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44 前を向いて歩き出す

 翌朝。なかなか起きて来ないラーラを、リリが起こしに行く。


「ラーラさーん。朝食の時間ですよー」


 部屋の扉をノックしながら声を掛けるが反応がない。夕べ遅くまでレイシアとケイネスの二人と楽しい時間を過ごしたラーラは二日酔いだった。


「ラーラさーん? 大丈夫?」

「うぅ……」


 呻き声が聞こえた後ようやく扉が開いた。ラーラの顔は土気色をしており、リリはまるでゾンビみたいだと思った。これは前世で観た映画の記憶である。この世界ではアンデッドの類は見た事がない。


「……浄化! からの治癒(ヒール)!」


 アンデッドと言えば「浄化」だろう、とリリは反射的に浄化魔法を放った。まぁラーラはアンデッドではないのだが。それから血液中のアセトアルデヒドを除去するイメージで治癒魔法を使った。要するに二日酔い治療である。


「あぁぁ…………リリちゃん、ありがとう。何だかスッキリした」

「朝ごはん、食べられそうですか?」

「……うん、そう言えばお腹空いたわ」


 一階の食堂に下りると他の五人は全員席に着いて朝食を食べていた。リリとラーラが席に着くと、食堂の人が直ぐに料理を持って来てくれる。細かく刻んだ野菜と小さな肉の入ったスープ、柔らかい白パン、サラダ、目玉焼きだ。ジェイク達お勧めの宿なだけあって朝食も美味しい。


「ラーラさん、今日レイシアさんの所に行けそうですか?」

「え? ああ、言ってなかったわね。うん、九時頃に行く予定だけど、リリちゃんは大丈夫?」

「私は大丈夫です。えーと、マリエル?」

「うん?」

「治療に行くけど、たぶん最低限の人数で行った方がいいと思うの。悪いけど待っててくれる?」

「別にかまへんで!」

「それなら、俺達がマリエルに街を案内してやろう」

「ほんま!? ジェイクのおっちゃん、頼むわ!」


 服を脱ぐ必要があるから男性はもちろん治療の現場には入れないし、女性でも初めて会う人が何人も居ると気まずいだろう。ラーラさんと私だけで行こう。あ、アルゴにはお外で待っててもらおう。


「アルゴ、レイシアさんの家に行くけど、お外で待っててもらっていい?」

「わふっ!」


 マリエルをジェイク達に任せ、リリはラーラに連れられてレイシアの家に向かった。アルゴは機嫌良さそうに尻尾を振りながら二人の後ろを付いて行く。


「ここよ」


 一軒の家の前でラーラが立ち止まった。玄関扉を軽くノックすると中から開き、明るい金色の髪を長く伸ばした背の高い女性が現れた。


「おはようレイシア。この子が昨日話したリリちゃんよ。リリちゃん、こちらがレイシア。私の幼馴染で一番の親友」

「はじめまして、レイシアさん。リリアージュ・オルデンと申します」

「あらご丁寧に。はじめまして、レイシア・ベンダルです。よろしくね」

「はい!」

「あら、とっても大きなワンちゃ……狼? リリちゃんはテイマーなの?」

「あ、テイマーではないんですけど、この子は従魔でアルゴっていいます」

「わぅ!」

「アルゴ、ここでしばらく待っててくれる?」

「わふっ」

「まぁ、とっても賢いのね。取り敢えず中にどうぞ?」

「「お邪魔します」」


 家の中は明るい色の調度品で統一され、ホッとするような空間だった。ダイニングテーブルにレイシアと向い合せで座る。顔の右半分が茶色く変色し、右の瞳も白濁している。お茶を差し出してくれた右手にも火傷の痕が生々しく残っていた。今まできっと辛い思いをしてきたに違いない。レイシアを前にして、ラーラの気持ちが痛いほど分かった。


