65 なんか偉そうな人と会った
ファンデルに到着してから二日後。リリはマルベリーアンに会いに行くことにした。彼女の家にはマリエルが案内してくれる。と言うか、案内してもらわなければ場所が分からないのだ。
シャリーも誘ったが「まだ心の準備が出来ていない」と言って断られた。どんな準備だよと思ったが、また機会があるだろうから無理強いはしなかった。
首都ファンデルは、中心に各省庁が入った公館と大公の屋敷がある。それを囲むように貴族街があり、その縁は防壁で囲まれているのでそこから貴族街なのだとひと目で分かる。それ以外は東西南北の「区」に分かれ、それぞれの区は扇形をしている。そして街の一番外側を白い防壁が囲んでいる訳だ。上空から見ると真円に近い形の都市である。
リリやマリエルの家があるのは、東区の中心からやや北になる。マルベリーアンの家はここからもう少し北区寄りで落ち着いた郊外らしい。徒歩で二十分くらいの距離だ。
ちなみにデンズリード魔法学院は北区の南、貴族街寄りの場所にあるそうだ。リリの家からだと徒歩で一時間近くかかるので、もし通うとしたら乗り合い馬車を利用することになるだろう。
「アルストン王国とスナイデル公国の一番の違いは、王様がおらんことやろうな」
リリとマリエルは並んで歩き、後ろからアルゴが付いて行く。
道すがら、マリエルが公国の統治について教えてくれた。
スナイデル公国には五家の公爵家があり、五年に一度、侯爵以下の貴族の投票によって公爵家の当主五人から「大公」を決めるそうだ。同一の公爵家が二期連続で大公になるためには、全投票数の八割以上を獲得しなければならないという法律もあるらしい。過去三百年の歴史の中で、二期連続で同じ公爵家から大公が選ばれたことはないと言う。
投票権を持つ貴族は、領民から選出された代表者から意見を聞き、投票に反映させるそうだ。領民の意見を無視すると領地経営に支障を来すため、この仕組みは今のところ有効に作用しているらしい。
マリエルの話を聞いて、これは民主主義にかなり近いな、とリリは思った。国の代表を決める投票に平民の意思が反映されるというのは素晴らしいことだ。ただ、どの公爵家がどんな政治を目指すのかを広く知らしめる必要があるし、平民もそれを知らなければ選ぶことが出来ない。もちろん人柄も重要だろう。そういった情報はどうやって広めているのだろうか?
「どの公爵がいいか、みんなどうやって選ぶの?」
「報紙っちゅうのがあんねん」
報紙とは前世の新聞と同じような紙の媒体である。国が月に二度発行しており、希望する家庭に届くそうだ。事件や事故のほか、法律の施行・改変の告示、貴族家の婚姻や代替わり、新たな魔法理論などの発表、農作物の作付け情報、各公爵家の為人や思想などを紹介する。
幼い頃から本をよく読んでいたリリは、この世界に活版印刷があることに少し驚いたものだが、この技術が報紙の普及にも役立っているようだ。
「スナイデル公国は識字率が高そうだね」
「そうやな。だいたい八割は読み書き出来るって話やで」
公国はアルストン王国と比べて小さな国だが、国を興した当初から教育に力を入れていたらしい。「学舎」という学校のような施設がかなりの数作られているそうだ。そこで希望する子供は、五歳から九歳の間の三年間、無料で学べる。前世でも国や地域によって学校がない所もあったので、この制度はかなり凄いと思うリリだった。
「やっぱり、初代大公のお妃様が『ウジャトの目』で未来を見たのかな?」
「それはどうやろうな? ウチにも分からんわ」
「そう言えば、マリエルは十四になったから祝福の儀を受けるんだよね?」
「うん。三か月後くらいやな」
人口の多いファンデルでは、祝福の儀を四回に分けて行っているそうだ。
「私は来年? 再来年かな?」
