92 D級冒険者パーティ
学院が始まって二か月。間もなく年末である。何となくではあるが、リリの毎日はルーティンが出来上がりつつあった。
基本的に、授業がある日は学院に通っている。通う必要はないと言われているし、自分自身そう思うのだが、根が真面目な日本人気質のためサボるということに後ろめたさを感じてしまう。損な性格である。
もちろん、他にやるべきことがある時はそれを優先している。特務隊の任務(打ち合わせ含む)、ジェイク達「金色の鷹」のお手伝い、マリエルとの美容治癒の施術。だが、それらは今のところそう頻繁にない。学院が休みの時で十分足りるのだ。何せ学院の休みは週に三日ある。学院以外の用事を済ませても、週に一日は完全に休めている。
学院の実技の授業はもっぱら他の三人の学院生に色々と教えたり、習熟度を見たりしている。それで、学院が終わってからマルベリーアンの邸宅へ行き、一時間程度訓練を行っている。授業がない日も時間がある時は大抵マルベリーアンの所に行く。ただし、マリエルやシャリー、アリシアーナから遊びに誘われたらそちらを優先している。女子力の向上は現時点で最優先事項なのだ。
このように、リリは学院に通い、マルベリーアンの所に行き、たまにお仕事をこなし、たまにお友達と遊んでいる。これをルーティンと呼んで良いのか分からないが、とにかくこのような感じで日々過ごしている。
最終試験および入学式の襲撃事件について、あれから新たな情報はない。少なくともリリのもとには何の連絡もなかった。実行犯は全て死亡または捕縛されているので、同じ犯人が再び襲撃してくるという恐れはない。だが、アルゴが精神操作魔法を受けていたと言うのだから、間違いなくその魔法を掛けた人物がいる。それが誰で、目的は何なのか分からないと落ち着くことは出来ない。
そんな日々を過ごしていたある日。授業を終えてマルベリーアンの邸宅に行ったが、今日は留守だった。それでふと、冒険者ギルドに行ってみようと思い立った。ファンデルに来てからギルドの依頼を受けたのは、「焔魔の迷宮」の臨時治癒魔術師を請け負った時のみ。自分でもたまに忘れそうになるのだが、リリは冒険者でもある。しかも、冒険者の仕事は結構好きなのだ。
『アルゴ、久しぶりに冒険者ギルドに行ってみていい?』
『問題ないぞ。背に乗るか?』
リリは少し考え、今日はアルゴに甘えることにした。
『うん、乗せてもらっていい?』
『良いぞ!』
アルゴは伏せの姿勢になるが、尻尾をブンブン振るので土埃が巻き上がる。アルゴはリリを乗せるのが大好きなのだ。リリが笑いをかみ殺しながら背に跨ると、アルゴは隠密を全開にして風のように疾走した。人や馬車を避け、時に建物の壁を走り、東区中央付近の冒険者ギルドに三分で到着した。
建物に入ると、デンズリード魔法学院の制服を着たリリに不躾な視線がいくつも飛んでくる。だが、後ろからアルゴが姿を現した途端に全員が視線を逸らした。別にアルゴが威嚇しているわけではないが、依頼でもないのにわざわざ自分の身を危険に晒そうとする冒険者はあまりいない。
「あー! リリちゃんじゃない!」
そんな中、リリの名を呼ぶ声がした。見回すと、清楚な金髪美人が手を振っている。Sランクパーティ「暁の星」所属、治癒魔術師とは名ばかりのバリバリの戦闘狂、メル・リーダスである。
メルさん、魔物さえ近くにいなければほんとに素敵なお姉さんなんだけど。
「メルさん、お久しぶりです!」
「制服、可愛いわね!」
「ありがとうございます」
「私、何回か『金色の鷹』にお願いしたのよ? リリちゃんにお礼したいから会う機会を作って欲しいって」
「そ、そうだったんですね。学院の試験とか色々あったから、たぶん気を遣ったんだと思います」
いや、ジェイクなら教育上よろしくないと考えてリリと会わせないようにしていた可能性が高い。なんたって二つ名が「血塗れのメル」なのだから。
「ああ、せっかく会えたから食事でも行きたかったけど、これから用事があるのよ。また今度会ってくれる?」
「ええ、私はいつでも」
「そう? ありがとう。あーそうだ! ブリクス、ちょっとこっちに来なさい!」
メルが掲示板の方に呼び掛けると、十五~十六歳くらいの青年……いや、青年になりかけの少年が不満そうな顔をしながらやって来た。
「何だよ、メル姉」
姉? 弟さんなのかな?
