82 最終試験終了
こちらの82話が第四章の最終話になります。
豪炎が放たれた瞬間、同時に二つのことが起きた。
まず隠密で気配を完全に消してこっそりリリに付いて来ていたアルゴが、彼女の背後に風の障壁を張った。もちろんリリを守るためだ。
それと同時に、俯瞰視で瘴魔祓い士の様子を見ていたリリは豪炎に向けて放水した。イメージは前世の消防車である。もし悪意を持って攻撃を仕掛けるなら炎魔法だろうと予測していた。自分の水魔法にどれくらいの威力があるか分からないが、焔魔の迷宮でサラマンダーの吐く炎を防いだ実績がある。だからある程度の炎魔法なら止められると思っていた。最悪治癒も使えるし、と。
風障壁の向こう側で、豪炎と大質量の水が激突する。リリの放水は豪炎を包み込んで余りある範囲で発動された。つまり、炎が消え去ると同時に大量の水蒸気が発生し、瘴魔祓い士と試験官が水に押し流された。
『リリ、大丈夫か!?』
『アルゴ! この壁みたいなのはアルゴがやったの?』
『うむ、それより怪我はないか?』
『うん。アルゴのおかげで全然大丈夫。ありがとうね!』
アルゴはリリの無事を確認すると、瞬く間に水に流された瘴魔祓い士の所に移動し、倒れた彼の胸を足で押さえつけた。リリは試験官の所に走って行き助け起こす。
「な、何が起こった……?」
「大丈夫ですか!? どこか痛い所はありませんか!?」
「あ、ああ、少し体を打っただけだ」
ふぅ。試験官に怪我させなくて良かった。不可抗力とは言え、水魔法はまだまだ加減が難しいのだ。すぐに止められたのを褒めて欲しいくらいである。
そんなやり取りをしている一方で、瘴魔が三体近付いていた。全く、空気を読まないんだから。
「あ、危ない! 瘴魔が近くに……へ?」
三体の瘴魔は、続けざまに黒い塵となって消えていった。リリがブレットで撃ち抜いたのだ。
「今、何かしたのか?」
「あー、はい、一応」
試験官が首を傾げるが、その前に瘴魔祓い士をどうにかするべきだろう。放っておいたらアルゴが殺してしまいそうだ。
試験官を立たせて祓い士の所へ行くと、彼は既に死んで――死んでいるかと一瞬ドキッとしたが、気絶しているだけのようだ。胸がゆっくりと上下している。そしてアルゴの姿は再び見えなくなっていた。
「彼が炎魔法を放ったように見えたが……」
「ええ。この人が私に向けて豪炎を撃ちました」
「な、何故そんなことを!?」
「さあ? 私には分からないので、直接お聞きになった方が」
悪意と妬みを持っていたのは知っているが、何故そうだったのかは分からない。
「さっきの水は君が出したのか?」
「…………そうです」
言い逃れをしようとしたが、上手い嘘が思い付かなかった。
「そうか……すまない。大事な試験なのに」
「いえ。あ、こっちに来る瘴魔を浄化魔法で倒せばいいです?」
「え?」
「二体近付いて来るので……順番に倒しますね」
試験官にも見えるように一体目をしっかりと引き付け、距離が十メートルの所で瘴魔の足元に神棚を置いた。目も眩むような金色の柱が立ち上がり、一瞬で瘴魔が消え去る。
「ちゃんと見てくれました?」
「え? あ、ああ」
「じゃあ次行きますよ?」
二体目も一体目と同じようにあっさりと倒す。
「どうでしょう? これで試験終了でいいです?」
「あ、ああ。そうだね」
「じゃあ騎士さんを呼んで、この男の人を運びましょう」
まだ少しボーっとしている試験官の背中を押して演習場の門を出る。そこに立っていた二人の騎士に瘴魔祓い士を運び出すようお願いした。すぐに四人の騎士が担架を持って門を入っていった。
試験官を念のために目の前の天幕に連れて行き、リリはプレストン長官を探すために離れた場所の天幕を目指す。
「姉御! すげー音がしたけど、何かあったのか!?」
「リリ、大丈夫ですの!?」
丁度その時、担架に乗せられた瘴魔祓い士が門から出て来る。それを見たシャリーとアリシアーナが、リリにジト目を向けた。
「ち、違うよ!? 私のせい……ではあるけど、あの人から炎魔法を撃たれたの!」
「「ええっ!?」」
リリの言い訳――端的な状況説明を聞いて、シャリーとアリシアーナは慌ててリリの検分を始める。あちこちジロジロ見られ、ペタペタ触られた。
「ケガはないんだな!?」
「痛い所はないんですの!?」
「あ、うん。それは大丈夫」
「いや、なんで炎魔法撃たれてケガ一つしてねぇんだ!?」
「服すら燃えてないのはおかしいですわ!?」
心配するか怪しむか、どっちかにしてくれ。
「とりあえず私は大丈夫だから。ちょっと会いたい人がいるから探してくる!」
そう言って向こうの天幕へ向かおうとしたら、目的の人物がこちらへやって来るところだった。騒ぎを聞きつけたのだろう。
「リリ君、何があった?」
プレストンから低い声で尋ねられ、背筋がぶるりと震える。えーと、私は悪くないよね?
