59 エルフの少女(想像と違った)
真っ赤な髪を短くした少女は、知らなければ少年に見える。ただ、近付くにつれてその顔が恐ろしいほど整っているのが分かった。木の葉のような尖った耳とアーモンド型の目、それを縁取る長い睫毛、品の良い形の鼻、ぷっくりとした桜色の唇。遠目に見たら少年のようだったが、間近で見たら正真正銘の美少女だった。
明るい黄色の瞳が貫くようにリリを睨みつけている。え、私、何か悪いことした?
「やあジェイク君、リリちゃん。わざわざすまないね。この子はシャリエット・クルルーシカ・バルト・モルドール。シャリーと呼んで仲良くしてやっておくれ」
「……シャリーだ。リリってのはお前か?」
見た目の美麗さと真逆で言葉遣いが荒い。
「リリアージュ・オルデンと申します。シャリーさん、はじめまして」
「ジェイク・ライダー。『金色の鷹』のリーダーだ」
背丈はシャリーの方がリリより十センチほど高い。そのせいか、見下ろすというか見下すような視線……いや、これは馬鹿にしてるのかな? グエンさん、どんな風に私のことを話したの?
「えーと、グエンさん……?」
「リリちゃん、ごめん。シャリーより年下の子が瘴魔鬼を何体も倒してるって言ったら、自分の方が優れてることを証明するって聞かないんだよ」
おぉぅ……。これは絶対わざとだね。わざと煽ってるよね。
「証明するってどうするつもりだ?」
鼻息の荒いシャリーにジェイクが尋ねる。
「勝負だ!」
いやいや、紅炎なんか食らったら私死んじゃうから。そもそも私、攻撃に使える魔法ってブレットしかないし。
「私弱いですよ?」
「なんだと!?」
「まあまあ。ちょっと訓練所に行こうか」
グエンに促され、四人とアルゴで訓練所に移動した。あ、そう言えばザックさん元気かなぁ。
さっきから例の靄が見えるように意識している。シャリーさんの顔回りに浮かぶ靄は濃淡の混じった黄色。少しの警戒と強い好奇心を表している。つまり、シャリーさんは怒ってる訳じゃないし、興奮してる訳でもない。私に敵愾心は持っているかも知れないけど、別に憎んだりはしていない。
それなのに、この「周りは全部敵」と言わんばかりの態度は何だろう。これが「素」なのかな? それとも強がり?
「さて。これから僕が動く的を用意する。それにどちらが多く魔法を当てられるかで勝負をつけようじゃないか」
「望む所だ!」
「シャリーは紅炎禁止ね」
「なんでだ!?」
「こんな場所で最上位の炎魔法ぶっ放したら駄目でしょ?」
「むっ……」
「魔法の威力ではなく、狙いの正確さを競ってもらう。いいね?」
「……分かったよ」
皆で大量の藁束を運ぶ。アルゴも咥えて運んでいる。通常は木の柱に取り付けて剣で斬ったり槍で突いたりするための物だ。
「ジェイク君、これで時間を測ってくれるかな? えーと、一分でいいか」
グエンがジェイクに小さな円盤をポイっと投げた。リリからは見えないが、ストップウォッチのようなものらしい。
「じゃあシャリーから。公平を期すために、僕は後ろを向いたまま風魔法で的を動かすね。じゃあジェイク君の合図で始めよう」
「分かりました。シャリー、準備はいいか?」
「いつでもいいぞ」
「では……はじめ!」
ジェイクの掛け声と共に、グエンの足元から藁束が浮き上がる。それはまるで大波に翻弄されるように、上下左右と不規則に飛び回った。
「火矢!」
火属性初歩の攻撃魔法、火矢。この魔法を選んだ時点で、シャリーが決して勢いだけの脳筋タイプでないことが分かる。熟練の魔術師が使えば、発現と弾速は他の魔法の追随を許さないからだ。
グエンが宙に浮かべた藁束は三十個。そして、シャリーの周りに小さな魔法陣が三十個出現した。
「すごい……」
美しい形の眉を顰めながら、シャリーは集中していた。規則的に動く的ならそれほど難しくはない。しかしこれだけランダムに動くと――。
一斉に射出された火の矢が的に向かって飛ぶ。しかし命中したのは四本だけ。残りは訓練所の空中に張ってある結界に当たって消失する。
「ちっ!」
それでもシャリーは続けて火矢を放つ。多重展開は不利と見て、一本ずつ凄まじい速さで連射している。放物線を描く一本の縄のように火の矢が打ち出される。確実に的に当てようと、シャリーは更に集中を高めた。矢が当たった的が次々に落ちて来る。
