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76 連携プレイ?

 デンズリード魔法学院の試験を五日後に控えたその日。リリがマルベリーアンの家に行くと、突然「依頼だよ。一緒に行くだろ?」と言われた。以前提案した、コンラッドに瘴魔の弱点を教えて上手く倒せるか検証するチャンスである。当然リリは一緒に行くことにした。


 目的地はファンデルの南西に位置する街道。ファンデルから真南に馬車で半日進むと、スーディーデルというエバーデンよりひと回り小さな街があり、そこから西に同じく半日ほど行くとマーガンデルという町に着く。スーディーデルとマーガンデルを結ぶ街道は一か所小さな森を突っ切る場所があり、その辺りで瘴魔と瘴魔鬼の目撃情報が寄せられたそうだ。


 普通の行程なら丸一日かかる目的地だが、整備されていない道を通ることでその短縮を選んだようだ。リリとマルベリーアン、コンラッドの三人が乗る馬車はいつもより盛大に揺れた。これでもアルゴがこっそり風魔法でアシストしているので、もしそれがなければリリのお尻はかなり悲惨なことになっただろう。


 騎乗した護衛騎士が六名、御者役の騎士が交代含めて二名。リリ達を合わせて十一人だ。今回はスピード重視のためほぼ休憩なし、途中で馬を交換するらしい。


「そんなに事態が逼迫してるんですか?」

「スーディーデル方面に向かっているという情報が入ったんだ。人口三万人を超える街だから、急がないと甚大な被害が出る」


 コンラッドが、台詞とはそぐわない柔らかな表情で教えてくれた。瘴魔の移動速度は人間の駆け足ほどだが、瘴魔鬼は人間より遥かに早く移動出来る。ただ、群れになっている時は瘴魔の速度に合わせる習性があるらしい。


 朝早く出発し、昼は動く馬車の中で食べられるもので済ませた。トイレ休憩と馬の交換以外はノンストップで走り、陽が落ちる前に目的地に到着した。そこはマーガンデルから約一キロ東、整備された街道との合流地点である。


「ここから東の方、スーディーデルに向かって進むからね。リリ、体は大丈夫?」

「馬車の外に出てもいいです? 体が固まっちゃいました」

「いいけど、結構な速さで進むと思うよ?」

「遅れそうになったらアルゴに乗せてもらうので大丈夫です!」


 自分は長距離、短距離の旅を何度もこなしたので、馬車には慣れていると思っていたリリだが、今日ほど長時間走りっ放しというのは初めてだった。体がバッキバキである。


 御者の騎士にお願いして馬車の速度を落としてもらう。その隙に馬車から飛び降りた。地面にちゃんと両足を付けるのが久しぶりの気がする。リリは両手を上にあげてぐぅっと伸びをした。すぐにアルゴが寄り添って来る。


「瘴魔祓い士って、移動が結構過酷かも知れない」

『我に乗れば楽だし早いぞ?』

「行き先が分かれば、それもアリだよねぇ」


 リリは殆ど土地勘がないので、案内がなくても行ける場所は限られている。今後の課題であろう。


 少し小走りになって馬車を追い掛ける。瘴魔を索敵しながらなので、馬車の速度はグッと落ちていた。

 太陽はリリの背中を照らし、間もなく沈みそうだ。しばらく走って体が解れたところで、アルゴが背に乗せてくれた。そのまま馬車を追い越して先頭に出る。索敵なら自分とアルゴがやった方が良い。騎士に止められそうになったが、マルベリーアンが「そのままでいいよ」と言ってくれた。


 馬車の前には三頭の馬、それに乗った三人の騎士。それを率いるように進むのは何となく気分が良い。そんな風に思っていると辺りが急激に暗くなる。陽が沈むと同時に森に入ったのだ。


「お嬢さん、魔物も出ますから後ろに下がった方がいいですよ」

「いや、クリープス様がそのまま進ませるように、だって」

「そ、そうなのか」

「アルゴは凄く強いから大丈夫ですよ!」


 騎士達はリリを気遣って下がらせようとするが、リリは笑顔でやんわりと断った。マルベリーアンもリリとアルゴが先頭で索敵した方が良いと考えているようだ。


『リリ、三キロ先に瘴魔がいるぞ』

『周りに人はいない?』

『そこから一キロ先に馬車が二台おる』

「そりゃ大変だ。みなさん、三キロ先に瘴魔がいます。その一キロ先に馬車がいるみたいです」


 騎士の一人が馬車の横に移動して、マルベリーアンの指示を仰ぐ。リリがアルゴと先行して殲滅するのが最も早く確実ではあるが、それではコンラッドとの検証が出来ない。とは言え検証より人命の方が遥かに大事だ。


