64 嵌められた気がする!
ここから第四章になります!
「リリー! 来たでー!」
自分の部屋で運び込んだ荷物の整理をしていると、聞き慣れた声が一階の玄関から聞こえた。リリはパッと立ち上がり階段を駆け下りる。その後ろからアルゴも軽やかについて来た。
「マリエル!」
「わふっ!」
オレンジ色の髪を顎の辺りで切り揃え、明るい緑の瞳をキラキラさせたマリエルが、リリの姿を認めて満面の笑みを浮かべる。
「リリもファンデルに住むことになるなんてなぁ!」
「ほんと、びっくりだよね」
マリエルの後ろ、家の門の方を見遣ると、マリエルの父母、ガブリエルとプリミアが大皿や大鍋を抱えてこちらに来るところだった。リリは慌てて二人の方に走る。
「ガブリエルさん、プリミアさん!」
「おぉ、リリちゃん。よう来たな!」
「リリちゃん久しぶりね! お引越しで大変かと思ってお料理を持って来たの」
「わぁ、ありがとうございます!」
三人を一階のリビングに案内し、ミリーとミルケ、ジェイク、シャリーを呼んだ。
「ミリーさん、いつもうちの娘がお世話になって、ありがとうございます」
「いえ、こちらこそリリと仲良くしてくださってありがとうございます」
母親同士が挨拶し、ミルケとジェイクもそれぞれ挨拶を交わしたところで、シャリーがマリエルをじぃっと見ていることに気付いた。
「シャリー? 大丈夫?」
「大丈夫だぞ。オレはシャリー。姉御の一番弟子だ」
シャリーはマリエルに向かって挨拶したが、弟子にした覚えはない。
「姉御……って誰のことや?」
「えーとね、私のことみたい」
マリエルに確認されて急に恥ずかしくなった。
「お前がマリエルだな? ……な、仲良くしてくれ!」
上から目線な言い方が気になるが、これがシャリーの精一杯かも知れない。
「マリエル、この子はシャリー。シュエルタクス冒険者ギルドのマスター、グエンさんのお孫さんなの。見ての通り、へん……個性的な子だけど、とてもいい子なんだ」
「何やおもろい子やな! うちはマリエルや。よろしゅうな!」
マリエルとシャリーが握手を交わして一安心した。シャリーが勝負を申し込まなくて良かったよ。
ガブリエルとプリミアが大量に持って来てくれた料理を囲み、大人達は酒を片手に盛り上がり始めた。
「なぁリリ。ジェイクのおっちゃんはここに住むん?」
「そうみたい」
「ふ~ん……何やおもろいことになりそうやな」
「うーん、どうなんだろう?」
ジェイクは否定していたが、ミリーに良い感情を持っているのは間違いない。ミリーも口では色々と言っているが、ジェイクを悪く思ってはいない。リリだって、ミリーが再婚するならジェイクかなと思っているし、そうなったら大いに祝福しようという気持ちである。ただ、まだ幼いミルケは別にしても、二人の性格上リリに遠慮している可能性が高い。新しい生活が落ち着いたら、二人とじっくり話す必要がありそうだ。
「シャリーはファンデルで何かすることがあるん?」
マリエルがシャリーに問い掛ける声で、リリは我に返った。
「あるぞ! デンズリード魔法学院の瘴魔祓い士科を受験するんだ!」
「おぉ、じゃあリリと一緒やな」
「え?」
「え?」
あれ? 私受験するって決めたっけ?
「おばあちゃんが言ってたで? リリも受けるって」
「え……まだ受験するって返事してないよ?」
「姉御も受験するんだな! 一緒に受かれば一緒に学院に行けるぞ!」
「おばあちゃん、学院長に話通したって言ってたで」
「……へ?」
そうだった……アンさんってそういう人だった。言い出したら聞かないタイプだ。「無理にとは言わない」なんて言っておきながら、ちゃっかり外堀を埋めてるじゃないか。しかも学院長に話を通したって、何か裏口入学みたいじゃない?
