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99 リリの新魔法

本日は予約投稿です。

ここから第六章になります。

 魔力制御の修練、というかアルゴによってリリの魔力の流れが安定した翌日。昨日アルゴが言っていた通り、二人は「焔魔の迷宮」五十階層に来ていた。もちろんリリは自宅からここまでずっとアルゴの背に乗せてもらった。馬車で来たら迷宮の入口まで二日かかるのだが、この五十階層まで四十分ほどで着いた。自宅を出てから四十分である。


「めちゃくちゃ早い」

『この迷宮はここから先が難儀なのだ。奴がいる場所まで行こうと思ったら、ここから三十分はかかるな』


 それでも三十分で行けるんだ。やっぱりアルゴって凄い。


「覚悟はしてたけど、めちゃくちゃ暑い……いや、熱い」


 今いる場所から結構離れた場所を川が流れている……流れているのは水ではなくマグマなので川と言って良いのか自信はない。それと、地面に開いた穴からところどころ猛烈な勢いで水蒸気が噴出している。


 これ、サウナくらいの気温じゃない?


 これでも、アルゴが風魔法でそよそよと風を送ってくれているのだ。しかし、空気自体が熱いためあまり効果がない。


『暑さに耐えきれぬようなら、氷でも出してみたらどうだ?』


 ほうほう、そうね。氷出せばいいよね。出したことないけどさ。


 魔法はイメージが全て。この真理は不変だ。イメージで水が出せるんだ。氷だって出せるはず。


 喉が渇いたので、リリは直径一センチの水球を同時に三つ出現させた。それを自分の口にゆっくり移動させ、パクパクと飲み込む。


「う~ん、美味しい。アルゴも飲む?」

『うむ、いただこう』


 アルゴの口の近くに、同じく一センチの水球を五つ出現させると、彼はそれを一口で飲み込んだ。


『随分と制御が上手くなったな』

「え?」


 指摘されて初めて気付く。これまで、雨のように大量の水を降らせたことはあったし、直径数メートルの水球を出したことはあったが、わずか一センチという小さな水球を出現させ、それを自在に動かしたことなどなかった。

 これまでリリが使っていた魔法の大半は、膨大な魔力量に裏打ちされた力技であった。そのため繊細な制御が出来ていなかったのである。


 魔力弾、ブレット(弾丸)だけがアルゴも認めるほど見事に制御が出来ているのには理由がある。

 通常、魔力弾というのは攻撃力がない。それがリリの魔力量によって普通ではない攻撃力となっている。さらに、リリはただの「弾丸」をイメージしているのではない。「百発百中で命中する弾丸」をイメージしているのだ。その現実では有り得ないイメージを実現するために相当な魔力を使用している。

 つまり、制御しているように見えるだけで、実際には制御ではない。これも魔力量によるゴリ押しなのだ。


 要するにリリの魔法は「かなり大雑把」だったのだ、これまでは。


 蛇口の壊れた水道のように魔力を使い放題使っていたこれまでの魔法は、制御とはかけ離れたものだった。だから、水球は思ったよりもかなり大きくなっていた。

 それが、今は直径一センチで作れる。それも同時に何個も。さらにはそれを動かすことさえ出来る。これが魔力制御である。


 リリは暑さを忘れ、アルゴの言葉に一瞬ポカンとした。


「そっか。これが制御なんだね」

『無意識にやってしまうのがリリらしいな』


 小さな水球をいくつも作り、自分の周りをクルクル回らせてみる。これ、私がやってるんだ! こんなことも出来るんだ! 何か楽しい!


「……あっぢぃ」


 忘れてた。氷を出そうと思ってたんだったよ。いくら水を飲んでもそれだけじゃ涼しくはならないもんね。


 氷……氷かぁ。冷凍庫の製氷皿で作る氷じゃ焼け石に水だよね。もっと大きな氷……かき氷屋さんの塊……氷像を作る塊……。う~ん、どれくらいの大きさがいいんだろう?


 いっそ巨大な冷凍庫の中みたいに冷やせないかな……巨大冷凍庫と言えば……冷凍マグロが山積みになってるイメージだなぁ……。


『リリ、氷を出したのは良いが、なぜ魚の形をしているのだ?』

「ふぇ? ……うぉ!?」


 リリの眼前に、冷凍マグロの形をした氷塊が山積みになっていた。形はマグロだがもちろん全て氷だ。アルゴがそよ風を送ってくれるので、汗ばんだ肌が冷えて気持ち良い。先程までのサウナ状態が嘘のようである。


『えーと、これには深い理由がありまして』

『そうなのか? 言いたくなければ言わなくて良いぞ?』


 今まで誰にも、アルゴにも、前世の記憶があることは言っていない。アルゴなら伝えても問題ないのは確信している。ただ今更という感じもするし、その話のきっかけが冷凍マグロというのはいかがなものか。


