41 成功!
風呂から上がったリリは、これからジェイクの火傷痕に治癒魔法を試すと話した。
「どんなイメージで魔法を掛けるか考えてみたんですけど――」
リリが考えたイメージはこうだ。ジェイクが負った三年前の火傷は既に完治していて、どれくらいの深さまでダメージを負ったか分からない。動きに支障がない事から筋肉はダメージを負ったとしても修復されていると推測。なので、肌の表面から三ミリの深さで組織を新たに生み出すようにイメージする。皮膚表面だけだと、その下が瘢痕状になっている場合凸凹になりそうだからだ。皮膚から三ミリを全て新しくすれば肌は均一で滑らかになるだろうという考えである。リリは自分の考えを整理しながらラーラに話して聞かせた。
「今ある組織の下に新しい組織を生み出すので、痛みはないか、生活に支障がないか、組織が入れ替わるまでどれくらいの時間がかかるか。それともちろん綺麗に治るかをチェックしたいと思います」
「……凄いわ、リリちゃん。本当に凄い」
ラーラはリリの話を聞いて素直に感心してしまった。治癒魔法を使える者で、リリのようにしっかりと考えて治療に当たっている者がどれだけ居るだろう。恐らく殆ど居ないのではないか。
それだけではない。リリは自分との約束をしっかり覚えていてくれた。今夜の治療は先々レイシアを治療する為の布石である事は言われなくても分かった。
「リリちゃん、本当にありがとう」
「いえ! まだ成功するか分かりませんし、成功してもジェイクおじちゃんの背中が無駄に綺麗になるだけですから!」
リリの言い方が可笑しくて、ラーラは思わず噴き出してしまった。こんな風に、相手に気を遣わせない所もリリの美点だと思う。
それからリリ達は一階の「鷹の嘴亭」に下りた。もちろんアルゴも一緒である。ミリーは既に厨房に入り色々と仕込んでいた。ミルケは大人しくテーブルの一つでお絵描きをしていたが、アルゴが入って来たのを見て飛び掛かって行った。
「ラーラさんはお酒飲めるー?」
ミリーが厨房から顔を出して尋ねる。
「あ、はい、飲めます」
「じゃあ飲まないのはリリとミルケだけね」
この世界では子供の飲酒は法律で禁じられていないが、慣習として十五歳の成人までは周囲の大人が酒を飲ませないようにしている。とは言え国や地域によって考え方も様々であり、ここアルストン王国ではそうなっているというだけである。
店は冷暖房の魔道具を設置しているので暖かい。リリとラーラは上着を脱ぎ、ミリーを手伝い始めた。色々と準備をしているとあっという間に時間が過ぎ、外はすっかり暗くなった。
「おーい、来たぞ」
「ふー、中はあったかいね」
「「こんばんはー」」
ジェイク、アルガン、クライブ、アネッサがいつもの調子で店内に入って来た。
「リリ、こっちはもう大丈夫だからジェイクを治してあげなさいな。さ、ラーラさんも」
「はーい」
「は、はい」
ラーラはまだミリーとは数回会っただけなので、生来の人見知りが発動している。
「ジェイクおじちゃん、覚悟は出来てる?」
「当たり前だ。煮るなり焼くなり好きにしてくれ」
「……因みに、火傷の範囲はどれくらい?」
「見た方が早ぇだろ」
そう言いながらジェイクは上着を脱ぎ、中に来ていたシャツや下着を脱いでいく。
「ほれ」
ジェイクはリリに背中を向けた。首の付け根辺りからスボンの少し上まで、背中の全面が茶色っぽく変色し、所々皮膚が捩れてそのまま固まってしまったようになっている。しょっちゅう顔を合わせるリリだが、背中をまじまじと見るのはこれが初めてだ。
よく考えれば、これはダドリーが放った魔法の痕だ。ダドリーが確かに生きていたという証ではないだろうか?
一瞬そんな考えが頭を過ったが直ぐにそれを否定した。お父さんだって、ジェイクおじちゃんに怪我をさせたかった筈がない。ある意味これは「失敗」なのだ。それを娘の私が綺麗に消し去れば、お父さんもきっと喜んでくれる。
「ジェイクおじちゃん、この椅子に反対向きに座ってくれる?」
「こうか?」
「うん」
椅子の背もたれを抱くようにジェイクを座らせ、リリはもう一つ椅子を寄せてそれに座った。集中する必要があるので座ろうと思ったのだが、ジェイクは体が大きくて上の方が良く見えない。やっぱり立ったまま魔法を使う事にした。リリの近くにはラーラが、そして残りの三人はジェイクを遠巻きに囲んでいる。リリは目を閉じて、予め考えていたイメージをもう一度頭の中で反芻した。
「よし。じゃあいくよ? 治癒!」
目に見えている茶色に変色した部分全てに、三ミリ下から新たな組織が生まれるよう強くイメージして治癒魔法を施す。黄緑色の光は眩いくらいに強く、ジェイクの背中全体を覆った。リリは眉間に皺を寄せながら、瞬きもせずにじっと背中を見つめている。
たっぷり一分以上が経ち、光がすぅっと消えた。
「ふぅ……たぶん、上手くいったと思う」
リリは椅子にそのままストンと座る。かなり魔力を使ったが、枯渇した感じはしない。
「リリ……終わったのか?」
「うん。ジェイクおじちゃん、痛みはない?」
「痛みはないが……もう動いてもいいか?」
「いいよ」
「そうか……おいアルガン。背中を掻いてくれ」
「え? ヤだよ」
「じゃ、じゃあアネッサ。頼む、背中を掻いてくれ」
「えー、私もイヤ」
「おい! 誰か背中を掻いてくれ! ものすごく痒いんだよ!」
「わ、私が掻いてあげるよ。ちょっと待ってて」
リリは厨房に走り、手を念入りに洗った。治癒魔法で手に汗をかいていた。これが組織を新しくした副作用なら、手は清潔にするべきだろうと思った。走って戻り、ジェイクの背中に取り付く。
「どこが痒いの?」
「全部だ! 全部痒いっ!」
「ええぇ……」
リリは爪を立てないように、背中全体を掻いた。
「リリ、そんなんじゃ駄目だ! もっと強くやってくれっ」
「ええぇ……」
そうだ! 手じゃなくてタオルでゴシゴシしたらどうだろう?
