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51 魔箱

大変長らくお待たせいたしました。

第三章、スタートです!

 カリナン・クノトォスに治癒魔法をかけてから一年近く経ち、リリは十二歳になった。


 この一年間で、今まで通りダルトン商会はマルデラを四回訪れた。その度にマリエルは十日ほどリリの家に泊まり親交を深めた。

 ベイルラッド・クノトォス辺境伯家とも親しくなり、カリナンに大層懐かれた。リリは三回エバーデンを訪れたが、カリナンの方は護衛を引き連れて四回マルデラに来た。まあまあ大変だった。カリナンは順調に回復しており、一年経った今では走ることも出来るようになっている。

 リリがクノトォス領に寄付した形になった二億七千万コリンは、孤児院の改装と人員補充、孤児の食料や衣服、職業訓練に充当されたそうだ。態々ベイルラッド辺境伯が報告してくれたのは少し困ったが、役立ててもらえて嬉しかった。


 あれからリリに変化があった。


 アルゴの言葉が分かるようになり、感情を表す靄を任意で不可視に出来るようになった。ラーラ曰く、魔力の流れがスムーズになって魔法を効率よく使えるようになったらしい。そのおかげなのか治癒魔法で魔力枯渇を起こすことがなくなった。

 そして、背が伸びた。さらに、胸が膨らんできた。ちょっぴりだが。マリエルにはまだ全然及ばないが、「無」が「微」を経て「貧」くらいになった。この差は大きい、とリリは思っている。





 「鷹の嘴亭」の昼営業が終わった頃、使者がリリを訪ねてきた。これまでカリナンの来訪前に先触れを持って来てくれた男性騎士で、名をルーベンという。何度も会っているので顔見知りである。


「リリ殿、こんにちは!」

「こんにちは、ルーベンさん」

「本日は辺境伯様から書状をお預かりして参りました」


 肩に掛けた鞄から、家紋入りの封蠟がされた手紙を恭しく差し出す。リリも少し芝居がかった様子で恭しく受け取った。


「いつものようにお待ちになりますか?」

「はい、待たせていただきます」


 ルーベンさんは何度も会っているのに対応が固いなぁ、と思いながら三ヵ月程前に設置したカウンター席に案内した。カウンター席は、一人で来店すると肩身が狭くなるという客の要望に応えて作ったものだ。横並びで六人座れるようになっている。その隅っこでルーベンは小柄な体を更に小さく丸める。遠慮しているのだった。彼の前に紅茶とクッキーを置く。以前、食事を出したら大変恐縮されたので、それ以来軽いものにしている。それでも彼は凄く恐縮してしまうのだが。


 リリは手紙を持って二階へ上がった。またカリナン様が来るのかな? ダイニングテーブルで封蝋を切り手紙を広げる。


「えっ!? 大変だ!」


 辺境伯の直筆で書かれた手紙には、ボームス執事長が寝込んでいると書かれていた。あの渋いおじいちゃん執事さんが倒れた? お年を召しているし、病気になってもおかしくはない。でも、最初にとても親切にしてくれた人だから心配……。


「……なんだ、腰痛かぁ。いやいや、あの歳で寝込んだら駄目だよね!? それこそ足腰が弱って寝たきりとか!」

「リリ、さっきからどうしたの?」

「おねえちゃん、変だよー?」


 手紙を読みながら思いっ切り独り言を言っていたらしい。普通に誰かと喋る声量だったので凄く恥ずかしい。


「……辺境伯様の執事長、ボームスさんが腰痛で寝込んでしまったらしいの」

「あら、それは大変ね」

「やっぱり大変なの?」

「ええ。腰痛には治癒魔法が効きにくいって言うから」

「そうなんだ」


 手紙では、今度エバーデンに来たら見舞いに行ってやってくれないか、と書かれていた。仕事が出来なくなった執事長が塞ぎ込んでいるらしい。ボームスさんは仕事が生き甲斐みたいな人だからなぁ。


「お母さん。私、エバーデンに行って来ていい?」

「そう言うと思ったわ。ボームスさんにはお世話になったもんね?」

「うん。それに、私の魔法なら効くかも知れないし」


 ボームスさんは、カリナン様を治療した後は更に親切で優しくなった。こんなおじいちゃんがいたらいいのにな、って思うような人。だから、具合が悪いのを知って見過ごすことなんて出来ない。


『我の背に乗って行くか? 馬車より遥かに早いぞ?』

「ありがとう、アルゴ。一応ジェイクおじちゃんに相談してみる。相談しないと後で拗ねるから」

『フフフ。それもそうだな』


 アルゴの言葉が分かるようになったというのは、ミリーには直ぐに伝えた。同じ家で暮らしていて内緒には出来ないと思ったからだ。母には驚かれたが「リリだからねぇ」と良く分からない理由で納得された。


「あ。ルーベンさんを忘れてた」


 リリは階下へ降り、ルーベンに放置したことを謝った。そして、出来るだけ近いうちにエバーデンに行ってボームス執事長のお見舞いに行く、と伝言を託した。ルーベンを見送った後ジェイクの家に行ってみたが不在、三軒隣のラーラも不在だったので、パーティで依頼を受けているのだろう。

 夕べは来なかったから、きっと今夜辺り晩御飯を食べに来るはず。そう思い、リリは自宅へ戻った。





*****





「本当に使えるのであろうな?」

「もちろん。帝国のお墨付きですから。クズーリ様だからこそ、特別にお譲りするのですよ?」

「ふむ……信用することにしよう。これが約束の金だ」

「へへへ、毎度あり」


 ギャルガン子爵領の片隅にある一軒の傾きかけた家の中で、フードを目深に被った怪しげな男と相対しているのはクズーリ・ギャルガンである。


 一年近く前、冒険者ギルド職員のルーク・ペルドットへの傷害事件とリリアージュ・オルデンの誘拐未遂事件への関与を断罪され、蟄居と合計二億コイルの賠償金支払いを命じられたクズーリだが、彼は怨嗟を滾らせていた。