「そこまで!」
「くそっ!」
僅か一分間で、一体何本の火矢を放ったのだろうか? 数百発は下らないだろう。相当な魔力量だ。
「残った的は……七個。シャリーは二十三個当てたね。いや、思ってた以上の出来だな」
リリもグエンの言う通りだと感じた。あんな不規則な動きをする的に魔法を正確に当てるのは至難の業だ。普通の魔術師なら十個も当たれば優秀だと思う。自分の場合はどうやらチートが働いているから普通ではないとして、努力と才能でここまでの結果を出したシャリーは単純に凄い。
「じゃあリリちゃん行こうか。魔力弾を使う?」
「はい」
「なに!? 魔力弾だと? 舐めてんのか!」
「シャリー、文句はリリちゃんの魔力弾を見てから言いなさい。リリちゃん、的は当たれば落ちるようになってるから、威力は気にしなくていいよ」
「分かりました」
魔術師の常識では、魔力弾は使えない魔法である。なのでシャリーが文句を言いたくなるのも仕方のないことだ。リリのブレットが異常なのだ。
「リリ、準備いいか?」
「うん」
「じゃあ……はじめ!」
グエンが背を向け、藁束が一斉に三十個浮き上がる。シャリーの時と同じように、全く予測がつかない動きで的が宙を飛び回った。だが、十秒ほどで全ての的が落とされた。
「終わりました」
「なんだと!? お前、お祖父様と組んでズルしたな!?」
まぁ、そう思われるだろうな。もちろんズルはしてないんだけど。
「シャリー。的を良く見てごらん」
「……何かが貫通してる……これも……これもだ。まさか全部……?」
「そうだよ。これが、瘴魔鬼を倒せるリリちゃんの実力だ」
シャリーは負けを認めたくないのか、三十個全ての藁束を手に取って確認していた。最後の藁束を一瞥して取り落とし、呆然としている。
エバーデンで瘴魔鬼を倒した時から、リリは集中すると対象をスローモーションで見ることが出来るようになった。それだけでなく、まるでドローンが撮影する映像をリアルタイムで見ているように、見たいと思う角度から見る事が出来るのだ。
それに加えてブレットの弾速は火矢の比ではない。放った次の瞬間には的に到達しているのだ。人間が感知できる速さを逸脱している。
「全部、藁束の真ん中に当たってた……これは狙ったのか?」
「はい、一応」
僅か十秒で行った離れ業に、シャリーは美しい顔を呆けさせていた。
「リリちゃん、ちなみに今と同じことを、どれくらい離れても出来る?」
グエンが傷に塩を擦り込むようなことを聞いてきた。
「えーと、五十メートルくらいですかね?」
リリは遠慮して答えた。実際には、今なら三百メートル離れても同じことが出来るだろう。ただ、時間はもっとかかると思うが。
「……リリは、本当に瘴魔鬼を倒したことがあるのか?」
「はい」
「何体?」
「五体ほど」
「……瘴魔はどれくらい?」
「正確に数えてないんですけど、百体以上は」
リリの答えを聞いた次の瞬間、シャリーがリリの前に跪いて手を握ってきた。
「師匠! 師匠と呼ばせてくれ!」
「え……いや、困ります」
「なんでだっ!?」
何でって言われても……。私自身、これからアンさんの弟子になるんだから。それに、今日会ったばっかりで、お互いのことを何も知らない。師弟関係というのは、家族と同じくらい信頼できる関係じゃないと駄目だと思う。そもそも弟子入りする人の態度や言葉遣いじゃないよね?
そういったことを、リリは滔々と話して聞かせた。
「分かった! じゃあオレのことを知ってもらえばいいんだな!」
この子、自分のことを「オレ」って言うんだ……。綺麗なのに何だか勿体ないな。
「う、うん……じゃあ、友達になりましょ?」
「と、友達!?」
友達と聞いた途端、シャリーが頬を赤らめてモジモジし出した。え、何コレ可愛い。それはいいんだけど、いい加減握った手を離してくれないだろうか。
「うぅ……じゃあ、と、友達で」
「うん! シャリーって呼んでいい?」
「あ、ああ。オレもお前のことはリリって呼んでいいか?」
「いいよ!」
握っていた手を、そのまま握手にして上下に振った。
美少女エルフの友達が出来た! ガラが悪いけど!
