42 そうだ、エバーデンに行こう
「マリエル、ごめんね。片付けたからもう大丈夫だよ」
扉を出た所でアルゴをわしゃわしゃしていたマリエルは、リリに呼ばれて恐る恐る医務室に入って来た。
「改めて、ラーラさん。この子が前話した親友のマリエルです。マリエル、こちらはラーラさん。私の魔法の師匠だよ」
「はじめまして、マリエル・ダルトンいいます」
「あ、ラーラ・ケイマンです」
誰とでもすぐ仲良くなれるマリエルは自然な笑顔で挨拶し、人見知りのラーラはぎこちなく返事をした。
同じ医務室のベッドには、ついさっきまで生死を彷徨っていた冒険者とその付き添いがいるので、リリ達三人が医務室から出る。
「リリ、あんたがあの冒険者を治したんか!?」
「え? あ、うん」
「この短期間で治癒魔法が使えるようになったんか! リリは相変わらず凄いな!」
「えへへ……師匠が良いんだよ」
ラーラは、一度ならず二度までもリリから師匠と呼ばれてちょっとドギマギしていた。
師匠……何て良い響きだろう。
その後ギルドの待合スペースで三十分程雑談していた。ラーラにどんな風に魔法を教えてもらったのか。豚さんを治療したこと。ジェイクの火傷痕を治したこと。そしてマリエルの事もラーラに伝えた。三年以上の付き合いで、この前は一緒にスナイデル公国まで旅したことなど。
丁度良い時間になったので、まだ医務室に居る冒険者に帰る旨を伝えると大変感謝された。
「リリちゃん、ギルドでの治療はもう十分だと思うわ」
「そう……ですかね?」
「ええ。質の高い治療を無償でこれ以上続けると、救護所から良く思われないと思うの」
リリの自宅へ向かう道すがら、ラーラがそんな風に言った。確かに、リリが治療に当たる日は一日平均四人が治療に訪れていた。週に三日とは言え、確実に救護所の患者が減っているだろう。収入に直結するのだから気に食わないに決まっている。
「そうですね……スケットルさんにはお世話になりましたし」
「将来神官になるつもりならまだしも、そういう訳じゃないんでしょ?」
「はい」
「明日ギルドに治療を止めると一緒に報告しよう。その後スケットルさん達に挨拶に行こうか」
「それがいいですね。ラーラさん、何から何までありがとうございます」
治癒魔法の練習は十分出来たし、マリエルも来たことだからタイミング的には丁度良かったかも知れない。
「それでね、リリちゃん……あの、レイシアの件なんだけど」
「あ! ギルドで治療しないなら早目に行きたいですね!」
ジェイクの治療を成功させた後、ラーラがレイシアの住む領都エバーデン行きの準備をしていた事をリリは知っていた。馬車で片道一日も掛からないと言っても、エバーデンに滞在する費用だって必要だ。ラーラは「金色の鷹」と共同で依頼を受けるなどしてその資金を作っていた。
「なんやなんや、リリ、どっか行くんか?」
「レイシアさんっていって、ラーラさんのお友達の治療に行く話だよ」
「ほぇー。そのレイシアさんっていう人はどこに住んどるん?」
「エバーデン」
「なぁなぁ、近いうちに行くんやったらウチも行っていい?」
マリエルの意外な申し出に、リリとラーラは顔を見合わせる。
「あ! 自分の分のお金はちゃんと出すで」
「私は構わないけど……ラーラさんのお友達だし、それにタイミングによってはガブリエルさん達とすれ違いになっちゃうよ?」
ガブリエル達は王都グレゴールまでを往復する。これまでの経験からおよそ十一~十二日掛かる。一方でエバーデンは片道一日も掛からないが、ジェイクの例から経過観察に一週間は必要だろう。
「私は構わないけど」
ラーラはマリエルが同行しても問題ないようだ。
「うーん……ミリーおばちゃんに伝言預けとけば大丈夫やろ!」
「まぁたしかに」
ガブリエルも、さすがにマリエルを置いて帰国の途に就く事はないだろう。
「リリちゃん、マリエルちゃんのお父さん達はどれくらいで帰って来るの?」
「だいたい十一~十二日ですね。いつも通りなら」
「なるほど……それなら直ぐ出発した方が良さそうね」
「あ……なんかごめんなさい」
マリエルがラーラに謝る。
「ううん、大丈夫。こういうのは早い方が良いし。そうとなったら私、馬車の予約をしてくるわ!」
