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94 冒険者リリ、活躍する

いつもより少し早い時間ですが更新します。

治癒(ヒール)!」


 こういう時は女性が先だよね。ブリクスには申し訳ないが、フィエスを先に治療させてもらった。

 傷の状態を見せてもらい、先に浄化を掛けてから治癒魔法を掛ける。細かい切り傷が全て塞がり、問題なく治療を終えた。


「じゃあブリクスさん、傷を見せてください」


 ブリクスは左の前腕に少し深い傷を負っていたが、骨まで達しているという訳ではない。フィエスの時と同じように浄化、そして治癒。ブリクスの傷も問題なく癒えた。


「すげぇ……痕も残ってない」

「どこか痛い所はないですか? 見える傷は治したけど、見えない所は分からないので」


 二人は立ち上がって体の動きを確認する。問題はなさそうだ。


「眩暈がするとか力が入らないなんてことはないですか?」

「「大丈夫」」

「よかった……ごめんなさい、痛かったですよね? もっと早く倒せば良かった」


 本当に危なくなるまでは手を出さないと決めていたが、その見極めが難しい。判断が遅れれば重傷、或いは命を落としていたかも知れない。そう考えると恐ろしかった。


 リリは魔物を恐ろしいとは思わない。それはそれで問題なのだが、自覚なしでいくつも修羅場を潜って来たせいなので仕方ないのである。魔物や瘴魔よりも、自分の知り合いが傷付くことの方がずっと恐ろしい。自分が出来ることをしなかったせいで知り合いが傷付く所など見たくないのである。


「リリは気にすることないぜ? 俺達がこの依頼を選んだんだし」

「うん。それに傷も治してくれた」

「ねぇねぇ、さっきの見た!? ぶわーってでっかい水の球が出てブラックウルフを閉じ込めたんだよ!」

「すごかった」


 いつの間にか傍に来ていたハンナが興奮しながら話し、グノンは言葉少なく感想を述べた。


 あ、グノンさんってこんな声なのね。想像より声が高い。


「すみません。ここからは私も積極的に戦闘に参加します。もう怪我して欲しくないので」


 何か言おうとブリクスが口を開きかけて止めた。リリの決意に満ちた眼差しを見たら何も言えなくなったのだ。他の三人も同様である。

 冒険者としての成長を促すなら、リリは手出ししない方が良い。リリもそれは分かっている。だが、たった一日で成長するかと問われれば、それは「否」だ。ならば自分の精神的安定を優先しよう。要するに、彼らが怪我するのを見たくないというリリの我儘である。


『アルゴ、道は分かる?』

『三階層の手前だな? 任せておけ』

『手出しはしなくていいからね』

『む?』

『アルゴが手出ししたらみんな暇になっちゃう』

『……リリでも同じだと思うが』

『…………』


 アルゴが正論を述べる。リリはぐうの音も出ない。


『と、とにかく見守ってて?』

『承知した』

「さぁみなさん、行きましょう!」


 リリが先頭に立ち、その横にアルゴ、後ろにブリクス、グノン、ハンナ、殿にフィエスという隊形で先に進む。

 索敵マップとアルゴの感知を頼りに、遠回りになっても敵が少ない道を選ぶ。とは言っても魔物が一箇所でじっとしているわけではない。呼んでもいないのにこっちに移動してくる奴らもいる。アルゴが隠している気配を表に出せば魔物は寄って来ないが、そうすると他の冒険者の所へ魔物が行ってしまうかも知れない。それはそれで良くないと思うので、どうしても避けられない魔物はリリが瞬殺していく。


 索敵マップのおかげでどの角から何体来るか分かる。安全マージンを確保するため、魔物が出てくる角との距離は十メートル以上取っている。そこから姿が見えたと思ったら、走って来た勢いのまま横倒しになって地面を転がっていく。魔石を取り出すのはブリクス達の仕事だ。