確かに、シャリー一人で学院に通わせるのは心配だった。だから私も受けようかな、とは思っていたけど、まだはっきりと決めた訳じゃないんだよね……。
……ハッ! もしかして、グエンさんも一枚噛んでる? 初めて会ったとき、グエンさんはアンさんのことを知ってる風だった。私がシャリーのことを放っておけない性格だと見抜いた上で彼女と会わせて、シャリーのついでに私も学院に行くよう仕向けた!? 考え過ぎかな……。いや、アンさんとグエンさんなら、それくらいやりそうな気がする。
「なんか、大人達に嵌められた気がする」
リリは自分が思い付いたことをマリエルに伝えた。
「まぁまぁ。いくらおばあちゃんでも…………やりそうやな」
「だよね!?」
「オレは姉御と一緒だったら嬉しいぞ?」
「うん、そっか……そうだね、知らない人ばかりよりは、シャリーが居てくれたら私も……って、試験いつだっけ?」
「再来月の頭くらいちゃう?」
「そもそも試験ってどんな試験なんだろう? 私、全然勉強してないけど」
「姉御なら大丈夫だぞ? 試験は実技だけって聞いたからな」
実技だけ? それはそれで不安しかないのだが。
「ウチは実戦形式の試験やって聞いたことある」
実戦ってつまり、何かと戦うってことだよね? 瘴魔祓い士だから瘴魔と……ってまさかね。私としてはそっちの方が気が楽だけど。
「ま、まあ、落ちたら落ちたでいいか」
どうしても学院に通いたい訳でもないし……。
「なるべく近いうちにアンさんに会いに行こうかな」
「おぅ! おばあちゃんも喜ぶで。ウチも一緒に行くわ」
「なぁ姉御。そのアンさんっていうのは誰なんだ?」
そう言えばシャリーには言ってなかったな。
「マルベリーアン・クリープスさん。特級瘴魔祓い士で、マリエルのおばあちゃん」
「マ、マルベリーアン!? あの、伝説の!? 姉御、知り合いなのか!?」
なんと、シャリーもアンさんのこと知ってたのか。
「知り合いというか、これから弟子入りするの」
「で、弟子入りぃ!?」
シャリー、落ち着け。
シャリーによるとマルベリーアンは憧れの存在らしい。というか、瘴魔祓い士を目指す者で知らない者は居ないと言う。そりゃそうか。存命の瘴魔祓い士の中では一番長く現役を張っているという話だし、スナイデル公国だけではなくクノトォス辺境伯がしたように周辺国から指名依頼が来るくらいに有名なのだ。
「サ、サ、サ、サイン貰ってくれ」
「え、やだよ。自分で言いなよ」
シャリーは、畏れ多くて近付けない、仮に傍まで行けても喋るなんて絶対無理だと言い出す。アイドルの熱狂的なファンか! 何だかシャリーの意外な一面を知ったようで面白い。私と一緒に何度かアンさんに会えばそのうち慣れるよね?
翌日。新しい「鷹の嘴亭」の開店準備をするため、店があるという場所に向かう。リリとミリーはもちろん、ミルケ、アルゴ、それにジェイクとシャリーも付いて来た。そして何故かマリエルが場所を案内してくれると言う。
「クノトォス辺境伯からダルトン商会に店舗を探す依頼が来たんや。それで、親父殿とウチで探したんやで。元の店を知ってるウチらの方がええやん?」
「たしかに。ありがとうね、マリエル」
「ウチらも、好きな時にあの味が食べれると思ったら気合が入ったで!」
そうして連れて行かれたのは、ダルトン商会の建物……の向かい側。
「ダルトン商会にめっちゃ近いね……」
「たまたまや! 前に料理屋やってた人が年取って、後継者が見つからんくて廃業したんや。前の店も結構繁盛しとったんやで?」
建物の一階。以前の「鷹の嘴亭」のような、古ぼけた石を積み上げたような外壁。昔からその姿でそこにあるように風景に馴染んでいる。
「この石は薄ーく切ったやつを貼り付けたんや。内装も前の雰囲気を再現したんやで」
中は明るい木材が使われ、大きなガラス窓から入る陽の光で明るい。テーブルや椅子もまるで前の店から持って来たかのようで既視感を感じる。しかし――。
「……広いね」
「そうやろ? 前も良かってんけど、すぐ満席になってたやん。この街やったらこれくらいあった方が絶対ええって!」
以前の店は、テーブルが六卓・二十四席、後から作ったカウンターが六席だった。新しい店は、四人掛けのテーブルが十卓・四十席、六人掛けのテーブルが二卓・十二席、さらにカウンターが八席。収容可能人数で言えば、丁度以前の倍である。
「ここって賃貸だよね?」
「そうや。賃料は月千八百スニードやで。この辺やと割安やねんで」
相場は、この広さだと二千から二千五百スニードになるらしい。千八百スニードだと、日本円なら約十八万円。リリにはその家賃が高いように思え、だんだん心配になってきた。
