75 訓練と新しい友達
すみません、またタイトルを少し変更しました。
タイトルってほんと難しいですよね……(汗)
「ははは、はじめまして! シャリエット・クルルーしゅカ・バルト・モルドーりゅとももも申しましゅ!」
マルベリーアンと対峙したシャリーは緊張のあまりずっと腰を半分に折り地面を直視している。そして自分の名前を噛んでいた。
『あの娘はどうしたのだ? 喋り方がおかしいが。具合でも悪いのか?』
『緊張してるんだよ。そっとしといてあげよう』
アルゴのツッコミが酷かった。
「グエンのお孫さんだね。マルベリーアン・クリープスだよ。見ての通り、ただのババアさ。アンと呼んでくれていいよ」
ガバッと顔を上げたシャリーは上気した顔で半ば叫ぶように返事する。
「ありがとうございます! シャリーとお呼びくだしゃい!」
シャリー、敬語をちゃんと知ってたんだ、とリリは感心した。ここまで憧れられる人がいるというのは、ある意味羨ましいかも知れない。
前世では恋人がいたような気がするが、名前や顔は思い出せない。親や兄弟、親しかった友達の顔と名前も。それは、転生する時にリリ自身が願ったことだ。
その代わり、歴史上の人物やテレビで見た政治家、アイドルなどはなんとなく思い出せる。そんな中に、自分がシャリーのような憧れを持つ対象はいなかったと思う。推し、というのだろうか。そんな言葉があった気がする。
「リリ、あんたは引き続き速度と場所の訓練だ。シャリー、あんたも少し訓練してみるかい?」
「ぜひっ!」
「炎を使うんだよね? じゃあ精度を見てみようか」
「お願いします!」
マルベリーアンとシャリーが連れ立って場所を移動していくのを、リリは微笑ましく見送った。
「さて。必殺技までの道のりは遠いけど、がんばろう!」
「わふっ!」
速度と場所。速度は神聖浄化魔法を発現する速さだ。問題は場所。浄化魔法は基本的に自分を中心として発現する。それを任意の場所に発現させようとしているのだ。
それが出来ればどうなるか。リリのブレットでも遠隔攻撃は出来る。ただ言うまでもなく一発につき一体倒すのが限界。距離が離れれば連射も難しい。狙撃手の連射に無理があるのと同様である。しかし、範囲攻撃である浄化魔法を遠隔で発現できれば、一度に複数の瘴魔を倒すことが出来るようになる。それを実現しようとしているのだ。
さらに、リリの目の能力である俯瞰を使えば、見えない場所にいる瘴魔すら一気に倒せるかも知れない。これはこれで必殺技の予感がヒシヒシとする。
だが、必殺技というのは往々にして会得するのが難しいものだ。そうでなければ世の中必殺技で溢れてしまうのだから仕方のない話ではある。
「う“う”ぅ……む、むずかしい……」
速度は問題ない。神棚のイメージをしっかりと固めて、必要な時にそれを思い浮かべることによってほとんど瞬時に発現させることが出来るようになった。
それを任意の場所に発現させようとするが上手くいかない。リリは懸命に足元の魔法陣を移動させようとするが、魔法陣は微動だにしなかった。
むむむ、と全身に力を込めるが、魔力と力は関係ないので全くの無駄である。無駄に疲れるとはこういうことだ。
リリは一旦集中を切り、シャリーの方を眺めた。
掌より小さな的に火矢を当てるシャリー。その後ろで腕組みしながら立つマルベリーアン。そのうち、彼女が後ろから的を前方に投げ始める。シャリーはそれも正確に撃ち抜いていく。さすがはシャリーだ。言動はポンコツな所があるが魔法は一流。
そう言えば、火矢はなぜ飛ぶのだろう? ああ、矢は飛ぶものだからか。飛ばなきゃ矢じゃないもんな。
魔法はイメージが全て。ラーラが最初に教えてくれた、一番大切な教え。イメージさえ正しければ、魔法はちゃんと応えてくれる。私の水魔法だって、迷宮でちゃんと滝のように流れ落ちてくれた。
あれ? あの時、離れた場所に水を出せたよね? クズーリ・ギャルガンの屋敷が火事になった時も、ちゃんと屋敷の上から雨のように降らせることが出来たし、あの時は屋敷に浄化魔法を集中出来ていたような……。
リリは地面に胡坐をかいて座り込む。ちゃんと考えてみよう。あの時は、魔法陣を動かそうなんて考えてない。ただ、望む場所から水を出そうと思っただけだ。
望む場所、か……。神棚って動かせるよね? 離れた場所に神棚を置けばいいんじゃないかな?
