第15話 2人の夜
結局、そのままワンダーランドを出てライラック号でホテルに向かうことになった。
馬車の中でお父さんとサディさんが言い合いを続けてる。
「アルが大人げなく本気出すから騒ぎになっちゃったじゃないか」
「けしかけたのはサディだろ」
「俺はアルがあんまりカッコ悪いから、アリシアちゃんの前で名誉挽回させてあげようと思ったんだよ」
う……とお父さんが言葉に詰まり、諦めたように肩を落とした。
「アリシア、悪かった。夜のパレード見られなくて」
「ううん。私、お父さんとサディさんのカッコいいところ見られてうれしかった!」
「そうか! それならお父さんも嬉しいぞ!」
「俺のおかげだってこと忘れないでよ?」
「わ、わかってる……」
サディさんのフォローのおかげでお父さんの面目が保たれました。
やっぱりサディさんは、お父さんのことよく考えててくれるんだな。
到着したホテルは、お城のようだった。
コンシェルジュの人たちがズラリと並んでお出迎えをしてくれ、案内された部屋は所謂スウィートルーム。
毛足の長い絨毯が敷かれたリビングには大きなソファ、その隣がアイランドキッチン付きのダイニング。ドアの向こうには子供部屋と夫婦の部屋がある。
夫婦の部屋! これはもちろん、お父さんとサディさんが使うんですよね!?
「すごーい! お父さん、ここ本当にホテル?」
「そうだぞ。アリシアのために用意したんだ。家だと思って寛ぎなさい」
「自分だけの手柄にしないでよ。ここを探したのは俺なんだからね。アルに任せると、とんでもないホテルに決めかねないから」
「どういう意味だよ」
うさぎの魔法を見るに、お父さんのセンスってとんでもないみたいだからな……。
でもワンダーランドもこのホテルも、2人からのプレゼントなんだもんね。
「お父さん、サディさん。ありがとうございます!」
お辞儀をすると、2人が顔を見合わせて笑った。
サディさんが跪いて私の頭を撫でる。
「こちらこそ、楽しい旅行に誘ってくれてありがとう。アリシアちゃん」
えへへ、とサディさんに笑いかけるとお父さんの視線を感じた。
「先を越された!」と言いたそうな顔をしてる。別に早い者勝ちじゃないのに。
悔しい顔を見せたくなかったのか、お父さんが背中を向けた。
「サディ、部屋に荷物を置きに行くぞ」
「もしかして、俺たち夫婦部屋?」
「仕方ないだろ。子供がいるんだから、家族向けの部屋しか取れなかったんだ。我慢しろ」
「別に嫌なんて言ってないけど~?」
なんて話しながら、お父さんとサディさんが夫婦の部屋に消えていく。
子供はさっさと寝ますので、今夜はお楽しみください。ふふふ。
そして、夜。
「お父さん、サディさん。おやすみなさい」
「おやすみ、アリシア」
「おやすみ、いい夢見てね」
ほどよい時間に子供は退散した。
私に用意された子供部屋は、お屋敷と同じような天蓋付きの大きなベッド。枕元にはテディベアとお人形。本棚には絵本がたくさん。
こんな豪華な部屋、一体どんな子が泊まるの……私が泊まってるけど。
寝たふりをしておいて、しばらくしたらお父さんたちの様子を見に行こう。
旅行の夜なんて、絶対遅くまで飲んでるはずだもんね。普段は聞けない話が聞けちゃうかも。
子供はそんなの聞いちゃいけないけど、私中身20歳だから。大人だから。
なんて考えながら横になっていたら……いつの間にか、眠ってしまった。
ハッと目が覚めたのは夜中。
どれくらい寝てたのかわからない。お父さんたちまだ起きてるといいけど。
ああ、せっかくのチャンスを寝落ちしたなんて最悪だよ。前世のアニメと違って、見逃し配信ないんだから。
そっと部屋を抜け出して、廊下に出る。
リビングに続くドアからは明かりが漏れていた。セーフ!
慎重にドアを細く開ける。
ソファに座ったお父さんとサディさんがお酒を飲んでいた。お父さんはもうずいぶん酔っぱらってるみたいだ。
「サディ~、ワインもういっぽん」
「飲み過ぎだよ。明日二日酔いしてたらアリシアちゃんに嫌われるよ?」
「イヤだ! アリシアに嫌われたら、俺は……俺は生きていけないいぃぃ~~」
お父さん、泣き上戸? あんまり酒癖良いタイプじゃないんだね。
サディさんは酔ってないみたいだけど、お酒強いのかな。それとも、そんなに飲んでない?
サディさんがやれやれとお父さんを宥める。
「泣かないでよ、冗談だって。アリシアちゃんはアルのこと大好きだよ」
「お前は……?」
「え?」
「サディは俺のこと……好き?」
ちょっとお父さん! 顔赤らめてなに聞いてるの! そんなトロンとした目しちゃって!
酔っぱらってるからなんだろうけど、敢えて勘違いをすることが腐女子のモットーですからね。
いやでも、まさかこんなやり取り見られるなんて目が覚めてよかった! ナイスタイミング私!
何も答えないサディさんに、しびれを切らしたお父さんが……抱きついた!?
「なあ、サディ。俺のこと好き? 聞いてんだけど~」
「……アルは俺のこと、好きなの?」
ちょッ!?
なにそれ! 公式がそんなことしちゃダメだって! 腐女子の仕事がなくなる!
売り言葉に買い言葉だろうけど、もうなにこれしんどい。
さあ、お父さんはなんて答えてくれるんでしょうか!
でもお父さんはサディさんに抱きついたまま、顔をうずめて何も言わない。
「アル?」
サディさんがお父さんの顔を上げようと肩を押すと、お父さんはソファにひっくり返って……寝た。
気持ちよさそうに寝息を立てて、完全に熟睡してる。
ちょっと……めちゃくちゃ良いところだったのに、ここでお預けですか。
でも、全腐女子の心は満たされました。私しかいないけど。
「アル? 寝ちゃったの? ったく、結局介抱するのは俺の仕事だよ」
サディさんのことだから、お父さんに布団でも掛けてあげるのかな。いつもお世話になります。
でも、サディさんは複雑そうな顔でじっとお父さんを見下ろしていた。
それから、ゆっくりとお父さんに顔を近づける。サディさんの唇が、お父さんの口元に触れそうに……
「ばーか」
そう呟くと、サディさんは部屋を出て行った。
……え?
え……?
えええええ!?
待って待って! 今絶対キスしようとしてたよね!?
私が腐女子だから? 腐女子フィルターが掛かってたからそういう風に見えただけ? 私の目が腐ってたから!?
でも、お父さんも酔ってるからってあんなこと言う?
いくら友達だからって、生涯のバディだからって、抱きついて「好き?」って聞く!?
いやするかもしれない。酔うとキス魔になる人もいるらしいし……
だけど、酔ったら本音が出るとも言われてる。
お父さんもしかしたら……本当にサディさんのこと……
いや待って、冷静になって私。
サディさんはほとんど酔ってなかったじゃない。
けど酔ってないなら、どうしてあんなことを?
私の距離からでもお父さんは完全に寝てるとわかった。あんなに顔を近づけて寝たか確認する必要なんてない。
それじゃもしかして……ホントのホントに……
2人はBL……ってこと!?