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57 潰える企み

 もうもうと煙が上がる中、真っ赤な炎が所々見える。屋敷が燃える様を少し離れた場所から見ている人々は、屋敷で働く使用人だろうか?

 一部の人々は桶に水を汲んで屋敷に向かってぶちまけたりしているが、あれでは焼け石に水だろう。騎士や兵士の恰好をした者もかなり多く集まっており、そのうちの何人かが水魔法を使っているが火と煙の勢いは衰えない。もっと規模の大きな水魔法でなければ消火は難しそうだ。


「カノン、あんたは水魔法が使えるだろう?」

「あー、使えると言えば使えますが。あれを消すのは難しいと思います」

「それでも居ないよりはマシじゃないかい?」

「そうですね、ちょっと手伝って来ます」

「僕も行くよ」


 カノン(リリ)が馬車を降りようとすると、コンラッドが先に降りて手を支えてくれた。鞘に入った剣を腰の剣帯に差し、そのままカノンに付いて来てくれる。どうやら護衛してくれるようだ。


 コンラッドさんって優しいよね。なんだか紳士的だし。


 ダドリーに似た雰囲気を持つコンラッドに対して、初めて会った時から少し気になっていたカノンの中で、また少し評価が上がった。


 いけない、こんなこと考えてる場合じゃなかった。


 ラーラに浄化魔法を教えてもらう時、大自然の湧き水をイメージしたら手からドバドバと水が出た。訓練所の地面が少し泥濘(ぬかるみ)になったから、結構な量の水だったと思う。あれを屋敷の上から落とせれば、少しは消火の役に立つかも知れない。


 一塊で大量の水を出したら屋敷が潰れちゃうかも。それよりは小さめの塊をたくさん出して落とした方がいいよね。


 カノンは前世のゲリラ豪雨をイメージした。局所的に短時間だけ降る大雨だ。気圧とか気温とか様々な気象条件があった筈だが、細かいことは覚えていない。

 屋敷の範囲だけ……下着までびしょ濡れになるくらいの雨……。


 カノンは斜め上に両手をかざして目を瞑った。手の平がほのかに輝き、屋敷の上に水色の巨大な魔法陣が現れる。間髪を入れず魔法陣から大量の水が降り注いだ。


「「「「「おおーっ!」」」」」


 クノトォス領の騎士たちや消火に当たっていた者たちから驚きの声が上がった。見る間に炎が消え、黒煙も勢いを失くしていく。


 むぅ。焦げ臭い。


 顔を顰めながらも、カノンはまだ集中していた。黒煙に包まれていた屋敷がその姿を露わにすると、ほとんど骨組みしか残っていない無残な様子が見えた。その骨組みを洗うように水が降り続ける。


「カノン、もういいんじゃないかな?」


 ハッ、とカノンは目を開いた。炎は完全に消え、一か所を除いて煙も出ていない。


「と、止め方が分からないの……」

「えぇっ!?」


 あの時はどうしたんだっけ? えーと……あ、そうだ。蛇口を捻って水を止めるイメージだ。今は大量の水が出ているから、船の舵輪のような、大きなバルブを閉めるイメージで……。


 空に浮かんだ魔法陣が光を失って消える。それとともに水も止まった。


「ふぅー。水害を起こすところだった」

「フッ……フフフ……アハハハ!」


 隣に立つコンラッドが、堪えきれなくなったように大笑いし始めた。ひーひー言いながらカノンの背中をバンバン叩いている。地味に痛い。


 そ、そんなに笑わなくてもいいのに。コンラッドの評価が少し下がった。


「ん?」


 一か所だけ残っている煙の出方、何かおかしくない? 火は消えたのに、煙の勢いがどんどん強まっているような……。


「……あれ、煙じゃない、瘴気だ!」


 カノンはすかさず前世の神社をイメージする。それだけで強大な神聖浄化魔法を発動できるのだから凄く便利だ。神社に感謝である。

 屋敷全体が金色の光に包まれた。噴出する黒い靄は、浄化魔法の粒子に触れた瞬間に白い光を放って消えていく。


「これが神聖浄化魔法……綺麗だ」


 隣に立つコンラッドが呟いた。金色の光は徐々に靄が噴出している場所に収束し、それと同時に靄が消える時の光が目を開けていられないほど眩しくなった。

 たっぷり三分以上その状態が続いた。魔力が心配になり、コンラッドはカノンの顔色を窺う。彼女は瞬きも忘れて集中している。茶色の瞳が眩しい光を反射して金色に見えた。その体からも仄かに金色の光を放っている。


