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黒竜の帝国  作者: タク
2/6

船乗りの決断


 「あの……これは一体?」


 ギルシア共和国貴族パオロ・カッシーニ伯爵の屋敷を訪れた赤毛の若い船乗り、ダリアス・シャイロニアは、玄関先で応対に現れた銀髪の騎士から2枚の羊皮紙をよこされ、目を丸くして騎士に問いかけた。


 「伯爵様からの褒美である。」


 表情どころか瞳すら全く動かさず、騎士はダリアスを真っ直ぐ見据えてそう答えた。


 伯爵夫人が大切にしていたダイヤモンドのネックレスが屋敷の使用人に盗まれ、その使用人も行方不明である。ひとまずネックレスを見つけ、取り戻した者には金貨1000クラウンを与える── 船乗りダリアスも所属している交易ギルドに伯爵家からそんな密命が降りたのはおよそ1ヶ月前だ。こういう場合、下手人は盗品を金に変えようとするので交易ギルドに指令した伯爵家の判断は正しかった。

 人脈を駆使してネックレスのありかを探し当て、郊外の小さな家と自分の舟を抵当に入れてまでダリアスは市場に出回っていたそれを買い戻して伯爵家に届けた。


 別段、ダリアスがお人好しという訳では無い。

 金貨1000クラウンもあれば家も舟も買い戻せるし、さらに伯爵家とも繋がりが出来るのだから悪い話じゃない──それくらいの打算は彼にだってあったのだ。


 まさかその1000クラウンの報酬が羊皮紙2枚に変わるとは想定外のそのまた外くらいの衝撃である。


 「確か褒美は金貨1000クラウン。とのことでは?……」


 「それをよく読んでみよ。」


 騎士に言われ、ダリアスは穴が空くほど羊皮紙を凝視した。

 1枚は、「新大陸アヴァロニアに眠る黒竜の遺跡とその秘宝」の地図。そしてもう1枚は伯爵直筆の、「新大陸にある植民都市パサディナ行き交易船の乗船許可証」である。


「お前も交易商人なら新大陸アヴァロニアのことは聞いたことがあるだろう。」


「はい。」


 確かに、船乗りたちの間でその話を知らない者はいないくらい有名な話だ。

 およそ50年前、ギルシア共和国から遥か南で新大陸が発見され、その航路を開拓した冒険者は、その大陸で発見した金銀財宝を国へ持ち帰った。

驚くことに、それは小国の国家予算にも匹敵する規模で、当時ギルシア共和国だけでなく、西方諸国全体で大騒ぎとなった。


遠征艦隊が出向き、植民都市コローニアが築かれ、そして多くの冒険者が南へ向かう船に乗り込んだ。

そして実際彼らのうちの幾人かは、財宝や珍しい香辛料を持ち帰って来たのだ。


アヴァロニア大陸見聞録もあちこちの国で書かれるようになり、南へ向かう船乗りに出資する事が、一部の王侯貴族の間で流行りつつあった。


 とはいえ、である。

 アヴァロニア大陸は大型帆船でも1ヶ月はかかるほど遠く、台風で難破する事故は決して珍しいものではなかった。

 おまけに途中には海賊もいる危険な海域があった。

 何とか彼らを撃退してアヴァロニア大陸にたどり着いたとしても現地は獰猛な先住民族との争いが絶えず、財宝の眠る遺跡があるような辺境には魔物の出没も報告されている有様だ。

 つまり南へ向かう船乗りに出資するなんて投資というより博打に近く、まともな判断力のある貴族なら他の財テクを考えるのが普通だ。

 そう、金貨1000枚の代わりに海図を渡して報酬の代わりにするカッシーニ家のように。


 「この地図には金貨1000クラウンを超える価値がある、と伯爵様は仰せである。」


 おまけに現地への乗船許可証まで出しているのだから報酬としては過分なほどであろう──顔色一つ変えず、伯爵家の騎士はダリアスに淡々とそう述べた。


 「し、しかし……」


 「褒美に不服がある、と?」


 探るような目で騎士はダリアスを見据える。

 平民が貴族からの褒美に不服がある場合、裁判所に行ってそれが不当であることを平民側が立証しなければならない。もしも判事(もちろん貴族だ)の納得が得られなければ、最悪の場合平民は死刑になる。

 そんなことを知らないダリアスではなかった。


 「ご褒美、感謝いたします。」


 悔しさと絶望の涙を必死に堪え、ダリアスは眼前の騎士に平伏して礼を述べた。



 翌日── 2枚の羊皮紙とわずかな衣類それにいくばくかの路銀を除いてほとんど全てを失ってしまったダリアスは、港にいた。

 

