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97 演習は危険です

 最後に残ったリリ達は更に西へ進み、また野営となる。そろそろ生鮮食品が厳しくなって来て、リリはドライトマトとソーセージでトマトリゾットを作った。干し肉をお湯ではなく持ち込んだコンソメスープで戻し、それはフライパンで焼く。簡単な料理だが、また騎士と教員に激しく感謝された。


 さすがに三日目の夜ともなると、体の汚れが気になる。それまではお湯で体を拭いていたが、リリは全員に浄化魔法を掛けてあげることにした。


「ふわぁ~、気持ちいい! これが神聖浄化魔法なのね!」


 アナがうっとりと蕩けた顔になる。普通の浄化魔法が使えないんです、とは言わないでおいた。もちろんアルゴにも掛けるとお腹を上に向けてフェンリルらしからぬ顔になる。

 リック達、そして教員、最後に騎士に掛けると全員から感謝された。騎士の中には女性が二人いて、彼女たちの感謝は非常に重かった。


 そして翌朝。簡単な朝食を終えると教員から指示があった。


「この組も間もなく北へ向かう。森の手前で馬車を降り、そこからは歩きになる。今のところ瘴魔は十体との話だ」


 どうせなら十二体以上いれば良かったのに。そしたらリックさん達四人とも瘴魔祓い士の資格条件を満たせたのに。


 シャリーとアリシアはもう瘴魔を倒しただろうか? 怪我とかしてないよね?


『あの者たちが心配か?』

『うん。二人とも強いから大丈夫だって分かってるんだけど』

『見てきても良いぞ?』

『ううん、信じて待つよ。ありがとう、アルゴ』


 出発すると、一時間もしないうちに北へと曲がる。遠くに鬱蒼とした森が見えた。


「あれがリンダリア森林地帯かぁ」


 未だピクニック気分が抜けないリリ。一方でリック達四人は森が近付くにつれて表情が固くなっていった。


「リックさん、緊張してます?」

「べべべ別に」

「緊張するのは当たり前だし悪いことじゃないです。ただ緊張し過ぎは良くないです」


 一番年下のリリだが、ここにいる誰よりも場数を踏んでいる。それを知らなくても、リリの言葉には重みがあった。四人の目が自然と彼女に集まる。


「思い出してください。みなさんは、千人の受験者から選ばれた四人です」

「……うん」

「連携の訓練をしましたね? あの通りやればいいんです」

「連携……お互いの死角をカバーする。威力よりも制御を意識。別に一撃で仕留める必要はない」

「そうです。普段通りの力を出せば、みなさんなら瘴魔を簡単に倒せます」


 リリの言葉を四人が噛み締める。初めての実戦、というわけではない。最終試験で瘴魔を倒している。ただ、恐怖の克服度合はそれぞれ違う。それも今日できっと解決するだろう。


「……リリは凄いな」

「ええ。胆が据わってるわ」

「頼りになるよな。年下なのに」

「さすがリリちゃん……尊い……」


 オットーだけは別方向にズレている気もするが、概ね大丈夫だろう。やがて馬車が停まり、森の端に到着した。ここからは歩きだ。

 中心にリリたち五人。その前後を挟むように二人ずつの教員。散開して全体を守るように騎士十人が配置される。リリは索敵マップを起動した。周囲の人間は全員が青。マップに移る範囲には赤い点はまだない。所々見える黄色い点は動物か弱い魔物だろう。


『アルゴ、瘴魔の気配はある?』

『うむ。三キロほど奥にいるな。今は十一体だ』


 惜しい。そこまで来たらあと一体いればいいのに。騎士が先導し、一行は森の奥を目指して北へ向かう。時折動物や魔物の足音や葉擦れの音が聞こえる。その度にリックたちはビクッと構えるが、三十分も歩くと慣れてきたようだ。表情にも少し余裕が出てきた。


『このままの歩調ならあと五分程度だ』

『分かった』


 アルゴが会敵までの時間を教えてくれる。リリはそれを全員に伝えた。マップにも赤い点が移り込む。一塊になっているので数までは分からない。向こうも気付いたようで、ゆっくりと南下し始めた。


「もう少し早くなりそうです」

『む? 数が増えたな。今は十三体いるぞ』

『やった!』


 瘴魔の数が増えて喜ぶのはリリくらいではなかろうか。だがこれで四人全員に三体ずつの瘴魔を回せる。


『おかしい……数が増え続けている。瘴気溜まりがあるのかも知れん』


 リリのマップにも、新しく現れた赤い点がどんどん近付いて来るのが表示されていた。


『今何体?』

『二十体以上はいるな』

『鬼はいる?』

『今のところはいないようだ』


 よし。それなら演習が中止になることもないだろう。少し増えても、リリの神聖浄化魔法で一気に倒すことが出来る。危険はそれほどないはずだ。


「少し瘴魔が増えているみたいです」

「少しって何体だ?」

「二十体くらい」


 アルゴの感知能力がずば抜けて高いことは説明済みだ。意思疎通が出来るのも、テイマーだからとごまかした。

 二十体と聞いて騎士や教員に緊張が走った。リックたちはまた表情が固くなっている。


「大丈夫、みなさんなら問題ありません。危なくなったら、私が広範囲で神聖浄化魔法を発動しますから」


 リリがどれくらいの範囲で発動できるのか、この場にいる誰も知らない。リリ自身よく分かっていないので仕方のない話である。瘴魔祓い士の常識としては、広い人で半径五十メートル。十九人を守るにはそれで不足はないだろう。


