62 金色の鷹、戦う
シャリーに淑女の嗜みを教えるのは一時棚上げになった。リリ達が風呂から上がるとミルケが起きたので、ミリーとミルケ、アネッサが風呂へ向かった。部屋でアルゴとゴロゴロしていると三人が風呂から帰って来て、丁度ジェイクも冒険者ギルドから戻ったので全員で夕食を摂る運びとなった。
「ライカンの群れが近くの村を襲っているらしい。群れを特異体が統率してるみてぇで、俺達に討伐の依頼が出た」
ライカンとはウルフ系魔物の上位種で、単体でC、群れだとB~Aランクの魔物である。特異体は魔物が何らかの要因で進化したものだと言われており脅威度は未知数。時に「災害級」の脅威となる場合がある。
Bランクパーティ四組が群れの討伐に赴いたが、群れが想定より大きかったのと特異体を目撃したことで交戦せずに撤退したのだと言う。クルスモーデルの街には現在Aランクパーティが一組いるが別の依頼で不在。そんな時に訪れたのが「金色の鷹」だったという訳だ。
「今んとこ、村の被害は家畜だけらしいが、放置すれば村人が襲われるのもそう遠くねぇ。まぁ、たまには体を動かさねぇと鈍っちまうから受けようと思うが、問題ねぇか?」
討伐依頼、しかも拠点にしていないギルドからの依頼は断っても問題ない。ジェイクが依頼を受けたのは善意からである。この旅に期限はない――敢えて言うならシャリーが受ける予定のデンズリード魔法学院の試験が二か月後、という期限はあるが、ここまで来たらファンデルには三~四日で着く。少しの遅れくらいなら影響はない。
反対する者はいなかったので、ライカン討伐の依頼を受けることになった。しかし問題が――。
「オレも一緒に行くぞ!」
確かに火力という意味ではシャリーは戦力になる。だが、パーティで戦う場合に最も重要なのは連携である。ラーラでさえ「金色の鷹」の正式な一員となるのに一年掛かったのだ。
「ダメだ」
「なんでだっ!?」
「シャリーとは一緒に戦ったことがない。弱ぇ魔物ならいいが、今回は特異体がいる。連携が乱れると危ねぇんだよ」
「オレは役に立つぞ!? 連携だって出来る!」
「……やったことねぇだろうが」
ぎゃあぎゃあとジェイクに噛み付くシャリーを見ながら、リリは考える。シャリーはこれまで誰かと一緒に戦ったことがない。瘴魔祓い士になるなら、冒険者や騎士などと連携を取る場面が必ずある。連携の重要性を分かってもらうにはまたとない機会かも知れない。
「ジェイクおじちゃん。離れた場所から見学するのも駄目かな?」
「見学?」
「うん。いきなり連携して戦うのは無理だって分かるの。でも、シャリーには連携の大切さを知って欲しいんだ」
「俺達の戦いを見て学べ、と?」
「うん。Sランクの連携なんて見る機会ないでしょ?」
「そりゃそうだが」
話の流れで察したのか、シャリーも口を噤んでいる。ジェイクは腕組みしながら考えた。
「その言い方だと、リリも来るってことだろ?」
「うん、その方がいいかなって」
「そうなると、ここにミリーとミルケだけを置いて行くことになる」
リリは「ハッ!」となった。そこまで考えていなかった。
「お母さん、ごめんなさい」
「あら、私は大丈夫よ? 朝発って、夜には戻るんでしょ?」
「あー、それくらいの予定ではある」
「一日くらいなら宿に籠ってればいいし、私だって元Aランク冒険者よ。索敵能力は今でも鈍ってないし、大抵の男の人には負けないわよ?」
そうだった。忘れがちだけど、お母さんは「金色の鷹」のメンバーだったのだ。パーティがSランクになったのはお母さんの力が大きかったと聞いたことがある。今でも腹筋が割れてるし。
「まぁ、それもそうか。じゃあチャチャっと行ってチャチャっと倒して帰って来るか。リリとシャリーは手出し無用だぞ? 特にシャリー。分かってるな?」
「分かってるぞ!」
こいつ分かってねぇな……。まぁリリがいるし、最悪アルゴが押さえてくれるだろう。
「アルゴ、シャリーが出しゃばりそうになったら頼むな」
「わふっ!」
アルゴが「任せておけ」と言わんばかりに尻尾で床をぺしぺしと叩いた。リリが行く所、アルゴが同行するのは当然だが、今回は魔物の討伐だ。アルゴの気配に怯えて逃げてしまっては本末転倒になる。