「この広さだと、お給仕の人を二人は雇わないとだよね?」
「料理人と給仕の候補は探してあんねん。あとはミリーのおばちゃんに選んでもらうだけや」
「ん?」
マリエルの言い方に違和感を覚えたので、ミリーに尋ねる。
「お母さんは料理しないの?」
「私は店のオーナー兼マネージャーという立場で、現場には立たないのよ」
「そうなの!? オーナー……カッコイイね!」
ミリーによれば、ガブリエルやマリエルがマルデラを訪れた際に、これまで色々と話をしていたそうだ。その中に「鷹の嘴亭」ファンデル支店を出す、という話があった。
以前ガブリエルさんがチラッとそんなことを言っていた気がするけど、あれは本気だったのか。そんなにハンブルクとオムレットライスを気に入ってくれてたんだね。
ダルトン商会としては「支店」を出すつもりで少しずつ準備をしていたのだが、辺境伯から依頼を受けたことにより急ピッチで準備を整えた。さらに、リリ達のファンデル移住に伴い、新生「鷹の嘴亭」として営業形態に少し手を加えることを提案した。それをミリーが了承したということである。
以前はランチタイムとカフェタイムのみの営業だったが、営業時間を十一時から二十三時までに変更する。十四時から十七時はこれまで通りカフェタイムとし、ランチでは四~五種類のメニューを提供。ディナーはおつまみメニューを提供し、料理と共にお酒を楽しめる店にする。平民の少し裕福な層をターゲットにするそうだ。
ミリーは料理人をはじめとする従業員の教育と管理、お金の管理を行う。メニューについては既にリリが開発済みのものを少しアレンジする予定だ。オーナー兼マネージャーになることで、ミリーが常に店に居る必要はなくなる。もちろん店に立ちたい時は立てば良い。
「それで経営は成り立つの?」
「ウチの試算では十分成り立つで。ファンデルでもここでしか食べられへんし、何遍も食べたくなる料理や。この辺りは商店と住宅街の中間に当たんねん。昼も夜も立ち寄るのに都合がいい。繁盛せぇへん理由が見当たらん」
マリエルがそこまで言うのなら、きっとうまく行くのだろう。
ミリーはリリが物心ついた時からずっと、「鷹の嘴亭」を切り盛りして頑張ってきた。だから、任せられる部分は人に任せて、自分の時間を好きに過ごして欲しいと思う。
「お母さん、これでゆっくり出来そう?」
「あんまり暇でも、何して過ごしていいか分からなくなっちゃいそうだわ」
「フフフ。好きに過ごせばいいんだよ」
「好きに……そうねぇ、ジェイク達と冒険にでも行こうかしら?」
「…………無茶だけはしないでね」
お母さんは三十一歳だけど二十代半ばくらいに見える。見た目だけじゃなくて体力もそれくらい、いや、それ以上あると思う。だから本当に冒険者に復帰しても不思議じゃない。でも出来れば危ないことはして欲しくないなぁ。
新しい「鷹の嘴亭」では、料理人と給仕の候補者が待っていた。リリは靄なしでは人を見る目に全く自信がないので、人選をミリーとマリエル、ジェイクに任せることにした。一応サラッと靄を見た限り悪意を持っている人はいなかった。それだけ確認した後、ジェイクが持って来てくれていた以前の店の看板を取り付けることにする。
木の板の両面にデフォルメされた鷹の絵と「鷹の嘴亭」という店名を焼き付けた看板。リリが両腕で抱えなければならない程の大きさである。壁の高い部分から突き出している鉄製のポールに、鎖を使って吊り下げるのだ。店の裏から脚立を持って来て、それをシャリーとミルケが押さえてくれた。その上に立ち、苦労して何とか吊り下げることに成功した。
「ミルケ、どう?」
「前といっしょだね!」
「なんか、上品な感じがするぞ!」
上品かな? そう思って周囲を見回すと、お店と思しき場所に掛かっている看板はどれもかなり派手なものだった。いかに目立たせるかに尽力しているようだ。それに比べると確かに上品、というか大人し過ぎるのではないだろうか? これでお客さん来るかな?
店内を覗くと、すでに給仕係は決まって料理人選びに移っていた。厨房で何人かが料理している姿と、それに厳しい視線を送るミリー、マリエル、ジェイクの三人が見えた。そうしているうちに料理人も決まったようだ。
新しい店のオープンは二週間後を予定している。それまでにミリーが料理のレシピと給仕の仕方を特訓するらしい。
殆ど準備には関わらなかったが、新しい「鷹の嘴亭」のオープンが楽しみだ。自分もたまには厨房やホールに入りたいな、と思うリリであった。




