第6話 生涯のバディ
「はあ……ここなら大丈夫だろう」
お父さんに連れられてきたのは、広い原っぱだった。
「ごめんな、アリシア。もっと街でゆっくりしようと思ったんだが」
「ううん、大丈夫。ねえ、勇者様って……」
「ああ、昔の話だよ。それより」
お父さんが差し出したのは、さっき選んだペンダント。
「なんとかこれは死守してきたぞ」
お父さんは私の後ろにまわって、ペンダントをつけてくれ……ようとしたけど
「あ、あれ? ちょっと待ってな」
留め具に苦戦してるみたいだ。
思わず小さく笑うと、頭の後ろでお父さんも笑った。
「よし、できた。こっちを向いて」
振り返って胸元のペンダントをお父さんに見せる。
「やっぱり似合うな。これを選ぶなんて、アリシアにはセンスがある」
親ばかだなぁ。
でももちろん、言われて悪い気はしないわけで、自然に頬が緩む。
「ありがとう」
なんだか恥ずかしくて声が小さくなってしまった。
お父さんが微笑む。
「そうだ、アリシアを連れて行きたいところがあるんだよ」
「おいで」と言われ、ついて行くと原っぱの一角に小屋が見えた。
よく見れば、小屋の外には木でできた柵が遠くまで続いている。
その柵の中に何頭かの馬が見えた。
「ここ、牧場なの?」
「城の厩舎なんだ。訓練に行ってる馬たちは出払ってるから、今いるのは引退した馬と仔馬たちだけだけど……」
「アル!」
振り返ると、馬を引いた男の人が立っていた。
歳はお父さんと同じくらいで、柔らかそうな灰色の髪に紫の目。背はお父さんよりちょっと低いけど、なかなかイケメンだ。
いやそれよりも驚いたのは、この人、オレウケのサーシェスにそっくり!
「急に休んだと思ったら、こんなとこで散歩かよ。体調でも崩したのかと思って心配したってのに」
「悪い、サディ。今日はアリシアと出掛ける約束をしてて」
サディ、と呼ばれた人が私を見下ろす。
「キミがアリシアちゃんか! リリアさんに似てかわいいじゃん。そりゃアルが溺愛するはずだ」
通る声でそう言われ、反射的に後退りしてしまった。
「おい、この子は人見知りなんだよ。あんまり怖がらせないでやってくれ」
中身が20歳なのに人見知りとか申し訳ない。
でもサディアスさんは気にした様子もなく、私の前に膝をついた。
「驚かせてごめんね。僕はサディアス・アガスターシェ。お父さんの友達だよ」
「仕事の同僚だ」
「なにそれ、他人行儀な言い方。ずっと旅した仲じゃんか」
旅ってことは、もしかしてサディアスさんも……
「サディアスさんも、魔王を倒した勇者様なの?」
というと、サディアスさんとお父さんが顔を見合わせた。
サディアスさんが吹き出す。
「勇者様はアルだけだよ。僕は勇者様率いる愉快な仲間たちの1人」
「やめてくれ。全員で倒したんだから全員が勇者ってことでいいだろ。俺だけに押し付けるな」
「だって勇者なんていろいろ面倒だろ。リーダーだったんだから、アルが勇者様でいいんだよ」
「それもお前が勝手に決めたんだろうが」
お父さんがリーダー?
なんとなく頼りない今のお父さんからは想像できない。
「それより、こんなところで喋ってて大丈夫なのか? 訓練は」
「終わったよ。今ライラック号を戻しに来たとこ」
「ああ、そうか。今日の訓練は午前中だけだったな」
「誰かさんがデートに行ったせいで、ちょっと時間過ぎちゃったけどね」
「悪かったって。埋め合わせするから」
お父さんがサディアスさんの引く馬を撫でる。
馬も嬉しそうにお父さんに首を摺り寄せた。
「こいつがお父さんたちと一緒に旅したライラック号だ」
「優しい馬だから怖くないよ。アリシアちゃん、触ってごらん」
サディアスさんに言われて、そっとライラック号に手を伸ばす。
あったかくて、引き締まった硬い身体。
「こんにちは、ライラック号」
ライラック号は丸い瞳で私を見た。
穏やかそうだけど、この子もお父さんたちと一緒に魔王を倒しに行ったのか。
人も馬も、見た目じゃわからない。
「アリシアちゃんも今度ライラック号に乗ってみる?」
「え、でも私お馬さん乗ったことない」
「大丈夫大丈夫。乗馬が下手な誰かさんでも乗れたんだから、アリシアちゃんなら簡単に乗れちゃうよ」
「おい」
お父さんのツッコミを受け流し、サディアスさんはライラック号を厩舎の中に連れて行った。
「ったく、アリシアに変なことを吹き込んで」
「サディアスさんと仲良しなんだね」
オレウケの2人に似てるのもあるけど、お父さんとサディアスさん、すっごくイイ。
転生してから鳴りを潜めていた腐女子の魂が動き出すのを感じる。
BLの供給なんてないと思ってたこの世界で、イイモノ見せていただきました。
お父さんは複雑そうな顔で頭を掻く。
「サディとは長い付き合いなんだよ。学生の頃からバディだったから」
「バディ?」
「お父さんたちは騎士学校を出てるんだが、騎士は2人1組で行動を共にする。危険な場所でも助け合えるようにな。心に決めた相手と、生涯のバディとなることを誓い合うんだ」
生涯のバディ!!!?
なにその最高に萌える設定!