言うが早いか、ラーラは貸馬屋の方へ走って行った。が、丁度西門から帰って来た「金色の鷹」のメンバーと遭遇する。ラーラを見送っていたリリとマリエルもそれに気付いたのでそちらに向かった。ラーラがジェイク達と何か話している。
「リリ、水臭いじゃねぇか」
「え、何が?」
不機嫌そうなジェイクに声を掛けられて、リリが首を傾げる。
「エバーデンに行くんだろ? だったら護衛が必要だろう」
「え?」
一日と言っても、朝出発すれば日が暮れる頃には到着する。マルデラとエバーデンの間を通る街道はちゃんと整備されており、騎士団も巡回してかなり安全だと聞いている。
「必要……かな?」
「あのな、リリ。旅に危険は付き物なんだぞ? それにエバーデンは領都だ。大きな街には危ない大人がゴロゴロ居る。そんな所に、女三人……しかもそのうち二人は子供だ、お前達だけで行かせる訳にはいかない。ああ、そうだ、断じて認める訳にはいかん! これだけは譲れん、俺も付いて行く!!」
ジェイクは話しているうちに段々と感情が昂って来たようだ。余程リリがスナイデル公国へ行っている間寂しかったらしい。ラーラが口をポカンと開き、クライブとアネッサはジェイクを生温い目で見ている。マリエルは明後日の方を向いて肩を震わせていた。
「えーと」
「もちろんジェイクさんだけに任せておけない。俺も行くよ!」
「あ? お前はいいだろうが」
アルガンも同行を表明するとジェイクが文句を言い始める。
「ジェイクおじちゃん、アルガンお兄ちゃん。Sランク冒険者を護衛に雇うようなお金ないよ?」
「あ? 金なんて貰う訳ないだろう?」
「そうそう」
何だろう、旅から帰って来て、二人の過保護度が上がった気がするのだが。
「あー、私達も付いて行くわ、残っても暇だから」
「そうだな」
「えぇぇ……」
物凄く大袈裟になってきた。隣街に行くだけなのにSランクパーティが護衛に就くなんて。どこかの貴族かな?
「クックック。リリ、有り難く受けといたらええやん!」
マリエルが笑いながらリリの肩を叩いた。
「そ、そう? うん、じゃあよろしくお願いします?」
ラーラはまだ開いた口が塞がらないようだ。
「リリちゃん、馬車と馬は俺が用意しとくから。明日の朝には出発出来る?」
急展開に頭が追い付かない。
「アルガンお兄ちゃん、ちょっと待って! 一応お母さんに聞いてみないと」
「それもそうか。じゃあ今から聞きに行こう」
という事で、七人でリリの家に向かった。アルゴは少し楽しそうにその後ろから付いて行った。
「え? いいわよ?」
エバーデンに向かい、レイシアの治療のために一週間滞在して戻るのだが、明日出発しても良いかミリーに尋ねた所、速攻で返事が帰ってきた。その返事を聞いてアルガンが直ぐに家を飛び出して行く。恐らく馬車の手配だろう。残されたジェイク達は、突然の旅は慣れっこのようで、常に準備をしているそうだ。
「えーと、マリエルは荷物をそのまま持って行けばいいし、私とラーラさんだけ準備が必要かな」
「私、帰って準備……いえ、その前にギルドと救護所に行ってリリちゃんの治療は終わりって報告してくるわ」
「あ、私も」
「リリちゃんは準備しておいて。救護所の挨拶は、また帰って来てから改めて行けばいいし」
「そう、ですね……じゃあラーラさん、お願いします」
「うん、任せて!」
ジェイク達も、一応色々と確認すると言って帰って行った。冒険者ギルドや騎士団の詰所へ行って、街道の最新情報を仕入れるらしい。盗賊や魔物についての情報で、旅程が短くても確認は怠らないのだと言う。そういう所はさずがSランクだな、と思った。
リリはスナイデル公国への旅でも使った鞄に着替えなどを詰めていく。と言っても浄化魔法が使えるし野営の必要もない。エバーデンの宿では洗濯も出来るだろうから荷物は最低限で済ませた。
「ミリーおばちゃん、たぶんウチらの方が早く戻ると思うけど、もし親父殿達が先に戻ったら――」
「大丈夫よ。ちゃんとマリエルを待つように伝えるわ」
「おおきに!」
夕食を終えて風呂に入ろうと思っているとアルガンがやって来て明日の予定を教えてくれた。出発は午前七時。これくらいに出発するとエバーデンには十八時くらいに到着出来るそうだ。彼はそれだけ言ってそそくさと帰って行った。
