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98 私、強くなりたい

第五章はこのお話までになります。

 演習からの帰り。森の惨状に関しては、リリは大規模かつ集中的な落雷で押し通した。左肩の傷は、飛んで来た木の枝が突き刺さったことにした。話に無理があるのは自分でも分かっていたが、瘴魔王が出現し、それをアルゴが雷属性の神位(しんい)魔法で倒したと言うよりは幾ばくか信憑性があると思った。


 学院までの道程では、他の組と合流することはなかった。他の三組は、十~十五体の瘴魔を恙なく倒して演習を終え、それぞれ帰途に就いたと聞いた。噂では、シャリーとアリシアーナもそれぞれ三体以上の瘴魔を倒したらしい。これで二人も瘴魔祓い士の資格を得られる筈だ。


 三日かけて学院に戻り、教員から今後の日程について説明を聞いて帰宅した。演習の後は一週間休みになる。家まではアルゴの好意に甘えて背中に乗せてもらった。


 六日ぶりの自宅。リリは真っ先に風呂に入った。いつもより少し豪華な夕食をミリーが作ってくれて、瘴魔王に殺されかけたことを除いて演習のことを家族に話した。ちょっと疲れた、と言って早めに二階の自室にこもる。


 寝間着に着替え、ベッドに横になったリリは傍らのアルゴに問い掛けた。


『ねぇ、アルゴ。私も攻撃魔法が使えるようになれる?』

『それはもちろんだが、急にどうしたのだ?』


 これまで攻撃魔法の必要性を感じなかった。ブレット(弾丸)と神聖浄化魔法で事足りたのだ。だが瘴魔王には通じなかった。


『瘴魔王……倒せるようになりたい』


 次にまた瘴魔王と遭遇してもアルゴは必ず守ってくれる。それは全く疑っていない。だがもし街中でアルゴがあの魔法を使ったら甚大な被害が出る。それに、もしアルゴの魔法が通用しない瘴魔王が現れたら?


『私、もっと強くなりたい……ならなきゃいけない』


 強くなる努力を怠ったせいで、大切な誰かを失うのは絶対に嫌だ。


『ふむ。メルディエールが作り出した魔法がいくつかある。雷神殲怒(みかづちのいかり)もその一つだ。雷魔法は我が教えよう』


 えぇ!? あの物凄い魔法、聖女メルディエール様が作ったの!?


『あの……メルディエール様って人間?』

『ああ、我の知る限り』


 人間があんな魔法を使えるんだ……しかも作り出したって。すごい。


 アルゴは風、土、水、雷、火の五属性を使えるが、最も得意かつ強力なのは雷らしい。その次が風、土。水と火はそこまで得意ではないとのこと。


『火は奴に教われば良い』

『奴……ラルカン?』

『うむ』


 アルゴの知識では、瘴魔に特効がある属性は炎と雷。浄化魔法は光とか聖とか呼ばれるが、それは人間が作った分類であり、本来は「浄化」という一つの属性らしい。「治癒」も同様との話だ。


『まぁ属性など些細なこと。要は瘴魔王を倒せれば良いのであろう?』

『うん、そうだね』


 ブレットに神聖浄化魔法を込める、という線ももちろん捨てていない。これから先の訓練では、とにかく「打倒、瘴魔王」を目標にする。


『それにしても……神獣に魔法を教わるなんて、すっごく贅沢』

『我らの魔法は魔力の消費が尋常ではないからな。使えるとしてもリリくらいであろう』

『なるほど……ん?』


 そう言えば、魔法の属性適正なるものがなかったっけ? たしか祝福の儀でそれも測るとか何とか。私に雷や炎の適正があるのかな?


『ねぇアルゴ……属性の適正があるんじゃない?』

『あるぞ?』

『それだと、私には雷とか炎は使えないんじゃ?』

『ふむ。なるほど、人間は適正をそう捉えているのだな』


 それからアルゴが説明してくれる。魔法の属性適正とは、使える・使えないではなく消費魔力量の違いらしい。適正のない(低い)魔法を使うには魔力が多く必要で、適性のある(高い)魔法は少ない魔力で済む。

 アルゴは水と火が不得手と言うが使えないことはなく、雷や風、土に比べて消費魔力が多くなるということらしい。消費魔力が多いと使うのが億劫であまり使わなくなる。それで得手不得手が出来るということだ。


