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61 姉御

「反射ってこわいよね」

『…………』

「ごめんって! わざとじゃないんだよ?」


 アルゴに何やら言い訳しているリリを、シャリーは不思議そうな顔で見ている。アネッサとラーラは事情を知っているので普通だ。


 焚き火の場所に戻ると、今度はジェイクとアルガン、クライブの三人が男湯に向かおうとした。


「あ、ジェイクおじちゃん! 瘴魔がいるかも知れないから気を付けて」

「はぁ!?」


 リリはすっかり忘れていた。自分があまりにも簡単に倒せるから、自分より遥かに強いジェイク達でも瘴魔を倒す術を持たないことを。


「リリ、どういうことだ?」


 踵を返したジェイク達に、リリは事情を話した。前回ここを訪れた時、女湯を覗くように瘴魔が現れた。そして今回も同じような形で出現した。


「うーん……近くに瘴気溜まりでもあるのか?」

「可能性はあるよね」

「確認した方が良さそうだな」


 ジェイク達三人が何やら相談している。


「私が外で見張ってるから、三人はお風呂入っちゃいなよ」

「「「そういうわけにいかん!」」」


 なんでだ!


「瘴魔が出るかも知れねぇのに女子供だけ残す訳にいかんだろ。俺達は一人ずつ交替で入るぞ」


 先にアルガンが風呂へ向かい、残された面子で少し話をする。


「明日の朝、少し周囲を探索してみる。瘴気溜まりがあったら、リリ、浄化できそうか?」


 マルベリーアン達と見た大きな瘴気溜まりを思い出す。あれほど広いと簡単ではない。それでも何度かに分けたら可能だろう。そもそも、あの規模の瘴気溜まりだったら瘴魔の氾濫が起こってもおかしくない。恐らく、あっても小さなものだろう。


「うん、出来るよ」

「分かった。放置すると他の旅人が被害に遭うかも知れねぇからな。無理はしないが、見付けたら対処しよう」

「うん!」


 話をしながら風呂の裏側まで来た。アルゴとシャリー、それにジェイクが一緒だ。クライブは焚き火の側で女性陣を見守っている。

 風呂を囲むように塀があり、そこから五十メートルくらいは所々に立木があるだけだ。その向こうは林のように木が乱立しているが、その手前には高さ五メートルくらいの石壁がある。この野営地を魔物から守るためのものだろう。


 ここからは女湯の塀も見えているが、今のところ異常はない。石壁の内側には瘴気溜まりらしきものはなさそうだ。


「ジェイクおじちゃん。瘴気って、生き物の負の感情だよね?」

「だいたいはそうだ。だが感情だけじゃなく、ゴミから瘴気が出ることもあるぞ」

「ゴミから!?」


 ジェイクの話によれば、長く放置されたゴミは瘴気を生み出して、そういったゴミが一か所に纏まっていると瘴気溜まりになることがあるそうだ。


「だから、町では定期的にゴミを燃やしてるのか」

「そうだ。知らなかったのか?」

「うん、初めて聞いたよ」


 マルデラのことしか知らないが、町から出たゴミは埋めることなく一か所に集めて燃やされていた。燃やせるゴミ、燃やせないゴミなどの区別はされず、油を撒いて中位の炎魔法で燃やしていると聞いたことがある。それが瘴気溜まりを作らない為だったとは知らなかった。


 ゴミから生まれた瘴気、その瘴気から生まれる瘴魔は、負の感情から生まれるそれと違うのだろうか?


 それほど長くかからずにアルガンとクライブが交替し、最後にジェイクも風呂に行った。せっかくの温泉なのに、ゆっくり浸かれないのが何だか申し訳なくなるリリだった。





 翌朝。前夜に話していた通り、周辺の探索を行うことにした。


「俺とアルガンで見てくる。しばらく待機していてくれ」


 ジェイクの言葉に、リリは「一緒に行く」という言葉を飲み込んだ。ジェイクとアルガンの二人なら、何かあっても逃げるくらいは問題ない。それでも心配なのは事実なので、アルゴにお願いをした。


「アルゴ、ジェイクおじちゃん達を守ってくれないかな?」

『……仕方ないな』


 渋々ではあったが、アルゴが二人に付いて行ってくれることになった。アルゴなら瘴魔鬼も倒せるから心強い。

 朝食を摂った後、二人とアルゴが野営地の奥へ向かった。残された者は出発の準備を行う。心配でやきもきするかと思っていたが、準備を手伝っている間にジェイク達が帰って来た。


「どうだった?」

「見付けた。恐らく、この野営地を利用した者が捨てて行ったゴミだろう。小さな瘴気溜まりになってた」


 今度は、ジェイクを先頭にリリとシャリー、アルゴで瘴気溜まりに向かう。林に入って五分もしないうちに辿り着いた。丁度風呂のある所から直線で百メートルくらいだろうか。ゴミの山を中心に、真っ黒な靄が膝の高さまで溜まっている。直径で二十メートルくらいの範囲だ。