「……綺麗だ」


 護衛という役目を忘れ、コンラッドはカノンに見惚れた。あどけない顔立ちなのに、今は神々しいとさえ言える。


「ふぅー。終わりました」


 カノンの言葉に、コンラッドは慌てて目を逸らした。屋敷の方を確認すると靄の噴出が止んでいる。


「魔力は大丈夫かい?」

「ええ。問題ないです」

「凄いな……いや、さすがと言うべきか」

「え?」

「何でもない。馬車に戻ろう」


 カノンとコンラッドはマルベリーアンの待つ馬車に戻った。





 すっかり陽が落ちたが、篝火を焚いて周囲は明るく照らされている。殆ど全焼した屋敷の周囲では、多くの人間が忙しなく行き交っていた。クノトォス領の騎士も何人かそこに参加して指示を出している。


 屋敷からは、既に八人の遺体が見付かっていた。遺体の損傷が激しく断定は難しいが、そのうちの三人は焼け残った装飾品などからギャルガン子爵夫妻とクズーリ・ギャルガンであると見られている。

 また、地下からは「魔箱」と考えられる焼けた木箱が見付かった。その辺りが一番酷く焼けていたので、「魔箱」を保管していた場所から出火したのだろうと推測された。


 カノン達は待機を命じられている。「魔箱」が関連している以上、新たな瘴魔が出現する可能性が残っているからだ。

 ただ待っているのも暇なので、カノンは自分達のために料理を作っていた。大き目の石で竃を拵えて、コンラッドが持って来ていた鍋でシチューを作った。


「いやぁ、やっぱりあんたの作る料理はいいね!」

「簡単なものですけど」

「簡単だからこそ味に差が出るのさ」


 一口頬張ったマルベリーアンが嬉しそうに感想を漏らした。コンラッドは夢中になって食べている。家で作るようにはいかないのでカノンとしては少し不満だ。


「自分で火を放ったのでしょうか?」

「うーん……違う気がする。保管場所と遺体は離れてたようだし、両親も死んでるからね」


 食べ終えた後、カノンは疑問を口にした。自分でも、クズーリが火を放ったのではないような気がしていた。彼は貴族であることに誇りを持っていた。自害するならこんなやり方は選ばないように思える。

 子爵夫妻は単に巻き込まれただけに見えるし……クズーリでないとしたら、火を放った者が別にいるということだ。その人間の狙いは、あの噴出していた黒い靄から分かるように瘴魔を発生させることだろう。つまり、その人は「魔箱」を燃やせば瘴魔が発生することを知っていた。

 それとも、証拠を隠滅したかったのだろうか。その場合、それが「魔箱」でありアルストン王国では所持が禁止されていると知っていたことになる。だが、「魔箱」が見付かって処罰されるのはギャルガン子爵家であり、使用人などが罪に問われることはない筈だ。ということは、「魔箱」の入手に関わっていた人間ということか。


 クズーリ・ギャルガンが死亡したことで、真相は闇の中となった。こんな結末になるとは思っていなかったので、何だかもやもやした気分である。


「それにしても、あんたがいて良かったよ。まさか瘴魔が発生する前に浄化しちまうなんてね」

「今更ですけど、あれ、放っておいたら本当に瘴魔になったんでしょうか?」

「『魔箱』から出た瘴気ならそうだろうさ」

「それなら、お役に立てて良かったです」

「役に立ったなんてもんじゃないよ? 一度に二十体の瘴魔が出現してみな。いくら私やコンラッドがいても、多少の犠牲は避けられないよ」


 アンさんなら一気に浄化してしまいそうな気もするけど……。まぁ半ば無理矢理付いて来たから、少しでも役に立てて良かった。


「あれだけの水魔法を使った後に、よく神聖浄化魔法を使えたね。しかもあんなに長い時間」

「一年くらい前から、また魔力が増えたみたいで……あと、魔力の制御も上手く出来るようになったみたいです」

「そうかい……可愛らしい顔してるのに、化け物じみてるね」


 むぅ、とカノンが頬を膨らませる。魔法に関しては自覚があるため反論は出来ない。


「この上なく頼りになるって意味さ。あんたを弟子にして少し鍛えたら、私も心置きなく引退できるよ」

「え、アンさん引退するんですか!?」

「あんたとコンラッドが一人前になったらね。まだ先の話さ」

「そう、ですよね……」

「こんなババアにいつまでも仕事させるんじゃないよ」

「アハハハ……」


 マルベリーアンの嫌味に、カノンは乾いた笑いで応えた。そこへ一人の騎士がやって来て、カノン達は休んで良いと言ってくれた。少し離れた所に天幕が張られている。何かあったら起こすが、恐らく問題はないという話だ。騎士や領兵はまだ働いているが、カノン達は先に休ませてもらうことにした。





