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96 演習が始まります

 デンズリード魔法学院瘴魔祓い士科の「演習」は、最大二か月の期間が設定されている。スナイデル公国内に出現した瘴魔を討伐するのだが、こちらの都合に合わせて瘴魔が現れるわけではない。さらに、単体では駄目だしあまり多過ぎても良くない。丁度良い数の瘴魔が出現するのを待つ必要があるので長めの期間が設けられているのだ。

 瘴魔出現情報が騎士団から齎されたら、ひと組ずつ出動する。自分たちの番が回ってくるまでは学院で待機することになっていた。


 つまり、出番が来るまで暇であった。この時間を利用して、同じ組になった者と親睦を深めることが推奨されている。


「なぁ、オルデン。お前、どうやってシャリーちゃんを誑かしたんだよ?」

「弱みでも握ってるのか?」

「あなたが下級生最強なんて、どう考えてもおかしいわ」

「シャリーちゃんだけじゃなくアリシアーナちゃんまで……」


 親睦を深めるどころか、リリは同じ組の者達から何故か詰め寄られていた。


 リッケルド・マーデン、十七歳、男性。

 マルケス・パースティ、十八歳、男性。

 アナステア・ジークハルト子爵令嬢、十六歳。

 オットー・カンライド伯爵令息、二十歳。


 全員炎魔法使いで、シャリーのファンである。若干アリシアーナのファンも含まれていた。


「私、最強じゃないと思います」

「やっぱり。シャリーさんを騙してるのね!」


 どうもシャリーがリリのことを相当持ち上げているらしい。姉御って呼ばれてるしなぁ。


『吹き飛ばすか?』

『吹き飛ばしちゃダメだよ!』


 リリの足元で寝そべっているアルゴから不穏な念話が届く。焼き払うと言わないだけ優しいかも知れない。


 余談だが、アナことアナスタシア子爵令嬢とオットー伯爵令息は美容治癒の顧客の子息である。アリシアーナの母、キャスリー・メイルラード侯爵夫人と同じ時期に施術した三人のうち二人の子息だ。母を美しく若返らせたのがリリであることは当然知らない。


 アルゴが体を起こし、四人に向かって「グルルゥ……」と唸って少し牙を見せる。入学から五か月過ぎてアルゴが危険ではないと分かっている四人だが、それでもビクッと体を震わせた。


「じゅ、従魔に威嚇させるなんて卑怯だろ!?」

「それでシャリーちゃんに言うことを聞かせてるのか!?」


 リッケルドとマルケスが興奮した声を上げる。アナとオットーは二人の後ろに隠れた。


「えーと、みなさんはシャリーと仲良くしたいんです?」


 四人がコクコクと頷く。「アリシアーナちゃんも」という呟きは無視することにした。


「シャリーは美味しいものが大好きです」


 四人の目が真剣さを増す。


「それに、アルゴみたいな大きくてフワフワしたものも大好きです」


 四人が一斉にアルゴを見る。面白い。


「シャリーは炎魔法のすごく優秀な使い手です。ただし炎以外の魔法はほとんど使えません」


 四人の視線がリリに帰ってくる。


「つまり……?」


 リッケルドが代表して尋ねる。この四人をまとめているのはリッケルドさんかな?


「シャリーと仲良くなるには、まずシャリーと同じくらい炎魔法を使えるようになるか、炎以外の魔法で感心させること。それで彼女は興味を持ちます。そしたら美味しいものを食べさせてあげる。大きいフワフワはあるに越したことはないですけど、魔法と美味しいもので十分仲良くなれると思います」


 本心では、シャリーにもたくさん友達を作ってもらいたい。今はリリとアリシアーナの三人でつるんでいるから、ほかの人たちは近寄りがたいのかも知れない。


「魔法と、美味しいもの……」

「俺、魔法がんばろう」

「私、美味しいお店はたくさん知ってるわ!」

「アリシアーナちゃんは……」


 みんな前向きになってくれて良かった。若干雑音が聞こえた気もするけど、二兎を追う者は一兎をも得ずってね。


「て言うか、私やアルゴと仲良くなるのが一番簡単かな?」


 リリが至極当たり前のことを呟くと、四人が驚愕に目を見開いた。いや、普通のことを言ったよね? 友達の友達なら自然と仲良くなるよね?


