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90 国の重要人物

 リリが「瘴魔祓い士の歴史って必要かなぁ……」と思っている頃、プレストン・オーディは現大公と面会するために大公館に来ていた。

 大公館は大公とその家族が住まう屋敷に隣接する建物で、いわばスナイデル公国の中枢部だ。各省庁の大臣、長官の執務室や大会議室、いくつもの小会議室がある。プレストンは大公の執務室近くに作られた応接室の一つで、少し緊張しながら待っていた。


「プレストン長官、お待たせいたしました。大公陛下がお会いになります」


 女性事務官の言葉に、プレストンは鷹揚に頷いて立ち上がりその後ろに続いた。


「陛下、プレストン・オーディ長官をお連れしました」

「入りなさい」


 重厚な木製扉の向こうからくぐもった声がする。両脇に控えた護衛騎士が恭しく扉を開き、プレストンは一歩室内に踏み入った。


「プレストン・オーディでございます。本日はお時間をいただき、恐悦し――」

「堅苦しい挨拶はいい。本題に入りなさい」


 現大公、カルキュリア・バスタルド・スナイデルはプレストンの言葉を遮り、執務机の前に置かれた椅子を示した。


「はっ。それでは大公陛下、しばしの間、人払いをお願いいたします」


 プレストンの言葉に、カルキュリア大公は目を細めた後、執務室に常駐する文官や侍従達に休憩を申し付けた。


「して、話とは何かな?」


 大公は机の上で両手を組み合わせ、プレストンに促す。白に近い金髪は緩やかなウェーブを描いて肩の近くまで伸びている。澄んだ湖のような明るい瞳は怜悧さを感じさせるが、実際には温かい人柄で知られている。ピンと伸びた背筋と力強い眼光は六十二歳とは思えない。そう言うプレストン自身も同じ歳なのだが。


「畏れながらご報告いたします。我が国に、二体の神獣様がいらっしゃることを確認いたしました」

「っ!?」


 声にならない驚きに、目を見開く大公。


「……その神獣様たちは、我が国に害は齎さぬのか?」

「はい、少なくとも今のところは」


 プレストンはリリの名を伏せ、現在の状況を伝える。フェンリルは主と定めた少女の守護を務めていること、サラマンドラは一帯の温暖化に務めていること。サラマンドラも、フェンリルが守護する少女を気に入っていること、である。


「その少女は我が国に害意を持っておらんのか?」

「ええ、そのはずでございます」


 協会のデリア・キュルトン東支部長のことを思い出し、チクリと胸がざわつくプレストン。だが、リリの周りから性格のよろしくない者を全て排除するのは不可能だ。過剰に干渉するのも良くないだろう。


「それと……まだ可能性の段階ですが、少女は『ウジャトの目』を持っているかも知れません」

「…………」


 ウジャトの目。それはスナイデル公国の肇国(ちょうこく)そのものと言っても過言ではない。初代大公后がウジャトの目を持っていたからこそ公国が存在するのだ。公国、大公、そして五大公爵家にとって、ウジャトの目は憧憬と畏怖の対象である。国が大きく発展する可能性がある一方で、まかり間違えば国が滅びかねない。だからこそ、初代大公后が遺した言葉がある。


「ウジャトの目を持つ者に対しては、その自由意志を最大限尊重せよ、か……」

「は?」

「いや、何でもない。可能性、と言ったな?」

「はい。何でも、祝福の儀を経なければ天恵(ギフト)は確定しないのだとか」

「そう、か……」


 現在では半ば形骸化している「祝福の儀」だが、今の話からすると女神ミュール様の恩恵は祝福の儀の際に本来の能力を開花させるのだと推測できる。そうであれば、「祝福の儀」についても何らかの施策を打つべきかも知れない。