背後から豪炎と思われる炎魔法を突然撃たれ、咄嗟に水魔法をぶつけて身を守った。あの瘴魔祓い士とは面識がないと思う。彼は気絶しているが命に別状はない筈である。リリは淡々と説明した。
「不意打ちの豪炎を水魔法で相殺したのか!?」
相殺というか押し流しちゃいました、とは言わない方が良いだろう。
「演習場に入る前から、何となく不穏な感じがしたんです。私に悪意を持っているように思えたので、いつでも水魔法を撃てるように準備してました」
プレストンには瘴魔の弱点が見えることは伝えたが、人の感情を表す靄が見えることは言っていない。これはまだ誰にも言っていないことだ。
「そうか……もしかして従魔も近くにいるのか?」
「はい。気配を消してますけど」
「なるほど、分かった。その瘴魔祓い士は私の方で調べる。君たちは学院の指示を待ちなさい」
「「「はい」」」
シャリーはプレストンと面識があるが、アリシアーナはない。
「リリ、あの方はどなたですの?」
瘴魔祓い士が運び込まれた天幕に入っていくプレストンを見ながら、アリシアーナが小さな声で尋ねる。
「あの人がプレストン・オーディ長官だよ。防衛省瘴魔対策庁の長官」
「まあ!」
何が「まあ!」なのか、リリにはいまいち分からないが、アリシアーナは憧れの人と会ったようなキラキラした目をしていた。
「あー、動ける受験者はこちらに集まりなさい」
試験官の一人が呼び掛けたので、三人はそちらに移動した。
「最終試験の結果は三日後に知らせる。合格者は学院の正門前に受験番号を張り出すので各自確認しなさい。では、動ける受験者は先に帰ります」
四十人弱の受験者はすぐに帰れるようで、順次馬車に乗り込む。リリも順番を待っていると、髪の濡れた試験官が走り寄って来た。着替えたようだが、先程水魔法でびしょ濡れにしてしまった試験官だ。
「オルデン君、さっきはちゃんと礼が言えなかった。君が咄嗟に対応してくれたから、私もあの魔法の直撃を受けずに済んだ。ありがとう」
試験官はリリに向かって頭を下げた。炎魔法の直撃はもともと避けられただろう。だってあれは私を狙ったものだから。
「私こそ、水魔法でご迷惑をお掛けしてすみませんでした」
リリもしっかりと頭を下げた。押し流しちゃってごめんなさい。試験官は柔和な笑顔を浮かべてくれた。
不可解なトラブルはあったものの、リリ、シャリー、アリシアーナの三人は最終試験を無事終えた。そして、帰りの馬車で二人から質問攻めにあうリリ。
「姉御、水魔法も使えるのかよ!?」
「リリ、あなたもしかして凄い魔術師ですの!?」
「水魔法で炎魔法を打ち消すって一体どんな水魔法だ!?」
「リリ、他にはどんな魔法が使えるんですの!?」
「シャリー、アリシア、ほら、みんな試験が終わって疲れてるから、少し静かにしようか」
リリが苦笑いしながら窘めると、二人はようやく口を噤んだ。
「今度、ちゃんと話すから」
「絶対だぞ?」
「約束ですわよ?」
「う、うん」
なかなか圧の強い二人であった。
最終試験から三日後。リリはデンズリード魔法学院へ向かった。シャリーとアリシアーナとは正門前で待ち合わせをしている。合格通知は封書でも届くらしいのだが、正門前に掲示されているという番号を見てみたい。そこで、きっと合格しているであろうシャリーやアリシアーナと手を取り合って喜び、キャッキャしたい。
前世でも高校入試の合格発表で似たようなシーンがあったが、一緒に受験した中に友達がいなかったのでキャッキャするチャンスがなかったのだ。
プレストン長官や特務隊からは、その後知らせはない。リリを襲った瘴魔祓い士が何者なのか、動機は何なのか、分からないままでモヤモヤしている。このモヤモヤをキャッキャして晴らしたい。
