学年になり卒業が近づいてきた。

 ある時、卒業後はどうするつもりか尋ねられたエメランデは、自分の夢をサフィールに教えた。それは冒険者になってお金を稼いで、両親の暮らしを楽にしたいという現実的な夢であり希望だった。


 サイドール男爵家の領地はど田舎である。男爵夫妻が子どもを諦めていた頃、漸く生まれたのがエメランデだ。初老に差し掛かって得た愛娘と3人、小さな領地で領民と共に慎ましく暮らしていたサイドール一家の希望の星がエメランデだった。

 類稀なる運動能力を持ち、頭の回転も早い。決して美人ではないが愛くるしいエメランデは、いずれは婿取りをせねばならない。せめて良い婿を得られるようにと、サイドール夫妻は娘を王都の貴族学院へと送り出したのである。


 しかしエメランデ本人は卒業したら冒険者になるつもりだった。貴族令嬢とは思えない機敏な身のこなしで、身に迫る数々の嫌がらせを回避してきたり、サフィールの護衛騎士から剣技の指導を受けてきたから、それなりにやっていけると根拠のない自信があった。

 それゆえ男爵家の両親へは親戚から養子を取って後継者にすべきだと何度も訴えてきた。

 漸くサイドール男爵夫妻が折れて、親戚の男爵家の三男を養子にしてくれたので、エメランデは安心して冒険者になれると思った。


 どうしてそこまで冒険者に拘るのか、今いちエメランデにもわかっていなかったが、今になって考えると()()()の知識が潜在意識にあったからなのではないかと思う。加えて末端とはいえ貴族令嬢とは思えない身のこなしや身体能力の高さは、前世の最後が高校の陸上部員だったからなのかもしれない。

 せっかく入った貴族学院も、王太子と知り合ったばかりに他の生徒達との交流を持たなかった。その上公爵令嬢の取り巻き達には危険な嫌がらせをされて、本来なら学院を辞めて領地に帰っても不思議ではなかったのだが、両親に心配をかけたくない一心で頑張ってきたのだ。それになんだかんだ言っても不憫なサフィール王子に絆されたせいもある。

 サフィールはサフィールで、いつ崩れるがわからない足元の緩い塀の上を歩いているかのような不安を抱えていた事を、エメランデは知っていた。


 あの人も苦しんでいたんだよね、出自に関する心無い噂や冷たい婚約者に心を痛めていたんだよね。わたしみたいな田舎者に縋るほどに。


 何しろ400メートルを走ってたからね、最後なんで無呼吸だもんね、そりゃわたしは心臓強いよね、うん。今、こんな状況で牢みたいな部屋に閉じ込められていても、なんだかきっと大丈夫な気がするんだもん。


 だけどどうなっちゃうんだろう……。サフィール様を誑かした罪で、処分されてしまうのかな。


 エメランデは床にしゃがみこんで膝を抱えた。

「お腹空いた……」

 小さく呟いた言葉は思いのほか大きく響いた。


 

 

お読みいただきありがとうございます。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