72 焔魔の迷宮
更新が遅くなり申し訳ございません。
リリが初めて足を踏み入れた迷宮。そこは想像した通りの場所であり、想像とは全く違う場所でもあった。
想像通りだったのは、灯りを使わなくても見通しがきく点。想像と違ったのは、天井や壁が薄っすら発光しているのではなく、等間隔の松明のおかげだった点である。
「ねぇ、あの松明は誰が用意したの?」
「知らん!」
ジェイクおじちゃんも知らないのかー。誰も気にしないのかな? アルゴなら知ってそうだけど、聞くのが怖いから止めておこう。
ダンジョンで倒した魔物はダンジョンに吸収される、というのは想像していた通りだ。しかし、吸収には一時間程度かかり、魔石も一緒に吸収されるらしい。だから、回収したければダンジョン外と同じく解体の必要がある。あと、何らかの素材がドロップするということもない。もちろん宝箱なんてものもない。ジェイクに尋ねたら「どんな御伽噺だ?」と心底不思議そうな顔で聞かれた。
そもそも、各地にある迷宮というのは、いわゆる魔物製造装置のようなもので、最深部に潜っても核などはなく、従って核を破壊してダンジョンを崩壊させるということもないらしい。外部に生息する魔物は全てダンジョンで生まれてダンジョンの外に出て行く。ダンジョンは自然に発生し、自然に消滅するものという話だ。
「じゃあ放っておいてもいいのでは?」
「ダンジョン内を放置すると滅茶苦茶強い魔物が外に出る可能性がある。今回のサラマンダーみてぇに」
ダンジョン内部は一つの生態系を作り出しており、通常深い場所にいる強い魔物はダンジョンの外に出ず、内部に留まるらしい。つまりダンジョン内に餌が豊富にあるから外に出る必要がない。だが、今回のようにイレギュラーな行動をする魔物も存在する。そういうのを討伐するのが高ランク冒険者の仕事なのだそうだ。
ダンジョンには夢とロマンが詰まっていると思っていたリリだが、そうではないと知ってテンション下がりまくりである。
そして、リリのテンションが急降下しているもう一つの理由。
「ぎゃーはっは! 弱ぇなぁ!」
前を行く「暁の星」の治癒魔術師である筈のメル・リーダス。外では清楚で優しそうだった彼女が、魔物を前にした途端に豹変した。その戦闘スタイルは、「両拳で殴る」という非常に男前なものだ。そして魔物の肉片や血を全身に浴びている。
極力戦闘は避ける、という方針はどこ行った?
いや、他のメンバーはその方針通りに行動しているのだ。メルだけが、遠くに魔物の姿を認めると一目散に駆けて行く。そして遠くで「メキッ、バキッ、グチャッ」と音がして、色んなものに塗れた彼女が笑いながら戻って来るのだ。
そう、笑いながらだ。滅茶苦茶コワイ。夢に見そう。
「あれ見ると、ウチのメンバーってみんなまともなんだなって思うよね?」
アルガンがこっそり耳打ちしてきて、リリは思わず何度もコクコクと頷いた。松明の灯に照らされたメルが洞窟の奥から戻って来る度、リリは思わずアルゴの毛をぎゅっと掴んでしまう。
「リリ、もう遅いかも知れないが……なるべく見るな」
「もっと早く言って欲しかったよ」
ジェイクの遅すぎるアドバイスに、リリは冗談抜きで思ったことを口にした。ただ、メルが一人で殺戮マシーンと化しているおかげで、他のメンバーは特にすることがなかった。リリにとっては、ダンジョンの魔物がどれくらい強いのか知りたかったが、今のところそのチャンスはなかった。
『アルゴ、サラマンダーはまだ五階層?』
『そうだが……もうすぐ四階層に上がってくるかも知れん』
『そうなの?』
『うむ。五階層の他の魔物が狩り尽くされそうだ』
つまり、餌がなくなったら移動するってことか。どんだけ食いしん坊なんだろう。
現在リリ達がいるのは三階層。アルゴの探知を信用して最短で進んでいるため、思ったより早く到達している。リリは今の情報をジェイクに伝えた。
「そうか……なら四階層に下りて、五階層の下り口付近で迎撃するか」
「タイミングが合えば、だな」
「…………」
リーダー三人が集まって方針が決まったようだ。「黒」のバトーラスは相変わらず自己主張をしないようだが。
「よし、メル! お遊びは終わりだ。急いで四階層に下りる。そっから本番だぞ?」
