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89 感謝を伝える

 リリが秘密を暴露したことでプレストン長官の許容量が限界を超え、その日は帰っていいと言われた。長官の反応と似たり寄ったりのマルベリーアン、コンラッドと共に特務隊の馬車で自宅に送ってもらう。二人ともほとんど口を開くことなく、リリは少し良心が咎めたが、それよりも一人で抱えていた秘密を共有したことで、負担が軽くなった清々しさの方が勝っていた。


「あの、アンさん……」

「ん? ああ、すまないね。色々と驚いちまった。まぁ神獣が何体いようが、あんたが『ウジャトの目』を授かっていようが、あんたはあんたさ。何かが変わる訳じゃない」

「ありがとうございます」


 コンラッドは遠い目をしていたが、マルベリーアンの言葉を聞いて我に返ったようだ。


「これからも、兄弟子としてよろしく」

「はい! こちらこそです!」


 仮に伝説の聖女様と同じ能力を持っていたとしても、リリはリリのままである。目の能力やアルゴ、ラルカンのことを打ち明けて周囲の人々の反応が変わるのが怖かったが、二人がこれまで通りでホッとした。


 やがてマルベリーアンの邸宅に到着し、挨拶を交わしてから二人は馬車を降りた。そのまま自宅前まで送ってもらったリリが馬車から降りると、アルゴがすぅっと寄り添う。


「アルゴ、今日は本当にありがとうね。アルゴがいなかったら私、死んでた」


 そう言ってアルゴの首にギューッと抱き着く。昔から変わらない、リリの大好きなお日様の匂いがして、顔を埋めて胸いっぱいに吸い込む。この匂いを嗅ぐと心から安心できるのだ。


『我はリリを守るために傍にいる。だから当然のことをしたまで』

『それでもありがとうね。大好きだよ』


 念話で伝えると、アルゴの尻尾が見えない速さで振られ、その風でリリの髪の毛が煽られた。

 五年前に父ダドリーが亡くなった直後、まるで父の生まれ変わりのようにリリの前に現れたアルゴ。以来、どうしても無理な時以外はずっと傍にいてくれる。父を亡くした辛さを乗り越えられたのはアルゴのおかげだ。時に兄のように、時に親友のように、そして時に父のように。アルゴはずっとリリの頼れる存在として一緒にいてくれた。それはアルゴが神獣(フェンリル)だと分かってからも変わらないし、これからもきっと変わらないと信じている。


 いつかアルゴにお返しができるだろうか? たくさんもらった愛のお返しを。そんなことを考えながら自宅の玄関を開けるとミリーが出迎えてくれた。


「ただいまー」

「わふぅ」

「リリ、アルゴ、おかえり。色々と大変だったみたいね? 怪我はない?」

「うん、大丈夫。心配かけてごめん」

「怪我がなければいいの。良かったわ。シャリーちゃんが来てるわよ」

「はーい」


 学院で起こったことをシャリーから聞いたのだろう。リリのせいではないのだが、母を心配させてしまい申し訳ない気持ちになる。


「シャリー、お待たせ」

「おかえり姉御!」

「おねえちゃん、おかえりなさい!」

「ただいま!」


 リビングに敷いてあるラグの上に二人は座り込み、先日南門前市場で買った戦盤で遊んでいたようだ。


「今日の勝負は引き分けだな!」

「え~、ぼくの方が一回多く勝ったよ?」

「次やったらオレが勝つからだ!」

「えぇぇ……」


 シャリー、六歳児に向かってそれでいいのか。リリはミルケの柔らかい髪の毛を撫でて慰めた。


「ミルケ、シャリーお姉ちゃんとお話があるの。いいかな?」

「うん。シャリーおねえちゃん、遊んでくれてありがとう!」

「おう! また遊ぼうな!」


 どちらかと言うとシャリーが遊んでもらっていたのでは、という疑問を飲み込み、リリはシャリーをソファに誘ってお茶を淹れた。


「姉御、大丈夫か? 変なことされなかったか!?」


 シャリーは特務隊を何だと思ってるんだろう?


