第82話 4人の勇者
「サディ?」
お父さんの声に、膝をついていたサディさんが振り向く。私たちの顔を交互に見て絶句してる。
「……アル? アリシアちゃんも」
「サディ、来てたのか。避難の方は大丈夫だったか? こっちは見ての通りフルグトゥルスが現れた。俺も引退してから腕がなまったな。タイマン勝負じゃ防戦するのがやっとだ。その上あいつは強力な光線を放つ。アリシアを連れて逃げるのがやっとだった。レインコートも台無しになっちまって、ナーガにまた嫌味を言われそう……ッ!!?」
殴りかかってきたサディさんの拳を、お父さんが慌てて受け止める。
「ど、どうしたサディ!? 魔物に操られてるのか!?」
「ふっざけんなよ! 紛らわしいマネするな!」
「はあ? 何がどうした?」
「こんなのあったから、アルが……死んだかと思って……」
サディさんの手には白い切れ端が握られている。お父さんのレインコートだ。
フルグトゥルスが光線を放とうとしていることに気づいたお父さんは、私を抱えて遠くまで走った。でもすぐに光線は放たれ、私たちは爆風のような衝撃に吹き飛ばされた。
そのときに、お父さんのレインコートが引きちぎられてしまった。
さっきまで私たちがいた場所は爆弾でも落ちた後みたいに、一面木々が焼き払われ、地面には小石ひとつ残っていない。
この状況を見たら、私とお父さんが無事ではないと思っても仕方ない。
「俺が死ぬわけないだろう。そんな取り乱すなんて、サディらしくないぞ」
「アルとアリシアちゃんのことじゃなかったら、こんなに取り乱さないよ」
それくらいわかれよ、というような視線がお父さんに向けられる。
言葉に詰まったお父さんが頭を掻いた。
「悪い。心配かけた」
「別にいいよ。本当に死んでたら許さなかったけど」
「俺がサディを置いていくわけないだろ」
ストレートな言葉にサディさんが面食らった。それから、可笑しそうに吹き出す。
「そういう言葉、サラッと言えちゃうところがすごいよね」
「何か変なことを言ったか?」
「自覚ないんだ。でも、俺を置いていく気がないのなら良かった。せいぜい頑張って長生きしてよ。もしアルが死にたくなったらその時は」
「お、おい。アリシアの前で縁起でもないこと……」
「俺が殺してやるから」
口の端を吊り上げたサディさんの目は笑っていない。お父さんの顔に脅えが見えた。
ヤンデレ攻めじゃん。嫌いじゃない。
「アリシアちゃん!」
パッといつもの優しい笑みに戻り、サディさんが私に駆け寄った。
「無事でよかったよ。どこかケガはない?」
「大丈夫、お父さんが守ってくれたから」
「そっか。アルはアリシアちゃんのヒーローだね」
私に向けられた優しい笑顔の片隅に、安堵の表情が見えた。
心配かけちゃったな。もとはと言えば私のせいだから、罪悪感で胸が痛む。
ギャオーと、遠くからフルグトゥルスの雄叫びが聞こえた。
家族団欒の空気が、一気に張り詰める。
「あれがフルグトゥルスか」
「さっき俺が翼を切り落としたんだが、あっという間に再生したみたいだな。もう元気に空を飛びまわってる」
「フルグトゥルスってモンスターじゃなくて精霊なんだっけ? 厄介な相手だね。完全に倒すのは無理そうだよ」
「俺たちに敵わないと思わせて、巣穴に帰らせるしかないな。そうすれば、しばらくこの地には近づかないだろう」
「カラスを追い払うための鷹になるってことだね。そこまで圧倒させられるの?」
「できるさ」
お父さんが事も無げに頷いた。
1人では苦戦してたのに、今は自信に満ち溢れている。
「1人じゃない。俺たち2人ならな」
「またカッコイイこと言っちゃって。ハドリーさんとナーガの援護がなくても平気だって?」
「それは……困る」
「そりゃそうだ。俺たちは、全員で勇者だからね」
顔を見合わせて、2人が笑った。
それから、お父さんが真剣な顔で私を見た。
「アリシア、なるべく遠くに逃げていなさい」
「あんまり遠くに行かせるのは危険だよ。もしフルグトゥルスがアリシアちゃんの方に行ったら対処できない」
「そうか……じゃあそこの岩だ! その後ろに隠れていなさい」
お父さんが少し離れた場所にある大きな岩を指さした。私の身体の倍くらいあって、フルグトゥルスからすっぽり隠してくれそうだ。万が一光線が飛んできても盾にできる。