「やっと強い奴とやれるのか!」
メルの返事に、本人以外の全員がやれやれと首を振った。「黒炎団」の皆さんですら首を振ったような気がする。
「警戒しながらスピードを上げるぞ。出来れば本番前に一休みしたいからな」
「「「「「おう!」」」」」
そこからは、メルも魔物を認めても突撃しなくなった。その隙に、リリはメルに浄化魔法を掛ける。
「ふわぁ……気持ちいい! リリちゃん、今のって浄化魔法?」
メルが全身に浴びていたなんやかんやが綺麗になる。もちろん体だけでなく服もだ。
「はい、そうです」
「凄くすっきりさっぱりした! ね、やっぱりウチに入らない?」
「そこは、うちのお父さんが許さないと思います」
「くぅー! やっぱダメかぁ!」
リリが何気なく言った「お父さん」という言葉に、ジェイクは歓喜の涙を流しそうになる。別にジェイクとは言っていないし、何ならダドリーのことかも知れないが、一昨日の晩からの流れで自分のことを指しているに違いない、とジェイクは思ったのだ。もちろんリリもそのつもりで言った。近いうちにミリーと結婚する可能性が高いから、今のうちから呼び方に慣れようと思ったのだ。
「くそっ! ジェイクさんがお父さんなら……俺が本当のお兄ちゃんになるには……え、ジェイクさんの養子になればいい?」
アルガンがジェイクに対抗心を燃やし、思考が迷走していた。間違ってはいない。間違ってはいないが、アルガンは気付いていない。例えジェイクの養子になったところで、リリのアルガンに対する呼び方は今と変わらないことを。
ポンコツ二人を抱えながらも、一同はかなりのスピードでダンジョンを進んだ。リリは途中からアルゴが背に乗せた。一人だけ楽をして申し訳ない気持ちになるが、足手纏いよりはマシだと自分を納得させる。
あっという間に四階層に辿り着き、そこからは最短ルートを進むため、進路上の魔物は倒すことに方針を変更した。
四階層にいるのは、翼を広げると二メートルある蝙蝠型の魔物、ブラッドバット。額に二本の大きな角を生やした体長三メートルの猪型魔物、ホーンボア。そして炎弾を放ってくる鹿型の魔物、フレイムディア。この三種がメインで、あとは小型の鼠や兎タイプである。
翼長二メートルの蝙蝠はかなりの迫力だ。当然飛ぶし、群れを成している。だが魔術師が何人もいる混成パーティ、しかもSランクなら敵ではない。ブラッドバットを視認した途端、風刃や氷槍が恐ろしい数で敵を蹂躙する。その隙をホーンボアが突進してくるが、こちらに到達する前にメルが拳で粉砕。その横を通り過ぎたものは「暁」の二人が斬り捨てる。
「……俺達、仕事してねぇな」
「ほんとにね」
ジェイクとアルガンがぼやく。クライブだけは、常に緊張感を持ってリリを庇う立ち位置を確保している。アネッサとラーラは魔法で面目躍如である。
五階層への下り口が目前に迫った時、アルゴが念話で伝えた。
『もうすぐ上って来る』
「もうすぐ上って来ます!」
リリは大声で全員に伝える。
「休む暇はないみたいだな!」
フレイムディアの横に回り込んで首を刎ねたトレッドが愚痴をこぼした。次の瞬間、五階層への下り口がオレンジ色に染まる。
『リリ、我の後ろに』
アルゴがリリを庇うように前に立つが、リリは反射的に水魔法を使った。それは、五階層の下り口を完全に遮断する大きな滝のイメージ。圧倒的水量の分厚いカーテンが、サラマンダーが吐いた炎を完璧に遮断した。物凄い勢いで水蒸気が立ち込める。リリは靄を可視化した。水蒸気の向こうに、魔物特有の赤い靄が四つ揺らめいている。
「敵が見えん! 気を付けろ!」
みんなにサラマンダーが見えないのは私のせい。だから私がきちんと倒す。水のカーテンを割って一体のサラマンダーがメルに飛び掛かった。
――いち。
リリのブレットが正確にサラマンダーの頭蓋を貫通する。直後にメルのアッパーがサラマンダーの喉に炸裂。
――にぃ。
次に飛び出して来た個体がトレッドを襲う。彼は体を捩ってその咢を躱すが、その前にサラマンダーは絶命していた。ラーラが風魔法を使って水蒸気を散らす。見通しが良くなってきた。再び下り口がオレンジ色に染まるが、同時に大量の風刃と氷槍が叩き込まれる。
――GYUOOOOO!