「よーし! オレの紅炎(プロミネンス)で――」

「待って!」


 最上位炎魔法をぶっ放そうとしたシャリーの腕を掴んで止める。


「どうしてだ?」

「もうすぐ瘴魔が生まれそう。生まれたらシャリーが倒して」

「瘴魔を、オレが?」

「うん」


 リリの目には、瘴気の上を漂う白い球が見えていた。黒い靄から触腕が伸び、それを捕えようとしている。


「ジェイクおじちゃん、少し下がってて。アルゴ、おじちゃんを守って」

「なん――」

「わぅ」


 抗議しようとするジェイクだったが、アルゴに襟を咥えられて引っ張って行かれた。その時、触腕が球を捕らえ、次の瞬間には黒い靄が猛烈な勢いで渦を巻いた。


「うわっ!?」

「落ち着いて。外しても私がいるから」

「わ、分かった」


 瘴魔の動きは緩慢だから、魔法を外すことはないだろう。しかし初めて瘴魔を目にするのだから、普段通りに出来ないかも知れない。

 激しく渦を巻いていた靄は、大きな人型を形成して落ち着いた。これまでは殆どの瘴魔を視界に入った瞬間に倒していたので、リリもまじまじと見るのは久しぶりの気がする。

 それは、黒というより闇と言った方が相応しい。引きずり込まれ、魂ごと呑み込まれてしまうような禍々しさ。


 距離は二十メートル。リリが外す距離ではない。瘴魔はこちらに気付いたようで、ゆっくりと近付いて来る。


 シャリーは、初めて見る瘴魔に膝が崩れそうな恐怖を感じていた。本能が「逃げろ」と言っている。その声に抗うのは非常に難しい。今すぐ全速力で逃げ出すのが一番正しいことも理性で分かっていた。

 全身に鳥肌が立ち、背筋に冷たい汗が流れる。魔物の群れと対峙した時も、こんな恐怖を感じたことはなかった。シャリーは、小刻みに震える太腿を自分の拳で打った。


「大丈夫、相手は遅い。落ち着いて魔法を撃って」


 リリの声は、全く普段と変わらなかった。慌てることも興奮することもない。まして恐怖など微塵も窺えなかった。背中に当てたリリの手の平から、じんわりと温もりを感じる。


「大丈夫。シャリーならできる」


 その言葉を聞いた瞬間、シャリーの震えが止まった。


「くそっ、お前なんかに負けるかよ! 紅炎(プロミネンス)!」


 刹那、シャリーの眼前に真っ赤な魔法陣が現れ、巨大な火球が出現した。こんなに近いのにこっちは熱くないんだ、とリリは思った。瘴魔はいつでも倒せるから至って平常心なのだ。


 直径一メートルほどの火球は真っ直ぐ飛翔して瘴魔を捉える。当たった瞬間に火球が大きく広がり瘴魔を丸ごと包み込む。


――Ooooooh……


 地の底から響いてくるような呻き声をあげて瘴魔が消滅していく。ついでにゴミの山も消し炭になった。周囲の木に火が燃え移ったので、リリお得意の「手からドバドバ出る」水魔法で消火していく。いつの間にかアルゴが傍に来て、リリの手から出る水にパクパクと噛み付いて遊んでいた。


 瘴魔を倒して呆然としていたシャリーが膝から崩れそうになり、ジェイクが慌てて支える。


「念の為に浄化しとくね」


 木に燃え移った火を消した後、リリが徐に宣言した。目が眩むほどの金色の光が一帯を包み、やがて消えた。


「シャリー、やったね!」


 リリがニコニコしながらシャリーに声を掛けた。ぼぉっとする頭でシャリーは考える。目の前の可愛らしい少女は、あんなのを百体以上倒したのか……瘴魔鬼は瘴魔より何十倍も強いと聞く。それを五体も倒した? とても信じられないが、さっきの肝が据わった様子から嘘ではないと分かる。

 昨日は胸が治った嬉しさで深く考えなかったけど、あの治癒魔法も普通じゃない。風呂で誰も気付かないうちに瘴魔を倒したし、さっきのは浄化魔法なのか? あんなの見たことない。この子、とんでもない子なんじゃ……。


「リリの姉御!」

「はぁ?」

「姉御と呼ばせてくれ、いや、呼ばせてください!」

「え、やだよぅ……」

「なんでだっ!?」


 シャリーの中でリリへの評価が何段も上がった結果、「姉御」呼びが一番しっくり来たらしい。

 ヤの付く自由業の方が使いそうな言葉だし、そもそも私の方が年下じゃん? 友達からそんな呼ばれ方するのは嫌。


「まぁまぁ。いいじゃねぇか、リリ」

「え“っ!?」

『この者にとって、初めて尊敬に値する人間に出会ったのかも知れんぞ?』

「アルゴまで……」


 尊敬すると姉御なのか? そうなの?


