第79話 襲来
広場の真ん中に白い台座でステージを作り、その周りに花やアステリランプを飾り付けた。
教会をイメージしてるんだけど、なんとなくそんな雰囲気にはなってきたかな。
夢中で準備していたら、陽が陰ってきた。もういい時間なのかもしれない。
「ソフィアおねえちゃん、そろそろハドリーさんの家に行ってくるね。お料理を運んでこなくちゃ」
「お料理? まだ早いんじゃないかしら」
え? と首を傾げると、ソフィアちゃんが広場の隅にある時計を指さした。
小さな村役場の屋根に取り付けられた時計の針は、まだ3時前。空を見上げると、薄い鼠色の雲が太陽を隠していた。
「お天気、ちょっと悪くなってきちゃったね」
「雨が降ってこないといいけれど」
ソフィアちゃんの表情まで曇ってしまう。
雨が降れば流星も降るかもしれないけど、今日は困る。ここまで準備したのに、お祭りが、結婚式が……
ゴロゴロゴロ、と唸るような音が聞こえた。
キャーと女の子たちが悲鳴を上げる。
「雷がきてる。みんな、1度手を止めて――」
ソフィアちゃんが言い終わる前に、頬に冷たいものが当たる。
雨だと気づいた途端、シャワーのように降ってきた。みんなワーワー言いながら、大騒ぎで村役場に走って行く。
「アリシアちゃんも行きましょう」
「待って。ランプとお花が濡れちゃう」
と言っても、手近なところにブルーシートのようなものはない。
どうしようかと思っていると、「アリシアちゃん」と男の人の声が聞こえた。
「ハドリーさん!」
「様子を見に来たら降られちまったよ。しょうがねえな」
と言って、バサッと白い布を台座の周りに被せた。
「どんな水も汚れも弾く加工がされてある布だから、しばらくは大丈夫だ。本当はテーブルクロスに使う予定で持ってきたんだが、まあいいだろ」
「ありがとう。でも、それじゃテーブルクロスが」
「ダメになっちまったら、普通のテーブルクロスをナーガに加工させるさ」
本人の知らないところで仕事が増えてる。ナーガさんの舌打ちが聞こえてきそうだ。
ピカッと空が瞬いた。数秒置いて、不機嫌な獣のような唸りが聞こえてくる。
ソフィアちゃんが私の手を掴んだ。震えてる。
「アリシアちゃん」
「う、うん、もう行くね。ハドリーさんも」
「俺はアルバートたちのとこに行ってくる」
「え?」
「アリシアちゃん、早く」
ソフィアちゃんに引っ張られて、私も村役場に走った。
雨音に邪魔されたハドリーさんの声は、「フルグトゥルス」と聞こえた気がする。
村役場に入ると、雨は更に激しくなった。
だんだんと光と音の感覚が短くなって、雷が近づいてくるのを感じる。
「こりゃあ、祭りは中止だな」
「子供らがここにいるって知らせとかねえと」
役場の人たちがバタバタし始めた。
お祭り中止に落胆する暇もなく、みんな次第に大きくなる雷の音に怯えてる。
せっかくみんなで準備したのに。早く雨が上がればいいけど。
でも、もしフルグトゥルスなら……
はあ、と溜め息が聞こえた。
横にいるソフィアちゃんが、窓に叩きつけられる雨粒を見ながら沈んだ顔をしてる。ソフィアちゃん、私よりも頑張ってくれてたのにな。
「ソフィアお姉ちゃん、大丈夫だよ。今日は残念だったけど、お祭りはまた今度できるよ」
「でも、結婚式が……」
「結婚式もまた今度やればいいよ。お父さんたち、全然気づいてなかったんだ。もっとたくさんアステリランプを作って、もっとすごい結婚にしようよ! 私、アステリランプ上手に作れるようになったんだ!」
「アリシアちゃん……」
はしゃいで見せる私に、ソフィアちゃんが悲しげに笑った。
しばらくすると、連絡を受けた親たちが子供たちを迎えに来た。
ソフィアちゃんのお母さんも、焦った様子でやって来る。
「ソフィア、早く帰りましょう。今うちが避難所になっているから」
ソフィアちゃんのお父さんは村長さん。それで家を避難所に開放してるんだろう。
「アリシアちゃんもうちにいらっしゃい。アルバートさんたち、今きっと忙しいでしょうから」
「私はここでお父さんたちを待ってます」
ソフィアちゃんのお母さんの申し出を断ると、ソフィアちゃんが「でも」と不安げな顔をした。私は精一杯の笑顔を作る。
「大丈夫。お父さんたち、きっとすぐ迎えに来てくれるから」
「それなら、私も一緒に待ってるよ」
とは言ってくれたけど、ソフィアちゃんのお母さんは早く家に戻りたそうにしてる。避難所になった家にはきっと村の人がたくさん来ていて、大忙しなんだろうな。