 もうこうなったらパサディナへ行くしかない──半ば破れかぶれで、ダリアスは一世一代の大博打を打つつもりでいた。

 黒竜神の遺跡を見つけ出し、財宝を手に入れる。少なくともダリアスの頭の中では、人生を好転させる手段はもうこれしかないように思えた。


 「いや、見直しましたぞダリアス殿。」


 「!?」


 声のした方へ振り返ると、そこにいたのは意外な人物だった。


 「き、騎士様!?」


 「ベルフォントです。今後そうお呼びいただければ。」


 ダリアスに向かって一礼したのは、伯爵家の玄関でダリアスに羊皮紙を渡した銀髪の騎士と従者らしき白髪の老人だった。


 「い、一体……何故ここに?」


 「実はネックレスを盗んだ犯人がパサディナ行きの船に密航して逃げようとしている。との情報を得たので。見つけ次第捕らえて連れて来い、と伯爵様からのご命令があったのです。」


 騎士と老人はもう一度一礼すると、さっさと船に乗り込んでしまった。


 ────


 ダリアスたちを乗せた大型船は、幸い嵐にも海賊にも遭遇することなくおよそ1ヶ月の航海を終え、南大陸アヴァロニアの植民都市コローニア、パサディナに到着した。


 「いやぁ、暑いですなぁダリアス卿。」


 「そ、そうですね……」

 

 パサディナのビアホールで、正面に座った銀髪の騎士に向かってダリアスは微妙な愛想笑いを浮かべた。

 ベルフォントと名乗った銀髪の騎士と従者の老人は、どういう訳か航海の間ずっとダリアスに付きまとっていて、ダリアスとしては些か困惑していた。


 「それで、遺跡にはいつ頃向かう予定で?」


 「えっ!?」


 まさかついてくるつもりだろうか?

 ダリアスの悪い予感はものの見事に的中した。


 「よろしければ私とこの男を同行させていただけないかと。」


 あろうことか、銀髪の騎士は自分ばかりか横の老人まで同行させろと要求してきた。


 「し、しかし貴方は伯爵様の部下では?」


 ダリアスの疑問に、騎士は苦笑いで応じた。


 「伯爵様はもうここにはおりません──そろそろいいだろう?」


 騎士ベルフォントが老人に目をやる。

 

 「な、何だ!?」


 老人の身体が一瞬眩い光に包まれ、黒髪の若い男の姿に変わった。


 「この男はロベルト・ガルバルディという名で魔法使いだ。遺跡に同行させればきっと役に立つだろう。」


 「ガルバルディです。私の魔法はダリアス卿のお役に立てると思います。」


 「ちなみに、伯爵夫人のネックレスを盗んだのは彼だ。」


 「何だとっ!?」


 コイツのせいで俺は何もかも失ったというのか!?──ダリアスの怒りに火がつく。 


 「まぁ落ち着け。」


 魔法使いガルバルディに掴みかかろうとしたダリアスの腕を、騎士ベルフォントががしっと掴む。

 流石に騎士をやっているだけあって、ダリアスの力ではぴくりとも動かない。


 「詫びというわけではないが、我々は貴公の遺跡探索に同行しようと思っている。更にガルバルディにはネックレスを売った金があるから当面の生活は我々が面倒をみる。それでどうだ?」