「なぁ、俺たちこれでいいの――」

「しぃっ! 黙って手を動かす!」

「はい」


 リリが倒し、積み上がる魔物から魔石を取り出すだけのお仕事。さっきまで剣を振って必死に戦っていた。それは確かに命のやり取りだった。自分が生きていることが実感できた。


 今やっているのは、ただの作業である。コツを覚えれば子供でも出来る作業を、「紅蓮の空」の四人は黙々とこなした。その間にも、後ろから現れたブラックウルフ四体がいつの間にか骸と化していた。魔石採取の仕事が増えた。考えたら負けだ、とブリクスは思った。


 そんなことを繰り返しているうちに目的地近くへ到着した。


「う~ん……」


 それまで躊躇なく歩を進めていたリリが立ち止まって唸り声を上げたので、ハンナが気になって声を掛ける。


「リリちゃん、どうしたの?」

「この階層で出る魔物ってウルフとボアくらいでしたよね?」

「うん。そのはずだけど」


 二十メートル先の角を左に曲がりしばらく行けば目的地である。が、その近くに今までより大きく光る赤い点が二つあった。


『アルゴ、マップに今までと違うおっきな赤い点が見えるんだけど、これ何だろう?』

『大きな点か……フフ、メルディエールはそういうのを「ちゅうぼす」とか「らすぼす」と呼んでおったな』


 中ボスとラスボスかー。完全にゲームだね。二階層だからラスボスってことはないだろう。中ボスなら、今までの魔物より強いってことだよね。


『何でそんなのがここにいるのかな?』

『迷宮の魔物とて十分に餌があるとは限らん。下層で食いっぱぐれて上にくる奴は一定数いるのだ』


 ああ、そうか。「焔魔の迷宮」のサラマンダーもそうだった。浅い層だからって弱い魔物しかいないとは限らないんだ。


 隠密を全開にしたアルゴが「中ボス」が何か確かめに行ってくれた。


『ダークライカンだな』

『どんな魔物?』

『少し大きめの犬だ』


 アルゴからすれば、ウルフ系の魔物は全部犬に見えるらしい。大きさについても基準が分からないので当てにならない。ハンナ達の方が詳しいかも知れない。


「薬草が採れる場所の手前にダークライカンがいるみたいです」

「嘘でしょ!?」

「ダークライカン……何でそんな奴が二階層にいるんだよ……」


 ハンナとブリクスは絶望したような表情になり、グノンとフィエスは少し顔が青ざめているように見える。


「えーと、強いんですか?」

「ダークライカンはライカンの亜種で、ブラックウルフの三倍くらいデカい。その上素早くて力も強いんだよ。俺たちじゃ到底敵わない」


 ブラックウルフでもリリと同じくらいの大きさがあったように思う。ということはリリ三人分。決して「少し大きめの犬」ではない。


「二体いるみたいですけど」

「二体!? ムリムリ、絶対ムリ!」

「くそっ、ここまで来て依頼失敗か」


 ハンナが叫び、ブリクスが悔しそうに呟く。


「命の方が大事」

「またチャンスはある」


 グノンとフィエスが二人の肩をポンポン叩きながら慰めている。


 ブリクスの話では、ダークライカンは大きくて素早くて強い狼だ。空を飛んだり、毒などの状態異常攻撃を仕掛けてくるわけではない。ブリクス達なら頑張れば一体くらいは倒せるんじゃないだろうか。いや、気持ちで負けている時点で止めた方が良いか。


「ちょっとここで待っててもらっていいですか?」

「え? リリちゃんどうするつもり?」

「ちょっとだけ見てきますね」

「え? え? ちょ――」


 ハンナに言い置いて、リリは角の先に向かった。もちろんアルゴも一緒である。更新されたマップには少し先までの道が現れ、真っ直ぐ行けば目的地だ。ただ途中に脇道があり、そこに二体のダークライカンが忍んでいた。餌が通りかかるのを待ち構えているのだろう。そう考えると何だか小賢しい。強い魔物なら正々堂々とこっちに来ればいいのに。