「今からでも引き返すべきでは!?」

「しかし、本当に二十体もいるのか?」


 前にいる教員が揉めていた。リリとアルゴの実力を知らないのだから、学院生の安全に責任がある教員や騎士たちが慎重になるのは当然だ。


「来ました、まず五体です!」


 木々の隙間から見える、光を吞み込むような真っ黒い靄。三メートルほどある人型のそれが、駆け足くらいの速さで近付いて来る。


「くそっ、もう遅い。学院生、落ち着いて攻撃しなさい!」

「「「「はい!」」」」


 前にいた教員二人はリリたちと並ぶ位置まで退いた。


「訓練通り、です!」


 四人が一斉に獄炎(フォルテ)を放つ。訓練で、それぞれの攻撃がダブらないように、四人の陣形と狙う相手については何度も叩き込んだ。それが功を奏し、四体の瘴魔が炎に包まれる。


 ―Gyuoooou……


 残る一体にはリリがブレット(弾丸)を放って倒した。


「次、四体!」


 森の木々に火が広がり始めているが、瘴魔はそれに構わず迫って来る。四つの火球がそれを包んだ。


「次、六体!」


 三度獄炎(フォルテ)が放たれる。着弾を確認し、リリは残りの二体を仕留めた。


「この四人が三体ずつ倒したの、確認できました!?」

「確認した!」


 リリは一番近くにいる騎士に尋ねると、騎士は大声で返答する。


「リックさん、撤退の準備を!」

「分かった! リリは?」

「時間を稼ぎます!」


 木に燃え移った火は大きく燃え広がり、黒煙が立ち昇っている。前方の視界は悪く、これ以上の戦闘は危険だ。リリが神聖浄化魔法を放つ。


「浄化!」


 炎の壁が始まる辺りを中心に、半径二百メートルの範囲が金色の光に包まれた。マップ上の赤い点が次々に消滅していく。目の端には、リックたち四人と教員、騎士たちが撤退し始めているのが映った。


「え?」


 その時、マップ上に一際大きく光る赤い点が表示され、それが猛烈な勢いでこちらに近付いて来るのが分かった。神聖浄化魔法はまだ発動中だ。その中を動けるということは普通の瘴魔ではない。


『まずい、王だぞ!』


 アルゴが森に向かって牙を剥き、唸り声を上げる。アルゴの感知を潜り抜けたのか、それとも移動速度が異常に速いのか。

 リリは目の前の炎を消すべく水球を落として消火を行う。炎と黒煙で相手が見えないのは分が悪過ぎる。


 だが、瘴魔王の動きは予想よりも速かった。水蒸気と黒煙を割って、瘴魔より一回り小さな黒い影が飛び出す。


 瘴魔とは異質な黒。それは単に命を呑み込む黒ではなく、それに喜びを見出す邪悪さを孕んでいた。リリの全身が総毛立つ。次の瞬間、時間が引き延ばされた。


 炎が、焼け焦げた葉が、水飛沫に反射する光が、引き延ばされた時間の中でゆっくりと踊る。リリの目は、瘴魔王の体中に散らばっている数十の白い球を捉えた。そして、リリの方に向けられた拳から二本の棘が伸ばされるのも見て取った。


 スローモーションに見えているからと言って、自分だけが普通に動けるわけではない。リリの動きも周囲と同じになる。その中で、リリは反射的に体を捩った。一本の棘はギリギリの所で頬を掠め、もう一本が左肩を貫通する。


 リリは痛みに歯を食いしばりながら自分の足元に神棚を置いた。眩い金色の柱が立ち上がり、瘴魔王の放った棘が断ち切られ、範囲内の棘は黒い塵になって消える。直後、瘴魔王と自分の間に三つの神棚を置いた。三本の柱が立ち、三本目で瘴魔王を捉える。


 ―GUGAAAAA!