 翌朝、カノン達は帰途に就いた。御者を除き、騎士たちとはコルム村で別れる。そのまま何事も無くマルデラに到着した。時刻はもう夕方だ。ポッポ亭に取ったマルベリーアンの部屋で、カノンの変装を解いてリリに戻った。


「カノン・ウィザーノットの恰好も良かったよ?」

「ほんとですか?」

「本当さ。こっちで何かする時はカノンで行きな。スナイデル公国に来るまでは気を抜くんじゃないよ」

「はい! ……あの、私がアンさんの弟子になってもいいんでしょうか」


 マルベリーアンは瘴魔祓い士を象徴する存在だ。多くの人から尊敬され、同じ瘴魔祓い士からは憧れをもって見られている。そんな凄い人の弟子に私なんかがなっても大丈夫だろうか?


「あんたさえ嫌じゃなければ問題ないよ」

「嫌だなんてそんな! 私も師匠はアンさんがいいです」

「だったら何も問題ないね。周りが煩く言ってきたら実力で捻じ伏せてやれば良いのさ」


 アンさんみたいに強気でいられるのは羨ましい。私はそれほど親しくない人にはどうしても気を遣ってしまうから。


「リリ。公国に来たらまず、学院に通って欲しいんだ」

「学院、ですか?」

「デンズリード魔法学院。そこの瘴魔祓い士科だよ。これは、あんたの為って言うよりこれから瘴魔祓い士を目指す子たちの為なんだけどね」

「ほかの子たち……」

「まぁ無理にとは言わない。少し考えておいてくれるかい?」

「分かりました」


 マルベリーアンとコンラッドは、またダルトン商会の隊商と一緒に公国へ戻るのだそうだ。ガブリエルが王都から戻るまで七~八日ある。その間にゆっくり食事をしようと約束して、リリは自宅へ戻った。


 ポッポ亭からの帰り道、アルゴが音もなくやって来てリリに体を擦り付けてきた。


「アルゴ! 一人にしてごめんね? ちゃんとご飯食べてた?」

『うむ、我は二、三日くらい食事を摂らなくても問題ない』

「そうなの? でも、今日はごちそう作ってあげる」


 澄ました顔でリリの隣を歩くアルゴだが、尻尾がブンブンと振られていた。


 四年前にリリと出会ってから、たった二日とはいえ離れたのは初めてだった。人間が感じるような「寂しさ」は分からないアルゴだが、この二日はずっと物足りない気分だった。そこにあるのが当然のものがない。何だか胸にぽっかりと穴が開いたような気分。

 それが今、リリが傍に居てリリの声を聞くだけで満たされたような気がするから不思議だ。


 人間の寿命はあまりにも短い。リリもいずれ老い、死ぬのだ。そのことを考えると、時々暴れ出したくなる。いつか別れの時が来て、自分が平静でいられるか分からない。


 孤高の存在たる神獣(フェンリル)の自分が、まさかこんな弱気になるとは。アルゴは内心の変化に少し驚く。だが悪い気はしない。リリを通して、人間というものをより深く理解できた。それは思っていたより心地よいものだった。もちろん、一番与えてくれるのはリリである。彼女は柔らかくて温かい。自分に足りなかったもの、欲しかったものを惜しみなく与えてくれる存在だ。


 アルゴはもう決めている。いつかリリが死んでも、その子を、孫を、曾孫を、守って行こうと。神獣の自分にはそれが出来るのだから、リリが与えてくれたものに報いるためにも彼女の子孫を守るのだ。


 アルゴはブンブンと尻尾を振りながら、リリと一緒に歩いて行った。

評価をして下さった読者様、本当にありがとうございます!

ポイントが増えるのはかなり、いや物凄く嬉しいです。

読者様の反応が作者のやる気スイッチをぽちっと押してくれます。

スイッチが壊れるくらい、遠慮なく反応をください(笑)

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