「平気平気! ソフィアちゃんのおうち避難して来た人がいっぱいいるんでしょう。ソフィアちゃんもお手伝いしないとなんじゃない?」
「うん……」
なんとか納得してくれたのか、ソフィアちゃんはお母さんに手を引かれて帰って行った。
一緒に行った方が良かったのかな。
でもこれが本当にフルグトゥルスなのかどうか、お父さんたちに確かめたいから。
1人、また1人と子供たちが親に連れられて帰って行く。
何回目かに役場のドアが開くと、お父さんとサディさんが立っていた。白いレインコートを着てる。
「お父さん! サディさん!」
「アリシア! 遅くなって悪かったな」
「急に雨が来たからね。お祭りの撤収と避難誘導をしてたんだよ」
サディさんがレインコートのフードを取ると、水滴が辺りに飛び散った。
「外、雨すごいの?」
「さっきまでバケツをひっくり返したみたいだったけど、今はそうでもないよ。油断はできないけどね」
「フルグトゥルスが来てるからな」
「やっぱりフルグトゥルスなの!」
お父さんとサディさんが同時に頷いた。
「まだ姿は見えないけど、ただの雷雨じゃなさそうだよ。さっきハドリーさんもそう言ってた」
「ナーガの予測的中だな」
ライラック号やピッチたちが言ってたことが大当たりだ。
お父さんが私の前に膝をついた。
「すぐ一緒に帰りたいところなんだが、お父さんはこれから家に戻ってライラック号を避難させないといけない」
「僕はまだ家に残ってる人たちの安否確認をしてくる。こういうとき魔法が使えて良かったよ。連絡係ができるからね」
「役場は避難所になってるからここにいれば安心だ。アリシア、もう少し1人で待ってられるか?」
「うん、大丈夫。お父さんもサディさんも気を付けてね」
そう言うと、お父さんが私の頭を撫でてくれた。
サディさんも一瞬ホッとした顔をしたけど、すぐ笑みを消してフードをかぶり直した。
「アル、僕はそろそろ出るね」
「俺も行く。ライラック号の避難が済んだら合流する」
「わかった」
任務に向かう2人の横顔は凛々しくてかっこいい。ソフィアちゃんに見せたかったな。
本当は今日が2人の大切な旅立ち記念日で、プロポーズして結婚式するつもりだったのに。フルグトゥルスが憎い……!
お父さんとサディさんを見送りに出ると、確かに雨脚は弱まっていた。
でも灰色の雲はどんよりと重く暗く、まだまだ晴れ間が見える気配はない。
役場に私以外子供は誰もいなくなったけど、大人たちはまだバタバタしてる。
今更だけどこの世界に電話ってのはなくて、魔法がその代わりをしてる。サディさん以外の人は、自分たちの足で連絡を取り合ってるみたいだ。
コツコツ、と窓を叩く音が聞こえる。また雨が強くなってきたのかな。
と見上げると、ピンクと青い小鳥が窓をつついてる!? ピッチとルリだ!
急いで窓を開けると、2羽が飛び込んできた。羽はずぶ濡れだ。
「どうしたの!?」
と聞いてみたものの、2羽は慌てた様子でピーピー鳴くだけ。そうだ、魔法を使わなきゃ。
床に置いたカバンから杖を取り出して、集中する。
「汝の声を聞かせ――」
『大変だわ!』
『大変なの!』
呪文を言い終わる前に2羽の声が重なった。私の魔法もスムーズになったな、なんて感動してる場合じゃない。
「フルグトゥルスが来たんでしょ? 森は大丈夫?」
『大丈夫じゃないわ! 私たち、フルグトゥルスの気配がしてすぐ洞窟に逃げたの』
『でも、キキがいないの!』
「え! 一緒じゃなかったの?」
『避難するときは一緒だったわ。でも洞窟についたらいなかったの』
『森のみんなが一斉に逃げたから、もみくちゃになっちゃって……』
窓の外がフラッシュした! 次の瞬間、張り裂けるような雷の音が轟く。
ピッチとルリがピー! と鳴いて私の腕の中に飛んできた。震えてる2羽を両手で受け止める。
こんな嵐が近づいてる中を、キキはどこかに1羽でいるんだ。
森の中で迷子になったときのことが思い起こされる。孤独の闇に飲み込まれそうになりながら、必死に助けを求めて……
「キキを捜しに行こう!」
『ありがとう! アリシア!』
『キキと一緒にいた場所まで案内するわ!』
部屋の隅に置いてあった大人用のレインコートを拝借する。
出て行くなんて言ったら止められるに決まってるし、そもそも「小鳥たちに言われたから助けに行く」なんて信じてもらえっこない。
まだ雨は弱いし、風も吹いてない。今なら大丈夫。
レインコートで頭から足元まですっぽりと身体を覆って、こっそり役場から出た。




