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74 仕事が早い人達

「そうだ。リリ君に、特務隊の一員となって欲しい」


 プレストンの顔は真剣そのものだ。それはそうだろう。瘴魔祓い士の現状を変えるための新設部隊、その勧誘を冗談でする訳がない。リリはミリーが淹れてくれた紅茶を飲んで喉を潤した。


 自分の能力を認めて貰えたのは素直に嬉しい。それに、瘴魔祓い士協会と関わりなく祓い士の仕事が出来るなら、モヤモヤを抱えず純粋に打ち込める気がする。


「いくつかお聞きしても?」

「もちろん」

「特務隊のトップはどなたが?」

「私だ」

「え!? 協会は……」

「副会長が会長になる。私は防衛省の瘴魔対策庁長官という立場になる」


 えーと、それは……昇進? 栄転?


「おめでとうございます?」

「ありがとう。他にはあるかな?」

「あ、既に決まっている隊員さんはいますか?」

「今のところ、アンとコンラッド、ティーガー・ブルースの三人だ」


 プレストンによると、優秀な者を全員スカウトする訳にもいかないらしい。確かに、協会に属する優秀な祓い士がいなくなると大混乱になってしまうだろう。


「これから徐々に増やしていく予定だ。新人も含めて」


 アンさん、コンラッドさん、ティーガーさんかぁ。この三人だったら、一緒に仕事する時にも気を遣わなくて済む。


「あの、もし私が参加する場合、アルゴがいても大丈夫でしょうか?」

「もちろんだ」

「あと……私は祓い士の資格を持ってないですが」

「協会を通さずとも瘴魔対策庁が直接資格を発行できるようになる。ただし、これまで通り最高で三級からだが」

「そこは気にしてません。五級からでも私は問題ありませんので」

「いや、リリ君の実力とアンから聞いた実績で五級はない。本来なら二級か一級でも良いくらいだ」


 手放しで褒められたようで気恥ずかしくなる。


「あ……私、まだ成人してません」

「祓い士は未成年でも資格を得られる。そこは心配無用だ。ただ、任務の都度保護者の許可が必要になる」


 ミリーとジェイクをちらりと見る。


「どんな任務なのかは知りたいもの。その方が安心よ」

「そうだな……あー、リリ、なんで俺を見るんだ?」


 分かってるくせに惚けちゃって。未来の保護者だからに決まってるじゃん。


「他に聞きたいことはあるかね?」

「えーと……今は思い付きません」

「うん。聞きたいことや疑問に思うことがあればいつでも聞いて欲しい。アンに伝えてもらってもいい」

「分かりました。それでお返事は――」

「ゆっくり……と言いたいところだが、一週間以内にもらえるかな?」

「いえ、今します。ぜひ参加させてください」


 リリはプレストンに向かって頭を下げた。まさかこの場で返事をもらえると思っていなかったプレストンは目と口を丸くして呆けた顔になる。


「ちょっと、プレストン()()。間抜けな顔してんじゃないよ!」


 パシッ! とマルベリーアンがプレストンの後頭部を(はた)いた。


「う、うむ。リリアージュ・オルデン。瘴魔対策特別任務隊への参加、歓迎する。追って正式に文書で通達する」

「はい、よろしくお願いします!」





 翌日には、リリの三級瘴魔祓い士資格証と、瘴魔対策特別任務隊着任証明書が届いた。プレストンの仕事が早い。リリの気が変わらないうちに既成事実を作りたかったに違いない。

 特務隊隊員には、一人につき一人の秘書官がつくそうで、近くその人にも会うことになっている。そして、資格証、証明書と一緒に一通の指令書が同封されていた。


「デンズリード魔法学院、瘴魔祓い士科への潜入調査、及び特務隊隊員の候補者選定?」


 要は、当初の予定通り学院の試験を受けて通いなさい、ということだった。


「ていうか試験まで二週間しかないけど? 私、願書も出してないけど?」

「あ、それは私が出しておいたわよ?」

「え? お母さん?」

「だって、気が変わるかも知れないし、本当に行く気がなければ試験を受けなきゃいいじゃない」

「な、なるほど。えーと、ありがとう?」

「フフ。どういたしまして」


 何だか周りの大人が全部先回りしてる感じがするのは気のせい……だよね?


