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54 瘴魔祓い士を目指したい!

「死亡者が二人だと!? たったそれだけか!?」


 エバーデンの街中で瘴魔鬼が出現して三日後。クズーリ・ギャルガンは側近の報告を聞いて持っていたワイングラスを壁に投げつけた。


 負傷者は三十人近く、死亡者は二人。しかもそのうちの一人は魔箱を持ち込んだ男だった。密かにエバーデンに潜入させていたクズーリの手の者によれば、瘴魔は確かに出現し、男を取り込んだ後に瘴魔鬼に変化したそうだ。

 瘴魔鬼と言えば、一体でも甚大な被害を出す動く災害だ。エバーデンの人口から考えて、少なくとも数百人の犠牲者が出てもおかしくない。


「たまたま『金色の鷹』がエバーデンにいたようです」

「またあいつらかっ!」


 人攫いの嫌疑を掛けられ、多額の賠償金を支払わされ、自由に領の外に出ることもままならない。その原因は全て「金色の鷹」だ。そして、今回の計画も「金色の鷹」が邪魔したおかげで失敗した。


「くそっ、許せん許せん許せん許せん……」


 クズーリは親指の爪を噛みながら呪詛を振りまいた。指から血が滴っても気にする様子がない。瞬きも忘れて見開いた目は血走っている。


「あの男に、帝国の商人に連絡をつけろ。ありったけの『魔箱』を買い取ると伝えろ」

「クズーリ様、それは――」

「私の言う事が聞けんのか!?」

「……かしこまりました」


 魔箱――瘴魔を人為的に発生させる魔道具。この前手に入れた時は二個で五千万コイルだった。ありったけ、と言われたがこのギャルガン子爵家にはクズーリが思っているほどの余裕はない。精一杯用意しても、せいぜい四億コイル――魔箱十六個分だ。まとめ買いということで二十個を四億コイルで()()()()()()


 クズーリが最も信頼しているこの側近は、十五年前にアルストン王国に潜入した帝国の密偵だった。スードランド帝国は、アルストン王国を内から崩壊させるため、様々な所に密偵を送り込んでいた。


 貴族の金を毟り取り、国土と国民を瘴魔で蹂躙する。一石二鳥とはまさにこの事だ。


 さて、クズーリの気が変わらないうちに早めに準備をするか。側近の男は怪しげな商人を装った自分の部下と連絡をつけるために足早に屋敷を後にした。





*****





 エバーデンからマルデラに戻り、リリはミリーとジェイクの三人で話し合いを行った。リリは母に心配を掛けたくなかったから、これまでの事を正直に伝えるのが躊躇われた。ただ、そんなリリの心配は杞憂に終わった。


「リリ。あなたに話してなかったけど、マルベリーアンさんから手紙をもらってたの」

「え、アンさんから!?」


 スナイデル公国の特級瘴魔祓い士、マルベリーアン・クリープス。彼女は、リリを親の承諾も得ずにルノイド共和国に連れて行き、そこで瘴魔や瘴魔鬼と大規模な戦闘になったことを詫びる手紙をミリーに送っていたのだ。

 その後ミリーが返事を書いたことで何度か手紙のやり取りをしていたらしい。手紙の中で、リリに瘴魔祓い士として稀有な才能があることも知らされていた。


「なんだよ、知らないのは俺だけだったのかよ……」


 ジェイクが拗ねたように口を尖らせた。


「あなただけじゃないわよ? アルガン達にも言ってないし」

「……そういう問題じゃねぇんだが……まぁそれはいいか。言うまでもなく、一番大事なのはリリの気持ちだ」


 肩を竦めながらジェイクはそう言う。


「ジェイクおじちゃんやベイルラッド様は、私がおかしなことに巻き込まれないためには公国で瘴魔祓い士になるのが一番だって考えなんだよね?」

「リリの感情を抜きにした上で簡単に言うとその通りだな」


 リリは座った姿勢で腕組みをし、目を瞑って考える。


 自分の将来を決めるのはもう少し先のことだと思っていた。祝福の儀がまだだし、天恵(ギフト)も分からない。ただ天恵が何であれ、それだけで将来の仕事を決めるつもりはない。

 これまで何となく考えていたが……料理人と絵師は仕事というより趣味だろうと思う。治癒魔術師は……まぁ、保留。瘴魔祓い士は……有力候補であることは間違いない。


 うーん……自ら戦いの中に身を置くつもりはなかったんだけどなぁ……。


「お母さんは、私が瘴魔祓い士になるのは賛成? 反対?」

「私は賛成も反対もしないわよ? 決めるのはリリだもの」

「……だよね」

「ただ、絶対に瘴魔祓い士になると決めなくても良いと思うの。瘴魔祓い士をやりながら別のことをやってもいいし、他にやりたいことが見つかればそれをしてもいいし」


 ミリーの言葉を聞いて、リリは心が軽くなるのを感じた。お母さんの言う通りだ。前世だって転職する人はごまんといた。と言うより、一生一つの仕事に就くという人の方が少数派だったかも知れない。それはこの世界でも同じだ。