「大丈夫だよ。アンさんとコンラッドさんも来てくれたし。そもそもプレストン長官はシャリーも会ってるでしょ」


 試験の前と最終試験の二回、演習場で顔を合わせている。


「そうだけど、あのオッサン怖そうじゃねーか。姉御が酷い目に遭ってないか心配したんだ」

「そっか。心配してくれてありがとう」

「まぁ……姉御だし、アルゴもいるし、何かあったら無事じゃないのは相手の方だけどな!」

「うん……そう、かも?」


 アルゴは分かるが姉御だし、の部分がよく分からない。


「それで、学院はどうなったの?」

「ああ、それそれ。姉御の分ももらってきた」


 そう言って、シャリーはウエストポーチから雑に折られた紙を取り出した。


「一か月分の授業スケジュールだぞ」

「ありがとう」


 授業は週四日。午前中は座学、午後が実技でだいたい十五時には終わるようだ。座学の内容は、瘴魔祓い士の歴史、魔法理論、戦術論、瘴魔の生態と分類など。実技は炎魔法と浄化魔法に分かれて訓練を行うらしい。

 アンさんは「授業には出る必要はない」と言っていたけど、この内容なら勉強になりそう。最低一回は授業を受けてみて、それから受けるか受けないか決めよう。


「演習が年二回あるらしいぞ? 最初は来年の春だ」

「そうなんだ。演習は絶対出なきゃダメなんだよね?」

「そうだぞ!」


 授業は座学・実技ともに出欠も取らず、大学のような単位制ではない。そもそも瘴魔祓い士科というのは、最終目標が瘴魔祓い士の資格を取ることである。資格を取れば年度の途中でも卒業できる。下級生(新入生)と上級生の二学年しかなく、上級生の方が数が多い。資格を取れない者が残っているからだ。

 三級瘴魔祓い士の資格を持つリリが学院に通う必要がない、というのはこういう理由である。ただし、独学と実力で資格を取った祓い士の中にも、稀に学院で基礎を勉強したいという者がいる。そのため入学自体は資格者にも門戸が開かれている。


 授業に出るのは自由だが、演習だけは別だ。演習とは実戦である。演習場ではなく、各地に出現した瘴魔を実際に倒しに行く。


「で、授業はいつから?」


 事件があったから、しばらく授業は行われないのではないだろうか。


「明日からだぞ?」

「おぅ……そうなんだね」


 あんなことがあっても授業はスケジュール通りに行われるそうだ。講堂は校舎から少し離れた場所だからたしかに影響はないが、一つ間違えば死んでいたかも知れないのに、なかなかスパルタである。


 授業が行われる教室の場所を聞くと、シャリーは校門で待っていてくれると言う。お言葉に甘えることにした。

 夕食に誘ったが、帰るというシャリーをリリは彼女の家まで送ることにした。自分自身、少し気が昂っているので散歩がてら歩きたかったのだ。


 リリ、シャリー、アルゴが並んで橙色になった日差しの中を歩く。


「姉御、今日は助けてくれてありがとうな!」

「いや、ほとんどアルゴのおかげだよ」

「アルゴ、ありがとうな! でも、姉御がいなきゃアルゴもいないだろ?」


 そう言われて、リリはハッとする。もし私とアルゴがあの場にいなかったら、入学式に出ていた人はみんな殺されていたのだろうか? シャリーとアリシアも? そう考えて、遅ればせながら恐怖と怒りが湧いてきた。


「シャリーって時々鋭いよね」

「時々ってなんだ!? オレはいっつもキレッキレだぞ!?」

「フフフ……アハハ!」


 ムキーッと怒ったふりをするシャリーがおかしくて、リリは立ち止まってお腹を抱えて笑った。そんなリリの背中をシャリーがバシバシ叩く。先程感じた恐怖と怒りが橙色の空に溶けていくようだった。


「……はぁはぁ、ふぅ。ありがとうね、シャリー」

「お礼を言うのはこっちだぞ!?」

「それでもだよ。ありがとう」


 アルゴとしたやり取りを繰り返すリリ。父を失ってから、感謝の気持ちは言える時に言っておきたいという思いが強い。相手が手の届かない所に行ってしまってからでは遅いのだ。


「じゃあ、お互いに感謝だな!」

「そうだね」


 シャリーは照れ隠しでアルゴをわしゃわしゃと撫でる。それからアリシアーナのことを聞いたり、明日からの授業について話したりしながらシャリーを家まで送った。気の置けない友達と話ができて、リリはすっきりとした気分で自宅へ帰った。





 夕食後、お風呂に入ってミルケも眠った後に、リリはミリーとジェイクに向かって今日の出来事を話した。


「シャリーちゃんから聞いてたけど、そんなことがあったのね……」

「それはリリが狙われてるのか? それとも学院か?」

「そこはまだ分からないよ。これから調べが進むと思う」


 ミリーは心配で眉尻を下げ、ジェイクは憤慨して眉頭に深い皺が寄っている。


 最終試験の襲撃は明らかにリリを狙ったものだが、今回は違うような気がする。リリ一人を狙うには大掛かり過ぎる。二つの事件の共通項はアルゴが見抜いた精神操作魔法。だからと言って二つが繋がっているという確証はない。