グエンがニコニコしながらリリとシャリーを眺め、その隣でアルゴが尻尾をゆらゆらと揺らし、少し離れた所でジェイクが頭痛を堪えるかのようにこめかみを揉んでいた。
*****
どうしてこうなった? ジェイクは眉頭を揉みながら独り言ちた。
暴風のグエンから頼まれたのは、孫をファンデルまで連れて行くことだった。本人は嫌がっているから場合によっては引き摺ってでも、という話だった。
それが、リリに興味を持てば連れて行きやすくなるだろうというグエンの案で、敢えてリリにライバル心を持つように仕向けた。
そういうものか、と軽く考えて応じたが、今思えばシャリーの性格を考えた上でのグエンの策略だったのだろう。
シャリーという子の態度には、若い冒険者によく見られる根拠のない自信と虚栄心がありありと見受けられた。
若くして才能があり、周囲から持ち上げられるとそうなるのも仕方のないことだと思う。実際に披露した魔法は展開速度、精度ともに文句がないレベルだった。あれなら天狗になるのも頷ける。
恐らくグエンの考えでは、シャリーの伸びきった鼻っ柱を折る必要があったのではないだろうか。グエン自身伝説級の魔術師だが、あまりにも高みにいるせいで「グエンに負けるのは当然」と思われてしまう。だから、年齢が近く、見た目にも凄そうとは思えないリリが丁度良かったのだろう。
瘴魔祓い士になるならデンズリード魔法学院に通え、というグエンがシャリーに突き付けた条件も、そもそもが自分より優れた者がいることをシャリーに認めさせるためだったのかも知れない。
伊達に三百年以上生きていない。食えないエルフだ。
まあ、それはいい。問題は今目の前で繰り広げられている光景だ。ギルドに併設された酒場兼食堂で、リリとシャリーが仲良さそうに笑い合っている。それも良いのだ。ファンデルに一緒に行くことも言質を取ったしな。
ただ、なぜアルガン、クライブ、アネッサの三人とミリーにミルケ、おまけにグエンまで一緒になってワイワイ騒いでるんだ? もちろんアルゴもそこに加わっている。シャリーは前から仲が良かったかのようにその輪に溶け込んでいる。綺麗な顔なのにガサツな喋り方や態度が、思いのほか面白くて皆が受け入れたようだ。
おいおい。俺だけ乗り遅れちまったじゃねぇか……。
「ジェイクおじちゃん、一人にしてごめん」
輪から抜け出したリリが声を掛けてくれた。さすがはリリ。こういう気の利く所が堪んなく可愛いんだよ。
「おう。シャリーとどんな話してたんだ?」
「えーとね、シャリーが住んでた村の話とか、その近くで狩った魔物の話とか。村はすっごく……素朴な所で、森に囲まれてて結構魔物が出るんだって。シャリーは八歳の頃から魔法で魔物を狩ってたらしいよ」
ほぅ。シャリーはこの街の出身じゃねぇのか。
リリの話を聞くと、シャリーが何であんなに強がっているのかが少し分かった気がした。彼女が住む村はシェルタッド王国の南端、リングガルド王国との国境に位置する深い森の中にある。そこにはエルフの集落がいくつか点在しているらしい。
シャリーの村には四十人ほどが暮らしているが、その中で彼女の魔法はずば抜けていたそうだ。そのため常に村から頼られるようになった。シャリーの機嫌を損ねると魔物から村を守ってもらえなくなるかも知れないと考えた村人は、幼い頃からシャリーを褒め称え、過保護に育てた。魔物を倒すこと以外は周囲の者が何でもやってくれた。
近年になり、シャリーに及ばないまでも、かなり魔法を使える者が数人育った。そうなると、今まで村で一番大事にされてきたシャリーには面白くないことが起こった。邪険にしたり疎かにしたりする村人が現れ始めた。
自分の大切さ、偉大さを村に分からせるため、シャリーは村を出た。最も危険だが最も尊敬される瘴魔祓い士になって村人を見返してやる。両親からは再三止められたが、祖父であるグエンが認めれば許す、と最後には折れた。そうやって、二か月かけて村からシュエルタクスまでやって来たらしい。
「ただの我儘な子供じゃねぇか」
「フフフ。でもね、シャリーはいい子だと思う。人との接し方が分からないだけで、根は悪くないと思うよ」
「あのなぁリリ。『いい子』っていうのはリリみたいな子のことを言うんだぞ?」
「ふぇ!?」
ジェイクの唐突な発言に、リリは変な声を出した。
「まぁ……幼い頃から身についた考えや習慣ってのはなかなか治らねぇからなぁ」
「そうだよねぇ……シャリー、ファンデルでうまくやっていけるかな?」
「そればっかりは分からねぇな」
椅子の上に立ち、身振り手振りを交えながらアルガン達に武勇伝を聞かせているシャリーを見ながら、ジェイクとリリはそっと溜息を吐くのだった。