「祝福の儀がまだ、ということは、その少女は十四歳未満なのだな?」

「仰せの通りでございます」

「秘密裡に護衛をつけるのは?」

「止めた方がよろしいかと。神獣様は感知に非常に長けているとの文献がございます。妙に勘繰られては逆効果ではないかと愚考いたします」

「ふむ。護衛ではなく監視と思われるか」


 ウジャトの目と神獣は諸刃の剣。味方であればこれ以上ない頼もしい存在だが、敵に回すと恐ろしい未来が待っている。


「全く……喜ばしい話のはずだが、これほど悩ましいとは」

「大公陛下、現在その少女は特務隊の一員となっております」

「……冗談だろう?」

「いえ。彼女は瘴魔祓い士として一流の技量を持っております。神獣様やウジャトの目の件が分かる前に打診し、快諾を得ました」

「それは……大丈夫なのか?」


 自由意志を尊重するのと、国の資格者として最も危険な仕事をさせることは違うのではないか。それが例え少女自身が選んだ道と言えど。


「その点、彼女は自分の力を瘴魔から人々を守ることに役立てたいと申しております」

「その心掛けは素晴らしいが……」

「それよりも憂慮すべきことが。デンズリード魔法学院の入学式で、多数の死傷者が出かねない襲撃がございました」

「それは聞いている」

「件の少女と神獣様の活躍により怪我人の一人すら出さずに切り抜けましたが、どうもきな臭い事件でございます」

「うむ……最終試験で受験生が襲撃された件と繋がりがあるのか?」

「そこまではまだはっきり分かっておりません。ですが、この事件の背後には何か大きなものが隠れているような気がします」


 カルキュリア大公は椅子の背もたれに背中を預け、大きく息を吐いた。


「その話を出すということは、少女に関係しているのか?」

「それもまだ。しかし、二度襲撃されましたから」

「なんと……試験で襲撃されたのはその少女だったのか」

「はい。ですから早急に――」

「情報部を使え。最優先事項として指令を出す。指揮を執ってくれ」

「御意」


 プレストンは立ち上がり、大公に深く頭を下げて執務室から出ようとする。


「プレストン」


 大公に呼び止められて振り返った。


「くれぐれも頼んだぞ」

「尽力いたします」


 もう一度頭を下げて部屋を出た。今日、プレストンが大公に面会を求めたのには二つの目的があった。

 一つはウジャトの目と神獣の件。リリは何気なく打ち明けてくれたが、国を揺るがす重大事項である。マルベリーアンも聞いていたとは言えプレストンとは立場が違う。一人で抱えるには荷が重すぎた。だから国のトップも巻き込んだのだ。

 二つ目は襲撃事件の件。二件ともリリが巻き込まれており、今後も何か起こる可能性は捨てきれない。国外の陰謀ならまだしも、万が一国内の陰謀だったら文字通り国がなくなってしまう怖れがある。神獣によって滅ぼされた国は一つや二つではないのだ。だから、この件は早急に調査しなければならない。その為には公国が誇る諜報機関である「情報部」を動かすのが手っ取り早いと踏んだ。そして大公もそう判断し、情報部を使う許可が下りた。


 リリの名は伏せたが、大公ともあろうお方ならすぐさま情報を得るだろう。もしかしたら話の途中で名を把握していたかも知れない。最終試験で襲撃された受験生、そして特務隊隊員である事実。その二つはすぐに結びつく。


 プレストンも、積極的に名を告げなかっただけで秘密にするつもりはない。いずれ分かることだし、秘密を共有してもらうなら名を知ってもらった方がいい。


 こうして本人が知らぬ間に、リリはスナイデル公国の重要人物となっていたのであった。





*****





 学院の授業が始まって二週間。リリもようやくマルベリーアンが「通う必要はない」と言っていた意味が分かった。


 瘴魔祓い士になるのに筆記試験はないし学院でも試験はない。知識というものは、無いよりはあった方が良いだろうが、座学で学ぶことはそのレベルの話だった。要するに知っていても知らなくてもどっちでも構わない、ということである。


 魔法理論については少し期待していたのだ。リリはまだ「必殺技」の習得に至っていない。無属性の魔力弾に神聖浄化魔法を込めるというのがさっぱり出来ない。その糸口が見つかるかもと思っていた。

 だが、理論はあくまでも理論だった。魔法とは何か。魔力とは。何故魔法が発現するのか。これがもし、魔法も使えない転生してすぐの頃だったら興味深かっただろう。だが、実際に魔法が使える状態で教えられても、「もっと早く知りたかった」程度である。ラーラから教わったことの方が何十倍も価値があると思えた。


 一方、実技はなかなか面白い。主に教えることが。


 浄化魔法組は、リリとアリシアーナを含めてわずか四人。残りの十六人は炎魔法組である。それだけ浄化魔法の使い手が少ないということだ。


 浄化魔法の教員は五十代の女性でサーシャ・ビルランドといった。修道女(シスター)を思わせる柔和な雰囲気だ。教え方も丁寧でこの浄化魔法組の四人を立派な瘴魔祓い士にしようという真摯な態度に好感が持てた。


 リリが神聖浄化魔法を発動するまでは。


「……オルデンさん。何故あなたのような人が学院に通っているのですか?」


 任務なので! とは言えない。予め(ラムリーが)考えていた言い訳を述べる。


「基礎からしっかり学ぶためです!」

「そ、そうですか……しかし、残念ながら、私ではあなたに教えられることはありません」


 そう言ってサーシャ先生はしょんぼりしてしまった。


「みなさんも、私よりオルデンさんに習った方が良いかも知れません」


 突然の仕事放棄宣言。これにはリリも慌てる。


「い、いえ! 私、教えるのはダメなんです! 絶望的に下手なんです!!」


 通う必要がない学院に通って、なんで教員の真似事までしなきゃならないの? リリは必死である。だが、リリのそんな思いは他の三人の学院生には通じなかった。キラキラした目をリリに向けている。特にアリシアーナが。