「はぁー。何かバタバタだね。マリエル、ごめんね?」
マリエルと一緒に風呂に入り、並んで湯舟に浸かりながらリリが謝る。
「謝ることあらへん。ウチも久しぶりにエバーデンには行きたかったんや」
リリと知り合って以来、アルストン王国まで来てもずっとマルデラで過ごすようになったマリエルは、エバーデンには三年以上行っていないらしい。
「私、実は初めてなんだ」
「ほんま!? そうか、こっちにおったらわざわざ別の町に行くこともあらへんのか」
「うん。初めてだから、ちょっと楽しみかな」
「じゃあエバーデンを見て回ろうな?」
「うん!」
話が急過ぎて準備ばかりに考えが向かっていたが、ようやくちょっとした旅に出るのだと実感が湧いてきた。目的はレイシアの治療だが、経過観察の期間ははっきり言って暇だ。街を見て回る時間は十分あるだろう。
風呂から上がって体を拭いて、マリエルの髪を風魔法で乾かす。続いて自分の髪も乾かしてアルゴに浄化魔法を掛ける。彼はいつものようにお腹を出して横になり蕩けた顔になった。
「アルゴ、明日からお出掛けだけど、付いて来てくれる?」
「わぅ!」
「うふふ。ありがとうね」
リリはアルゴの顎から首を優しく撫でる。隣ではマリエルがお腹の一番柔らかい毛に手を突っ込んで感触を楽しんでいた。
翌朝。母とミルケに行ってきますと元気に挨拶し、一階に下りるとジェイクが待っていた。
「ジェイクおじちゃん、おはよう」
「ジェイクのおっちゃん、おはよ!」
「わふっ」
「おお、来たか。忘れもんはねぇか? ちゃんとあったかくしたか? 腹は減ってねぇか?」
朝からジェイクの過保護っぷりは健在だった。
「うん、大丈夫。今更だけど、ほんとにいいの?」
「ん? 何が?」
「いや、Sランク冒険者が町を空けていいのかなって」
リリの問いにジェイクは真剣な顔になって答える。
「あのな、リリ。町よりもお前の方が何百倍も大事なんだ」
いや、それは駄目でしょ!? と言いたいが、ジェイクの顔に迫力があって言い返せない。マリエルは俯いて肩を震わせている。
「まぁ真面目な話、何かあったらエバーデンのギルドに連絡が来る。それにマルデラの冒険者だって強ぇ奴は結構いるぞ?」
「そうなんだ」
「ああ。だから任せても大丈夫だ」
「うん、分かった」
そのまま東門に歩いて行く。門兵に挨拶して街道に出た。
「えっと、これは何かな?」
「何って馬車だろ」
「ぅわ~、これって貴族が乗るような馬車やんな? ウチ乗るの初めてやわ!」
光沢のある黒に塗られた立派な馬車。家紋が入っていたら貴族か王族でも乗っていそうである。外から見ても客室はかなりゆったりしている。六人は余裕で乗れそうだ。
二頭立てで、手綱を握るアルガンがドヤ顔で御者台に座っている。ああ、あの顔は褒めてもらいたいんだな……。
「あ、アルガンお兄ちゃん、えーと、ありがとう?」
「あー、リリごめんね? こんな馬車しか残ってなくて。もっと時間があれば可愛いやつも用意できたんだけど」
「いえ、十分です」
言っている事が分からなくて丁寧な返事になってしまった。可愛い馬車って何だろう? 馬車に可愛さが必要だろうか? 周りを見ると鞍を付けた馬が他に二頭いた。クライブとアネッサは騎乗して向かうようだ。
「クライブお兄ちゃん、アネッサお姉ちゃん、寒くない? 大丈夫?」
「慣れてるからな。問題ない」
「どうしても寒かったらジェイクに代わってもらうから大丈夫よ」
この馬車なら御者を含めて七人乗れるから、二人が馬に乗って行く必要はない筈だ。だが、護衛が見える所にいないと余計な危険を招くのだと言う。リリが頼んだ訳ではないとは言え、何だか申し訳ない気持ちになる。
「す、すみません、遅くなりました!」
ラーラが息を切らせて走って来た。時間に遅れた訳ではない。リリ達が少し早かったのだ。
「よし、早速出発しよう」
ジェイクに促されて馬車に乗り込むと暖かい。暖房の魔道具付きだった。広い客室だがアルゴが乗り込めるほどではない。
「アルゴ、いつもごめんね?」
「わふっ!」
アルゴは馬車から少し離れた後方から付いて行く。一行はエバーデンに向けて出発した。
明日は私事のため予約投稿とさせていただきます。