「瘴魔が相手なら簡単なんだけど、人間相手は難しいよねぇ……」


 ボソッと呟いたリリの言葉に、二人は驚きで目を丸くする。


「リリ、お前なぁ……普通は瘴魔の方がよっぽど難しいぞ?」

「フフフ。私の娘が頼もしいわぁ」


 ジェイクは頭痛を堪えるようにこめかみを押さえ、ミリーは胸の前で手を組んで目をキラキラさせた。

 先ほどから、同じ言葉を聞いているのに表情が全然違って面白い、とリリは不謹慎ながら心の中で微笑む。


『瘴魔だろうが人間だろうが、敵は薙ぎ払えば良い』


 神獣(フェンリル)が物騒なことを念話で飛ばしてきた。だがアルゴの言う通りかも知れない。難しいと感じる時ほど、シンプルに考えた方が良い。大切な人を守るために敵を倒す。それが瘴魔だろうが魔物だろうが人間だろうが関係ない。傷付けようとするものは、傷付けられる覚悟をしておくべきだ。


「うん、決めた。私、敵は全部倒すよ!」


 リリは立ち上がって拳を固め、そう宣言した。


「お、おぅ……」

「その調子よ、リリ!」

「わふっ!」


 見た目にそぐわない慎重派のジェイク、娘を全面的に応援する母ミリー、どんな時もリリの味方であるアルゴ、三者三様の承諾を得て、リリはふんすっ! と鼻息を荒くした。


「ありがとうね、みんな!」





 翌朝、リリとアルゴが学院に向かうと、シャリーとアリシアーナが正門の前で待ってくれていた。


「おはよー!」

「おはよう、姉御!」

「リリ、おはようございますわ!」


 夕べ、リリが自分の部屋に入って寝る準備をしているとラルカンが転移してきた。そこでお礼を言って、爆発物(の成れの果て)は人のいない所に捨てて欲しいと頼んだ。ラルカンは二つ返事で承諾し、クッキーを頬張りながら上機嫌で帰っていったのだった。


 三人と一体は校舎へ向かう。正門から見て右手奥、昨日事件が起こった講堂は、既に修理のための業者が入っている。この世界にも足場があるんだ、とリリは感慨深く眺めた。各出入口に仕掛けられていた爆発物は、昨日のうちに騎士団によって撤去されたらしい。


 学院の敷地は広大だが、校舎は正門から近い場所にある。試験が行われた広い運動場は校舎の裏に当たる。瘴魔祓い士科は校舎の一番左にあるらしい。凸字型の校舎は真ん中が一番広く、そこは人数の多い騎士科。右側が魔術師科である。瘴魔祓い士科がある左側には教員や職員が使う部屋も入っているそうだ。出入口は三か所あり、リリ達は一番左の出入口から校舎に入った。すぐに階段があり、それを上ると廊下に突き当たった。


 三百年近い歴史のある校舎だが、中は意外にも古臭さを感じさせない。廊下の床は黒大理石のように光沢がある。壁は木製で明るい色の木が使われている。大きなガラス窓が並んでいるのはいかにも学校という雰囲気。高い天井には等間隔で灯りの魔道具が埋め込まれている。


 教室側の仕切り壁には窓がなく、二つの扉が設けられていた。その一つを開けて、シャリーとアリシアーナに続いて中に入る。そこは映画館のような雛壇形式で、奥に向かって低くなっている。今リリ達がいるのが一番高い所だ。校舎の出入口から廊下に出るまでに階段があったのはこういう教室の形が理由なのだと分かった。廊下が高い位置に作られている訳だ。


 教室はそれほど広くはない。最大で四十人くらい入るだろうか。新入生は二十人だから広すぎる気がする。


「上級生もここを使うらしいですわよ?」

「なるほど。上級生の方が人数多いんだよね」

「こっちに三人で座ろうぜ!」


 シャリーは一番高い席の左側を指差した。リリが一番端に座り、その左隣の通路にアルゴが陣取る。教室にはリリ達を含めて十五人おり、間もなく授業が始まるようだ。少し待っていると残りの五人が慌てたように教室に入って来た。


―リーンゴーン……リーンゴーン……


 澄んだ鐘の音が聞こえる。それを合図に教員が現れた。


「新入生諸君、おはよう。私はディーゼル・マクシミリ。では早速授業を始める。この時間は瘴魔祓い士という仕事の歴史について勉強する」


 四十代後半の教員により、デンズリード魔法学院瘴魔祓い士科で今年度初めての授業が始まった。

ブックマークして下さった読者様、本当にありがとうございます!

読者様がいらっしゃるからこそ、書き続けることができます。

今後ともよろしくお願いいたします!!


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