「あー、リリ殿? クリープス様が、先に行って瘴魔の足止めが出来るか、とおっしゃっていますが」

「足止め、ですか? うーん……アンさんに直接聞いてみます」


 アルゴに乗ったまま馬車の所まで下がる。窓越しに声を掛けた。


「アンさん! 足止めってどうすればいいんです?」

「浄化魔法で囲むように出来ないかい?」

「囲む……壁みたいには出来そうですけど、さすがに囲むのは」

「それでいい。先を行く馬車に追い付かないようにすればいいのさ」

「……何体か倒しちゃうかも」

「半分は残しといておくれよ?」

「……善処します」


 言うが早いか、アルゴが矢のように走り出す。前方からの風を防ぎ、背中から優しく押さえつけるというアルゴの絶妙な風魔法のおかげでリリが振り落とされるようなことはない。一分半で前方に黒い靄が蠢くのを確認。アルゴはそれを大きく迂回して瘴魔の群れの前に躍り出た。


「えーと、壁みたいにってことは横に広げるんだよね。何だろう、注連縄(しめなわ)かな?」


 初詣で見た記憶がある巨大な注連縄をイメージする。


「浄化! ……おお! 横に広がった」


 真っ暗な森に出現した金色の光る壁。街道の横幅に留まらず、森の中にまでリリの神聖浄化魔法が広がる。幅は三十メートルくらいあるだろうか。ただ思ったより奥行きが出てしまい、それに触れた瘴魔が数体浄化されてしまった。


 不可抗力、不可抗力。リリは念仏のように唱えた。


 改めて見ると、瘴魔はまだ二十体ほどいる。瘴魔鬼は……二体。瘴魔の後ろの方に控えてこちらを睨み付けているように感じる。目はないから気のせいだと思うが。瘴魔は浄化魔法の壁を嫌がるように左右へ分かれた。壁の切れ目からこちらに来るつもりのようだ。瘴魔鬼二体が先程から動かないのが不気味である。神聖浄化魔法が消えるのを待っているように思えた。消えた途端に二体同時で襲い掛かられたら厄介だ。左右に分かれた瘴魔も、壁の切れ目に辿り着きそうである。


 神聖浄化魔法とブレット(弾丸)の同時発動はしたことがない。これって何気にピンチなのでは?


『リリ、弱点の場所を教えるのだ』


 そうだ。私にはアルゴがいる!


「左、頭! 右、右肩!」

『念話で良いぞ?』


 左右にいくつもの風刃(ウインドエッジ)が飛び、瘴魔が塵になって消えていく。


『左、お腹! 左、右太腿! 右、首!』


 アルゴは直径一メートルの範囲に数十の風刃を発生させ、瘴魔の弱点にぶつける。白い球はリリの拳くらいしかないので確実に当てるためだ。

 壁を回り込もうとする瘴魔の動きが鈍くなる。壁から出た途端に倒されるのだから、本能的に不味いと思ったのか。


 今、リリが広範囲で神聖浄化魔法を発動すれば、こんな面倒なことをする必要はない。だがリリは律儀にマルベリーアンの言いつけを守った。もちろん、本当にヤバくなったら一気に倒すつもりではあるが。現在発現している浄化魔法をキャンセルして広範囲に発現させるのに、今のリリなら一秒もかからない。


 さて、どうしよう。と考えていたら、金色の壁の向こうで炎の揺らめきが見えた。


「コンラッドさん!」


 コンラッドが剣に付与した炎だ。それにマルベリーアンが使う浄化魔法の光も見える。二体の瘴魔鬼がその二人に向き直った。


「そっちには行かせないよ!」


 リリは浄化魔法をキャンセルし、瘴魔鬼の足元に「神棚」を置いた。目も眩むような金色の柱が立ち昇り、一体の瘴魔鬼と近くにいた瘴魔数体が一瞬で塵に変わる。もう一体、マルベリーアンに向かった瘴魔鬼にすかさずリリはブレットを放つ。しかしそいつは、ブレットを拳剣で弾いた。