「ラーラの我儘に付き合わせてごめんね」

「いえ、私が望んだことなので」

「あの……こんな事を言うのは良くないかも知れないけど、例え失敗しても気にしないで」

「……絶対にうまくいくとは言いません。だけど全力でやります」

「そう……ありがとう」


 レイシアは笑顔を見せたが、どこか冷めているように見えた。ラーラが王都中を探して見付からなかったのだ。私のような小娘が治せる訳がないと思うのは当然だろう。レイシアさんは「ラーラの我儘」と言った。そこには、ラーラさんの気が済むならという意味が含まれていると感じた。期待しても無駄。冷めた笑顔は諦めのせいかも知れない。


 リリが考え事に耽っている間、ラーラの指示でレイシアが服を脱ぐ。火傷はかなり広範囲だったようで、一度全ての服を脱いだ。バスローブのような服を左半身に掛けて、右半身を露出している。家の中は暖炉のおかげで暖かいが、ずっとその恰好では寒そうだ。


 右太腿の真ん中辺りから腰、お尻、脇腹、背中、右腕、お腹、胸、首、そして顔。恐らく面積ではジェイクと同じくらいの筈だ。


「座ってもいいのかしら?」

「はい、どうぞ座ってください」


 火傷痕が残る場所全ての、皮膚より三ミリ下……顔の皮膚は薄いと前世で聞いた事があるから、顔は一・五ミリ下から組織を再生させるイメージ。そして白濁した瞳も……ああ、目の構造なんて知らない。仕方ない、左目と同じになるようイメージする。


「……行きます。治癒(ヒール)


 レイシアが座る椅子の下に、直径一メートルの魔法陣が現れた。黄緑色の光が眩しいくらいに溢れ、レイシアの全身を包み込む。光の粒子がレイシアの体の中に吸い込まれていくように見えた。ジェイクの時よりも長く、たっぷり二分程光り続け、徐々に光が弱くなり、やがて消えた。


「ふぅ……終わりました」

「もう動いてもいい?」

「あ、はい、大丈夫です」

「ラーラ! 物凄く痒いわ!」

「はいはいはい。ほら、自分で届く所はこれを使って。背中は私がやってあげるから」


 ラーラは清潔なタオルを何枚も用意していた。一枚をレイシアに手渡し、別のタオルで背中をゴシゴシしている。ジェイクの時に経験済みなので用意していたのだ。リリも手伝いたいが、魔力を枯渇寸前まで使ったようで足に力が入らない。


「リリちゃん、魔力は大丈夫?」

「……ギリギリです」

「それは大変! レイシア、リリちゃんをソファで寝かせてもいい?」

「構わないよ……あー痒い!」


 ラーラの肩を借りて、リリはソファに移動して横になった。レイシアとラーラが大騒ぎしながら右半身をタオルでゴシゴシしている光景を目にしながら、閉じそうになる瞼と格闘していたが、やがて力尽きて眠ってしまった。





「ハッ!?」

「わふっ!?」

「あ、リリちゃん起きた?」


 ここは……レイシアさんの家か。うわ、私初めて来た家で寝ちゃった。物凄く失礼じゃないかな……。アルゴ、家に入れてもらったんだ。迷惑じゃなかったかな……。


「ラーラさん、すみません……私、どれくらい寝てましたか?」

「一時間くらいかな。今レイシアはお風呂に入ってる。痒みは治まったけど、汗をかいたから」

「そうですか……私、失礼なこと――」


 言葉の途中でラーラがリリを抱きしめた。


「ラーラさん!?」

「うぅ……リリちゃん……ありがとう……本当にありがとう……」


 顔は見えないが、ラーラは泣いているようだった。


「ラーラさん、まだ成功したかどうか――」

「ううん。あれは成功よ……間違いない」


 なんで断言できるんだろう? ジェイクおじちゃんの時は一週間経ってようやく確信できたのに。

 体を離したラーラがリリの目を覗き込む。ラーラの目は真っ赤になっていた。


「レイシアの右目、治ってた。澄んだ青い目に戻ってたの!」

「ほんとですか!?」

「うん!」


 そうか……目もうまく治せたんだ。良かった。本当に良かった。たぶん、目を治すイメージが曖昧だったから魔力をかなり使ったのだろう。前世の知識でも白濁した瞳を治す方法なんて知らなかったからゴリ押しだった。