 まぁ、そういう事なら話に乗るか。どの道自分は遺跡に行くしかないのだから仲間がいたほうがいい── 遂にダリアスは観念した。


それから1ヶ月──遺跡の存在を知っている原住民サビーニ族の長老にダリアスは会うことが出来たが、しかし彼は道案内には頑として応じなかった。


遺跡の周辺には脚竜レッグ・ドラゴンを駆る獰猛な部族がいて辺りを徘徊しており、遺跡の中は中で「死霊レイスが出る」との言い伝えがあることを、長老は震えながら語った。


 「こうなれば我ら3人で向かいましょう。」


 パサディナにある酒場で、騎士ベルフォントが意を決した──というよりはむしろ淡々とそう述べた。


 「あの、そもそもの疑問なんですが……」


 ダリアスが遠慮がちに口を挟む。


 「どうして貴方がたはそこまでして私について来るのです?」


 ダリアスの問いに、ベルフォントは待ってましたとばかりに身体を乗り出した。


 「この際だから申し上げましょう。ご覧のとおり私は騎士でコヤツは魔道士です。さぞかし優雅なご身分に見えるかも知れませんが、所詮は伯爵家の犬に過ぎません。」


 これは騎士ベルフォントが初めて吐いた本音だ!──それを勘づいたダリアスが息を飲む。


 「私も、そしてコヤツも自らの意思で伯爵様に仕えているわけではない。『そういう家に生まれたから』に過ぎません。」


 新大陸の地図を見て、私はふと疑問に思ったのですよ、自分の人生はこのまま伯爵家で終わりを迎えていいのか?とね── そう言ってベルフォントは少しだけ野心的な笑みを浮かべた。


────


ギィィィ……


重い両開きの扉を開けた3人の男たちの眼前に広がっていたのは、巨大な空間だった。

中央にある祭壇には装飾をほどこされた4本の剣が、真ん中の聖杯をはさんで左右対称に納まり、一段高い所には巨大な竜の彫像が鎮座している。

4枚の翼と、赤く光る3つの目を持つその彫像は、ただそこに存在しているだけで、十分すぎる程の威圧感を放っていた。


「これが……黒竜神アクスミル……なのか? 」


真ん中に立っていたダリアスが、手にした巻物を広げる。後ろに控えている2人の男たち──騎士ベルフォントと魔道士ガルバルディはどちらも無言のままだ。


 しかし、彼らがいてくれて助かった……ダリアスは内心で安堵していた。

 サビーニ族の長老が言ったとおり遺跡の中には死霊レイスが漂い、その他にも、彫像かと思いきやいきなり翼を広げて襲いかかる石悪魔ガーゴイル、火を吐く魔犬ヘルハウンドなどがいたが、彼らの持つ魔法の技と卓越した剣技は、それらの化け物たちを全く寄せ付けなかった。


 彼らがいなければ、絶対にこの場所まで辿り着くことは出来なかったな……


ダリアスは、2人を連れて来た自分の判断を、光の神アレスに感謝したいくらいだった。


 騎士と魔道士を後ろに残し、ただ1人祭壇に近づいたダリアスの前に、いきなり1人の男が現れた。


「!?」


「こんにちは。僕に会いに来たかたですね?」


何もなかった中空から突然現れたその男は、にこやかな笑みを浮かべて話しかけた。


「あ、貴方は誰ですか?」


「僕?……アレアレ」


男はアゴをしゃくって後ろの竜神像を指した。


「アクスミル……様……ですか?」


「そうですよ?アナタは僕に会いに来たんでしょう?」


随分とフレンドリーだな……。


天空から尊大な声が響く、とか、巨大な竜神像が動き出す、とか、そういう仰々しい事態を想定していたダリアスは肩透かしを食らった気分だった。

確かに目の前に男は不思議な現れ方をした。

よく見ると黒竜を象った紋様の黒い長衣を着ているし、ストレートの黒髪はともかくとして、赤い目をしている人間も普通はいない。

しかし、目の前にいる小柄な男に、竜神の称号にふさわしい威厳は全くなかった。


ダリアス本人は知らぬことだったが、男の姿はダリアスにのみ見えていた。従って背後に控えたベルフォントとガルバルディには、ダリアスが突然独り言を言い出したようにしか見えない。


