第56話 恋人宣言
「おはよう~……あれ?」
リビングに降りると、誰もいなかった。
2人とも、もう起きてると思うのに。外かな?
着替えて外に出ると、厩舎にサディさんがいた。ライラック号の手入れをしてる。
「おはよう、サディさん」
「おはよう、アリシアちゃん。朝ごはん、もうちょっと待っててね」
「うん。ライラック号のお世話してるの? 私もやりたい」
「いいよ、じゃあお願い」
タオルをバケツの水で絞って、ライラック号の傍にあった木箱に乗った。
「優しく、でも少し力を入れて拭いてあげてね」
「うん」
ライラック号の艶やかな茶色い首や耳の後ろを拭いてあげた。ライラック号がぶるぶると体を震わせたから、驚いてのけ反ってしまう。バランスを崩したところを、サディさんが支えてくれた。
「ライラック号、アリシアちゃんにキレイにしてもらえて嬉しいんだね」
「そうなの?」
ライラック号の目を見ると、優しい瞳でじっと私を見つめ返してくれた。
馬の世話なんて初めてだけど、なんだか楽しい。これからはライラック号とも家族なんだから、仲良くなりたいよね。
「ねえ、サディさん。ライラック号のお世話、私がやりたい」
「お世話ってなると、ご飯をあげたり掃除もしなくちゃならないよ。アリシアちゃん、できる?」
「うん! できる!」
「よし、じゃあライラック号の世話はアリシアちゃんの仕事にしようか」
サディさんから、厩舎の掃除の仕方や飼葉のあげ方を教わった。
7歳がやるには、なかなかの重労働。でも、家族の中で役割ができるのは嬉しい。
今日はサディさんに教わりながらだったから、あっという間に朝の仕事は終了。
「アリシアちゃんのおかげで早く終わったよ。じゃあ、僕は朝ご飯用意してくるね」
「お父さんは?」
「裏の畑だよ。見てきてごらん」
そういえば、家の裏には畑があると聞いてた。
家をぐるっとまわって裏手に行くと、芝生の中に大きな茶色い地面が広がっていた。辺り一面の畑。自分たちが食べる分だけじゃなくて、野菜を売ったりもするのかな。
お父さんは鍬で畑を耕してる最中だった。お父さんに聞こえるよう、声を張り上げる。
「お父さん! おはよう!」
「おっ、アリシア。おはよう」
お父さんが盛り上がった畝をまたいでこっちにやって来た。
「お父さん、畑を耕してたの?」
「ああ、ある程度は引っ越し準備のときにやっておいたんだけどな。ここから種を撒いたり苗を植えて野菜を作るんだぞ。アリシアは何の野菜が食べたい?」
「レタス! サディさんのサンドウィッチに入れてもらうの」
「おお、それは旨そうだ。瑞々しくておいしいレタスを作ってやるからな」
お父さんが軍手を嵌めた手で額を拭った。額に泥が付く。
農家の男って感じ。これもまたかっこいい。
「あのね、今日からライラック号のお世話は私がやるんだよ」
「おお、さっそく自分の仕事を見つけたのか。偉いぞ、アリシア。ライラック号もアリシアに世話してもらえて喜んでるだろうな」
そうだといいんだけどね。
ライラック号が何を考えてるのか、わかればいいのにな。
お父さんに苗や種を見せてもらってから家に戻ると、ちょうど朝ごはんができたところだった。
パンとハムエッグ、それからサラダ、ミルクがテーブルに並ぶ。
「いただきまーす」
「この野菜とミルクは、引っ越し祝いにって村の人たちがくれたんだよ」
「有難いな。余所者扱いされないのは、ハドリーさんがここでの人脈を作ってくれていたおかげだ」
「感謝しなきゃだよね。うちも野菜ができたら、村の人たちにお返しをしようよ」
「そりゃ気合い入れて作らないとだな」
なんて会話が進みながら、話はハドリーさんのことに。
「後でハドリーさんの店に行ってくる」
キター! それはもちろん、サディさんとのことを話しに行くんですよね!?