「アルゴ、ライカンはアルゴを怖がって逃げていかないかな?」
『問題ない。我は気配を消すことが出来るからな』
「そうだった! さすがアルゴだね」
隠密状態になれば、気配に敏感なものでさえアルゴを認識するのが難しくなるのだ。リリに褒められて、アルゴの尻尾が激しく振られたのだった。
翌朝。まだ日の出前にリリ達は宿を出発した。目的地は、このクルスモーデルの街から南西に馬車で四時間ほど離れたポルカという村である。リリが買ったオルデン家の馬車に、リリとシャリー、ジェイク、ラーラが乗って御者をアルガンが務め、アネッサとクライブは馬に乗って向かった。装備一式は馬車に積んでいる。アルゴはいつも通り付いて来る。
「こっちの道は初めてだよ」
「前は通らなかったんだな」
「うん。ジェイクおじちゃんは来たことあるの?」
「ああ。これでも長く冒険者やってるからな。一度だけだが、ポルカ村にも行ったことあるぞ」
あの時はまだBランクだったなぁ、と柔和な顔になったジェイクが思い出話を聞かせてくれた。
「まだ、俺とダドリー、ミリーの三人だった時だ。たまたま通り掛かったクルスモーデルのギルドで、合同討伐の話を持ち掛けられたんだ」
あん時はポイズンエイプの群れだったかな? 確か特異体も居たんだ。俺達は後方支援だったが、前衛を抜けて来た特異体と一騎打ちになってなぁ。ダドリーが氷槍を乱れ打ちして、怯んだ隙に俺が斬りつけたんだが、ミリーがいつの間にか背後に回ってて、そいつの首を落としたんだよ。いやぁ、あの頃のミリーは恐ろしかった……。
「そうなんだね!」
ジェイクは、リリにせがまれれば昔の冒険譚を聞かせてくれる。ダドリーが亡くなってしばらくはそういう話も一切しなくなった。最近では、父の話を聞いてもチクリと胸が痛むだけで、それよりも活躍した話を聞くのが嬉しい。
「そういえば、私おじちゃん達が戦うとこ見るの初めてかも」
「そうだっけか?」
話はよく聞かせてくれるから見た気になっていたが、実際に見るのは初めてだ。
「今更だが……魔物を殺すところを見ても大丈夫か?」
魔物に限らず生き物を殺すことに忌避感を覚えるものは多い。魔物を殺してリリに嫌われたら目も当てられない。しばらく立ち直れないかも知れない。
「大丈夫、自分でも倒したことあるから」
「オレも平気だぜ!」
リリは瘴魔狩りをしながら、アルゴのアシストを受けて魔物を倒してきた。その数は瘴魔の倍以上である。まだ十四歳の成人を迎えていない為、リリの冒険者ランクはFから上がらないが、討伐数とギルドへの貢献度を考えるとCランク相当の実力があった。
シャリーについては言わずもがなである。幼い頃から村を守るために魔物を倒しまくってきたのだから。
「リリ、お前……魔物も倒してたのか?」
「あ、あれ? 言ってなかったっけ?」
「ああ、初めて聞いたが……そうか、俺が知らないうちに、リリは成長してるんだな……」
ジェイクが遠い目をして、寂しそうにつぶやいた。ジェイクにとってリリは自分の娘同然で、ジェイクがそう思っていることはリリも分かっているし、有り難いと感じている。
でも、魔物を倒してたのは八~十歳の頃だから、結構前なんだよね……。それを言うのは止めておこう。
「姉御はどうやって魔物を倒すんだ?」
「え? ああ、ブレ――魔力弾だよ」
ブレットというのはリリが自分で付けた名前だから、一般的には魔力弾の方が通りが良い。
「魔力弾って魔物も倒せるのか!?」
「私の魔力弾、普通より強いみたいなんだよね」
今なら分かるが、これは恐らく「チート」という奴だろう。不思議な目の力も含めて。
「オレも魔力弾で倒せるかな?」
「シャリーは属性魔法が強いじゃない。自分の長所を伸ばした方がいいと思う」
「長所……そうか、オレの炎は長所なのか!」
「そうだよ。紅炎が使える人なんて、そういないよ?」
「分かった、長所を伸ばすぜ!」
単純で素直なのがシャリーの良い所だ。誰かに騙されそうで心配なリリである。ジェイクは苦笑いを浮かべて首を振っていた。同乗しているラーラはずっと寝ている。
そうこうしているうちに目的地のポルカ村に着いた。簡易な木の塀で覆われた小さな村で、西の方に家畜を育てる牧場がある。牧場の周りにある塀は村のそれより一段低く、その為にライカンの侵入を許しているようだ。