「もう痒い痒いって大変だったんだから。ジェイクさんの時と全く同じだった。あんな姿旦那さんにも見せられないだろうね」


 ウフフ、と笑いながらラーラが教えてくれた。そうか、それならきっと大丈夫だろう。詳しい仕組みは分からないけれど、新しい組織が生まれる時に尋常ではない痒みが発生するらしい。それも十分くらいで治まるのだが。


 ……って、旦那さん? レイシアさんって結婚してるの?


「レイシアさん、結婚されてるんですね」

「そうなの。前の冒険者仲間で私も知ってる奴。私も昨日知って驚いちゃった」


 そうか。レイシアさんは独りじゃなかったんだな。なんかほっとした。

 ラーラが淹れてくれたお茶を飲んでいると、レイシアが風呂から上がってきた。


「リリちゃん!? 気が付いたのね!」

「あ、レイシアさん、すみませんでした。寝てしまって……それにアルゴも家に入れて下さって」

「全然構わないから気にしないで! ラーラから聞いたの。魔力枯渇でしょ? それだけ一生懸命やってくれたのよね……ありがとう、リリちゃん」

「いえ、私がやりたかっただけなので」

「右目がすっかり元通りになったの。それでラーラの話では、肌も……い、一週間くらいで、き、綺麗になるって……」


 レイシアは椅子に崩れるように座り、両手で顔を覆って泣き出してしまった。リリはどうして良いか分からずオロオロしてしまう。レイシアの肩を抱くようにラーラが寄り添い、頭を優しく撫でていた。


「レイシア、長い間苦しい思いをさせてごめんね……一週間、毎日見に来るから。もう少しの辛抱だから」

「ち、違うの……私、信じてなかった……信じてなかったのよ!」

「いいの……信じられる訳ないもんね。いいんだよ、気にしないで」


 レイシアはラーラに抱き着いて大声を上げて泣いた。その姿を見ていると、リリの目にも涙が溜まる。太腿に顎を乗せたアルゴの頭を優しく撫でていると、その柔らかさと温かさが胸に沁みた。

 ラーラとレイシアの間には、お互いを思いやって口に出来ない蟠りがあったのだろう。責めていない、恨んでいないといくら言葉にしても、自分の姿を見る度にラーラを思い出し、心の中で彼女を責める事もあっただろう。そしてそんな自分が嫌になるのだ。

 ラーラも、魔法に巻き込まれたレイシアに思う所があったかも知れない。もっと離れていてくれれば。他の仲間と同じ場所まで退いてくれていれば。


 だが、起きてしまった事は変えられない。だからレイシアは火傷痕がある自分を受け入れ、ラーラはレイシアを治す事に固執する事で嫌な考えを追い払おうとした。


 火傷痕が完全に綺麗になったら、二人の関係は元通りになるのだろうか? それはまだ分からない。しかし、全てを吐き出すように泣き声を上げるレイシアと、静かに涙を流しながら慰めるラーラを見ていると、少なくともこの二年間よりは良い関係になるだろうとリリは確信した。二人とも、前を向いて歩き出せるだろうと。





 それから五日間、一日一回レイシアの家を訪れて経過観察を行った。三日目から古い皮膚がボロボロと剥がれだした。四日目にはマリエルも一緒に訪れた。レイシアの家に居るのは長くて三十分くらいなので、それ以外の時間はエバーデンの街を散策した。領都だけあって賑わっているが、特別目を引くような場所や物はない印象だった。