「わかった! お父さん、サディさん、頑張ってね!」
「うん、応援しててね」
「アリシア、絶対そこから出てくるんじゃないぞ! 何があってもだ!」
「はーい!」
お父さんに念を押されて、私は岩の向こう側まで走った。
後ろから、お父さんが息を吐くのが聞こえる。
「今度は本当にじっとしてられるだろうか……」
「大丈夫だよ、って言い切れないのがアリシアちゃんだよね。ときどき無鉄砲に行動するところがあるから。誰に似たんだろ?」
「俺に似たんだな」
「ははっ、きっとそうだね」
ハドリーさんとナーガさんを待って戦えればよかったけど、そう都合良くフルグトゥルスは待ってくれない。
遠くを旋回していたフルグトゥルスが方向転換をした。向かった先にあるのは、プレンドーレ村。
急いでお父さんは剣を構え、サディさんは魔導の剣を引き抜いた。
サディさんが魔導の剣の波動でフルグトゥルスに攻撃を当てると、フルグトゥルスがこちらをじろりと睨む。ゾワゾワする気配を漂わせながら地上に降りてきたフルグトゥルスを相手に、再び戦闘が始まった。
正面からお父さんが戦い、サディさんが後方から援護する。接近戦と遠距離攻撃、フルグトゥルスの逃げ場をなくして着実にダメージを与えていく。
アイコンタクトすらしなくても、2人はお互いの動きがすべてわかってるみたいだ。特にサディさんは、細かいお父さんの動きに合わせて的確にフォローをしてる。
それでも相手は怪鳥だ。親切にずっと地上に降りていてくれるわけじゃない。サディさんの波動が届かないほど高く飛ばれてしまえば、太刀打ちができなくなる。
お父さんたちの真上に飛んだフルグトゥルスが、また大きなくちばしを開いた。
「アル!」
お父さんが飛び退いた瞬間、地上に炎が吐かれた。燃えるような草木はもうないはずなのに、あっという間に炎が燃え上がっていく。いつの間にかすっかり雨はやんでいて、炎は広がるばかりだ。
「マズイ、火事にな――」
お父さんの姿が突然降ってきた水に遮られた。炎が燃えているところにだけ、局地的にバケツどころかプールをひっくり返したような水が滝のように降ってる。
上を見ると、何もない空間からドバドバと水が出ていた。こっちまで水しぶきが飛んでくる。
フルグトゥルスは水から逃げるように飛び去った。
「一気に鎮火完了だ。相変わらずナーガの魔法はすげえな」
「もう帰っていい?」
私が隠れる岩の向こう側に、ハドリーさんと面倒くさそうなナーガさんが立ってた。
滝が消え、ずぶ濡れになったサディさんが声を上げる。
「ハドリーさん! ナーガ! 来てくれたんだね」
「サディアスがもっと魔法を使えたら来なくて済んだんだけど」
「素直じゃねえなあ。珍しく俺が引っ張ってこなくても自分から来やがったくせに」
「僕の家まで壊されたら困るだけ」
「にしても、やり過ぎだ」
水浸しのお父さんが頭を振って、水滴を飛ばした。
「いきなり滝の中に突っ込まれたかと思った。窒息するところだったぞ」
「常識的に考えて、あんな炎を消火するにはあれくらいの水必要。少し考えればわかるはずだ」
「まあまあ、アルはバカだから許してやってよ」
「バ……ッ!?」
「お前さんら、お喋りはその辺にしとこうぜ」
ハドリーさんが上空を指さす。
フルグトゥルスが空を引き裂くように鳴いて、再びこっちに飛んできていた。
お父さんは再び剣を引き抜き、サディさんが魔導の剣に魔力を流し始める。ハドリーさんは両脇に差した鞘から細長い剣を引き抜いた。
「久々に先輩の二刀流が見られますね」
「俺には期待すんなよ。お前らと違って、引退してから動いてねえんだから」
「ナーガは防御と回復を頼んだよ」
「白魔法は専門じゃないんだけど」
チラリ、とナーガさんの視線がこっちに飛んできた。
「さっさと回復魔法を覚えさせておけば良かった」
次の私の修行が決まったようだ。
戦闘準備を整えたお父さんたちが、フルグトゥルスを見上げる。
「全力で行くぞ! 村の平和は俺たちに懸かってる!」
「おっ、久々のバトルだから張り切ってんな?」
「アル、そういうノリ好きだもんね」
「そういうのいいから早く始めて。さっさと帰りたい」
「お前ら……」
長い息を吐いてから、お父さんが顔を上げた。
「行くぞ!」
4人の勇者がオーラを放った。