「そもそも結婚したら仕事を辞めるかも知れないんだし」

「なっ!? け、結婚だと?」

「……なんであんたが動揺するのよ。そりゃリリだっていつかは結婚するでしょうよ」

「うっ、そりゃそうだが……」


 そうだ! 私だって前世で出来なかった結婚をしてみたい!

 今のところ相手もいない結婚の話は置いといて……


「お母さん。私がスナイデル公国に行ったら、お母さんとミルケは――」

「もちろん一緒に付いて行くわよ?」

「……え?」

「だって、私たちがここに残ったら、人質に取られる可能性があるでしょ?」

「たしかに。でもいいの? お店も繁盛してるのに」

「スナイデル公国だったら、もっと繁盛する気がするの! ガブリエルさんがそう言ってたし!」


 ミリーの言う通り、公国の首都ファンデルで店を出すことが出来れば、マルデラより遥かに多くの集客を見込めるだろう。なんせ人口が桁違いである。ただ、その分料理店を開くには多額の資金が必要だろう。それでも、リリは一億五千万コイル持っているし、ミリーも結構お金を貯めている筈だ。きっと何とかなる。


「あのな。リリ達が公国に行くなら、『金色の鷹』も行くからな」

「え、来てくれるの!?」

「もちろんだ!」


 ジェイク的には、リリの聞き方は百点満点だった。ここで「え、なんで?」などと聞けばガックリと肩を落としたことであろう。


 私がスナイデル公国に行っても、アルゴはもちろんお母さんとミルケ、それにジェイクおじちゃん、ラーラさん、アルガンお兄ちゃん、クライブお兄ちゃん、アネッサお姉ちゃん、みんなが来てくれる。

 それに瘴魔祓い士を目指すのも取り敢えずの気持ちで良いみたい。もちろん目指すからには中途半端な気持ちではやらないが、もし嫌になったり、他にやりたい事が見つかったらそれでも良いって言ってくれている。

 私、色々と難しく考え過ぎてたのかも。もっと早くお母さんやジェイクおじちゃんに相談しても良かったのかも。


 とにかく、これでスナイデル公国に行く障害はなくなった。初めから障害なんてなかったのかも知れないけど。


「私、スナイデル公国に行きたい! 行って瘴魔祓い士を目指したい!」





 スナイデル公国へ移り住むことを決めてから日々が慌ただしくなった。


 まず「鷹の嘴亭」。給仕のジャンヌに事情を話し、近々店を閉めることを告げた。ところが、ジャンヌが店を買い取りたいと言い出したのだ。ジャンヌの両親はマルデラで八百屋を経営し、夫は役場勤め。自分たちの貯金と親からお金を借りて、足りない分は分割で支払うと鼻息が荒かった。

 店の権利、と言うより建物の値段で、相場より安く二千万コイルで話がついた。それくらいなら何とか現金で払えると言う。それからは、給仕ではなく調理を覚えてもらうためにミリーが付きっきりで教えている。その代わりにリリが給仕をするため店に立った。


 「金色の鷹」は、ジェイクが辺境伯に報告するためエバーデンに向かい、クライブとアネッサの二人は先行してスナイデル公国に向かった。ダルトン商会に協力を仰ぎ、リリ達の家、開業する新しい「鷹の嘴亭」、そして「金色の鷹」の拠点を探すためである。


 ジェイクが戻って来た時にはボームス執事長を伴っていた。辺境伯の手紙を携えていたボームスは自宅にいたリリを訪ね、治療してくれたことに感謝を述べた。


「リリアージュ様、先日は私の腰を治していただき心より感謝申し上げます」


 執事服をかっちりと着こなしたボームスが、リリに向かって深く腰を折った。


「ああ! ボームスさん、そんなに腰を曲げちゃダメです!」

「フフフ……リリアージュ様、腰はすっかり良くなったのです」

「ほんとですか? 無理してません?」

「本当でございますよ」


 ボームスが優しい笑みを向けたので、リリはようやく安心する。ご自宅で会った時より十歳くらい若返って見える。やっぱりボームスさんは仕事をしている時が一番カッコイイなぁ。