「姉御のおかげで瘴魔を倒したぞ!」

「そうだった。おめでとう、シャリー」

「ありがとう姉御!」


 なし崩し的に姉御呼びになってしまった。まぁ好きに呼んでもらえばいいか。リリは深く考えるのを止めた。





 野営地を出発した日にはヘンリーデル、三日後にラインデルを経て五日後にはクルスモーデルの街に到着した。この先は襲来した瘴魔鬼二体と瘴魔八体を倒した街、バルトシーデル。そこから半日程度でスナイデル公国の首都ファンデルに着く。


 スナイデル公国に入ってからずっと、整備された街道を通って来た。前回訪れた時は秋も深まって冬が近い頃だった。今回はもうすぐ盛夏という季節で、街道から外れた草原は青々とした草木が生い茂っている。


 クルスモーデルの街は、クノトォス領都のエバーデンより少し小さいくらいの都市である。街を囲む防壁が白い石造りなのは公国の都市に共通する特徴だ。アルストン王国のような濃い灰色の石でも機能に問題はないのだが、白だと圧迫感が減って上品に見える。これまでと同じように、冒険者証や従魔登録証明書を提示して街に入った。ミリーはこの旅をきっかけに冒険者に再登録した。シャリーも冒険者証を持っている。一行の中で身分証を持たないのはミルケだけだが、幼い子供は保護者が居れば煩いことは言われない。


 この街でも、ジェイクは冒険者ギルドに顔を出すそうだ。今回は一人で赴き、残りのメンバーは宿を探すことにした。馬車と荷馬車が計三台、馬が八頭、さらに従魔のアルゴも一緒に泊まれる宿というのはなかなかない。大きくて少しお高い宿になるのが通常だ。だが料金に伴って宿の安全度も増すから、決して無駄遣いではない。西門の近くで中級クラスの宿を見付けて部屋を確保し、アルガンがギルドまでジェイクを迎えに行った。


「おぉ! 部屋がすごく広いぞ!」


 今回は六人泊まれる大部屋と三人部屋がうまく空いていた。六人部屋をリリ、シャリー、アルゴ、ミリー、ミルケ、アネッサ、ラーラが使う。三人部屋は残りの男子組である。アルゴが結構なスペースを取るが、残り全員が小柄なので窮屈ではない。


「夕食の前にお風呂に入って来たら?」

「そうだね」


 ミルケが疲れからか眠ってしまったため、ミリーはミルケが起きてからお風呂に入ると言う。念の為にアネッサが残り、風呂には入らないアルゴも残してリリとシャリー、ラーラの三人で風呂に向かった。


「姉御、見てくれ! もう殆ど傷も分からなくなったぞ!」


 治癒(ヒール)を掛けてから六日目。斜めに走っていた傷は僅かに瘡蓋が残る部分もあるが、ほぼ目立たなくなっている。それにしても、姉御呼びが定着してしまったなぁ。


「うん、綺麗になったね。それはいいんだけど、シャリー、前を隠そうか」

「なんでだ? 隠す必要なんてないだろ?」


 シャリーは体を見られることに全く抵抗がなく、寧ろリリに見せつけてくるのだ。傷が消えて嬉しいのは分かるが、女性らしい恥じらいも身につけてもらわないと将来が不安だ。


「女の子はね、同性でも堂々と裸を見せちゃ駄目なのよ?」


 どう伝えようかと悩んでいたら、ラーラが助け舟を出してくれた。


「どうしてだ? 風呂に入ればどうせ見えるだろう?」

「見えるのと、じろじろ見るのとは違うでしょ? シャリーも、知らない人に裸を見られるのは嫌じゃない?」

「知らない人は嫌だけど、姉御とラーラは知らない人じゃないぞ?」


 ラーラも説得に苦戦している。どう言えば上手く伝わるだろう?

 前世では、幼い子に水着で隠れる所は人に見せちゃ駄目、と教えていたような気がするが、この世界に水着ってあるのかな? あ、水着はないとして下着はあるか。


「シャリー、下着で隠れる部分は、無暗に人に見せちゃ駄目なんだよ」

「そうなのか!?」

「うん」

「分かったぞ!」


 良かった、分かってくれたみたい。


「これでいいんだな!」


 腰にタオルを巻き付けたシャリーがドヤ顔をリリに向けた。

 忘れてた。この子、いつもノーブラだったわ。

ブックマークして下さった読者様、本当にありがとうございます!

少し短いですが、第三章は63話までの予定です。第四章はスナイデル公国の首都ファンデルを舞台にしたお話になります。

今のペースなら第四章が終わるまで毎日投稿出来そうです。

今後ともよろしくお願いします!

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