早めに家を出て、アルゴと一緒に歩いて行くことにした。何故なら、最近運動不足ではないかと危惧しているから。アルゴから背中に乗れとしきりに誘われるが、それでは歩く意味がないので丁重にお断りしている。
「う~ん、合格発表日和」
『なんだそれは』
『フフフ。何だか秋めいてきたよね』
『う、うむ』
前世では合格発表と言えば春。夏の盛りが過ぎ、空が澄んで高くなっている気がするが、あまり合格発表とは関係ない。ただ、気持ちの良い天気であることは確かだ。時折アルゴと雑談しながら、北区の学院を目指して歩く。元々歩くのは苦にならない。一時間ちょっと歩いてようやく学院が見えてきた。
「あそこに人が集まってるね」
『そうだな。悪意のある者はいないか?』
「うん、大丈夫」
ここに来るまでの間も、リリはずっと靄を可視化していた。少し神経質かなと思うが、いきなり襲われるよりはいい。ちょっとでも悪意を示す靄を見たらいつでもラバーブレットを放てるように準備している。そんな物騒なことを考えていると知った顔が目に入った。
「あ、シャリー。後ろの方にはアリシアとセバスさんもいるね」
三人の顔を見て安心するリリ。自分で思っている以上に、最終試験で襲われたことが原因で気が張っているのだろう。リリはシャリーとアリシアーナに向かって手を振った。リリに気付いた二人も手を振り返してくれる。
「二人とも、もう掲示板を見た?」
「まだですわ」
「姉御を待ってたぞ!」
「待たせてごめん。歩いて来たら結構時間がかかっちゃった」
「「歩いて!?」」
いや、アリシアはまだしもシャリーは結構歩ける方だよね? もう都会に染まったのかな?
「一緒に見よう!」
三人は一塊になって掲示板に近寄る。最終試験の受験者は八十四人だったから人だかりもそれほどではない。三人の中では一番背の低いリリは、前の人達がいなくなるのを首を伸ばして待つ。そしてやっと三人が掲示板の前に立った。
「あったぞ!」
「ありましたわ!」
「あった!」
それぞれ自分の受験番号があるのを二、三度確認し、掲示板から離れる。
「二人とも、おめでとう!」
「姉御、アリシア、おめでとう!」
「リリ、シャリー、やりましたわね!」
三人はお互いの手を握り、満面の笑みを向け合ってその場でぴょんぴょんと小さくジャンプする。そのままゆっくりと回り出し、大きな声を出して笑い合った。離れた場所でセバスが無表情でリリ達の様子を眺めているが、喜びを共有できない人に用はない。アルゴですら、尻尾をブンブン振って喜びを表してくれているのだ。リリは念願のキャッキャを堪能した。
入学式は約一か月後。そこからリリはデンズリード魔法学院瘴魔祓い士科に学院生として通うのだ。その前にリリは十三歳の誕生日を迎える。この世界では、貴族や王族でもない限り毎年の誕生日をお祝いする風習はない。成人となる十五歳の誕生日だけは、平民でもお祝いをするのが慣わしである。
「合格祝いを三人でしたいね!」
「いいな、それ!」
「楽しそうですわ!」
それぞれ家で合否の報せを待っている人がいるから、今日のところは三人とも真っ直ぐ家に帰ることにした。二日後に改めて三人でお祝いをしようと決める。場所は先日シャリーが連れて行ってくれたカフェ。侯爵令嬢のアリシアーナはそんな所で大丈夫かと心配だったが、彼女は意外と庶民派らしく、その店も知っていた。
「では二日後に。必ず行きますわ」
「うん、またね」
「アリシア、またな!」
侯爵家の馬車を見送って、さて私達も帰ろうか、と考えた時にアルゴが念話で話し掛けてきた。
『二人で我の背に乗れば良かろう。家で待っている者がいるのだからな』
「シャリー、アルゴが乗ってもいいって言ってるけどどうする?」
「え、いいのか!?」