「……オルデンさん、何か困ってることはない?」

「年上のお兄さんとお姉さんに詰め寄られて困ってます」

「「「「……ごめんなさい」」」」


 どうやらこの四人、悪い人間ではないようだ。靄も可視化していたけど悪意は持っていなかった。リリとシャリー(とアリシアーナ)の仲に嫉妬していただけだろう。すぐに謝れる素直さも持っている。


 リリはニッコリと微笑んで宣言する。


「私のことはリリって呼んでください。せっかく同じ組になったんだから、仲良くしませんか?」

「ありがとうリリ。俺のことはリックと呼んでくれ」


 リックことリッケルドが真っ先にそう言って右手を差し出す。リリも握手に応じた。


「リリちゃん、すまなかった。マルケスだ。よろしく」

「アナって呼んで。ごめんね、リリちゃん」

「オットー。……リリちゃんかわいい」


 三人が続けて右手を差し出して、リリは順番に握手する。オットーだけは指先で軽くつまむだけにした。誰でもいいのか!


 少し険悪な感じで始まったが、結果的には丸く収まった。リリは十三歳だが、前世と合わせると四十年の人生経験がある。この程度のことで感情が揺さぶられることはない。

 実は、命を懸けるような戦いを何度も経験しているから、リリの肝っ玉は尋常ではないくらい大きくなっていた。本人にその自覚はない。瘴魔鬼やダークライカンに恐怖を感じないのだから、普通の人間四人が怖いわけがないのである。


 こうして理解し合った(?)五人は、待機時間を使って連携を深めることにした。まずは四人の炎魔法を見せてもらい、各自の能力を把握する。


「演習で倒す瘴魔って何体くらいなのかしら」

「五体より多いってことはないんじゃないか?」

「いや、過去の演習では二十体くらいもあったそうだよ」

「二十!?」


 休憩時間、リリは四人の会話に耳をそばだてる。瘴魔鬼が含まれなければ、二十でも三十でも大きな違いはないだろう。


「あの、演習で瘴魔鬼以上が出現することってないんです?」


 何気なく尋ねたつもりだが、四人がギョッとした顔でリリを見た。


「ある、らしい。でもその場合は演習中止、同行する教員と騎士で対応するって聞いた」

「へぇ。倒しちゃダメなんですかね?」

「駄目ってことはないと思うけど」

「リリちゃん、瘴魔鬼がどれくらい強いか知ってるの?」

「まぁ、なんとなく」


 四人はリリの神聖浄化魔法を見たので、彼女が天狗になっているのではないかと危惧しているのだ。


 瘴魔鬼が強敵であることはリリも理解している。だからこそ放っておけない。犠牲を見過ごすくらいなら自分が倒す。


「危ないことはしませんよ?」


 四人を巻き込むようなことはしない。基本的に、リリは演習で手を出すつもりはなかった。既に三級の資格を持っているのだから、これから瘴魔祓い士になるという人に譲るべきだ。本当に危険な時だけ手助けしようと思っている。以前「紅蓮の空」と一緒に「群狼の迷宮」へ行った時と同じ考えだ。あの時は結局、半分以上リリが手助け、と言うか一人で魔物を倒してしまったが。


 視線を感じて横を見ると、アルゴがジト目で見つめていた。なんで!?


 休憩を終え、二十体以上の瘴魔出現を想定して訓練を行った。四人全員が上位魔法の獄炎(フォルテ)を使えるが、威力や制御はまちまちだ。威力よりもまずは制御を正確に行えるよう、的を放り投げてそれに炎を当てる練習をする。


 制御について、リリもあまり人の事は言えない。最近になってようやく「放水」を自分の意思で止めることが出来るようになったくらいだ。「水球」はまだ思った通りの大きさにならないことが多い。ただ治癒魔法の制御については自信がある。神聖浄化魔法も、まぁまぁといったところ。結局、最も重要なのは「イメージ」なのだ。ただどんなイメージでも良いかと言うとそんなことは全くなくて、その魔法に則したイメージが必要。そういうことを自分の体験を交えながら四人に伝えていった。


 こうして連携の確認と訓練を重ねること一週間。遂にリリたちの組が演習に出動することになった。


「あれ? 私たちだけじゃないんです?」


 四つに分けられた組は、ひと組ずつ出動すると聞いていた。だが四組が同時に出発している。


「なんか、広範囲に渡って瘴魔が出現してるらしいよ?」

「一つの群れは八体から十五体くらいですって」


 オットーとアナが教えてくれる。貴族の子女は別の情報源でも持っているのだろうか。これまでも、リリ達が知らないことを教えてくれたことがあった。


 二頭立て馬車の客車は六人掛けで、そこにリリ達五人が乗っている。別の馬車には教員が四人。それぞれの御者は騎士が務め、それ以外に騎乗した護衛騎士が各組に八人ずつ同行する。それが四組一斉に出発したので、まるで小規模な軍事遠征だ。アルゴはいつもの通り、リリ達の後ろから気配を隠して付いて来てくれる。ファンデルの北門を出た一行は、北西に向かう街道を進んだ。


