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第60話 魔法

 翌日、サディさんとお父さんが起きる前に目が覚めてしまった。

 顔を洗って、厩舎にライラック号の世話をしに行く。


「おはよう、ライラック号」


 ライラック号が挨拶を返してくれるように、首を高く上げた。

 大きなフォークのような道具で、エサの乾草をライラック号に準備する。


「今日はね、ナーガさんに魔力を見てもらいに行くんだ。だから早く起きちゃったの」


 ライラック号がぶるぶると首を震わせた。


「魔力がコントロールできるようになったから、今度は魔法の練習をするんだよ」


 濡らしたタオルでライラック号の体を拭いてあげると、黒くて丸い瞳にじっと見つめられている気がした。

 毎朝こうやってお世話をしながら、ライラック号に話しかけてる。少しは仲良くなれたといいんだけど。


 馬の感情表現ってよくわからない。尻尾は動いてるけど、犬みたいにわかりやすいわけじゃないし。

 でも、嫌がられてはいない……よね?


 今はこんなに穏やかなライラック号だけど、かつてはお父さんたちと一緒に魔王退治に行ってたんだよね。

 想像できない……って言ったら、お父さんたちもそうだけど。


「アリシア、今日は早いな」


 お父さんが朝の畑仕事に出てきた。


「お父さん、おはよう。今日はナーガさんちに行くから、早起きしちゃったの」

「魔力が使えるようになったんだもんな。ナーガのやつ、アリシアがこんなに早く上達してきっとビックリするぞ。ギャフンと言わせてやれ」


 言わなそうだな、絶対。



 朝ご飯を食べた後、さっそくナーガさんの家に行った。

 相変わらず本の山に埋もれていたナーガさんは、私を一瞥して山から這い出てきた。


「魔力、使えるようになったんだ」

「わかるんですか?」

「うん」


 もうちょっと驚いてくれてもいいと思うんですが。

 少しは褒めてくれるのかと期待したけど、そんなこともなくて。


「思ったより時間が掛かったね」

「1週間でできたんですけど。サディさんは早いねって」

「サディアスは魔法使いじゃないから手間取ったけど、キミは魔法使いだろう。リリアの子なのに、意外と不器用なんだな」

「お父さんは魔力ゼロですよ」

「それにしては良くやった方か」


 とりあえず褒めてくれた、のか……?


 そういえば昨日の夕ご飯のとき、サディさんが「みんな初めて魔力や魔法を使えたときのことは、よく覚えてるものなんだよ」と言ってた。

 それくらい努力して、やっと成功させられるものだからと。


「ナーガさんは魔力が初めて使えたとき、どんな感じだったんですか?」


 聞いてみたけど、ナーガさんはぼんやりとした目で言った。


「覚えてない」

「えっ? じゃあ、魔法を初めて使えるようになったときは?」

「覚えてない」

「でも、初めて使えたんですから、こう……驚きとか感動とか、そういうのなかったんですか?」

「別に。魔法使いが魔法を使えるのは当り前だろう」


 ええ……そういうものなの?

 なんか納得できなくてサディさんに言われたことを話すと、ナーガさんは「ああ」と頷いた。


「僕、魔力の感覚は生まれつきあったから。魔法も師匠に弟子入りする前から使えてた」


 最初から当たり前に使えてたから、特に思うこともないと言うことですか。天才に聞いた私が悪かった。


「で、どんな魔法を使いたいのか考えた?」


 そうだ。それを最初の目標にしようってことだったんだよね。

 確か水・火・風・地の魔法は使うの難しいって言ってたはず。それ以外って結構難しいけど……あ。


「動物の言葉がわかる魔法ってありますか?」


 これができれば、ライラック号の言ってることがわかる!

 動物とお話しできるなんて、まさに魔法少女っぽくてなんかいいよね。


「あるけど、動物の言葉なんてわかってどうするの。潰される家畜の断末魔でも聞きたい?」

「そんなわけありません! ライラック号と話してみたいんですよ」

「ああ、ライラック号か。あいつ何考えてるかわからないからな」


 向こうもそう思ってるんじゃないですかね。

 というか、ナーガさんはライラック号の言葉わからないんだ。


「ナーガさんは魔法でライラック号と話したりしなかったんですか?」

「旅の途中でリリアが抜けてから、アルバートに頼まれて何度か通訳したけど、それっきりかな。僕あんまりあいつと合わないんだ」


 むしろ気が合う人がいるんだろうか、この人。

 何かを思い出したのか、ナーガさんがため息をついた。


「本当はサディアスにやらせたかったんだけど、そういう魔法は使い物にならなかったから」

「魔法にも向き不向きがあるんですか?」

「あるよ。サディアスは魔法使いじゃないから、努力したところで使える魔法は限られてる」


 努力したところで……ってことは、サディさんも使えるように頑張ったんだろうな。お母さんの代わりに、お父さんのために……!