「あ。シャリーとマリエルにも試験受けること言わなきゃ」


 瘴魔祓い士にはならない、なんて啖呵を切ったのに……ちょっと、いやかなり恥ずかしいが言わない訳にはいかない。


「お母さん、私出掛けてくる。シャリーとマリエルに会ってくるね!」

「分かったわ。気を付けてね」

「はーい。行ってきます。アルゴ、行こう!」


 出掛ける、と言ってもマリエルの家は二軒隣だ。何なら自宅の庭から大声で呼んでも聞こえる距離だが、ちゃんと門に回った。マリエルの家の門にも、マルベリーアンの家と同じインターフォンのような魔道具が設置されている。


「こんにちはー! マリエルいますかー?」

『お、リリか? もう帰って来たんや。ちょっと待ってな?』


 玄関がガチャガチャと鳴ってマリエルが出て来た。


「リリ、おかえりー!」

「ただいま、マリエル。ちょっと話があるんだけどいい?」

「おー、うちも話があったんや。今シャリー来てるけどかまへん?」

「おお、丁度いい!」


 シャリーがお世話になっている伯母さんの家は、東区の中央からやや東寄りにある。歩くと地味に遠い場所なのだ。マリエルに付いて家に入る。今は他に誰もいないらしく、二階のマリエルの部屋に直行した。アルゴも勝手知ったる家なので普通にリリの後を付いて来た。


「姉御! なんか久しぶりだな!」

「シャリー、元気そうだね」

「オレは元気だぞ!」


 相変わらずのシャリーの様子に安心する。


「二人、家に来るくらい仲良くなったんだね?」

「少し前やけど、シャリーがリリん()に行って誰もおらへん時があってん。そんでトボトボ帰ろうとしてた時にウチが声かけたんや」

「そ、そうなんだ。シャリー、なんかごめん」

「別に約束してたわけじゃないから気にしなくていいんだぞ!」


 シャリーはこの街で友達がリリとマリエルくらいしかいない。それを言えばリリもさほど変わらないのだが、リリには大人の知り合いが結構いるから寂しいと感じることはない。これからはシャリーのことも気にかけないと。


「二人に知らせたいことがあって。私、やっぱり学院の試験を受けることになった」


 昨夜迷宮から帰って来て、先程書類が届いたところまでを二人に説明する。


「ほうほう。つまり、最初の予定通りになったわけやな!」

「姉御と学院に行けるなら嬉しいぞ!」

「ま、まだ合格したわけじゃないけどね」


 二人があっさりと受け入れてくれて、リリはほっと安堵した。それから迷宮のことを聞かれて、血塗れになったメルのことを話すと二人はドン引きしつつ笑ってくれた。


「それで、マリエルの話って?」

「例の商売の件や」


 最近マリエルが忙しそうにしていたのは、その根回しのためだったと言う。ガブリエルにも何度も相談してどのように進めていくか決めたそうだ。ガブリエルは、当面その商売に集中するためにファンデルから離れないよう言われたらしい。


「ウィザーノット美容治癒術。こっから伝説が始まるでー!」


 カノン・ウィザーノットが治癒魔法を応用して奇跡の施術を行います。あなたのお肌が赤ちゃんのお肌に生まれ変わります!

 カノン・ウィザーノットとは、リリの偽名である。ちなみに命名者はマリエルとアルガンだ。


「初めに無料でどっちかの手だけ施術するんや」


 右手か左手、どちらかに無料でリリが治癒(ヒール)を掛け、肌を生まれ変わらせる。片手だけの方が残った手と比べやすいし、リリの負担も少ない。


「一週間後には嫌でも違いが分かるっちゅう話や」


 効果が分かれば、必ず全身の肌を赤ちゃん肌にしたくなる。その時に正規料金を支払ってもらう仕組みだ。

 正規料金は二十五万スニード。二割の五万スニードをマリエルの取り分とし、残り二十万スニードがリリの取り分となる。随分高額だな、と思ったが安価にするとお客が殺到して対応出来なくなる可能性があるとマリエルは言う。


「それで、最初のモニターを何人にするか悩んでたんや。親父殿に相談したら、三人くらいにした方がええって言うんや。ウチは少な過ぎると思てんけど、三人でも多いかも知れんって言われて。ここは親父殿を信用して、どの三人にするか絞ってたんや」


 マリエルが選定した三人は、いずれも貴族女性。


 一人目はエリカース・カンライド伯爵夫人、四十六歳。社交に積極的で結構な影響力を持つ。二人目はパルメラ・ジークハルト子爵夫人、四十九歳。交友関係が広く、お茶会が趣味というご婦人。三人目はキャスリー・メイルラード侯爵夫人、四十八歳。現大公家と血縁関係にあり、高位貴族として発言力が強い。