『何か思い付いたのか?』
『うん。やってみる』
リリは立ち上がり、傍らにいたアルゴの首元をそっと撫でた。自分の立つ場所から五メートルほど先。そこに神棚を置いたイメージ。
「浄化」
リリが小さく呟くと、五メートル先に金色の柱が立ち上がった。成功したかに思えたが、自分も金色の光に包まれているのに気付く。
「あれぇ……うまくいったと思ったのに……ハッ!?」
リリは気付いた。今、二か所同時に浄化魔法を発現した。もしかして、複数同時にいけるのか?
リリは五メートル先、さらに十メートル先に神棚を置いてみた。もちろんイメージである。そして浄化魔法を発動すると、自分を含めて三か所で発現した。
「これは……新発見では!? ……っと」
浮かれたリリだったが、突然足元がふらつくのを感じた。どうやら自分で思っている以上に魔力を消費したらしい。もう一度その場に座り、魔力の回復を待つ。数分待って回復を実感してから立ち上がる。
「よし。欲をかかずに一か所でいいや。それと、自分の所で魔法が発現しないように出来れば魔力の消費は抑えられるはず」
リリは、神棚を置いた場所に自分も立っていることをイメージしてみる。これは上手くいかなかったので、今度は自分が神棚を抱えてそこに立つイメージ。
「出来た!」
成功した。距離はまだ十メートルほどだが、自分の立つ場所には浄化魔法が発現せず、目標の場所だけに光の柱が立った。あとは距離を伸ばしながら、発現速度を上げればいい。
リリが小さくガッツポーズしているのを、少し離れた場所からマルベリーアンが見ていた。
「本当に出来ちまうとはねぇ……」
その小さな呟きは誰にも聞こえなかった。
「またおいで、って言われたぞ!」
「良かったね、シャリー」
「姉御のおかげだ! ありがとうな、姉御!」
「フフフ。どういたしまして」
三時間近く訓練した後、マルベリーアンやコンラッドと家の中でお茶してから、リリとアルゴ、シャリーは家路に就いた。帰り道のシャリーはご機嫌だった。今日の訓練でどんな話をしたのか、シャリーは嬉しそうに語る。その様子はとても純粋で、リリは眩しくて目が潰れるかと思った。
「うちに寄ってく?」
「あ……今日は遅くなるからこのまま帰る」
「そっか。気を付けて。シャリー、またね!」
「またな、姉御!」
自宅前でシャリーと別れた。彼女は大きく手を振って、軽快な足取りで帰って行った。それを見送ったリリが玄関に向かおうとすると、アルゴが庭の方を気にしている。
「どうかした?」
『うむ……まさかとは思うのだが……』
珍しく歯切れの悪いアルゴ。一緒に庭へ行ってみる。すると、端の方にある置石の上に、手の平に乗るくらい小さな虹色のトカゲがいた。
「わぁ! 可愛い!」
『…………』
リリは近付いて膝を折り、そのトカゲに顔を近付けた。
「すごくキラキラしてる……アルゴ、この子は魔物なの?」
『アルゴ? フェンリル、それが君の名前なの?』
『ばっ!? 主には念話が聞こえるのだぞ!?』
『え……』
クリクリと大きな目が、リリとアルゴを行ったり来たりして、最後にリリを見て小首を傾げた。
「えーと、アルゴ? ちょっとお話しよっか。君も一緒に」
『う、うむ』
『あ、はい』
リリは虹色トカゲ改めサラマンドラを手の平にそっと乗せ、家に入る。
「ただいまー」
「おかえり。あら?」
「ちょっとアルゴとこの子と話があるから部屋にいるね」
「分かったわ。もうすぐ夕飯だからね」
「はーい」
自分の部屋に入ったリリはベッドの端に腰掛けた。その前に二体の神獣が神妙な面持ちで大人しく座っている。
「えーとアルゴ? まず、あなたはフェンリルなの?」
『か、隠していた訳ではないのだ。ただ言う機会がなかっただけで』
「そっか。それで、この子は?」
『ぼ、僕はサラマンドラ。フェン――アルゴと同じしんじゅ――仲間だよ』
サラマンドラは一応気を遣っていたが、ほぼ暴露していた。アルゴが気落ちしたような顔をしているので、リリはアルゴの隣に膝を突き、そっと抱き着いた。
「アルゴ、私怒ってないよ? アルゴが何であろうと、アルゴはアルゴなの。私の大切な家族だから。それは忘れないでね」
そう言って首元に顔を埋め、フガフガと思い切り匂いを吸い込む。アルゴの尻尾が嬉しそうにパタパタと床を打った。
「で、サラマンドラさんはアルゴに会いに来たのかな?」
『この前迷宮で会いに行ったのはこいつだ』
「じゃあ、この子が焔魔様なの!?」
『えっへん。僕はこれでも結構強いんだよ!』
サラマンドラは、アルゴが話した「地上の主」というのが気になって仕方なく、どうしても会ってみたくなって迷宮からやって来たらしい。この場所にアルゴの魔力が多く残っていたので、帰って来るのを待っていたと言う。