リリはもうすぐ十三歳の誕生日を迎える。十四歳になると、国から通知が来て祝福の儀を行う場所と日程が知らされるのだとマリエルから教えて貰った。
「おばあちゃんの家、やっと見えてきたで!」
「どこどこ?」
「あそこのぽっかり空いてる辺りや」
この辺りはかなり裕福な人々が住まう地域のようで、一軒一軒の家がまさに「お屋敷」と呼びたくなるような大きさだ。それぞれの家が庭をかなり広く取っているのでゆったりした雰囲気である。
マリエルの差す方を見ると、そこだけ家が無い。ここまでたくさん見て来た庭木の類も見えず、リリの所から見ると空き地のようだった。
近付くにつれて、その土地を囲む塀が見えた。三メートルくらいの高さがある白い石壁だ。刑務所だ、と言われたら納得してしまいそうな外観である。石壁が始まって五分は歩いただろうか。ようやく門らしきものが見えてきた。巨大な木の扉を鉄製の枠に嵌めたような、物凄く威圧感のある門である。もし一人で来ていたら、この門を見て帰ったかも知れない。どう見てもヤのつく自由業の一番偉い人が住んでいそうだ。
門の右側にある石柱に、すりガラスのような半透明の板が取り付けてあった。マリエルがそれに手の平を当てる。
「おばあちゃーん、マリエルとリリが来たでー」
どうやらインターフォンのような魔道具らしい。
『はいはい、今開けるよ』
その板からくぐもった声が聞こえ、門がギィっと音を立てて開いた。そこから中を覗くと、わりと近い場所に平屋の家があった。大きさは思っていたほどではない、と言うかリリ達の家とそれほど変わらないように見える。門からその平屋まで石畳が続き、左右にはツツジのような低木が植えられていた。白や黄色の花がたくさん咲いている。
「ようこそリリ。マリエルちゃんも久しぶり」
「コンラッドさん!」
「コンラッドのあんちゃん、久しぶりやね」
どこからやって来たのか、コンラッドが門の陰からスッと現れた。二人は彼に付いて家に向かう。
いや、ちょっと待って。距離感がおかしい。すぐ傍にあると思っていた家が思っていたより遠い。自分の家と同じくらいだと思ったが全然違った。平屋だが面積は四倍以上ある。そして壁の半分以上がガラスになっている。
「あのガラス、全部魔道具なんやで? 外から見えへんけど中からは見えんねん。あと明るさの調整も出来んねんで」
調光ガラスだと!? 前世でも、実用化されたのは結構最近じゃなかったっけ。魔道具ってそんなことも出来るんだ…………物凄く高そう。
玄関は巨大な一枚板の引き戸で、コンラッドが近付くと音もなく横に滑って開いた。自動ドアだと!? ベイルラッド様のお城でも見たことないよ?
マルベリーアンの自宅が想像より遥かに豪邸だったため、リリは恐れ戦きながら中に入った。そこにはマルベリーアンと、見知らぬ男性が待っていた。
「やあリリ、よく来たね」
「アンさんこんにちは」
「君がリリアージュ・オルデンか。私はプレストン・オーディという。祓い士協会の会長をしている」
「はじめまして、プレストン会長。リリアージュ・オルデンと申します」
「中に入りな。アルゴも一緒でいいよ」
瘴魔祓い士協会とは、公国の省庁の一つ、国防省に属する機関だとマルベリーアンが教えてくれた。瘴魔祓い士の登録、等級の認定、給金や報奨金の支給、派遣の采配など、瘴魔祓い士に関わる業務一切を取り仕切る団体らしい。プレストンはそのトップである。
真っ白な頭髪はごく短く刈り上げられ、冒険者のような大柄な体躯と鋭い眼光は歴戦の戦士を彷彿とさせた。
「マリエルから、今日リリが来るって聞いてね。プレストンにも来てもらったんだ」
マルベリーアンに促され広いリビングに案内された。勧められたソファに座る。アルゴは初めて来た場所の匂いチェックに余念がない。コンラッドがお茶を持って来てくれた頃、アルゴもようやく落ち着いてリリの近くに寝そべった。
コンラッドさんがお茶……? だ、大丈夫かな?