 サディさんの気持ちに思いを馳せていると、ナーガさんが横をすり抜けてドアに向かった。


「外に出る」

「は、はいっ!」


 外に出ると、ナーガさんが木の下でキョロキョロと何かを探し始めた。

「これでいいか」と1本の枝を拾い、手渡される。


「はい」

「ありがとうございます……? って、これ何ですか?」

「枝」

「それはわかってますけど」

「魔法を使う補助の役割になる」


 自転車の補助輪のようなものってことか。

 というかこれ、もしかして魔法のステッキ!


「魔法の杖ってことですか?」


 適当に拾ったただの枝に見えるけど、ここは精霊のいる森。魔力が込められている特別な枝なのかも。


「ただの枝」


 ただの枝だった……


「魔法の杖として売られてるモノもあるけど、別に棒状のモノならどんなのでもいいんだ。枝で充分だろう」

「で、できれば魔法の杖がほしいんですけど……」


 BLにハマって腐女子として覚醒する前から、私はアニメが大好きだった。

 当時は買ってなんて言えなかったけど、本当は欲しかった魔女っ娘アニメのステッキ。ああいうのがあったらいいんだけど。

 でも今ならハリー・ポッターみたいな杖とかも憧れるなぁ。


 ナーガさんが呆れたようにため息をついた。


「魔法習いたての子供はそういうの欲しがるけど、キミ中身は大人なんだろう? 恥ずかしくないの?」


 ぐう……っ

 世間から「アニメなんて子供の見るものでしょ?」「オタクキモいw」という目に晒されていたあの頃の古傷が痛む。

 私が転生した後、少しは大人のアニメ好きも認められる世の中になったでしょうか。


「ぜ、前世の世界ではそういうの好きな大人もいたんですよ」

「前の世界に魔法はないんじゃなかった?」

「存在はしてないんですけど、物語として人気があったんです」

「なんだ、作り話か」


 バッサリ。

 ナーガさん、本とか読まないタイプなのかな。って、ナーガさんいつも本に埋もれてるじゃん。


「ナーガさんが読んでる本は、物語じゃないんですか?」

「あれは魔法の資料や文献。作り話なんて読んだって仕方ないだろ」


 前世にもいたなぁ、こういう人。

 でもこっちのリアリストは、魔法が使えて妖精が見えるんだから不思議な感じ。リアルがファンタジーなんだもんな。


「とにかく、できれば私は魔法の杖がほしいです!」

「……なんでそんなの使いたがるんだ」

「だって、カッコイイじゃないですか」


 厨二心が疼くんですよ。と言っても通じないだろうから黙っておくけど。


「杖を使うなんて初心者丸出しだ。カッコイイわけない」

「でも、サウザンリーフの魔法使いさんたちは使ってましたよ」


 家族旅行に行ったとき、テーマパークの魔法使いさんたちはまさにTHE・魔法使いって格好で魔法のステッキを持ってた。アトラクションでも貸し出してくれたっけ。


「サウザンリーフは観光地だから見映え重視なんだ。人間たちが思い描く魔法使いを見せてるだけ」

「あれ、観光用だったんですね……でも私は杖が使いたいです!」


 食い下がると、ナーガさんがチッと舌打ちをした。


「僕に街まで買いに行かせるつもりか」

「え、ナーガさんが買ってくれるんですか?」

「師匠から弟子に贈ることが習わしなんだ」

「す、すみません! えっと、それなら枝でもいいです、けど」

「いいよ、別に。アルバートにチクられても面倒だから」


 そんなことはしませんけど……

 諦めたナーガさんが、枝をぽいっと放り投げた。


 なんか手間掛けさせて申し訳ないな。でもやっぱり杖は欲しいんだよね。

 とはいえ、明らかにムスッとしてしまったナーガさんが怖い。何か場を和ませないと。


「あの、そういえば、ナーガさんはどうやって魔法を使ってるんですか?」


 確か指を鳴らしてたような気がするけど、あれがリアルな魔法の使い方なのかな。

 ……なんて考えていると、ふわりと身体が浮かんだ!?


「うわわわわっ!? な、なに!?」

「これくらいの魔法なら、念じるだけで使える」

「わ、わかりましたから降ろしてください!」


 すぐにドスンと地面に落とされた。思いっきり尻もちついたんですが。


「急に落とさないでくださいよ。ケガしたらどうするんですか」

「アルバートが僕を殺しにくるだろうね」


 それはそうだろうな。


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