 少しカチンときたリリは、ダークライカンに嫌がらせすることを思い付いた。


「んー、出来るかな……」


 脇道の先、ダークライカンがいる場所の後ろに巨大な水球を出し、それで追い立ててみようと思ったのだ。

 ダークライカンの居場所は分かるが、そこがどんな地形になっているかは分からない。道幅も見えている部分がそのまま続いているとは限らないし、自分の目で見えていない所に水球を出せるかも不明だ。


「まぁやってみよう!」


 失敗しても御の字。誰かに迷惑がかかるわけでもないし。開き直ったリリは索敵マップの赤い点に集中する。そのすぐ背後に直径八メートルの水球をイメージ。


「ギャゥ!?」

「グルゥ!?」


 脇道の先から驚いた犬の鳴き声のようなものが届く。


「あ」


 鳴き声に気を取られ、リリの集中が途切れた。直後に「ザッパーン!」と水が落ちた音がして、脇道から濁った水が怒涛の如く押し寄せてきた。


「あわわ」


 リリは慌てて後ろに逃げるが、濁流が迫るスピードは恐ろしく速い。ふわっと体が浮いたと思ったら、リリはアルゴの背にしがみついていた。そのまま壁を走って濁流から距離を置く。


『アルゴ、ありがとう!』

『なんの、これくらい大したことはない』


 やがて濁流の勢いが弱まった。リリがイメージしたよりも大量の水を生み出してしまったようだ。濁流に呑まれて錐もみ状態になったダークライカン二体が地面に横たわっていた。嫌がらせどころか致命的だったかも知れない。奇襲をかけるなんて、自分の方が小賢しかった。心の中でダークライカンに謝りながら、リリは二発のブレットを放って止めを刺した。


「あー、薬草大丈夫かな……」


 ダークライカンは排除したが、肝心の薬草が摂れなければ依頼は失敗に終わってしまう。


『向こう側は少し上り坂になっている。離れているし大丈夫ではないか?』

『ちょっと見て来よう』


 アルゴの背に乗ったまま、リリは薬草があるはずの場所に移動した。手前の方は水浸しで駄目そうだが、奥の方は無事のようだ。心から安堵するリリである。すぐに引き返しブリクス達を呼びに行った。


「何でここら辺水浸しなんだ?」

「うわっ!? これダークライカン?」

「死んでる?」

「どうやって?」


 ブリクス、ハンナ、フィエス、グノンがそれぞれ口にするが、リリは誰とも目を合わさず「ひゅーひゅー」と鳴らない口笛を吹いていた。それで四人とも察したらしい。


「と、とりあえず俺とグノンで魔石を取る。ハンナとフィエスは薬草を頼めるか?」

「「分かった!」」


 リリも手伝おうとしたが「休んでて」と言われてしまった。仕方ないので索敵マップを見て、魔物が近付いて来たら倒すつもりである。だが、つい先ほどまでダークライカンがいて、直前に大魔法が行使された場所に近付く魔物はいない。それでも警戒を怠らないようにする。


 この水っていつまで残るんだろう? 魔物の死骸は迷宮に吸収されるって聞いたから、水も吸収されるかな。それとも、地面は土みたいだから自然と染み込むかな。

 他の冒険者がここを通る時、水浸しのままだと申し訳ないし、ちょっと恥ずかしい。早く消えてくれ、と願うリリである。


「よし、魔石も回収したし薬草もバッチリだ。リリのおかげだな!」

「わ、私は何もしてませんよ?」


 白を切るのは無理があるだろう、と「紅蓮の空」四人の気持ちが一致した。


「さあ、帰るまでが冒険ですよ!」


 それ以上言及されないうちに宣言し、リリが再び先頭に立って出口を目指した。





「なあ、本当に五人で分けていいのか? ダークライカンを倒したのはリリだろ?」


 冒険者ギルドに戻り、依頼達成の報告と成果物の換金をお願いしている最中。ブリクスが訝しげに尋ねる。

 ギルドの買い取りに出した魔石は、ダークライカン二体はもちろん半分以上リリが倒した魔物のものだ。だからせめてダークライカンの魔石の買い取り金はリリ一人が受け取るべきではないかと考えたのだ。