 ルークやリリに対してもそうだが、ベイルラッド・クノトォス辺境伯への恨みが最も大きかった。辺境伯の望みを叶えるために行動した自分を罰したのが、他ならぬ辺境伯自身だったからだ。


 時間を掛けて復讐の手段と機会を探った。そこで行き着いたのが、アルストン王国の南に位置するスードランド帝国から流れて来たある噂だった。


 アルストン王国と山脈を隔てるスードランド帝国は、約五十年前まで大陸南部の小国を次々と併呑して拡大の一途を辿っていた。しかし、大きくなり過ぎた帝国は国内で食料問題と派閥の衝突が頻出し、他国へ侵攻する余力を失ったと言われている。

 ただ、一部の過激な派閥が瘴魔を軍事利用する研究を行っていたらしい。その研究は目ぼしい成果を挙げられなかったようだが、研究の過程で「魔箱(まばこ)」なる物が生み出された。一見、葉巻を入れるような薄い木箱に見えるそれは瘴魔を発生させる。兵器としての可能性に研究者たちは沸いたが、運用が非常に難しいことが直ぐに判明した。


 何しろ発生した瘴魔は「魔箱」の持ち主であろうが見境なく襲う。そのため高位の浄化魔法を使える者でなければ開くことさえ危険である。その上、長時間「魔箱」を身近に置いておくと、次第に精神が侵されることが分かった。そのため、殆どの「魔箱」は廃棄されたのだった。


 しかし、武器を扱う商人や裏の商売を営む者が廃棄された「魔箱」を秘密裡に確保した。数はそれほど多くはないものの、それでも数百個は回収された。


 今クズーリの目の前に置かれている二つの木箱。それが件の「魔箱」であった。


「おい。奴らにこれを持たせて早速エバーデンに向かわせろ」

「かしこまりました」


 フードの男が立ち去った直後、クズーリは側近に指示を出した。こんな危険な代物を自分で使おうとするほど愚かではない。エバーデンが、上手く行けば辺境伯自身が瘴魔に襲われて無様に死ぬ所を直接見たいのは山々だが、自分が瘴魔に襲われたのでは本末転倒も甚だしい。

 クズーリは、盗みや暴力といった軽微な罪を犯した者を二人確保していた。罪を不問にする代わりにエバーデンで木箱を開け、と命令している。領都のどの場所で開くかもそれぞれ指定していた。念を入れて、二人はギャルガン子爵領以外の者を選んだ。万が一失敗しても自分と繋がらないよう、その二人とはこれまで一度も直接会っていない。


 クズーリは昏い笑みを浮かべた。この私を貶めた罰を受ければ良い。せいぜい慌てふためいて死んでいけば良いのだ。





*****





 騎士ルーベンから手紙を受け取った四日後、リリは領都エバーデンを訪れた。アルゴの背に乗せてもらうのが最も早い移動手段なのだが、ジェイクとアルガンが駄々を捏ねた。外せない依頼があるから三日待ってくれと涙ながらに訴えられ、リリは苦笑いしながら承諾した。ラーラ、クライブ、アネッサの三人はそんな様子を生温い目で見ていた。


 ラーラはすっかり「金色の鷹」に馴染み、リーダーのジェイク、年上のクライブにもタメ口で話すようになっている。この一年、ラーラにアルガンと付き合うようそれとなく勧めてみたが、「弟にしか思えない」とばっさり切られた。


 アルガンお兄ちゃん、がんばれ。


「リリ、ボームス執事長の家知ってんのか?」

「ううん。お城に行けば誰か教えてくれると思うから、明日の朝行ってみる」


 リリは紛うことなく平民だが、誰も成し得なかったカリナンの治療を成功させたことは城で働く一部の者が知っていて、辺境伯家と懇意にしていることは末端の衛兵にまで知られている。城の門を守る衛兵にも気軽に声を掛けられるのだ。


「あー……エバーデンに来て城に顔を出さなかったら辺境伯が拗ねるか」

「ジェイクおじちゃん。……ううん、何でもない」


 ジェイクは自分のことが見えていないらしい。余計なことは言わない優しさをリリは持っている。


「ジェイク、どの口が言うのよ?」

「あぁ?」


 ラーラはその優しさを持ち合わせていない。何のことか分からないらしいジェイクは怪訝な顔だ。リリは横を向いてそっと溜息をついた。


「お、もう門が見えて来た。リリと来る時は毎回(はえ)ぇよな」


 言うまでもなくアルゴのお陰である。更に、エバーデンに行く時に毎回同じ馬を使っているため、馬がアルゴとその風魔法に慣れていた。通常なら十一時間、以前は十時間掛かっていたのが、今では九時間ほどで着く。


「まだ早いから、宿を決めたら先にお城に行って来ようかな?」

「また泊まっていけって言われるぜ?」

「うぅ……やっぱ明日にしよう」


 城に泊まるのは別に良いのだが、歓待が凄い。一度など侍女に風呂にいれられて全身を洗われた。あれは恥ずかしかった……。そうでなくても服や化粧で飾り立てられるし、ケイトリンとカリナンが離してくれないのだ。


 出来ればベイルラッド様と少しお話するくらいで解放されたい。せめてケイトリン様とカリナン様のお相手は二時間くらいまでにしたい!


 有力貴族だから無碍にする訳にもいかない。後ろ盾としてはこれ以上ないほど強力なのだが、何事も程々がいいよね、と思うリリであった。

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