「アンからリリアージュ君のことは聞いている」
「リリで大丈夫です」
「じゃあリリと呼ばせてもらおう。今日は君に瘴魔祓い士の現状を知って欲しくて同席させてもらった」
お茶は普通に飲めた。ちょっと安心。
プレストン会長は、世代的にマルベリーアンの先輩に当たる。現役当時は特級まで上り詰めたそうだ。今でも、上級瘴魔祓い士の都合がつかない時は現場に出ることもあるらしい。
「瘴魔祓い士の質が落ち始めたのは恐らく二十年ほど前からだ。ここ十年は特に酷い」
瘴魔祓い士の資格を得ると、毎月国から給金が支給される。五級で二千、四級で二千五百、三級で三千、二級になると五千、一級は七千、特級は一万スニード。ただし、それぞれの級で年間に協会から出される依頼を最低これだけこなせという規定があり、それを満たさなければ等級が落とされ、最後には資格を剥奪される。
「二千スニードだと、ファンデルでは暮らすのがやっとだが地方に行けば多少余裕のある生活ができる。瘴魔を倒せば報奨金も出るしな。どういった理由かは分からないが、毎年最低ラインの依頼しか受けない祓い士が七割に上るのだ」
昔の瘴魔祓い士は全員が上を目指し、協会の依頼を積極的に受けていた。それが最近、二級以上を目指す者が極端に減り、依頼をスムーズに完遂できなくなっている。そのため、簡単そうな依頼であっても上級の祓い士が出動せざるを得ない状況だと言う。
上級の祓い士が簡単な依頼で出払っている時に、瘴魔鬼や瘴魔王が出現したらどうなるか。誰が考えても分かることだ。出さなくても良い犠牲を多く出してしまうのである。
もっと規定を厳しくする案も出たそうだが、これには四家の公爵家から反対意見が出された。瘴魔祓い士とは唯一瘴魔に対抗できる人材である。規定を厳しくすれば資格を得ても脱落する者が多くなり、有事の際に戦力が不足してしまう。
ここで言う「有事」とは、瘴魔の氾濫や鬼・王の出現はもとより、他国との戦争も含まれる。瘴魔祓い士は大公から招集命令を受けた場合には必ず応じなければならない。協会の依頼とは違って拒否権はないのである。ただ、建国以来招集命令が出されたのは二度だけらしい。三百年で二度だから、滅多に起きないことだ。
「私がお会いしたことのある瘴魔祓い士の方は、皆さん仕事に誇りを持っているように感じましたけど」
人々を瘴魔から守る。単純で高潔な志を持つ者、それが瘴魔祓い士だとリリは思っている。マルベリーアンを始めとして、これまで会った祓い士はそういう人だと感じた。あのウルでさえ、バルトシーデルの街では命を擲つ覚悟を見せたのだ。
「君が知っている祓い士達こそ、本来の祓い士の姿だと儂も思う。瘴魔祓い士とは仕事ではなく生き方なのだよ」
プレストンの言葉を聞いて、リリはすとんと腑に落ちた。
上を目指さず、最低限の依頼だけをこなす人達は瘴魔祓い士という「仕事」をしてお金を稼いでいる。そうではなく、瘴魔祓い士に誇りを持っている人達は、瘴魔祓い士として「生きている」。
お金を得るためにやっているのなら、そりゃあ楽な方が良いだろう。多くの依頼を受けるということは、それだけ命を危険に晒すことになる。そんな危険を冒しても上級になれる保証はない。だったらそこそこの生活で危険は少ない方が良いと考えてもおかしくない。
瘴魔祓い士を「生き方」だと思っている人は、きっとお金は二の次だろう。誰もが恐れる瘴魔を前にして一歩も引かず、己の力でそれを倒す。それが誰かを守ることになり、感謝され尊敬もされる。助けを求められれば手を差し伸べ、時には自分を犠牲にしてでも力の無い者を守る。何故そんなことをするのかと問われれば、そういう「生き方」だから、と答えるのだ。
「……仕事だと思う人を責められるとは思いません。瘴魔を倒す力があっても怖いものは怖いし、誰だって自分の命が大事です。ただ、私は『生き方』として瘴魔祓い士を目指したいと思います」
リリは淡々と考えを口にした。そこには気負いも衒いもない。
「リリ、あんた瘴魔を怖いと思うかい?」
マルベリーアンが悪戯っぽい口調で尋ねる。
「うーん……正直言うと怖くないです。慣れちゃったのかな?」
「リリ君、君はこれまでどれくらい瘴魔を倒したのかね?」
「ちゃんと数えてないんですが、百体以上は」
「……瘴魔鬼も倒したらしいが」
「私の把握してる限り、五体です」
リリの答えを聞いて、プレストンは一瞬目を閉じ、それから意を決したかのようにリリに向かって告げた。
「リリ君、頼みがある。デンズリード魔法学院の瘴魔祓い士科、これを叩き潰してくれないだろうか」
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このお話を続けて良いのだろうか、極者様の貴重な時間を奪っていないだろうか。そんなことを考えてしまいます。
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