 リリは自分の左肩に素早く治癒(ヒール)を掛けた。その黄緑色の光が収まる前に、瘴魔王にブレットを連射する。

 瘴魔や瘴魔鬼は、神聖浄化魔法の範囲に入った瞬間に黒い塵となって消えた。だが瘴魔王の体が塵になる様子はない。だから白い球を撃ち抜こうとブレットを放ったのだ。しかし、それは外皮に弾かれた。瘴魔王は捉えられた金色の光から抜け出そうと、ゆっくり歩いている。


 以前、マルベリーアンが話してくれたことを思い出す。瘴魔王はそれぞれ異なる特質を持つ。浄化魔法が効き難い奴、魔力弾を跳ね返す外皮を持つ奴がいるかも知れない。


 あれはフラグだったのか、とリリは頭の冷えた部分で考えた。あの時、それでは詰んでしまうと思ったのだ。そしたら、アンさんは何て言ったんだっけ。


 ―あんたの場合は頼もしい相棒がいるから。それで即詰みにはならないだろうけど。


 瘴魔王が遂に金色の光を抜け出し、その怒りをリリにぶつける。膝を曲げて腰を落とし、今まさにリリに突進しようとした瞬間、世界が真っ白に染まった。


 ―ドゴォォォオオオーン!


 間髪を入れず、鼓膜が破れそうな轟音と、体を揺さぶる衝撃が伝わる。


 リリは自分が死んだと思った。瘴魔王によって殺された、と。体に痛みはなく、耳がわんわんと鳴って金属が焦げたような匂いがする。ふと太腿に柔らかくて温かい感触を感じ、手を伸ばすといつものふわふわが触れた。


「……アルゴ?」


 目を開くと、まだ視界が滲んでいる。ようやく視力が戻って来ると、森の遥か彼方まで木が消失し、地面が半円形に抉れていた。すぐ近くまで迫っていた瘴魔王は影も形もない。


『怪我はどうだ?』

『うん、大丈夫。これは……アルゴがやったの?』

『うむ。雷神殲怒(みかづちのいかり)だ。久方ぶりゆえ加減を間違ってしまった』


 ほぇー、とリリは呆けた声を出す。てっきりアルゴは風魔法が得意だと思ってたんだけど。こんな凄い魔法を使えるんだ。

 アルゴによれば、「雷神殲怒(みかづちのいかり)」は雷属性の神位(しんい)魔法だそうだ。さすがはフェンリル。


 アルゴは加減を間違ったと言ったが、実は怒りで少し強めにぶっ放してしまったのであった。怒りの原因は言うまでもない、リリが傷付けられたことである。


『ありがとう、アルゴ。また助けられちゃった』

『リリを守るのが我の使命。礼には及ばぬ』


 リリはアルゴの首にぎゅーっと抱き着いた。アルゴの尻尾が揺れる勢いで、周囲の落ち葉が舞い上がる。


『街中では使っちゃダメだよ?』

『う、うむ』


 釘を刺され、尻尾がピタリと止まる。だが、リリの命が危険に晒されれば、アルゴは街中でも「雷神殲怒」の使用を躊躇わないだろう。それはリリにも分かる。つまり、街に甚大な被害を出さないようにするには、自分が強くならなければならないということ。


「おーい、リリー! 大丈夫かー!?」


 なかなか来ないリリを心配して、リックと一人の女性騎士が戻って来た。リリの後方、森の惨劇に気付いて二人が立ち止まる。


「な、なんだこりゃ……」


 う~ん、うまい言い訳が思い付かない……。いち早くショックから立ち直った女性騎士がリリのもとに駆け寄った。服の左肩に穴が開き、そこに血が付着しているのに気付いた。


「大丈夫!?」

「あ、これは大丈夫です。自分で治したので」

「治した?」

治癒(ヒール)が使えるので」


 学院の訓練着に穴が開いてしまった。これは買い替えだな。前世で言うところのジャージに似た訓練着。ファスナーではなく沢山並んだボタンで留めるようになっている。色は男女とも濃いグレー。変な所に穴が開かなくて良かった。一応乙女なので。


『アルゴ、瘴気溜まりがあったのかな?』

『恐らく。魔法で消し飛んだが』

『そっか』


 それなら演習終了、ってことでいいかな?


「物凄い音がしたけど、何があったんだ?」

「えーと、とりあえずみなさんと合流しましょう」

「そ、そうだな」


 瘴魔王のことは、言っても誰も信じないだろう。倒したのはアルゴだけど、規格外の魔法が使えることも内緒にした方が良さそうだ。うーん、とりあえず落雷でごまかせるだろうか? いや、それで押し通そう。


 来た道を辿り森の出口に向かう。それにしても、あの瘴魔王……正確に急所を狙ってきたよね。反射的に身を捩ったけど、そうでなければ頭と心臓を突き刺されていただろう。弱点の白い球もやたら沢山あったし、瘴魔王っていうのは瘴魔や瘴魔鬼と何か根本的に違うっぽい。


 煙を割って現れた瘴魔王を見たとき、リリは久しく感じていなかった「恐怖」を思い出した。自分の攻撃が通用しなかった悔しさも感じている。アルゴがいなければ間違いなく死んでいた。


「もっと強くならないと」


 リリの呟きは、すぐ隣を歩くアルゴにだけ届いていたのだった。

ブックマークして下さった読者様、本当にありがとうございます!

励みになりまくりです!!

キーボードがぶっ壊れる勢いでタイピングが捗ります!!

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