 ジェイク達は暇を持て余し、短時間で済む依頼を受けたりしている。丁度街の西側に魔物の群れが現れたとかで、彼等は嬉々として討伐に出掛けていた。


 五日目の今日。レイシアの家から宿に戻ったリリとマリエルは部屋で話をしていた。


「なあリリ」

「うん?」

「レイシアさんのお肌、綺麗になってるな」

「うん。あと少しって感じかな」


 マリエルも昨日からレイシアを見ている。古くなった皮膚と新しくなった皮膚、両方を見て何が起こっているのか理解したようだった。


「リリの力はほんまに凄いと思う。それに、ラーラさんとレイシアさんのために頑張ってほんまに偉いと思う」

「え、どうしたの、急に」

「リリの治癒魔法、めちゃくちゃ美味しい商売の匂いがするねん」

「え!?」


 マリエルが悪い顔になっている。元々可愛い顔なので悪い顔になっても微笑ましい。


「考えてみ? お肌が生まれ変わるんやで?」

「うん」

「女っちゅうもんは、いくつになっても綺麗でいたい生き物やんか? まぁ男でもそういう人が居るかもしれんけど」

「う、うん」


 十一歳と十二歳の会話ではないような気がするが、この際いいだろう。


「お金に余裕のある……例えば豪商や貴族の奥さん。そういう人に、お肌が生まれ変わるって言うたらいくら出すと思う?」

「えっ!? ……十万コイル……千スニードくらい?」

「チッチッチ。十万スニード……いや、三十万スニードでも出すやろな」


 三十万スニード……前世の感覚だと三千万円である。


「そ、そんなに!?」

「金持ちの感覚はウチらと桁が違うんや……しかも、高ければ高いほど価値があると思い込むんや」

「そうなんだ……なんか、金額が大き過ぎて怖い」


 元手はリリの魔力だけだ。つまり丸儲けである。自分にそんな力があると知ったら、良からぬ事を考える輩が寄って来るのではないだろうか?

 誘拐して力づくで言う事を聞かせるとか、大切な誰かを人質に取るとか……。それで、いいように利用されて絞りつくされて、ポイっと捨てられるのでは?


 怖気がして、リリはたまらずアルゴに抱き着いた。


「まぁそれはおいといて」

「え、おいちゃうんだ?」

「うん。レイシアさんの治療ではお金はもらわへんのやろ?」

「もちろん」

「そうやんな。それならやっぱり、レイシアさんには高額の治療費を払ったことにしてもらった方がええと思う」

「……そうか、タダで治して貰えるって噂が広まったら大変だもんね」


 色んな人が押しかけて来そう。単純に怖い。


「そうや。それがもし、身内に怪我や病気のもんがおる貴族の耳にでも入ったらえらいこっちゃで」

「……でも、そういう人はお金を持ってるんでしょ? だったらあんまり効果がないんじゃない?」


 お金さえ払えばいい、と思うような人はもっと(たち)が悪い気がする。


「だから、高額な治療費に加えて、治癒魔術師が気に入った人間しか治療せぇへんことにするんや。もちろんリリの名前や容姿は伏せておくんやで?」

「なるほど……気に入らなければどれだけお金を積まれても治療しない訳だ。私みたいな小娘だと舐められるけど、そんな条件を付ける人が小娘だとは誰も思わないよね?」

「リリの正体を隠すんは、リリや周りの人達の安全の為でもある」

「そりゃそうだ」


 何も知らない人は、きっと気難しい老人を想像するだろう。だが、何人か治療する事になれば直ぐに噂も広まってしまうな……。


「今話したことは、あくまでそういう事態も起こり得るってだけやで? 何も起こらんかもしれへんし」

「うん。だけど最悪を想定しておくのも大事だよね。ありがとう、マリエル!」

「商売にするんやったらウチを一枚噛ませてや?」


 マリエルはちゃっかりしていた。リリとマリエルが話した事は一つの可能性に過ぎなかったし、何も起こらない可能性の方が高いと考えていた。


 それが間違いだった事は一か月後に分かる。

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