シュエルタクスからファンデルまで一緒に旅してきたシャリーだが、まだアルゴに乗せてもらったことはない。アルゴの背に乗るリリやミルケを羨ましそうな目で見ていただけである。ふわふわした毛に埋もれたいくらいアルゴのことが好きなシャリーは、この提案に飛び付いた。
「かなり速いからしっかり掴まってて」
「分かった!」
アルゴが伏せの体勢になり。リリが前、シャリーがその後ろに跨る。風魔法でアシストしてくれるので振り落とされるようなことはないが、スピードを感じられるように絶妙な向かい風に晒されるのだ。憎い演出である。
立ち上がったアルゴは周りから見えないよう隠密を展開し、徐々にスピードを上げていく。
「すっげー! 速ぇー!」
シャリーが幼い子供のように嬌声を上げる。後ろから聞こえる楽し気な声に、リリも自然と笑顔になった。
乗合馬車でも四十分かかる距離を、アルゴは五分ほどで駆け抜けた。遅刻しそうになったらアルゴに乗せてもらえば何とかなりそうである。
ダルトン商会近くの停車場を過ぎ、そのままシャリーの家まで向かう。一度しか来たことはないが、アルゴはしっかりと憶えていたようだ。
「すっげー楽しかった! アルゴ、ありがとな!」
家の前で背から降りたシャリーはアルゴの首に抱き着いて感謝を伝える。
「じゃあシャリー、また二日後ね!」
「おう! またな!」
リリを背に乗せたままアルゴは踵を返し、自宅の方へ走り出す。僅か一分ほどで自宅の前に到着した。
「すごく速い……アルゴ、ありがとうね」
『うむ、いつでも乗せてやるぞ?』
リリはアルゴの首に抱き着いて、柔らかな毛の中に顔を埋めて胸いっぱいに匂いを吸い込む。うん、アルゴ成分充填完了。
家の門を通ると、右肩に気配を感じる。
「ラルカン!」
『リリ、来ちゃった!』
『大歓迎だよ』
そのまま玄関を開けると、リビングでウロウロと熊のように行ったり来たりしているジェイクの姿が見えた。リリに気が付くと走り寄って来る。
「リリ、どうだった!?」
「ただいま、ジェイクおじちゃん。うん、合格した」
「合格か! でかしたぞ、リリ!」
ジェイクはリリの脇の下に両手を入れて軽々と高く持ち上げる。
「ちょ」
「おーい! リリ、合格したってよ!!」
「お姉ちゃん、おめでとー!」
「リリ、やったわね!」
「うん、みんなありがとう! ジェイクおじちゃん、恥ずかしいから下ろして?」
「おう、すまんな!」
床に両足が着いたリリが、ふぅと息をつく。小柄なのは自覚しているが、もうすぐ十三歳なのに、子供みたいに高い高いされるとは。
「お父さんに報告してくる」
「うん。ゆっくり話して来なさい」
「はーい」
リリは階段を上って右奥の自室に入る。一番大きな窓の前に、ダドリーの遺品を収めた小さな箱があった。箱の蓋は開いていて、ダドリーが身に着けたり使ったりしていた小物が並んでいる。
手袋。手帳。小さな羽ペン。指輪。たったそれだけだ。
箱の隣には、リリが描いた父の似顔絵を飾っている。一番最初に描いて喜んでもらえた、家族四人の絵も並んでいる。それらには色が着けられており、父の枯草色の髪と濃い青色の瞳は、特に時間を掛けてこだわった。
父が亡くなってもうすぐ五年。悲しみや痛みは時間と共に薄れたが、完全になくなった訳ではない。それでも、今では懐かしい気持ちの方が遥かに大きいと感じる。リリは箱の中の指輪をそっと撫でた。
お父さん。私、瘴魔祓い士になったよ。それなのに何故か学院にも通うの。おかしいよね。試験に合格したら、みんな喜んでくれたよ。お父さんも喜んでくれるかな? うん、きっと一番喜んでくれるよね。
これからも、お父さんが誇れる娘になれるように頑張るよ。だから見守っててね?
いつもお読み下さりありがとうございます!
第四章はここまでとなります。
続けて明日から第五章を投稿いたします。
少しでもお楽しみいただけたら嬉しいです。




