第37話 異変
「オバケがいた」という私の証言は、誰にも信じてもらえなかった。
寝ぼけていたんじゃないかとか、授業を抜け出したくて嘘をついてるんじゃないかとか、単なるイタズラじゃないかとか。
結局、マドレーヌさんに迎えに来てもらって早退することになった。
馬車に揺られながら、心配そうなマドレーヌさんが手を握ってくれる。
「マドレーヌさん、ごめんなさい。でも、私本当にオバケ……」
「お嬢様、大丈夫ですよ。きっと悪い夢でも見られたのでしょうね」
やっぱりマドレーヌさんも信じてない。
魔法があるような世界なんだから、オバケがいてもおかしくないと思ったんだけど。
でもみんなの反応を見るに、いくら異世界でもオバケなんていなそう。
じゃあ一体、私が見たアレは何?
家に戻ると、ベッドに直行して寝かされた。
「お父様には連絡しております。もうじきお医者様が見えますので」
「え、大丈夫だよ」
「お父様が念のためにとおっしゃいましたので」
そりゃお父さんはそう言うでしょうよ。
病気じゃないのに……とは言い切れないけど。
「アリシアアアア!!」
医者よりも先に、お父さんが飛び込んできた。
「お父さん、お仕事は……」
「学校を早退したんだろ! どうした? どこか具合が悪いのか? 熱は? 気持ち悪いか? どこか痛いか?」
全然聞いてない。きっと仕事は早退だろうな。また苦労かけます、サディさん。
「身体は大丈夫。あのね、変なのが見えたの」
「変なの?」
「小人みたいに小さな女の子が、黒いオバケになって襲ってきて……」
お父さんが息を飲んで、「とにかく医者を」とマドレーヌさんに言った。
ああ、こんなんじゃ頭おかしくなったのかと思われる。
でもどう説明していいのかわからない。見たままを説明しても意味不明なんだから。
すぐにお医者さんが来てくれた。足をケガしたときにも診てくれた、髭のお医者さん。
いろんな検査をしてくれて、お医者さんは聴診器をはずした。
「学校に入学したばかりということですから、疲れが出たんでしょう」
「本当ですか? 重大な病気が隠れているとかないですよね?」
「可能性は低いでしょう。疲れか、慣れない環境でのストレスか……とにかく、しばらくゆっくり休むことですな」
結局、心因性のものということになった。
マドレーヌさんがお医者さんを見送りに行って、部屋にはお父さんと2人きり。
「アリシア、疲れてたんだな。気づいてやれなくて悪かった」
「ううん。お父さん、お仕事だったのにごめんなさい。もう戻っても大丈夫だよ」
「何言ってるんだ! アリシアを放って仕事になんて行けるか!」
お父さん、相変わらず私のことになると暴走するんだから。
と、お父さんに膝の上に抱き上げられた。
「マドレーヌが先生から聞いたと言っていたぞ。アリシアはもう文字の読み書きができるんだってな。クラスで1番だそうじゃないか」
「ご本読むのは好きだから」
お父さんが私の頭を撫でてくれる。
「『しっかり勉強するんだぞ』なんて余計なことを言ったから、頑張り過ぎたんだろうな」
「そんなことないよ。私……」
言い終わる前に、お父さんにギューッと抱きしめられた。
家に帰って来てから、あのオバケは現れない。
やっぱり疲れてたから? ストレス?
どっちにしても、ますます学校に行きたくなくなった。
ただでさえヤバいやつだと思われてるのに、今度こそいじめられたらどうしよう……。
結局、数日休んでから学校に行ったけど、心配していたようにいじめられることはなかった。
でも、更にヤバいやつだと思われたのは確実。
今まで無視されてるだけだったのに、明らかに避けられるようになった。
私が近づくとみんながサッと距離を取る。廊下を歩けば、海が割れるようにみんなが道を開けた。
貴族に道を譲らせる庶民、それが私。
しばらくすれば、みんな忘れてくれるはず。子供なんてそんなものだよね。
……と思っていたのに、変なことは起き続けた。
トントンと肩を叩かれて振り向くと誰もいなかったり、机の上を小人が追いかけっこしてたり、ずっと教室がクラブみたいにレインボーの光が点滅したり、百期夜行のように妖怪みたいなのが教室でパレードを始めたり。
そのたびに私が叫び出すから、授業は度々中断になった。
私だって必死で叫ぶのを堪えてる。でも段々と見えるものや聞こえるものが強烈になってきて、お化け屋敷に閉じ込められてる気分。耐えられない。
とうとう先生から「アリシアさんがいると授業に差し支えますので」と言い渡され、実質停学状態になった。
今日からしばらく学校を休む。体調は悪くないけど、なんだか力が抜けてベッドから出られなかった。
「あんな学校こっちから願い下げだ! アリシアを問題児扱いするとは!」
「大声出すなよ。アリシアちゃんが寝てられないだろ」
仕事を終えたサディさんがお見舞いに来てくれた。
私の停学を言い渡されて怒り心頭のお父さんは、サディさんに任せる。
「医者は疲れかストレスだって言ってたんだろ。貴族の学校なんていろいろ大変なんだよ。ゆっくり休ませてあげればいいじゃないか。少しくらい学校休んだって、勉強に支障はないだろ」
「ああ、アリシアの成績は学年トップだからな。例え遅れたとしても、すぐに挽回できる」
いつの間に学年トップになったの。お父さん誇張しすぎだって。
「へえ、すごいじゃない。リリアさんに似たんだね」
「どういう意味だよ」
「アルは剣術以外からっきしだろ」
「バカにするな! 読み書きくらいできる!」
「えばるようなことかよ」
お父さんとサディさんのこのワチャワチャ感。癒される。
学校に行ってるとこれが見られないからなぁ。萌えを補充しないと腐女子は生きていけないのです。
「アリシアちゃん、食欲はある? エッグタルト作ってきたんだ」
「わあ、ありがとう! 食べる食べるー」
ベッドを出てテーブルを覗き込む。
サディさんが並べてくれたエッグタルトは、ふんわり黄色の卵にカラメルのような焼き色がついていてすごくおいしそう。
「マドレーヌにお茶を頼んでくる」
お父さんの声が背中に聞こえた……瞬間、エッグタルトから何かが飛び出てきた!