 こっちって「焔魔の迷宮」がある方だよね。


 昼休憩を挟んでそのまま夕方まで進むと野営の準備を行う。瘴魔祓い士科は冒険者と違うので、野営の準備は騎士達が行ってくれる。ひと組につき天幕が四つ。男性用、女性用、教員用、騎士用だ。街道脇の草原には十六の天幕が並び、料理を行う為の石を積んだ竃も並べて四つ作られた。


「あの、私がお料理してもいいですか?」

「え?」


 火を熾していた騎士にリリが申し出た。行軍中の料理も騎士がやってくれるらしいが、自分達の組の分は自分で料理したい。


「料理してくれるなら助かるが……」

「じゃあ任せてください! えーと、十九人分ですよね?」

「本当に大丈夫?」

「はい!」


 久しぶりに大人数用の料理をするのが楽しいリリ。野菜は食べ応えがあるように大きめにカット。ボア肉も一口大にカットし、ボア肉の半分は串焼きにするため調味液に浸して串を打つ。半分は別の鍋で下茹でした。手早く下拵えを終えたら、串焼きを焚き火の周りに立てて並べ、他の具材は大鍋で煮込む。鍋に火が通ったら小麦粉と牛乳を入れてさらに煮込み、味を見ながら調味料を加える。野営が見込まれる時には必ず携帯する、リリの調味料セットが活躍した。


「出来ました! シチューと串焼き、あとはパンですね」


 騎士が四人、同じ組の者たちに料理を配るのを手伝ってくれた。リリもリックたちの所へ戻って料理を食べ始める。


「っ!?」

「何だこれ、同じ材料か!?」

「待て待て、串焼きも全然臭みがないぞ!」

「美味い!」


 道具も素材も限られているから手の込んだ料理は出来ない。騎士が作っても同じような料理になるのだ。だからこそ味の違いが明確に分かる。騎士と教員たちから驚きの声が上がった。一方のリックたちは美味しいとは思うものの、騎士の料理を知らないのでそこまで感嘆はしていない。


「リリは料理も出来るんだなぁ」

「そういう所をシャリーちゃんも気に入ってるのか」

「わ、私も少しは料理できるわよ」

「リリちゃんの料理……」


 彼らが野営において騎士料理の洗礼を浴びるのは、ずっと先の話である。


 食事の後、シャリーとアリシアーナがリリの所へやって来た。リック達の視線が痛くて、リリは彼らも誘って一緒にお茶を飲んだ。


「シャリー、同じ炎魔法組だから知ってるよね?」

「もちろん! えーと……リッケ、マルケ、アナ、オッケー?」


 一人しか合ってない。シャリーは人の名前を覚える気がないらしい。


「リックさん、マルケスさん、アナさん、オットーさんだよ」

「そうそう! そう言おうと思ったんだぞ!」


 リックたちは苦笑いで、アリシアーナがウフフと上品な声で笑う。シャリーは照れ隠しなのかアルゴに抱き着いている。


「もう少し先で西に向かうようですわ」

「そうなんだ。西って何があるの?」

「町や村もありますけど、目的地はリンダリア森林地帯ですわね」


 リンダリア森林地帯とは、ファンデルから馬車で三日の距離に広がる広大な森だ。木材以外にも稀少な鉱石、薬草が採れる。周辺にはそれらを採取、集積、加工する村がいくつか点在している。

 奥地にはいくつかの瘴気溜まりがあり、何度浄化してもまた発生するらしい。年に数回は複数の瘴魔祓い士が討伐と浄化に向かうそうだ。


「今回は複数の瘴気溜まりから瘴魔が発生したようですわ」


 あと一日半くらい進んだ所からひと組ずつ分かれて瘴魔の討伐に向かうことになっている。さすがは侯爵令嬢、正確な情報を掴んでいる。一頻り話が終わるとシャリーたちは自分の組へ戻って行った。リックたちもシャリーやアリシアーナと話せて満足した顔をしている。リリに対する態度も最初とは比べるべくもない。


 翌朝は、またリリが簡単なスープを作ってパンと共に済ませた。騎士と教員たちから口々に感謝され、ちょっとした尊敬の眼差しで見られる。明らかにリリへの好感度が上がっていた。


 休憩と野営を挟みながらひたすら西へ。その間、料理は完全にリリの役目になった。そしてアリシアーナが言った一日半が経った頃、ひと組目の一団が分かれ道を北へと向かった。その後道が分岐するたびに二組目、三組目が離れて行く。シャリーとアリシアーナの組も分かれ、リリは言いようのない寂しい気持ちになった。

評価して下さった読者様、本当にありがとうございます!

ポイントが一気に10も増えると、見た時にマジでビクッとなります(笑)

もっとビクビクする日を夢見つつ、執筆がんばります!!

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