『つまり、たくさん魔力を使えばどの属性の魔法も使える?』

『そういう認識で問題ない。ただ……』

『ただ?』

『リリは気付いておらんようだが、雷と炎に適正があるぞ?』

『う“ぇ”っ!?』


 リリは念話で変な声を出すという器用なことをやってのけた。


 えーと、私の適正って浄化や治癒が分類されている「光」か「聖」、そうじゃなきゃ「水」だと思ってたよ……。だって、火は薪に火を点けるくらいしか使ったことないし、雷なんてやってみようと思ったことさえない。


『どちらも危険な魔法であることは間違いない。心して修練に臨むのだ』

『はい、分かりました! よろしくお願いします!』

『う、うむ……』


 リリはベッドに正座してアルゴに向かってビシッと敬礼した。


 自分にも攻撃魔法が使える……。いや、まだこれから練習するんだけど、使える可能性があるんだ。そう考えたら胸のドキドキがだんだんと大きくなってくる。自分のチートっぽい力は目に関する能力とバカげた魔力量だと思っていた。それが、雷や炎の魔法を使えるかも知れないと思うとワクワクが止まらない。年齢的にも、ちょうど厨二病に罹患しやすいお年頃であろう。その夜は、興奮でなかなか寝付けないリリなのであった。





 少し寝不足気味の翌朝。リリはマルベリーアンの邸宅に向かった。師匠には瘴魔王に遭遇したことを報告するべきだと思ったからだ。


「今日は早いね。何かあったのかい?」

「昨日学院の演習から帰って来ました。それで、演習中に瘴魔王と戦うことになったんです。倒せなかったんですけど」

「「なんだって!?」」


 マルベリーアンとコンラッドの声が揃った。


「リリ、怪我はしなかった?」

「しましたけど、自分で治しました」

「体調におかしなところは?」

「? 特にないと思います。元気いっぱいですよ?」


 リリが力こぶを作るポーズを取り、コンラッドは安堵した顔に微笑みを浮かべた。リリは忘れていたが、瘴魔は触れるだけで相手の生命力を吸い取る。触れるどころか肩を貫通したが、咄嗟に発動した神聖浄化魔法と直後の治癒魔法で事なきを得ていた。


「なるほど……神聖浄化魔法には瘴魔の攻撃を無効化する性質があるのかも知れないねぇ」

「もし、先に魔法で自分を覆っていたら刺されなかったですかねぇ?」

「刺された!?」

「刺されたの!?」


 スローモーションになった視界の中でも、ほぼ瞬時に伸びた棘触手。奇跡的に致命傷は避けられたが、今思い出しても背筋を冷たい汗が流れる。


「ま、まぁ、あんたが無事で何よりだよ」


 リリは、収束させた神聖浄化魔法の直撃を受けても消滅しなかったこと、ブレット(弾丸)も外皮に弾かれたことを話す。さらに、今まで見た中でもっとも動きが速かったことも付け加えた。


「あんたそれ、よく生きて帰ったね……」


 マルベリーアンによると、彼女が聞いた瘴魔王の特質でも、そこまで厄介なものは聞いたことがないらしい。


「いや、倒してくれて本当によかった」

「倒したのはアルゴですけどね」


 リリの言葉に、二人は傍で寝そべって大きな欠伸をしていたアルゴを見る。


「この子を守ってくれてありがとう」

「アルゴ、ありがとう」

『ふん。当たり前のことをしたまで』


 二人の感謝に対し、リリにしか届かない念話でアルゴが返事する。こんな風に言っているが尻尾がパタパタと床を打って機嫌が良さそうだ。これがツンデレか。


「それで、私も攻撃魔法を習得しようと思いまして」

「攻撃? 炎魔法かい?」

「炎と雷です」

「雷……? 雷魔法、使えるのかい?」


 あー、そうか。今まで雷魔法を見たことないのは、誰も使ってないからだ。そこで、瘴魔に特効があるのは炎と雷であるとアルゴから聞いたことを伝える。


「へぇ。あたしも知らなかったよ」

「僕も初めて聞いた」

「何でも、千年前の聖女様が生み出した雷魔法があるそうで。それをアルゴに教えてもらうつもりです。もちろん使えるようになるかは分からないんですけど」

「「…………」」


 マルベリーアンが眉頭を揉み、コンラッドが天を仰ぐ。え、私変なこと言った?


「……雷は失われた魔法って言われてんだよ。まったく、あんたといると飽きないね」


 マルベリーアンが苦笑いしながら首を振る。飽きないのは良いことだ……だよね?