オレンジの光が収まったと同時に、ジェイクとアルガンが下り口に飛び込んだ。その後にメルとトレッドが続く。残ったメンバーは、いつの間にか周囲を囲んでいたブラッドバットとホーンボアを相手にする。
下り口の奥に飛び込んだジェイクとアルガンが心配で、リリは自重するのを止めた。乱れ打ちのようにブレットを撃ちまくるが、その全てが魔物の急所を貫く。他のメンバーの攻撃と相俟って、周囲の魔物はすぐに殲滅された。
「お父さん! お兄ちゃん!」
『リリ、二人とも無事だ。今四体目のサラマンダーが死んだ』
走り出しそうになったリリを、アルゴが服の裾を咥えて止める。無事と聞いて安心したが怪我をしているかも知れない。
「リリ、来てくれ!」
ジェイクの声がした。リリはパッとラーラを見る。
「ここは大丈夫。行ってあげて」
「はい!」
リリとアルゴが下り口の奥へ駆け込む。ジェイクとアルガンは掠り傷程度だが、意識のないメルをトレッドが抱えていた。
「メルさん!」
「腹に爪を喰らった。出血が酷い」
冷静なトレッドの声。だが顔は自分が怪我を負ったように歪んでいる。そうしているうちにもメルの腹部からはどす黒い血が溢れ、顔色は徐々に生気を失っていた。
「地面にゆっくり寝かせてください」
ジェイクとアルガンが上衣を脱ぎ、その上にメルが寝かされた。
「浄化……治癒」
焦ってはいけない。マルデラの冒険者ギルドでたくさんの怪我人を治した。あの時を思い出せ。ルークさんの怪我だって治したじゃない。大丈夫、私には出来る。
浄化で傷口と血液に入ったかも知れない毒素を取り除き、腹腔内に溜まった血液を除去。すぐに治癒で血管を塞ぎ、傷ついた内臓――場所から恐らく肝臓を修復。再び浄化で血液を除去、そして血管、神経、筋肉、脂肪、皮膚を再生していく。
苦し気な表情だったメルの顔が穏やかになり、細切れの呼吸がゆっくりと安定したものに変わった。
「ふぅー。もう大丈夫な筈です」
額に浮かんだ汗を拭いながら、リリが宣言した。
「ありがとう。リリちゃん、本当にありがとう」
「暁」のリーダー、トレッドが深く頭を下げる。リリは慌てて頭を上げさせた。
「いえいえ! こんな時のために私がいますから」
照れ隠しに、リリはジェイクとアルガンにも治癒を掛ける。ついでにトレッドにも掛けておいた。最後に全員に浄化魔法を掛ける。これで流した血や服も綺麗になった。メルの服はお腹の部分が裂けているが、こればかりは仕方がない。
トレッドが「暁」の他のメンバーを呼び、組み立て式の担架にメルを乗せた。それを使って彼女を運ぶようだ。「暁」のメンバー一人一人から、リリは感謝の言葉をかけられた。そして、ようやく人心地ついた頃に意外な人物が声を掛けてきた。
「魔力弾で倒した……?」
「黒」のバトーラスと思しき人物である。リリには未だに見分けがつかない。
「あ、はい」
「……最初の水の障壁も?」
「あ、はい。私です」
「……すごいね、君」
それだけ言って離れて行った。褒められた、のかな? 口数が少ない上に表情が全然見えないから全く分からないよ! そう言えば「黒炎団」の皆さん、魔法を放つ時は普通だったな……。もしかして厨二病じゃなくて極度の恥ずかしがり屋さん、とか? まさかね。
それから一団は出口に向かって移動を開始した。編成は、前が「金色」、真ん中に「暁」、後ろが変わらず「黒」。今度はスピード優先だ。四階層は相当数の魔物を倒したので、魔物の姿が見えない。三階層からは魔物を避けて来たため、それなりにいる。だが浅層の魔物など、ジェイク達の敵ではない。油断さえしなければ問題ないレベルだ。リリもこっそりブレットで援護した。靄をずっと可視化しているので、かなり遠くでも魔物を察知できる。認識、即狙撃。早くダンジョンから脱出したいので、ジェイク達もリリを止めなかった。
そして二時間後。往路の半分の時間で全員が無事ダンジョンを脱出した。
「今夜はここで野営だな」
「メルさんの様子に変化はありませんか?」
「問題なさそうだ。こいつ、スヤスヤ寝てやがる」
そう言われて寝顔を覗き込むと、確かに幸せそうな顔をしていた。これなら大丈夫だろう。到着した時と同じように野営の準備をしていると、アルゴから念話で話し掛けられる。
『リリ、我は焔魔に挨拶して来ようかと思うのだが、二~三時間離れても良いか?』
『いいけど……焔魔?』
『この迷宮の主のようなものだ。昔の知り合いでな』
『そうなんだ。一人で大丈夫?』
『ああ、問題ない』
『うん。気を付けてね』
『では行って参る』
そう言ってアルゴは風のようにダンジョンへと消えていった。
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