「ベルフォントさま、如何いたしますか?」


ガルバルディがベルフォントに小声で相談する。


「様子を見ましょう。暴れだしたらその時取り押さえれば良いでしょう。」


 彼らが見守る中、ダリアスと男のコンタクトは続く。


「で、では、貴方に願い事をすれば叶えて頂ける、という事ですか?」


「何なりと。ただし契約と引き換えに。ですがね。」


「契約?……というと、どのような?」


男は軽い仕草で手をぱたぱたと振った。


「いえいえ、大した事ではありません。貴方が死んだ後、僕の手伝いをしてもらうくらいです。その代わり、生きてる間は貴方には栄華が約束されますよ?」


「生前の栄華と引き換えに死後は召し使いか……」


「そういう事です。ただ、僕が呼ぶのはたまにですよ?」


「は?そうなのですか?」


意外な返答だった。奴隷として毎日こき使われる。というわけでもなさそうである。


「僕が呼ぶ時以外は、場所を用意しますのでそこで好きな事をやっていれば良いのです。週休6日くらいの感じですよ。」


満面の笑みを浮かべたまま、男は続けた。


「先ほども言いましたが、契約と引き換えに、生きてる間はアナタに栄華が保証されます。見たところ金銀財宝をお望みのようですが、その程度ならお安い御用です。」


「なるほど……」


何だか話がうま過ぎる。何かとてつもない罠でも隠されているのか──


余りの好条件に、ダリアスは内心で胸を高鳴らせながらも、その一方で懸命に頭を働かせた。


カザリア大陸で「神」といえば光の神アレスのことで、それ以外に神はいない。

つまり目の前の竜神を信仰すればすなわち「邪教の信者」であり、宗教裁判にかかって運が悪ければ火あぶりだ。

今ダリアスがいるパサディナはギルシア共和国の植民都市で、つまり認められているのはアレス信仰のみ。邪教信仰がパサディナ総督の耳にでも入ればそこでダリアスの命運は尽きる。


「貴方がその気になればパサディナの支配者くらいにはなれますよ。ちなみに、今までの神様と決別する必要もありません。」


彼の心を見透かしたかのように、竜神を名乗る男はにこやかに言葉を続けた。


「え!?貴方を信仰する必要もないのですか?」


「ありません。僕が要求するのは信仰ではなく契約ですから。」


ここまで聞いて、ダリアスは腹を決めた。

何せ、「パサディナの支配者」である。金銀財宝どころの話ではない。

一介の船乗りにとって夢物語でしかないようなビッグチャンスが、この男との契約によって現実のものとなるのだ。

 パサディナの支配者にでもなれば、伯爵に約束を反故にされて泣き寝入り。なんてこともなくなるだろう。

彼はもう迷わなかった。


「分かりました。アクスミル様と契約します。」


「ご契約、ありがとうございます。」


返事を聞いた男はにんまりと笑みを浮かべて恭しくお辞儀をし、いつの間に取ったのか、祭壇にあったはずの聖杯を両手で差し出した。

先ほどまで空だったその聖杯には、真っ黒な液体がなみなみと湛えられている。


「杯が……宙を動いてます……」


後ろにいる2人の男たちには、聖杯が勝手に宙を浮き、ダリアスの手元に渡ったかのように見えていた。

ベルフォントは腕を組み、ガルバルディは険しい表情で腰に差した杖に手をかけたまま、身動ぎもせずにその光景を眺めていた。



「ではこれを飲み干してください。それが契約の証となります。」


──毒食らわば皿までだ!


男から聖杯を受け取ったダリアスは、両手でそれをつかむと一気に喉へ流しこんだ。

強い酒を飲んだ時のような火照りが、一瞬彼の全身を包み、そしてすぐに治まる。


ダリアスの身体に特に変化はなかった。左手のひらに刻まれた竜の形のアザを除けば。


「はい、契約は成立しました!じゃあこれプレゼントです。」


にこやかな笑みを絶やさぬまま男はぱんっ!と両手を合わせた。

手を開いた男の手には1本の杖が握られており、男はそれをダリアスに手渡した。


「これは……?」


「ドラゴンや、魔界の下等動物を支配できる杖ですよ。人間たちに、闇の力を与える事も出来ます。見た目は地味ですが、なかなかの優れ物ですよ?」


ダリアスは、男に手渡されたダークブラウンの杖を、しげしげと眺めた。


「あと、アナタの身体にも変化があります。契約者となったアナタには黒魔術は通じませんし、アナタの眼光には『約束を必ず履行させる』という特殊な力が宿りました。」


「そうなんですか!?」


 自分の眼光にそんな力が宿ったのならば、もはや貴族の横暴な契約不履行に苦しむこともなくなる。まさに今の自分にうってつけの能力ではないか!


「そういう事です。ではごきげんよう。」


 現れた時と同じように、男はダリアスの前から唐突に消えた。


 ────


 「思っていたのとは違ってましたが……」


 少し申し訳なさそうに、祭壇から戻ってきたダリアスは2人の男たちに報告した。

 この時点で彼が手に入れたものといえばシンプルなデザインの杖1本で、金銀財宝でも聖なる剣でもない。

 一見期待外れの結果に見えるが、しかし待っていたベルフォントもガルバルディも落胆などしなかった。

 聖杯が勝手に移動する。という超常現象を見たということもあるが、ダリアスの放つオーラのようなものが、少しだけ以前と違って見えたのだ。


 「あの、それでこれからどうしましょう?」


 「もちろん我々は貴方に付いて行きますぞ、ダリアス卿。」


 騎士ベルフォントが即答し、魔道士ガルバルディもそこに異を唱えなかった。

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