「リリちゃん、この子はブリクス。甥っ子なの。ブリクス、この可愛い子はリリちゃん。凄腕のヒーラーで、テイマーでもあるのよ!」
ブリクスはリリとアルゴを交互に見て、アルゴの迫力に押されて少し後退った。
「はじめまして、リリアージュ・オルデンといいます。この子はアルゴです」
「あ、おう。ブリクス・リーダス、『紅蓮の空』っていうD級パーティを組んでる」
「そうなんですね! 私はまだ成人前で見習いのF級なんです」
成人して一年くらいでD級なら、結構頑張ってる人だよね?
「ブリクス、今度の依頼でヒーラー探してるって言ってたじゃない。リリちゃん、臨時でこの子達と組んでくれないかな?」
清楚美人に見えるメルがリリに向かって拝むように両手を合わせる。
「う~ん、知らない人たちと組むのはちょっと……」
「そりゃそうよね。おーい、『紅蓮の空』、ちょっと集合!」
「お、おいメル姉、勝手に進めんなよ……」
メルの呼びかけに集まったのは、ブリクスと同い年くらいの三人。男一人、女二人である。
「メルさん、どうしました?」
女の子の一人が目をクリクリしながら尋ねる。
「リリちゃん、この子はハンナ。そっちの髪の長い子がフィエス。そっちの背ばっかり高い子がグノンよ。みんな、この子はリリちゃん。ヒーラー探してるならリリちゃんが適任かなって」
メルさんから激推しされてる。私、受けるなんて一言も言ってないんだけどなぁ。
念のため靄を確認。四人とも悪意は全く持っていない。好奇心と僅かな好意って感じかな。悪い人達ではなさそう。アルゴも警戒してないし。
「メルさんが勧めてくれるってことは、かなり腕の立つヒーラーですか?」
再びハンナが尋ねる。社交的な性格のようだ。
「ええ、それは私が保証する。何せ死にかけた私を助けてくれたんだから」
「「「「ええぇ!?」」」」
「メルさん、それは大袈裟です」
「いいえ、大袈裟じゃありません。あの時リリちゃんがいなかったら、多分あそこで死んでたわ」
それはそうかも知れない。だが、魔物を見ると突っ込んでいく性格にこそ問題がある気がする。
「ファンデルの南に初心者向けの迷宮があるの。その二階層にしか生えない特殊な薬草採取がこの子達が受けた依頼なのよ」
「なるほど?」
「近場だから半日もかからないし、危険もほとんどない。だけど、この子達のパーティにはヒーラーがいないから心配なの」
迷宮に挑む場合、最低でも一人のヒーラーを連れて行くのが冒険者のセオリーになっているそうだ。勇敢と無謀は違う。慎重なのは良いことである。
「私が行くって言ったら、この子達、遠慮するのよ」
そりゃそうでしょうとも。トラウマになりかねないもんね。
「ソロのヒーラーは気難しい人が多いのよねぇ。あとべらぼうな報酬を吹っ掛ける人とか」
冒険者で治癒魔法が使える者はとても少ない。そのせいでヒーラーは引く手数多で売り手市場なのだそう。固定のパーティに所属しながら、いくつものパーティを掛け持ちしている人もいるそうだ。
「ね、リリちゃんの実績にもなるし、報酬は私が色を付けるから、お願い?」
「報酬は別に普通でいいんですけど……一応、母に相談してからでもいいですか?」
「もちろん。いえ、報酬はちゃんと受け取ってもらうわよ? じゃあ……ブリクス、あんた今からリリちゃん家に行って、お母さんに頭下げて来なさい」
「ええ!?」
「メルさん、そんな必要はありませんから。ブリクスさん、明日もギルドに来ますか?」
「え? ああ、今くらいの時間にいると思う」
「じゃあ明日ここに来て返事しますね」
「分かった」
メルは用事があるとのことで、また会うことを約束して別れた。それからギルドの飲食スペースで、リリは「紅蓮の空」の四人と少し話をした。リーダーのブリクスは十六歳、他の三人は十五歳。ブリクスが剣士、背がひょろっとしたグノンは盾と槍、社交的なハンナは弓、髪が長くて目が隠れているフィエスはめちゃくちゃ魔術師っぽいが短剣使いの斥候らしい。
「魔術師はいないんですね」
「あー、もう一人いてそいつが魔法使えるんだけど、今は怪我で休んでる」
「そうなんだ……怪我は酷いんですか?」
「ううん。あんなのかすり傷だよ! ただ相当怖かったみたいで、怪我のせいにして引き篭もってるの」
ハンナが色々と教えてくれた。
「リリちゃんは普段何してるの?」
「学院に通ってます」
「へぇ~。その制服はデンズリード魔法学院?」
「そうです」
「まさか瘴魔祓い士科とか?」
「……そうです」
「「「「ええ!?」」」」
四人にびっくりされた。やっぱり瘴魔祓い士科って入るのが大変なんだね。
「エリートじゃん」
「違います!」
「瘴魔祓い士になるんでしょ? 何で冒険者やってるの?」
「アルゴ……この子を従魔登録してるので」
「「「「なるほど」」」」
さっきから声が揃うね! 仲が良いよね!?