 いや、きっかけなんてこんなものだろう。話そうと思った時が話すべき時だ。


『あのね、アルゴ。私、こことは違う世界の前世の記憶があるの』

『…………そうか。そんな気はしていたのだ。それは……メルディエールと同じ世界なのだろうか?』

『やっぱりメルディエール様も前世の記憶があったんだね。同じ世界かは分からないけど、似たような世界かも知れない』


 そうか、と呟いたアルゴは何かを懐かしむように遠い目をした。


『それで、これは前世で見た景色ということか』

『いや、実際に見たわけじゃないんだけど』


 テレビ番組で見た、と言ってもアルゴには通じない。テレビとは何かから説明する必要がある。これはかなり面倒臭い。


『遠くの海からお魚を運ぶために冷凍する技術があったんだよ。それを何かで見て、その記憶が蘇ったの』

『ほう。優秀な魔術師がいたのだな』

『…………今度ゆっくり話すね』

『うむ。時間はたっぷりあるからな』


 思っていたのとは違うが氷を出すという目的は達成した。今まで出したことのない「氷」を出せた、その事実は大きい。たとえ形がマグロだったとしても。これで、このサウナのような五十階層でも干からびずに済む。


 暑さでボーっとしていた頭もしゃっきりしたので、本来の目的である雷と炎の魔法の練習に取り掛かりたい。アルゴに教わるのは雷魔法だ。


 前世でも、雷が発生するメカニズムというのは実はまだはっきりと分かっていなかった筈。一般的には、雲の中にある微粒子や氷の粒がぶつかって摩擦により電荷が溜まると考えられていたと思う。


 そう。要するに摩擦。静電気と同じ。それのスケールが馬鹿でかくなったものと思えば良いだろう。

 静電気なら誰だって体感したことがあると思う。冬場など空気が乾燥している時に、金属で出来たドアノブなどを触って「バチッ!」となる、地味に痛いアレである。


「静電気、か……」


 この世界も前の世界と同じか分からないが、物質を構成しているのは原子だ。原子は原子核と電子から出来ている。普通は原子核のプラスと電子のマイナスが等しいのでバランスが取れた状態だ。

 それが、複数の物体が擦れ合うときに電子が別の物質に移動して偏りが生まれる。この偏った状態が「帯電」である。


 また、プラス或いはマイナスに帯電しやすい性質を持つ物質というものがある。冬場に重ね着をする時、ウールやナイロンはプラスに、ポリエステルはマイナスに帯電しやすい。これらの素材を重ね着すると静電気が発生しやすいのだ。ちなみに綿は帯電しにくい素材なので、重ね着する際に綿を取り入れると「バチッ」となりにくい。豆知識である。


 この世界にナイロンやポリエステルはないよなぁ。


 まぁ、実際に何かを擦り合わせて静電気を起こすわけじゃない。先程何もない所から水や氷を生み出したように、魔法なら静電気だって生み出せる筈だ。でも、自分で試すのは嫌だなぁ……バチッてするの嫌だもん。


『リリ。空気中には、目に見えない塵や水があるのだろう?』

『うん。メルディエール様から聞いたの?』

『うむ。あやつは我の知らぬことを沢山知っておった。その目に見えない塵や水を擦り合わせると雷になるのだとか』


 アルゴはこの世界に存在した時から雷の魔法を使えたので、意識したことがないらしい。それにしてもメルディエール様ってすごい。魔法をいくつも作り出したっていう話も頷ける。もし前世で私と同じ地球に住んでいたとしたら、地球人が思い浮かべやすいイメージで魔法を生み出していたのかも。私の神社や神棚、銃なんかと同じように。


 リリは、前世で見たことのある玩具を想像した。透明な球体の中で、小さな稲妻のようなものが沢山発生するおもちゃだ。あれも静電気を利用していた気がする。両手で球体を持つような形を作り、両目を瞑ってイメージを形作っていく。


『リリ、それは何だ?』

「え?」


 目を開くと、両手の上に直径二十センチくらいの透明な球体が浮かんでいた。中心が眩く光り、毛細血管のように無数の稲妻が伸びている。稲妻は球体の内側で留まっていた。


『えーと、前世で見たおもちゃ、かな?』

『おもちゃ? 兵器ではないのか?』

『兵器ってそんな大袈裟な』

『……動かせるか?』

『うん、出来ると思う』

『あちらの壁に向かって放ってみよ。近くではないぞ、あっちの遠い壁だ』

『う、うん』


 アルゴの口調が真剣なので、リリはだんだん怖くなってきた。始めはゆっくりと慎重に球体を体から離す。少し距離が開いたので、スピードを上げて一番遠くの壁まで動かした。そして球体が壁に当たった瞬間――。


 ――ズゴォォオオオン!


 視界が真っ白に染まり、体を揺らす振動と耳が痛くなる轟音が響いた。リリは思わずアルゴに抱き着く。すぐに視界が戻り、恐る恐る球体が当たった壁を見る。壁だった所は洞窟のように穴が開いていた。


「あわわわわ」

『な? 兵器であろう?』


 いやいやいや。迷宮の壁って簡単には壊れないんだよね? ちょっと地形が変わっちゃったんだけど。これって怒られない? ラルカンとか怒らないかな?