「お元気そうで何よりです」

「お陰様でございます。こちら、辺境伯閣下から託された書状でございます」


 リリは差し出された手紙を恭しく両手で受け取った。早速封蝋を切って読んでみる。手紙はジェイクから公国へ移住すると聞いてから書かれたもののようだ。

 手紙の前半は、平たく言えば「リリが公国に行ったら寂しい、妻と息子も寂しがる」ということが貴族らしい美辞麗句で綴られていた。そんなこと言われても、と思うリリである。後半は褒賞金の話だった。


「えっ? ベイルラッド様が、ファンデルに家と店を用意してくださるんですか!?」


 リリは思わずボームスに尋ねた。


「左様でございます。元より公国への移住は閣下から言い出した話。現金で褒賞を渡そうとしてもまた断られるから、それなら首都ファンデルに移住する手助けをしよう、とお決めになったようです」


 エバーデンの街、住民、そして辺境伯とその護衛。これらを瘴魔と瘴魔鬼から守った褒賞として、スナイデル公国の首都ファンデルにリリ達が住む家と新しい「鷹の嘴亭」を開く店舗を用意してくれるらしい。そっちの方がかなり高くつくんじゃないかと思ったが、せっかくの好意なので有難く受け取ることにした。


 家と店舗は、リリやミリーの希望を聞いた上でダルトン商会に一任する、とある。ガブリエルとマリエルに任せることが出来るなら言う事無しである。


「大変有難いお話です。ありがとうございます」

「リリアージュ様が成した事を考えたらこれくらいは当然のことでしょう。閣下にはリリアージュ様がお礼をおっしゃっていたと申し伝えます」


 リリが丁寧に頭を下げると、ボームスは温かな笑みを浮かべながらそう言って辞去した。リリは家に残ったジェイクに向かって言う。


「あとはジェイクおじちゃん達の家かな」

「あー、俺達はそれぞれで借りるから大丈夫だぞ?」

「え、そうなの?」

「今もそうだし。みんな一所に落ち着けねぇ性分だから。飽きたら引っ越すんだよ」

「ほぇー」


 そう言われてみれば、リリが知っているだけでジェイクは少なくとも三回は引っ越ししている。それはそういう理由だったのか。


「だから俺達のことは気にしなくていい。最悪野宿でも問題ねぇからな」


 Sランク冒険者が野宿は駄目だろう、と思ったが、宿もあるしリリ達の家に泊まったっていいのだ。ジェイクの言う通り、リリが心配することではないのだろう。


 生まれてからずっとマルデラに住んでいたから、リリにとってはこれが初めての引っ越しになる。一気に事態が動き始めて、何だか落ち着かない気分になった。

 スナイデル公国と首都ファンデルは初めてではないし、綺麗で良い街だと感じたのを覚えている。あそこに住むのかぁ……。マリエルとも、今よりずっとたくさん会えるよね。

 この落ち着かない気分はワクワクしているからだ。私、引っ越しを楽しみにしてるんだ。そう気付いて、リリはようやく少し先のことに思いを馳せるのだった。





*****





 マルデラを出発したボームス執事長は、エバーデンとの中間辺りで東に向かうよう御者と護衛に指示した。その先にあるコルムという小さな村である人物と会うためだった。


 リリに腰の治療をしてもらった翌日から、ボームスは登城して執務に復帰した。先代からクノトォス家に仕えてきたボームスは優秀な執事であると同時に、クノトォス領とその周辺の情報を集めて分析する一流の分析官であった。


 辺境伯の目前で「魔箱」を出した男は護衛騎士に捕らえられ尋問を受けた。その男は簡単に口を割った。ギャルガン子爵領で盗みを働いて捕まったが、領兵から罪を不問にする代わりにエバーデンでこれを開け、と薄い木箱を渡された。もう一人の男が騒ぎを起こせば辺境伯家の紋章が入った馬車が出てくるかも知れない。その場合はその馬車の近くで箱を開けと言われた。


 木箱が「魔箱」と呼ばれる帝国で開発された未完成の兵器であることは二年ほど前に掴んでいた。

 捕えた男の話から、ギャルガン子爵家が今回の件に絡んでいるのはほぼ間違いないと思われた。子爵家の三男クズーリは問題を起こし、事実上失脚した。そのせいで辺境伯やリリ、「金色の鷹」を逆恨みしている可能性がある。だからこそ先日エバーデンが襲撃されたのだろう。そこで、ボームスは信頼できる人間を使って子爵家周辺を調べさせたのだ。コルム村でその人間と会い、調査結果を聞かせてもらう手筈になっている。


「完全に息の根を止める必要があるかも知れませんね」


 馬車の中で嘆息しながらボームスは独り言ちた。

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