「瘴魔祓い士科なら、炎魔法を使うの?」
「いえ、浄化魔法です。治癒と水も使えます」
「氷槍とか?」
「いえ……ただ水を出すだけ」
あれを「ただ水を出すだけ」というのは些か謙遜が過ぎるだろう。だがリリの感覚ではそうなのだ。決して攻撃魔法ではない。人を軽く押し流せるだけの水を出しても、あれは攻撃魔法ではないのだ、断じて。
「じゃあもし組んでくれるとしたら、私と一緒に後衛だね!」
「あ、前に出てもいいですよ?」
「え? メル姉と一緒な感じ?」
「違います!」
メルさんと一緒ではない、断じて!
「えーと、アルゴがいますし?」
ブレットのことは伏せておこう。どうせ言っても信じてもらえないし。
そんな雑談をしていると、ふと隣に気配を感じて顔を上げた。そこには……名前が分からないが、「黒炎団」と同じ格好をした人が立っていた。
「……リリ、君?」
「あ、はい。もしかしてバトーラスさん?」
何となく聞き覚えのある声だったので一か八か名を呼んでみた。バトーラスと呼ばれた男性(?)はコクコクと頷いた。
「……依頼、受けるの?」
「あ、まだ決めてないんです」
「……そう。良かったら今度、うちと一緒にどう?」
「あー、機会があれば」
「……うん。またね」
「あ、はい」
そう言ってバトーラスは去って行った。何がしたかったんだろう? あの恰好だから何とか分かったけど、普通の恰好だったら絶対気付かないよね?
「リリ、『黒炎団』と知り合いなのか!?」
「え? まぁ、はい、一応?」
知り合いと言って良いのだろうか……? 顔もはっきり見たことないけど。
「すげぇ。俺、あの人が喋ってる所初めて見た」
「あたしも」
グノンとフィエスは無言で激しく頷いている。この二人は無口なようだ。それにしても喋るだけでレアとか、バトーラスさん大丈夫かな。もっとコミュニケーション取った方が良いと思うの。
「『黒炎団』からも一目置かれてるんだな……」
「もしかしてリリちゃんって凄い人?」
「全然違います!」
私は至って普通の女の子です!
適当な依頼でも探そうと思ってギルドに来たのに、何だか依頼をこなすより疲れたな。そろそろ帰らないとうちのお父さん――ジェイクおじちゃんが騒ぎ出す。
「私、そろそろ帰りますね。明日お返事しますから」
「おう! いい返事待ってるぜ」
「前向きに考えてね!」
ブリクス達四人に挨拶してギルドを出る。すっかり日が傾いて、通りを行き交う人もさっきより増えたようだ。
『アルゴ、帰りもお願いしていい?』
『もちろんだ。遠慮など不要だからな?』
あまり遅くなるとジェイクが挙動不審になるくらい心配するのだ。ミリーが引くほどである。もちろん余計な心配を掛けたくないという気持ちもあるから、歩くと二十分以上かかるのでここはまたアルゴに甘えることにした。
あっという間に自宅前へ。アルゴに乗せてもらう爽快感は癖になりそうである。みんなで夕食を終えた後、ミリーに「紅蓮の空」の依頼を手伝って良いか尋ねた。隣にはジェイクもいる。
「別にいいんじゃない? その迷宮は初心者向けなんでしょ?」
ミリーはリリにというよりジェイクに確認した。
「ああ。『群狼の迷宮』つって、浅い層はそれほど危なくねぇって聞いてる」
ほうほう。「群狼の迷宮」というのか。割と狭い洞窟型の迷宮で、その名の通りウルフ系の魔物が必ず二体以上の群れで襲ってくるらしい。ウルフ系以外にも、エイプ系、リザード系、ボア系などが生息する。ただ三階層まではブラックウルフが二~三体のことがほとんどらしい。
「まぁ、俺も付いて行くが」
「いや、来なくて大丈夫だから」
「なんでだっ!?」
リリがきっぱり拒否すると、ジェイクは愕然として項垂れた。ジェイクに母との結婚について話してから、リリの物言いは遠慮がなくなっている。なんだかんだ言いながら、そんなリリの態度がジェイクは嬉しいようだ。
実は、ミリーにもジェイクと結婚しないのか、と既に話している。その時は「フフフ。まぁそのうちするかもね?」とごまかされた。母は常に二枚も三枚も上手だ。
翌日学院が終わってから、リリは約束通りギルドに行ってブリクスに依頼を手伝うと伝えた。そして次のリリの休みに合わせて「群狼の迷宮」へ行くことが決まったのだった。
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