「いえ、臨時と言っても私は『紅蓮の空』の一員でした。だからパーティ全員で分けるのが当然です」


 リリとしては、魔物の体から魔石を取る作業も薬草採取も全て四人がやってくれたから、成果はパーティ全体のものだと思っている。誰か一人が報酬を多くもらうなんて考えられない。


「そ、そう? リリがそう言うならありがたいけど」

「いいんです。五人で分けましょう?」

「うん」


 そんなやり取りをしていると、買い取りカウンターからハンナが戻ってきた。ちょっと目の焦点が合わずに呆然としている。その手には革袋が握られていた。


「ハンナ……おい、ハンナ!」

「……ハッ!?」


 ブリクスに肩を揺さぶられて気を取り直したようだ。フィエスとグノンが心配そうな顔をしている。


「どうしたんだ?」

「三万二千二百」

「え?」

「今日の成果、三万二千二百スニードよ! 五人で均等割りすると、一人頭六千四百四十スニード!」


 ハンナには、買い取りに行く前に五人で割って欲しいとお願いしていた。今日一日の報酬、日本円にすると約三百二十二万円。一人六十四万四千円。


「ふ、ふた月分を一日で稼いだのか!?」


 ダークライカンの魔石が突出して高く、一体一万五千スニードらしい。四人は興奮して顔を上気させている。リリは自分の取り分のうち六千スニードをギルドの口座に預けた。十三歳にとっては、日本円で四万円以上を持っているだけでも少しドキドキである。


 冒険者ギルドの口座に百二十万スニード以上、商業ギルドの口座にも百万スニード以上をリリが持っていると知ったら、四人はどんな顔をするだろうか? 実はリリ自身、自分がそれだけのお金を持っていることを把握していない。リリが一番びっくりするかも知れない。


「打ち上げだ、打ち上げするぞ! リリも来るだろ?」

「行こう行こう! リリちゃんも一緒に!」

「行こう!」

「一緒!」


 冒険者ギルドを出ると、すっかり日が傾いて東区のこの辺りは既に薄暗くなっていた。冒険者の人ってどんな所で打ち上げするんだろう? ちょっとワクワクしていたリリだが、ギルドを出た所でジェイクが腕組みして仁王立ちしていた。


「お前達、すまんが娘はもう帰る時間だ」

「「「「ええ!?」」」」

「『金色の鷹』のジェイクだ。悪いが明るいうちにまた誘ってやってくれ」

「「「「ええ!?」」」」


 そこでSランクパーティの名前を出すの、ズルいと思います。それに、しれっと娘って言ったよね? 私、聞き流さないよ?


「みなさん、ごめんなさい。()は心配性なんで……また今度誘ってください!」


 リリはそう言ってジェイクの腕に自分の腕を絡ませた。そのまま踵を返し、自宅へ向かって歩いて行く。アルゴが尻尾をゆっくりと振りながらその後ろを悠然とついていく。四人に声が届かない距離まで離れると、ジェイクが口を開いた。


「どうだった、冒険は?」

「うん、まぁまぁかな!」

「そうか。それなら良かった」


 ぴったりと寄り添う二人は仲の良い父娘にしか見えない。リリはジェイクが迎えに来てくれたのが嬉しかった。「紅蓮」の四人が嫌というわけではない。それでもジェイクの顔を見たら物凄く安心して、胸が温かくなるのを感じたのだ。


 帰ったら今日あったことをいっぱい話そう。お母さんとミルケにも。そんなことを考えながら家路に就いたのだった。

ブックマークして下さった読者様、本当にありがとうございます!

ブックマークが二つ増えて一つ減って……そんな焦らしプレイ、嫌いじゃないです(笑)

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