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黒竜の帝国  作者: タク
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花嫁は貴族令嬢

 流れの賭博師レザックが泣きながら剣闘士グラディエーターの契約をしていた頃、シャイロニア・バンクは1人の上客を迎えていた。


 絹で出来た高価な赤いマントを羽織り、腰に優美なレイピアを差したその中年男性の正体はパサディナ総督アレッツォ・デル・カレットである。


 ギルシア共和国貴族の次男坊だった彼は、継ぐべき領地がなかったために植民都市の総督を自ら買って出た。


それなりにやる気を持って植民地行政をやっていた彼は、しかし生来の浪費癖に加えて白亜の美しいパサディナの街並み整備に莫大な費用がかかったこともあって、たちまち借金を抱える身となってしまった。


 生誕祭の経費捻出のために借りた金貨3,000クラウン返済の目処が立たず、しかし例によってダリアスの持つ魔眼の力により「必ず返さなくてはならない」という強迫観念に駆られて、交渉のために彼の店を訪れたのであった。


 市井の庶民と違って、いくら借金が返せないからといってまさか総督たる者が闘技場に身を投じるわけにはいかない。

 かといっていきなり重税を課すと、元々さしてお行儀の良くない市民たちの反発を買い、暴動どころか下手をすれば暗殺される恐れが出てくる。


 が、しかし、貴族である彼にはまだ切れるカードがあった。


 綺麗に手入れされた口髭をなでつけ、ことさら尊大な態度でどっかとソファーに腰を下ろした銀髪の債務者は、債権者をまっすぐ見据えて切り出した。


「我が娘カルロッタは独身である。」


 その一言でダリアスは察した。


 もっとも、彼が特別に鋭い訳ではない。

 借金で首の回らなくなった貴族が債権者に対して独身の娘の話を始めれば、大抵は察しがつく。


 娘を嫁にやろう ── 血統にアイデンティティーを持つ貴族にとって、それは最後の切り札であった。

 せめて騎士階級ならともかく、ズブの平民相手に名門貴族がこのカードを切る事は、よほどの事がない限りあり得ない。血が汚れる、という理屈である。

 実際、もしダリアスがただの金貸しならば、彼は迷わず踏み倒していたはずである。


 「それは一体どういう意味でしょうか?総督閣下。」


 すっとぼけてダリアスは聞き返した。

 察したつもりでも、早とちりは禁物である。


 「主、ラドリウス様の生誕祭を行うためお借りした、金貨3,000クラウン。これを浄財として寄付頂けるならば、その高潔なる魂に敬意を表し、娘の夫とする事によって、誇りある当家のメンバーに平民たる汝を加えてもよろしいが如何?」


 「……。」


 勿体ぶった言い回しをするヤツだ ── 内心で、ダリアスは苦々しく思っていた。


 貴族の娘を嫁に貰うのは確かに名誉な事ではあるが、パサディナ総督の地位はギルシア本国からの指令であって世襲ではない。

 つまり普通に考えれば、領地もない貴族の娘を嫁に貰う事に、高額の貸金を棒引きにしてやるほどのメリットはないのだ。


 断るか……


 一瞬そう考えたが、すぐにダリアスは思い直した。


 待てよ、この話、受けたほうがいい ──


 「……身に余る光栄にございます。慎んでお受け致します。」


 貴族のくせに、平民である自分に娘まで差し出そうとするくらいである。

ここで話を蹴ったら追い詰められて何を仕出かすか分からない──


 ダリアスは賢明にもそう判断し、借金棒引きに応じた。

────


 教会のベルががらんごろんと鳴り響き、それを合図に聖歌隊が讃美歌を奏でる。

 パサディナ城にほど近い白亜の教会には、金銀をあしらった豪奢な礼装を身に纏った町の名士たちが集結していた。


 聖ラドリア暦999年12月31日。この日、ラドリウス生誕祭と時を同じくして、ダリアス・シャイロニアとカルロッタ・デル・カレットの華燭の典が盛大に挙行された。


 高額な貸金を棒引きにしたダリアスは、挙式費用としてさらに金貨2,000クラウンを超える金銀を提供し、おかげで貴族の挙式にふさわしい壮麗なものとなった。


「おぉ……」


 父と腕を組んでチャペルのレッドカーペットに現れた花嫁に、参列者の間から感嘆のどよめきが漏れる。


 ブルーダイヤモンドのエンゲージリングにプラチナ製のティアラをつけ、シルクのウェディングドレスを身に纏った花嫁カルロッタはお世辞抜きに美しく、参列者は無論のこと政略結婚である事を百も承知のダリアスでさえ、思わず見とれてしまう。

 プラチナブロンドの長い髪、透き通るような白い肌と彼女の青い瞳が純白の衣装にとてもマッチしていて、さながら降臨してきた天使のようであった。


 父親がカーペットをゆっくり進み、神父の横で待つダリアスに娘を引渡す。

 特別に用意した漆黒の軍服に身を包んだダリアスと並ぶと、これはこれでなかなか絵になるから不思議である。


 ダリアスが軍服姿であるのは、ちゃんと理由があった。

 借金チャラに加えて挙式費用の大半を賄った花婿に対して、義父アレッツォは「パサディナ植民地軍司令官」の地位を与えたのだ。

人事権を利用した「褒美」としての意味合い以上に、「娘の嫁ぎ先は金貸しではなく、軍司令官」だという事で、デル・カレット家の面子を保つ意図があった。


 この人事によってダリアスは、都市警備隊350人と沿岸警備隊150人のトップに立つ事になったのである。彼にしてみれば、義父の意図などどうでも良かった。


 これで俺も貴族様の仲間入りだ!


 百羽を超す山鳩に熱帯キジ、胡椒をたっぷりかけて焼いた六脚水牛のステーキ、本国のシャトーから取り寄せた葡萄酒、そして高価なシナモンをふんだんに使用した焼菓子に舌鼓を打つ参列者を見ながら、ダリアスは高笑いしたい衝動を懸命に抑えていた。

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