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第21話 クローバー

 お母さんの部屋で見つけたオルゴールは、マドレーヌさんに頼んで私の部屋に持って行くことにした。

 お父さんに見せようかと思ったけど、なんとなく言い出しにくい。


 昼間は枕の下に隠しておいて、お父さんがおやすみを行って出て行った後、オルゴールを聴きながら眠るようになった。

 優しい音色は、徐々にお母さんの声に聴こえてくるような気がした。まるで、お母さんと話をしているみたい。


 私へのプレゼントにどうしてこの曲を選んだのかはわからない。けど、私に残してくれたものだ。きっと何かを伝えたかったのかもしれない。

 これを選んだとき、お母さんは自分があまり長くないことを悟っていたのだと思う。だとしたら、お母さんの遺した言葉は……



 お母さんのオルゴールの音色で眠る、そんな夜が日課になったある日――


「アリシア、今日はお父さんお休みだから街にお出掛けしようか」

「でも、また大騒ぎになっちゃわない?」

「大丈夫。デザートのおいしい店を予約してきた。知り合いの店だし、貸し切りだから見つかることはない」


 なんだか芸能人みたいだなぁ。


「じゃあ、お仕度するから待ってて」

「1人で着替えられるか? マドレーヌを呼ぼうか」

「大丈夫、1人でできるから」


 お父さんがそう言って私の部屋を出て行った。

 と思ったら、ベッドサイドで足を止めている。枕もとをじっと見て……

 しまった! オルゴール出しっ放しだ!


「これ……」


 お父さんがそっとオルゴールを持ち上げた。蓋を開けると、あのメロディーが流れ出す。


「リリアのオルゴールじゃないか」

「う、うん。この間、マドレーヌさんに頼んでお母さんのお部屋に行ったの。そのときに見つけて……」

「そう、か」


 メロディーが徐々にゆっくりになり、そして、止まってしまった。

 鳴らなくなったオルゴールをお父さんがサイドテーブルに置く。中に入ったクローバーを見つめていた。


「懐かしいな。うちの名前でもあるクローバー。幸せの象徴だって、リリアが選んだ」


 お父さんがベッドサイドに座って、私を見た。その瞳はどこか悲しい色をしている。


「お父さんはお母さんのことを幸せにしてやれなかった。でもアリシアのことは、必ず幸せにするからな」

「お母さんも幸せだったと思うよ。そうじゃなかったら、こんな素敵なオルゴール選ばないと思う」

「優しいな、アリシアは」


 ふっとお父さんが薄く笑う。

 お父さんは今も自分を責めている。でもそんなこと、誰も望んでいないのに。


「……お母さんが死んじゃったのは、お父さんのせいじゃないよ」


 お父さんが目を見開いた。でもすぐに私から視線を外してしまう。

 そして、ゆっくり首を振った。


「みんなそう言ってくれる。でもお母さんの病気にお父さんがもっと早く気づいてやれば、もっと支えてやっていれば」

「お母さんは私がお腹にいた頃から具合が悪かったんでしょう」

「ああ、そう聞いてる。アリシアが生まれてからは更に体調が……」

「それなら、お母さんが死んじゃったのは私のせいだね」


 お父さんがベッドから音を立てて立ち上がった。


「それは違う! アリシアのせいじゃない!」

「でも、私が生まれてなかったらお母さんは死ななかったよ」

「違う。そんなこと言うもんじゃない。お母さんが悲しむぞ」

「それなら、お父さんもそうだよ。お父さんが自分のせいだって思ってたら、お母さんが悲しむ。……私も、悲しい」


 お母さんの気持ちを、本当の意味で代弁することはできない。できたところで、頑なになってしまったお父さんは素直に受け入れてくれない。

 でも自分を責めているお父さんを見るのは、私が悲しい。


 お父さんが跪いて、私の頭に手を置いた。


「ごめんな。しっかりしなきゃいけないのはお父さんの方なのに。頼りなくて」

「お父さんは頼りなくなんかないよ」


 そんな悲しく、ツラい顔をしないでほしい。

 お父さんは、1人じゃないんだから。


「お父さん……お父さんには、私もサディさんもいるよ。サディさんはね、お父さんのためにお母さんから魔法を教わったんだって」

「俺のために?」


 やっぱり知らなかったんだ。


「あいつ……そんなこと一言も」

「サディさんは、お父さんのこと大好きなんだよ。だから、お父さんのために頑張ったんだって」


 こんなストレートに言ったら、茶化されちゃうかな。

 と思ったのに、お父さんは当然のようにうなずいた。


「あいつは俺のバディだからな」


 バディなら当然ってこと!?

 言葉にしなくても信頼し合っている強い絆。

 お父さん、サディさんよりよっぽど素直だよ。


「ねえ、今日はサディさんもお休みなの?」

「ああ、あいつも今日は非番だからな」

「それなら、サディさんも一緒にお出掛けしようよ。その方がお父さん嬉しいでしょ?」


 お父さんがちょっと驚いた顔をした。その瞬間少し顔を赤らめたこと、私が見逃すはずがない。

 小さく吹き出したお父さんは、目を細めて私を見た。


「ありがとう、アリシア」


 お父さんがオルゴールを手に取って、ネジを巻いた。

 止まっていたクローバーがゆっくり回り出し、私とお父さんの間を静かな音色が流れた。


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