「いつ行くの? 店が閉まった後?」
「いや、昼過ぎはほとんど誰も来ないと言ってたからその頃に」
私も行きたい。けど、娘の前じゃお父さんだって話しにくいはず。
なんとかこっそりついて行く方法は……
「私、ナーガさんちに修行に行ってくる!」
「ナーガの家!? それならお父さんも一緒に行くぞ。あいつがアリシアにどんな修行してるのか、見てやらないと」
「お父さんはハドリーさんちに行くんでしょう」
「う……あ、でも……」
「アル、授業参観は今度にしなよ。ま、ハドリーさんちに行かないなら別にいいけど」
「い、行く! 俺は行くからな! サディ!」
お父さんが立ち上がって叫んだ。
そんな宣言をしたものの、朝ご飯の後お父さんは落ち着きがなかった。
意味もなく部屋の中をうろうろして、かと思ったら畑に行ってもう耕してある場所を繰り返し耕してた。そして忙しなく、何度も部屋の時計を確認してる。
ハドリーさんになんて言うか、頭の中でずっとシュミレーションしてるんだろうな。
私も釣られてそわそわしてきた。早く午後になればいいのに。
なんて落ち着かない午前中がようやく終わって、サディさんが作ってくれた昼食を食べる。
食べ終わるとすぐ、ずっと時計を気にしてたお父さんが立ち上がった。
「出掛けてくる」
「うん、ハドリーさんによろしくね」
「私も出掛けてくるー」
お父さんと一緒に家を出て、家の敷地の境目まで来た。ハドリーさんの喫茶店と、ナーガさんのいる森は逆方向だ。
「アリシア、修行頑張るんだぞ」
「お父さんも頑張ってね」
「お、お父さんは別に頑張ることなんてないぞ!」
あ、お父さんが何しにハドリーさんちに行くのかは知らない設定だった。
笑って誤魔化して、お父さんに手を振って別れる。
少しだけ森に向かって歩いて、お父さんが見えなくなったところで引き返して追いかけた。
ハドリーさんちの場所はわかってる。見つからないように、ゆっくり行こう。
しばらく歩くと、ハドリーさんの喫茶店が見えてきた。と、ドアが開いてハドリーさんが顔を出す。咄嗟に物陰に隠れた。
ハドリーさんは『開店』と書かれたドアプレートをひっくり返し、『準備中』にして店に戻っていく。
人払い? ってことは、今からお父さんが話をするんだな。
ガラス戸からそっと覗くと、お父さんはカウンターの席に座っていた。ハドリーさんはカウンターの中で、コーヒーか何かを用意してる。
なるべく1番近い窓を探して覗き込んだ。カウンターの横、2人の横顔が見える良い位置。ここからなら、声も聞こえそうだ。
「改まって話なんて、どうした?」
「あの、実は……」
「深刻な顔してんなぁ。娘に『お父さんなんて嫌い!』とでも言われたか?」
「アリシアにそんなこと言われたら俺は死にます!!」
いや、死なないでお父さん。相変わらず私のことになると大袈裟なんだから。
「冗談だろうが」とハドリーさんがお父さんにカップを差し出す。お父さんはそれをひとくち飲んで、息を整えた。
「で、何の話だ?」
「サディのことなんですが……」
見ている私の拳にグッと力が入る。
俯き加減だったお父さんもまた、まっすぐと顔を上げた。
「サディと俺は、バディだからというだけで一緒に暮らしてるわけじゃないんです。今の俺とサディは、生涯のパートナー……恋人、なんです」
カウンターを拭いていたハドリーさんの手が止まった。じっと、お父さんを見つめる。
しばらくそうしていた2人だったけど、不意にハドリーさんが布巾をお父さんの顔に投げつけた!?
「ぶはっ! なっ、先輩!?」
「そういうことは早く言え! なんだよ、バディバディって不自然なくらい連呼しやがって。サディが可哀想だろ」
「え、ええ……サディに『本当のことを言ってほしかった』と言われまして」
「当たり前だろ。男のクセにはっきりしねえやつだな」
「すみません……」
お父さん、怒られてる……。
でも良かった。ハドリーさん、2人のことを受け入れてくれてるみたい。最初から隠すことなんてなかったんだね。
「それにしても、まさか本当にそうだったとはな」
「どういうことですか?」
「サディがお前に気があるんだろうなとは、前から思ってたさ」
「ええっ!?」
お父さんと一緒に叫び出しそうになって、慌てて口を押さえる。
「い、いつからですか!?」
「旅してたときから。サディがお前を見る目はなんていうか、バディだとかそんなもの以上の何かがある気がしてな。サディと2人で見張り番したとき、お前のことをやたら熱っぽく語るもんだから『あいつのこと好きなのかよ』って聞いたことがある」
「それ、サディはなんて言ったんですか?」
「ただの軽口だったのに、『やめてください!』ってやたらと否定してよ。逆に怪しいと思ったらマジだったのか」
お父さんがポカンとしてる。その熱っぽいサディさんの視線に、全然気づいてなかったんだろうな。
その頃のお父さんはきっと、お母さんに夢中だっただろうから。
「ま、お似合いなんじゃねえの。せいぜい大事にしてやれ」
「肝に銘じておきます」
「まあ、もしサディに愛想尽かされたら」
「縁起でもないこと言わな……ッ」
ぐっ、とハドリーさんがお父さんに顔を近づけた。
「俺が貰ってやるよ」
「はっ、えっ、」
「お前、結構可愛いとこあるしなぁ。今からでも遅くねえだろ。俺にしとけよ、アル」
ハハハハドリーさん!? どうしよう! お父さん総受けじゃん! 最高!
……じゃなくて! 腐女子の性癖としてはいいけど、アリシアとしてはせっかく一緒になれたお父さんとサディさんが引き離されちゃうのはダメに決まってる!
ああ、サディさんに恋敵が! お父さん大ピンチ!
「お、俺、俺には……サディが、いるので……っっ」
狼狽えるお父さんの顔にハドリーさんが手を伸ばした。
ま、まさか顎クイ!? からのムリヤリ唇が奪われちゃう!?
バシッと、お父さんの頬が引っぱたかれた。
「バーカ、誰がお前なんかに欲情するか」
「な……え……? じょ、冗談、ですか?」
「当たり前だろ。すぐ本気にしやがって。本当にアルはからかい甲斐がある」
頬を押さえて呆然としてるお父さんを、ハドリーさんがゲラゲラと笑っている。
な、なんだ。冗談か……私までいろんな意味でドキドキしちゃったよ。
お父さん、きっと昔からこんな風にからかわれてたんだろうな。