(わたくし)も、リリに浄化魔法のコツを教えていただきたいですわ!」

「わ、私も!」

「俺も!」


 がっくりと項垂れるリリだが、サーシャ先生の方がよほどショックが大きいのではないか。そう思って見てみると、何故かサーシャ先生もキラキラした目でリリを見ていた。


 解せぬ。


「それでは、私が基礎的なことを、そしてオルデンさんが実戦に即したことを教えていくのはどうでしょう?」

「「「異議なし!」」」


 異議ありだよ!


 そっとアルゴの方を見ると、満足そうな顔をして尻尾を振っていた。どうやらリリが教えることに賛成らしい。


 いやまぁ、サーシャ先生がそれでいいならいいか……。特務隊の隊員候補を見つけるのも任務のうちだし、だったら育ててみたっていいよね?


 このように、最初は乗り気でなかったリリなのだが……。


「リリさん、こうですか?」

「うーん、惜しい! 発動前に、もっとイメージを明確にしてみて?」

「……こ、こう?」

「おー、いい感じ!」


 浄化魔法組、というか瘴魔祓い士科の最年少、リリより一つ下の十二歳。ベル・クリンデルが可愛くて仕方がない。リリがカノンに変装した時のような、ラベンダー色のサラサラした髪をボブカットにし、濃い紫色の瞳をしている。そう、ベルは紛う事なき「妹キャラ」であった。


「もう、リリったら! ベルさんだけでなく私にも教えてくださいな!」

「あー、もちろん。ベル、さっきの通り練習してみて?」

「はい!」


 アリシアーナがベルに嫉妬している。リリとは一次試験直後から知り合いなのだから、ぽっと出の妹キャラなんかには負けませんわよ! よく分からない対抗心を燃やしていた。


「アリシアは、そうだねぇ……そのままでいいんじゃない?」

「雑!? ベルさんと比べて雑すぎますわ!?」

「そ、そう? えーと……アリシアは浄化魔法を発動する時、どんなイメージしてる?」

「それはもちろん、清らかな泉ですわ!」


 出た! 私が水をドバドバ出したやつ! ちなみに今でも水を出す時使ってるよ!


「なるほど、基本通りだね。それが悪い訳じゃないんだけど……アリシアは神殿に行ったことある?」

「ええ。月に一度はミュール様にお祈りに行きますわ」


 おお。意外と信心深いのかな?


「神殿にミュール様の女神像があるでしょ?」

「はい」

「厳かな雰囲気で、ステンドグラスを通して女神像に綺麗な光が当たっている所を想像できる?」

「ええ、お祈りの時間帯によってはそういう時がありますわね」

「そういう時って、神秘的だなぁって思ったり、神様の力を感じるような時がない?」

「……あります」


 お。これは可能性ありかも。


「じゃあその光景を強くイメージして浄化魔法を使ってみて」

「その光景をイメージ……」


 アリシアーナは目を閉じ、その美しい形の眉を寄せる。頭の中では女神像に色とりどりの光が当たっていることだろう。そして呟くように「浄化」と唱えた。通常は青白い光を放つ浄化魔法が、一瞬だけ金色に光り、すぐに青白い光に戻った。


「アリシア! 今一瞬神聖浄化魔法になってたよ!」

「ほ、本当ですの?」


 フラフラと倒れそうになるアリシアーナを、リリはしっかりと支えた。一瞬とは言え初めて神聖浄化魔法を発動したことで魔力が枯渇しかかっているのだ。


「ああ、リリ。ごめんなさい」

「いいよいいよ! ほらアリシア、ちょっと座って休んで。今のイメージと感覚を思い出して頭に焼き付けておいてね」

「もっと練習を」

「焦らなくても時間はあるから。次にまた練習しよう」

「……はい」


 リリはアリシアーナに肩を貸し、近くに生えている木の根元に座らせた。二人の様子を見ていたベルが駆け寄って来る。


「アリシアーナさん、さっきのは神聖浄化魔法じゃないですか!?」

「ええ、そうみたいですが……まだまだ実戦では使えませんわ」

「でもすごいです!」


 ベルの純粋な尊敬の眼差しを受けて、アリシアーナも満更ではなさそうだ。こんな風に、浄化魔法の女子三人組は順調に仲良くなっていた。この組唯一の男子、ベンドラ・グリスリードは「俺なんでこの組にいるんだろう?」と光の消えた目を空に向け、一人黄昏れていた。

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