「それで、炎や雷は危険なので、訓練は人気(ひとけ)のない所でやろうと思います」

「そりゃそうだ。家を燃やされたらかなわないさね」

「燃やしませんよ!? ……たぶん」


 リリだってマルベリーアンの家を滅茶苦茶にしようなんて思っていない。思っていないが、不可抗力が発生する恐れはある。いや、その可能性はかなり高い。なんせ水魔法でも結構やらかしている。


「えーと、ご迷惑を掛けないように、どこか別の場所で魔法は練習します」

「そうしてもらえたら助かるね」

「それで、こちらにお邪魔して訓練させていただく頻度が少なくなりそうで……」

「それは気にしなくていい。コンラッドは寂しがるだろうがね」

「なっ!? 師匠!!」


 コンラッドが顔を真っ赤にして師匠に抗議した。


「なんだい、寂しくないって言うのかい?」

「い、いえ……寂しい、です……」

「自分の気持ちはちゃんと伝えな。男だろ?」

「うっ……はい」


 話が想定外の方向に飛んだので、リリはあたふたと慌てた。


「リリ、僕は――」

「コ、コンラッドさん! また一緒に瘴魔討伐に行きましょう! それで、近いうちにご飯でも行きましょう!」

「えっ!? あ、うん」


 リリはコンラッドの言葉を遮った上、慌てていたため自分からデートに誘ったことに気付いていなかった。


「若いっていいもんだねぇ~」


 マルベリーアンが目と口を三日月のように細めてコンラッドとリリを交互に見る。リリはその視線の理由を深く考えることなく、報告が済んだので師匠の邸宅を辞去した。





『アルゴ、周りに人がいなくて、魔法の練習に良さそうな場所を知ってる?』


 自宅に帰る道すがら、リリはアルゴに尋ねた。


『そうだな。それなりに離れた場所にいくつもある。まぁ我の背に乗ればすぐだ』


 この世界は防壁で囲まれた街を一歩出れば割と近くに大自然がある。人が住む領域が限られているから、人目に付かない場所はいくらでもあるだろう。その中でも、誰にも迷惑がかからず、なるべく生態系にも影響がないような場所が好ましい。


『ふむ……それならいっそ、迷宮(ダンジョン)の中が良いのではないか?』

『えーと、なるほど?』


 アルゴによると、迷宮内は壁や天井を破壊しても一日くらい経てば元に戻るらしい。うん、ファンタジー作品ではよくある設定だね。

 アルゴの気配次第で魔物を近寄らせないことも出来る。攻撃魔法を習得したら、迷宮の魔物相手に訓練も出来る。魔物には悪いが試し撃ちというわけだ。


『でもほかの冒険者がいるでしょ?』

『冒険者が来ないような深層に行けば良い』


 ほうほう。ラルカンが最奥にいる「焔魔の迷宮」、冒険者による最高到達点は四十階層だと以前ジェイクが教えてくれた。それより深い階層に行けば冒険者もいないという寸法である。


『……人間が行くのは無理って言ってなかった?』

『五十階層くらいまでなら死ぬことはない』


 死ぬことはない……死なないけど超危険って意味に聞こえる。


『多少暑いくらいだ』

『多少』

『うむ』


 まぁ、アルゴが身の危険があるような場所に連れて行くことはないだろう。多少暑い程度なら、ダイエットにもいいかも知れない。水魔法で飲み水の心配はないし。


『あそこなら奴も気軽に上がって来れるしな』

『そっか。ラルカン、本当は持ち場を離れちゃダメなんだよね』

『うむ。迷宮内にいれば問題は起こらん』


 そんな話を聞いていると、「焔魔の迷宮」の深層がベストな場所に思えてきた。


『じゃあ早速――』

『それはならん』

『へ?』

『その前に魔力制御の修練だ。割と使う水魔法もちゃんと制御出来とらんだろう?』

『うっ』

『治癒と浄化も魔力量で無理矢理発動しているに過ぎん。唯一、魔力弾は素晴らしい。あれをあれだけ制御出来るのに、他が出来ていないのが解せぬ』


 私も解せないよ。


『魔力制御の修練は家でも出来る。むしろ落ち着いた所でやるべきなのだ』

『そうなんだ……その制御も教えてくれるの?』

『もちろん。ただし、我の教えは厳しいぞ?』

『うぅ……がんばります』


 アルゴと念話で話している間に自宅に着いた。


「ただいまー」

「あら、おかえり。今日は早かったのね?」

「おねえちゃん、おかえり!」


 ミリーとミルケが迎えてくれた。


「えーと、今日から自分の部屋で魔力制御の練習をします!」

「あらあら。何だかやる気ね!」

「おねえちゃん、かっこいい!」

「あとでお菓子とお茶を持って行ってあげるから。がんばりなさい」

「はい!」


 神獣による厳しい修練、ただしおやつ付き。いや、おやつはどうでもいい。アルゴが厳しいというのだから、修練に集中しなければならない。


 自室に入ったリリは、まず窓際に行って父の遺品に語り掛ける。


 お父さん、今日からアルゴに魔力制御を教えてもらうの。私、魔法の制御がダメダメなんだって。でもそれは自分でも何となく分かってたんだ。だから、きっと厳しい修練になると思うけど、私がんばるよ。私、もっと強くなって大切な人を守る。