「迷宮ってあんな遠くから来たの!?」
『あ、僕は転移魔法が使えるから。ピュンって一瞬だよ』
「転移魔法……」
アルゴは風、炎、土、雷の魔法を操るが、サラマンドラは炎だけ。その代わり、アルゴには使えない転移が使えるそうだ。
『転移魔法は人間には使えないからね? 僕だって自分しか運べないし。無理に魔法を発動しようとしたらバラバラになるから気を付けてね』
こわっ。転移こわっ。絶対やらない。
『迷宮の最深部って、基本的に誰も来ないから暇なんだよ』
「そっか。それは寂しいね」
『寂しい? その感情は分からないけど、人間はそういうのを寂しいって言うの?』
「うん。私だったら、一人ぼっちは寂しいよ。あ、だからアルゴはまた行ってもいいかって聞いたんだね」
『うむ』
そっかそっかー、と言いながら、リリはサラマンドラの頭から背中を指の腹で優しく撫でた。
『ふわぁー。人間の主って気持ちいいんだね』
『リリが特別なのだ』
『うん、それは何となく分かる。魔力の量が人間離れしてるよね』
「うっ!?」
シャリーには化け物と間違えられ、神獣からも人外と言われてしまった。
『サラマンドラよ、主はそれを気にしているのだ。もっと気を遣え』
『ご、ごめんよ』
「べ、別にいいよ。もう仕方ないって割り切るから」
今の言い方から察するに、アルゴも気を遣ってくれていたらしい。神獣二体から気を遣われる女の子ってどうなの?
「サラマンドラさんは――」
『僕も名前が欲しいな』
「『え?』」
リリとアルゴが同時に聞き返した。
『サラマンドラって長いでしょ? 僕もアルゴみたいに名前が欲しいなって』
「……アルゴ、今更だけど、神獣に名前を付けるのは問題ないのかな?」
『本人が気に入れば問題ない』
そっか、と呟いてリリはサラマンドラをじぃっと見る。どう見ても可愛らしいトカゲだ。トカちゃん、とかで良い? いや、あまりにも安直だ。虹トカゲ……そのままか。虹……ラルカンシエル。前世で好きだったアーティスト名にも使われていた。確かフランス語だ。ラルカンシエルじゃサラマンドラより長いな。
「……ラルカン。ラルカンはどう?」
『ラルカン……ラルカン……。うん、いいね! とってもいい!』
サラマンドラ改めラルカンの喉から「キュ、キュッ!」と嬉しそうな鳴き声がした。
「気に入ってもらえた?」
『うん! ありがとう、リリ!』
ラルカンは自分の体をリリに擦り付ける。すべすべひんやりしている。炎の神獣なのに熱くないんだな、とリリは思った。アルゴとは方向性の違う気持ち良さだ。
「ラルカンは、長く迷宮を離れても大丈夫なの?」
『うーん、数日くらいなら問題ないけど、今日はすぐに帰るよ?』
「そうなの?」
『こいつが与えられた役目は、この地一帯を温暖に保つことなのだ』
「ええ!?」
迷宮に関わる何かだと考えていたが、思ったよりスケールが大きかった。
「ラルカンがいなかったら?」
『生き物が住めなくなっちゃう』
「うわぁー! それはすごく大事な役目じゃない!」
何ならここで一緒に住む? とか気軽に聞きそうになっていたリリ。危うくスナイデル公国に人が住めなくなる所だった。
『けっこう長い間頑張ったから、だいぶ安定したんだよ? だから数日程度なら何の問題も起きないよ』
数年単位で迷宮を離れても、突然この地が氷に閉ざされるようなことにはならないらしい。ただ、数年も離れるとこれまでの苦労が水の泡になり、また長い期間かけて安定させる必要がある。数日離れるくらいなら誤差の範囲で問題はないと言う。
こんなに小さな体なのにそんな大きな責任を背負って頑張ってるんだ。リリは急にラルカンを労いたくなった。
「ちょっと待っててね!」
階下に降りて、クッキーやジュースを持って上がる。食べたり飲んだりするか分からないが、こういうのは気持ちが大事だ。
「口に合うか分からないけど、良かったら食べて?」
クッキーを細かく砕き、ジュースをお皿に移す。ラルカンは鼻を寄せて匂いを嗅いでいたが、小さな口を開けてクッキーを食べ始めた。
『美味しー! 何これ、美味しい!』
ジュースも顔を浸すようにしてがぶがぶ飲む。どっちも気に入ってもらえたようだ。アルゴが羨ましそうな目で見ている。
「アルゴはもうすぐ夕飯だから。我慢してね?」
『う、うむ』
満足したラルカンはリリの部屋に転移魔法陣を出現させ、直接迷宮最奥部に帰って行った。気が向いたら、お役目に支障が出ない程度ならいつでも遊びに来てね、とリリが伝えると、ラルカンは目を輝かせていた。