「もっとちゃんとした壁は作れないのかな?」
「こういうのは村人が金を出し合って作るんだ。簡単には行かねぇんだろ」
今ある塀でも、ライカン以外の魔物や獣の侵入は防げていたそうだから、ジェイクの言う通りなのだろう。
「さて、馬車と馬は村に預けてここからは徒歩だ」
村から西に一キロほど離れると、そこからは鬱蒼とした木が立ち並ぶ森になっている。村からずっと上り傾斜になっていて、恐らくここから山になるのだろう。森の手前で最後の確認を行う。
「一列縦隊で行くぞ。アネッサ、アルガン、俺、ラーラ、クライブの順だ」
森を索敵しながら進む場合、横に広がるのが難しいのでこの隊形らしい。リリ達はクライブと十メートル以上の距離を開けながら付いて行くことにする。
「この辺りをよく出入りしているわ。ここから追って行きましょう」
森の縁周辺を検分していたアネッサが痕跡を見付けた。リリは改めてその場所と周囲を比較する。確かにライカンと思われる針金のような体毛が枝に引っ掛かっていたり、小枝や草が折れているのが見て取れたが、これは言われなければ気付かないだろう。さすがアネッサだ、と思った。
そのまま三十分ほど森を進むと入口が低い洞窟を見付けた。入口の近くに四頭のライカンがいる。見張り役のようだ。一行は改めて打ち合わせをするために、来た道を三百メートル以上戻った。
「あそこが巣で間違いねぇだろう。群れの総数は分からねぇが、襲われた家畜の数と頻度から五十頭以上ってことはねぇ。おそらく三十~四十だ。あとは特異体だな」
「巣にライカン以外はいないのかしら?」
「いないと思うよ? 少なくとも生きてるのはいないだろうね」
ジェイク、ラーラ、アルガンがそれぞれ言葉を発する。
「じゃあ前みたいに、私が炎魔法を撃ち込んで、ラーラが風を送り込むのでいい?」
「そうだな。それで出来る限り削ろう。二人は魔法を撃ったら後ろに下がれ。クライブが先頭で俺が左、アルガンが右だ」
「「「「了解!」」」」
近くで話を聞く限り、けっこうざっくりした作戦なんだな、とリリは思った。たぶんこういうことを何度も経験しているから、一応簡単に確認するだけで、全員が自分のやるべきことが分かっているのだろう。
「リリとシャリーは離れてろよ?」
「うん」
「分かったぞ!」
ジェイクがほんとかよ? という目をシャリーに向けるが、ここまで来たら信じるしかない。主にリリとアルゴを。
全員で素早く洞窟の場所まで移動する。リリとシャリーは大きな木の近くにある草むらに身を潜めた。アルゴはいつでもシャリーを止められるよう、すぐ背後に陣取っている。
見張りはどうするんだろう、と思った瞬間、左右の草むらからジェイクとアルガンが飛び出し、剣を二振りする間に片付けてしまった。直後、アネッサとラーラが洞窟の入口に向けて魔法を放つ。アネッサの中位炎魔法、豪炎波を、ラーラの風魔法が洞窟の奥まで押し込んだ。
――Gruuooon……
苦悶の咆哮が聞こえ、焦げ臭い匂いが漂って来る。洞窟からいくつもの影が飛び出して来た。炎に包まれているもの、体から煙を出しているもの、興奮して牙をガチガチと鳴らし涎をまき散らしているもの。
いつのまにかアネッサとラーラは後ろへ下がり、クライブが洞窟の真ん前で大盾と槍を構えて立っていた。意識のあるライカンはクライブを認めて躍りかかるが、盾で往なされ槍の一突きを浴びて次々と絶命する。左にはジェイク、右にはアルガンがいて左右に流れたライカンを踊るような動きで斬り捨てていた。
「すげぇ……」
「すごい」
リリとシャリーの口からは感嘆の呟きが漏れる。生き物を殺す光景は美しいとは言えない。だが、「金色の鷹」の動きは見事としか言いようがなかった。
前に出た三人が打ち漏らしたライカンは、アネッサとラーラの魔法で止めを刺される。狼と言うには大き過ぎる、熊のように巨体のライカンだが、彼等は何でもない相手のように倒していった。
――GRUOOOOO!
洞窟から飛び出すライカンがいなくなった頃、地響きのような足音と共に空気を震わせる咆哮が轟いた。そして遂に特異体が姿を現す。