 自分が生み出した「雷球」の威力に慄くリリ。


『適性があるとは思ったが、まさか一発で成功させるとはな。あれをもっと大きくしたら「雷神殲怒(みかづちのいかり)」になるぞ?』

『そ、そうなんだね……とりあえず、もっと小さくする練習しよっかな』

『うむ、その方が良いだろう』


 その後、直径一センチ程度の「雷球」を出すことに成功。その大きさでも、迷宮の壁を大きく抉る威力である。そして自分でも恐ろしいのだが、雷球をラバーブレット(ゴム弾)と同じくらいの速さで撃ち出すことが出来た。ブレットには及ばないが、火矢(ファイアアロー)などより遥かに速い。


 私は一体、これで何と戦うんだろうか……? あ、瘴魔王か。そうだった、雷球の衝撃で目的を忘れてた。


 穴だらけになった迷宮の壁を見て、マルベリーアンの家で練習しなくて本当に良かった、と痛感するリリであった。





「ただいまー」

「おかえり。シャリーちゃんとアリシアーナさんが来てるわよ?」

「ほんと? うわぁ、お風呂に入りたい」

「少しくらい待ってくれるわよ。先に入ったら?」

「挨拶だけ先にしてくる!」


 魔法の訓練を終えてアルゴと共に自宅へ帰ると、母から二人が来ていると聞いた。リビングにはいないので自室だろう。

 途中からマグロ氷でまぁまぁ快適だったが、最初のうち猛烈に汗をかいたのでお風呂に入りたい。ついでに言うと雷球で冷や汗もかいた。


「ただいま! 二人とも待たせてごめん!」

「姉御おかえり! 大丈夫だぞ?」

「おかえりなさい。ついさっき来たところですのよ?」

「申し訳ないんだけど、お風呂に入ってきていい? すっごい汗かいちゃったから」


 ふと見ると、アリシアーナの膝の上にラルカンが乗っている。撫でられて気持ちよさそうに目を細めていた。


「フフフ。私ラルカンと遊んでいますので、ゆっくりお風呂に入ってくださいな」

「オレはアルゴと遊んで待ってる!」


 シャリーがアルゴに飛び付いた。うんうん、それならサッとお風呂に入って来よう。迷宮でかなり騒がしくしたけど今日はラルカン来ないな、って思ってたらこっちに来てたんだね。いつからいたんだろう?


 リリは手早く服を脱ぎ、風呂に入った。この家の風呂には魔道具のシャワーも付いている。シャワーで髪と体を洗い、温めのお湯を張った浴槽に浸かる。ミリーが用意してくれた新しい下着と服に着替え、タオルで髪を拭きながらキッチンに入る。


 キッチンでコップ三つに果実水、小皿にラルカン用の果実水、それとクッキーを用意して二階の自室に戻った。


「お待たせー」

「う~ん……アルゴの匂いも好きだけど姉御もいい匂いがするぞ」


 シャリーがリリの首元に鼻を寄せてクンクンと匂いを嗅ぐ。それは私の匂いじゃなくて石鹸の香りです。


「それで、二人は何か用事があった?」

「ええ。リリにお願いがございますの」

「お願い?」


 先日の演習で、シャリーは五体、アリシアーナは四体の瘴魔を倒した。もちろん独り占めはしていない。それで二人とも瘴魔祓い士の資格条件を満たしている。


「私とシャリー、祓い士の資格を取って卒業するつもりですの。それで、特務隊に推薦して欲しいのですわ」

「姉御も隊員なんだろ? オレたちも一緒に仕事したいんだぞ!」


 特務隊は志願制じゃないの? 推薦が必要って初耳なんだけど。アリシアーナの調べでは、特務隊隊員や秘書官などの推薦を受けてから志願するという制度になっているそうだ。


「推薦は全然構わない、というか凄く嬉しいけど、特務隊って普通の祓い士より大変かも知れないよ?」


 二人が特務隊に入隊してくれたら凄く嬉しいが、基本的な給金は普通の瘴魔祓い士と変わらず、任務が過酷なものになることは知っておいて欲しい。


「分かっていますわ。でもそれが一番民を守ることになると思いますの」

「三人でパーティ組めばきっと楽しいぞ!」


 そうか。アリシアは侯爵家の令嬢だから、そもそもお金に困っていない。貴族の務めとして瘴魔を倒そうとしているのだった。シャリーは……よく分からないけど楽しく仕事したいってことかな?


 それにパーティ運用の件もある。確かに誰かとパーティを組むならこの二人がいい。あとはコンラッドさんかな……。


「うん、分かった。プレストン長官には私から推薦しておくね。パーティの件も話してみるよ」


 真面目な話はそれで終わり。アリシアーナがラルカンにクッキーを食べさせてうっとりした顔になったり、シャリーがアルゴに半分くらい埋まってそのまま眠りそうになったり。いつも通り三人で楽しく過ごしたのであった。

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