「おお!? 弾かれた!」


 だが、そいつの注意はリリに向いた。コンラッドが背後から瘴魔鬼に迫る。


鳩尾(みぞおち)です!」


 リリの叫びはしっかりとコンラッドに届いた。人型をした瘴魔鬼の、胸と腹の境目。そこに向かってコンラッドは炎の剣を二度、三度と横薙ぎにする。リリは牽制の意味でブレットを数発放った。コンラッドの三度目の攻撃が白い球を切り裂く。瘴魔鬼は一瞬動きを止め、サラサラと黒い塵になっていった。


 その間にもマルベリーアンが瘴魔を浄化し、アルゴは弱点が分からないので一体につき数百の風刃を放って倒していた。気付けば残された瘴魔は三体。


「コンラッドさん、右側のやつ、頭です!」


 逆袈裟に振るった炎の剣が一撃で白い球を切り裂く。


「左、左太腿の付け根!」


 横薙ぎ二回。


「前の奴、首の付け根!」


 炎の剣が真っ直ぐ首に突き込まれる。最後の瘴魔が塵に変わり、風に乗って散っていく。辺りが突然の静寂に包まれ、一拍置いて、後ろの方にいた騎士達から歓声が上がった。


「コンラッド、リリの指示はどうだった?」

「はい、凄くやりやすかったです。最小限の動きで倒せたと思います」

「リリは?」

「言葉で場所を伝えるのって案外難しいです。特に今日みたいに前後に分かれていると、私から見て右だけどコンラッドさんからは左だから、頭がこんがらがって」

「しかし、結果的に上手く行ったね」

「「はい!」」


 リリとコンラッドの返事が重なる。課題は多いかも知れないが、この方法が有用だと分かった。今後もっと一緒に経験して、二人でやり方を洗練させればいい。顔を見合わせて笑う若い二人を、マルベリーアンは眩しいものを見る目で眺めた。





 マーガンデルに戻るか、スーディーデルに向かうか。距離的にはマーガンデルの方が近いが小さな町なので宿に期待が出来ない。少し時間はかかるが大きな街であるスーディーデルでゆっくり休んだ方が良いということになり、リリ達は再び馬車に乗っている。


 今は整備された街道を通っている上に、アルゴが人知れずアシストしているのでかなり揺れが抑えられている。大して体力を使った訳でもないが、夜も更けてきてリリは睡魔と戦っていた。瘴魔より手強いかも知れない。今にも負けそうである。


 リリは、知らず知らずのうちに隣に座るコンラッドの肩に頭をコテンと乗せて眠ってしまった。コンラッドが肩にかかる重みに気付いて目を遣ると、リリの長い睫毛と形の良い唇が目に飛び込んでくる。それに目を奪われてドキッとするが、ここが馬車の中であることを思い出して慌てて正面に向き直るとマルベリーアンと目が合った。彼女は目を三日月のように細めてニヤニヤと笑っている。


「ち、違います!」

「静かにおし。リリを寝かせてやんな」

「うぅ……」


 言い訳もさせてもらえず、リリを起こさないために身動ぎも出来ない。リリの頭が触れている左肩がやけに熱い気がするが、ここは我慢だ。スーディーデルに到着するまでの二時間、コンラッドは苦行に耐える。いい加減尻が痺れて辛くなってきた頃、ようやく街に到着した。


「うぅ~ん……ハッ!? す、すみませんコンラッドさん!」


 馬車が入街のために一旦停まり、それで目が覚めたリリは自分がどんな姿勢になっていたか気付いて顔を真っ赤に染めた。


「起きたかい?」


 尻をもぞもぞさせて座る位置を変えながらコンラッドが尋ねる。


「ごごご、ごめんなさい! 私寝ちゃってました」

「もう遅いから仕方ないさね。コンラッドも満更じゃなかったみたいだし」

「ちょ、師匠!?」


 マルベリーアンに揶揄われて、リリとコンラッドが二人揃って顔を赤くする。満更でもない、というのは「必ずしも完全に駄目という訳ではない」という意味だが、実のところ「それほど悪くない」から「非常に満足」という風に幅広い意味合いを持つ。あまり深く考えるとこの後眠れなくなりそうなので、リリは考えないようにした。


 その後、騎士がとってくれた宿で軽く食事をし、風呂に入ってから床に入ったのはほぼ真夜中だった。来る途中で盛大に居眠りしたリリだが、同じ部屋でアルゴとお喋りしている間にいつの間にか眠りに就いていたのだった。

今思いましたが「プレイ」ではないですよね……(汗)


ブックマークして下さった読者様、本当にありがとうございます!

ポイントが増えるとタイピング速度が上がります。

今後ともよろしくお願いいたします!

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