 三人とも、ダルトン商会のお得意様らしい。更に驚くべきことに、マリエルはこの三人と既に話を済ませており、あとはリリと相手方の都合がつけばいつでもモニターを開始できるのだと言う。


 恐るべし、マリエル。こんなに早く全ての段取りを整えてしまうとは。


「カノン・ウィザーノットは超売れっ子の治癒魔術師ってことになってるから。リリの都合を聞いて、先方の都合がええ時にそれぞれの家に行くことになってるで」

「そこまでやってくれて、マリエルの取り分少なくない?」

「そんなことない。そもそもリリの力がないと出来ひんのやから。ウチはあくまでリリに乗っかってるだけや。適正やで」

「そ、そう……マリエルがいいならいいけど、途中で変えたくなったら言ってね?」

「おう!」


 リリとマリエルの話に興味がないのか、シャリーはアルゴとじゃれている。リリはとりあえず学院の試験の日まで、マルベリーアンとの訓練がない日をマリエルに伝えた。


「おっけー、調整ついたら連絡するからな!」

「うん。貴族の家かぁ、緊張する」

「いやいやいや、あんた辺境伯様の城によう行っとったやんか」

「う、それもそうか」


 仲良くなり過ぎて忘れていた。ベイルラッド様も貴族、しかもかなり高位の貴族様だった。マリエルとの話が一段落したのでシャリーに尋ねる。


「シャリーはマリエルに何か用事があったの?」

「用事? 別にないぞ? 暇だったから遊びに来た!」

「そ、そっか。それなら、今からアンさんの家に訓練しに行くけど、シャリーも来る?」

「アンさん?」


 シャリーはマルベリーアンのことをリリが愛称で呼んでいるのをもう忘れたらしい。


「マルベリーアンさん」

「みゃっ!?」


 どうやら思い出したらしく、シャリーの口から変な声が漏れた。シャリーはマルベリーアンに対する憧れが強過ぎて、直接会うのが怖いのだ。前回誘った時には「心の準備が出来ていない」と断られた。


「怖くないよ? ね、マリエル」

「まぁ独特な人やけどな」

「シャリーのことはもう話してるんだ。連れて来るのは構わないって言ってくれたよ?」

「な!? オ、オレのこと、話したのか!?」

「うん」

「な、なんか言ってた?」

「え?」

「オレのこと、なんか言ってたか?」

「いや、別に」

「そ、そうか……」


 好きな子が自分のことをどう思ってるか知りたい中学生男子か! リリは突っ込みたかったが控えた。そもそもこの世界には中学校がない。


「マリエルは? 一緒に行く?」

「いや、ウチは早速スケジュール調整に行ってくるわ」

「おおぅ……さすが」


 フットワークが軽い。これが優れた商売人というものか。


「シャリー、どうする?」

「うぅぅ……い、行ってみる!」

「よし、じゃあ行こう!」

「わふぅ!」


 マリエルに挨拶をして、リリとシャリー、アルゴはマルベリーアンの家に向かった。


「ねぇ、シャリーはアンさんに会ったことないんだよね」

「ななな、ないぞ」


 シャリーは右足と右手が同時に前に出て、歩き方がおかしくなっている。面白いので指摘せずそのままにした。


「……遠くから見たことも?」

「それならあるぞ! 五、六年前に、隣村の近くで見たんだ」

「そうなんだ」

「森のかなり奥で瘴魔鬼が出たとかで、何人か瘴魔祓い士が来た。その帰りだったと思う」


 森の中だから馬車では移動出来なかったようだ。それで遠目に見たらしい。


「すっごくかっこよかったぞ! 何て言うか、凛としてて、纏う魔力が違った!」

「……ん? 纏う魔力? シャリーは人の魔力が見えるの?」

「ちょびっとだけどな! エルフはみんなそうだぞ?」


 新事実発見。


「姉御の魔力はオレにもはっきり見える。最初化け物かと思ったぞ!」


 シャリーに化け物だと思われてた件。燃やされなくて良かった。


「そ、そっかー。あのさ、瘴魔を見た時、どこかにぼんやりと白い球みたいなの見えなかった?」

「白い球? うーん……気が付かなかった。そこまで余裕なかったからな」

「次遭遇した時、ちょっと気を付けて見てくれる?」

「分かったぞ!」


 もしかしたら自分以外にもあの白い球が見える人がいるかも知れない。少し胸を高鳴らせながら歩みを進めるリリだった。

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