「まあ、生涯のって言っても解散するバディも普通にいるけどな。あいつは他に組む相手がいないのか、いつも俺にくっついてて」
「えー、心外だなぁ」
いつの間にか戻って来たサディアスさんが、呆れたように言った。
「バディを決めるとき、誰にも相手されずにぼっちだったのは誰だよ」
「アリシアの前で人聞きの悪いことを言うな! あれはぼっちじゃなくて、俺についてこれるやつがいなかっただけだ」
「昔のアルは尖ってたからなー。お試しで組んだやつとケンカ別れしてばっかで」
「だからそれは……」
「だから俺が声掛けてやったんだろ」
サディアスさんがニヤッと笑ってお父さんの顔を見上げた。
言葉に詰まったお父さんは、ばつが悪そうに顔を背けた。
尊い……!
ああ、久しぶりのこの感覚!
サディさんはきっとS、お父さんをからかうのが好き。それでお父さんは強がりだけど実はヘタレな受け。
間違いない。
……はっ、いくら腐女子とはいえ父親で妄想するなんてそんなの道徳的にダメ。
いやでも、ここは異世界。アニメやゲームの世界のようなもの。
そこでイケメン2人が生涯のバディとか聞かされたら、妄想するなって方が無理でしょ。
妄想するだけなら、いいよね。
「ライラック号の手入れをしてくる。飼葉もくれてやらないと」
「後で担当の子がやりに来ると思うけど」
「いい、俺がやる」
そう言って、お父さんは厩舎の中に入ってしまった。
サディアスさんがやれやれと肩をすくめる。
「ごめんね、アリシアちゃん。お父さんとのデート、邪魔しちゃって」
いやいや、イイモノ見せていただきました。
サディアスさんはしゃがみ込んで、足元にはえた白い花をいじり始める。
「僕、キミにずっと会いたかったんだよね」
「私と?」
「アルはアリシアちゃんの話ばっかりするんだ。それこそ、キミが生まれてからずっとね」
「そうなの!?」
「そうだよ。『アリシアが俺の顔見て笑ったんだ。天使かと思った』とか『もう歩き始めたんだ。信じられるか?』『今日、あの子が急に歌い出したんだよ。天才かもしれない』とか、親ばか全開だったよ。アルをそんなに夢中にするのって、どんな子なのか気になってた」
一緒にいられなかったときも、お父さんは私のことを溺愛していたらしい。
「忙しくってなかなか家に帰れないこと、いつも残念がってた。帰ってもアリシアちゃんはもう寝てるし、次の日は起きる前に出掛けなきゃいけないし」
「だけどこの前、私が熱出したときは帰ってきてくれたよ」
「そりゃそうだよ。血相変えて出てってさ。もしアリシアちゃんまで……」
言いかけて、サディアスさんが口をつぐんだ。
「でもお父さん、最近は早く帰ってきてくれるの。今日もお出掛けに連れてってくれて」
「そりゃよかった。僕は前々からそうしろって言ってたんだけどね。あんな大きなお屋敷にアリシアちゃん1人じゃ寂しいでしょ。メイドさんたちがいるにしてもさ」
「うん、おうちすっごく大きいから」
「あのお屋敷は王様から貰ったんだよ。僕らは魔王を倒した功績で、一生暮らせるくらいのご褒美を貰ったからね」
だから貴族じゃないのにあんなにメイドさんがいるお屋敷に暮らしてるのか。
でもそれなら、休みなく働く必要ない気がするけど。
「本当はアリシアちゃんとずっと一緒にいたいと思ってるくせに、アルは責任感強いからさ」
「お父さんはどんなお仕事してるの?」
「あれ? 聞いてないんだ」
勇者なのはわかったけど、一体今はなんの仕事をしてるのか。
「王国騎士団で騎士たちの訓練をしてるんだよ。魔王を倒した勇者ってことで、僕とアルが雇われたんだ」
「すごい! お父さんもサディアスさんも強いもんね」
「僕はそんな強くないよ。剣の腕はアルが1番」
「けど、サディアスさんも強いから指導する人に選ばれたんでしょ?」
「まあ僕は、この魔導の剣があったからね」
サディさんが腰に差した剣をチラリと見た。
鞘に収まったそれは、普通の剣のように見えるけど。
「魔力で使う剣だよ。僕、魔法は苦手だったんだけど、リリアさんに教わって使えるようになったんだ」
お母さんに?
と聞く前に「ちょっと腕出して」とサディアスさんが言った。
言われるがまま右腕を出すと、何かを巻いてくれる。編んだ白い花、シロツメクサだ。
「シロツメクサの腕輪。貰ってくれる? ステキなペンダントには負けるけどね」
「わあ、ありがとう! サディアスさん」
「サディでいいよ」
「うん、わかった。サディさん」
ペンダント、気づいてたんだ。
それで腕輪を作ってくれるなんて、なんてスマート。
きっとモテるんだろうな。プレイボーイ攻め。イイ。
「気に入ってくれた?」
「うん!」
「じゃあ、今度は王冠作ってあげるよ。森に花畑があるから、そこで――」
と、お父さんが厩舎から戻ってくるのが見えた。
「サディ、アリシアに変なこと話してないだろうな」
「失礼な。一緒に花を摘んでただけだよ」
「サディさんが作ってくれたの」
腕を出して、貰った腕輪をお父さんに見せた。
「へえ、相変わらず器用だな」
「どういたしまして。そのペンダントはアルが買ってあげたの?」
「ああ、アリシアが選んだんだ」
「だろうね。アルのセンスじゃこんなかわいいの無理でしょ」
「悪かったな」
いたずらっぽく笑って、サディさんが私にウィンクを飛ばした。
いやそれ、私じゃなくてぜひお父さんにお願いします。