 箱に入った指輪を撫でてからアルゴの方に振り返る。


「アルゴ先生、お願いします!」

『うむ。それでは、まずは横になるのだ』

「え?」

『ベッドに仰向けになれ』

「あ、はい」


 言われた通り、ベッドで仰向けに横たわった。


『腹の上で両手を重ねるのだ』

「はい」


 リリがお腹の上で手を重ねると、その上からポフッとアルゴが前足を乗せてきた。肉球とその間にある毛が何だかくすぐったい。


『目を閉じよ』


 リリが目を閉じると、今度はおでこにポフッと前足が乗せられた。両前足がリリに乗せられているが、不思議と重くない。


『では我の魔力を流すぞ?』

「はい」


 お腹からじんわりと温かさが広がる。これがアルゴの魔力? その温もりに集中していると、まるで血管を流れる血液が温かくなったように、体中を温もりが駆け巡る。あまりの心地良さに眠気を誘われるが、ここで寝るわけにはいかない。アルゴの魔力が細い糸のように、体中の細胞一つ一つを繋げていく感覚。やがてそれは全て溶け合い、完全に一つに纏まる。

 全にして個。個にして全。自分と外側の境界が無くなっていく。リリは空気になった。リリは水になった。リリは光になった。意識はそのままで、世界と一体になった。

 そして徐々に自分の体が意識に上る。肉体があることが不自由に感じる一方で、ひどく安心する。また体中を巡る温もりを感じる。両手とおでこに乗せられたアルゴの前足。その柔らかくて心地よい感触。それがフッと消えた。


「アルゴ?」

『大丈夫だ。我はここにいる』


 温もりはまだ消えていない。それどころか、温もりがどんな風に体を巡っているのか手に取るように分かる。


『目を開けて良いぞ?』


 リリはゆっくりと目を開いた。


「え?」


 ついさっき、父の遺品に語り掛けた時はまだ昼にもなっていなかった。今は、窓から差し込む光がオレンジ色になっている。書き物机の上には皿に乗ったクッキー、そして紅茶のカップ。きっとミリーが持って来てくれたのだろう。


「何時間経ったの……?」

『五時間だ。思ったより早かったな』


 五時間? 五分くらい横になっただけだと思ったのに。


『これで魔力制御の修練は終わりだ』

「へ?」

『どうだ、我の教えは厳しかっただろう?』


 えーと、どの辺が? むしろ物凄く心地良かったけど? 何なら寝落ちしそうだったけど? 修練って言うくらいだから、何週間、何か月ってかかると思ってたんだけど……もう終わったの?


『リリの魔力の流れは完全に安定した。体を巡る熱を感じるであろう?』

『うん』

『それが魔力だ。それを常に意識するよう心掛けるのだ』

『はい……えっと、それだけでいいの?』

『うむ。良く耐えたな、さすが我が主』


 耐えた……のかな? 眠気には頑張って耐えたけど。


『これで魔法の制御は問題ない』

『ほんと?』


 全く、これっぽっちも実感がない。だが、他ならぬアルゴがそう言うのだ。疑いはすぐに消えた。


『明日は「焔魔の迷宮」へ行くぞ』

『あ、うん……アルゴ?』

『む?』


 リリはアルゴの首にぎゅーっと抱き着いた。いつもするように、柔らかな毛に顔を埋めて胸いっぱいに匂いを吸い込む。リリの大好きなお日様の匂い。


「ありがとう」


 首元からくぐもった声が聞こえる。アルゴはその声を聞いて、尻尾をパタパタと振るのだった。

評価、ブックマークして下さった読者様、本当にありがとうございます!

朝起きてポイントが増えてるとビクッとして最低二度見します。

この調子だと、もし一晩で100ポイントとか増えたら心臓が止まるかも知れません。


引き続き、明日から第六章を投稿します。

今後もよろしくお願いいたします!

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