「ラーラさん! お母さんからタオル借りてきてもらえませんか!?」
「わ、分かった!」
その間も、リリは両手を使ってジェイクの広い背中全体を掻いている。直ぐにラーラがタオルを持ってきてくれたので、それを使って背中をゴシゴシし始めた。
「おおぉぉぉ……」
ジェイクが気持ちよさそうな声を出すと、アルガン、アネッサ、クライブの三人は引き攣った顔をする。
「リリ、もう大丈夫だ。痒みが治まったみたいだ」
「はぁー良かったぁ。ずっと痒いままだったらどうしようかと思ったよ」
「ハハッ。すまなかったな」
服を着る前に背中の状態をじっくり見せてもらう。ラーラも一緒に観察した。見た感じでは特に変化はない。リリの予想では、茶色に変色した部分がやがて瘡蓋のようになって剥がれる筈だ。その下には綺麗な新しい皮膚が生まれている筈。
「何日か経ったら古い皮膚が剥がれると思う。日焼けした後や瘡蓋みたいな感じで」
「何もしなくても自然に剥がれるのか?」
「うん、たぶん。無理に剝がそうとしないでね?」
「ああ、分かった」
「それと、出来れば毎日背中を見せて欲しいんだけど」
「毎日? ああ、そりゃいい。毎日来てもミリーに怒られねぇな」
「背中が治るまでよ? それと背中を見せたら直ぐ帰ってちょうだい」
「なんだよ、つれねぇなぁ」
料理を運び始めたミリーがジェイクに辛辣な言葉を浴びせた。そのやり取りで、リリもようやく肩の力が抜けた。これでもし上手くいってなかったら、単に物凄い痒みを与えただけで終わってしまう。今回は自分でも分かるくらいに魔力が減った。体感で半分くらい使ったと思う。出来る事はやったので、後は結果が出るのを待つだけだ。
ジェイクの背中を掻いた手を再び念入りに洗ってからテーブルに着き、八人と一頭で食事を楽しんだ。大人達は酒を飲み、リリとミルケは果実水をちびちびと飲む。一気に魔力を使った為か、リリは無性にお腹が空いた。いくらでも食べられるような気がする。
『リリはいつも少食だからな。魔法を使った後は沢山食べた方が良いぞ?』
リリはパッとアルゴの方を向く。彼は骨付き肉を骨ごとバリバリと食べながらリリを見つめていた。
アルゴの声が聞こえるのには何か決まったパターンがあるのだろうか? 振り返ってみても、特にパターンはない気がする。まだ三回目だが、いつも予期しない時に聞こえて来る。どうせなら常に聞こえたら良いのに、と思うリリであった。
気が付くと大人達はだいぶ酒が回ったようだ。皆ほんのりと赤い顔をしている。ちょっと驚いたのが、ラーラが積極的に全員と話している事だった。酒が入ると人見知りが解除されるらしい。ラーラが自分の家族や家族同然の人達と仲良くなるのは凄く嬉しい。
その夜は遅くまで「鷹の嘴亭」で賑やかな笑い声が絶えなかった。
ジェイクの背中に治癒魔法を掛けてから一週間が経過した。あれからジェイクは毎日リリの家に来て背中を見せてくれている。同時に違和感や痛み、痒みの有無を聞いた。火傷を負った皮膚は日を追うごとに表面が乾燥したような具合になっていった。五日目には所々皮が剥けたようになり、その下には綺麗な新しい皮膚が再生されていた。あれから毎晩ラーラもやって来てリリと一緒に経過を観察している。
そして一週間目の今日。
「ジェイクおじちゃん! 背中がすっかり綺麗になってる!」
「そ、そうか?」
ジェイクの背中は玉のように白く滑らかな肌に生まれ変わっていた。全く以て三十一歳の冒険者らしからぬ背中であった。
「これまで不具合はなかったみたいだけど、本当に何もなかった?」
「ああ。魔法を掛けてもらった時の異常な痒み以外は特に……あ、自然に剝がれた皮膚がベッドやら床やらに落ちててギョッとしたくらいか」
ジェイクが答えている間もラーラがしきりに背中を撫でている。手触りをしっかりと確認したかったようだ。
「おい、ラーラ?」
「ご、ごめんなさい。触った感じ、全く違和感がないわ。しかもスベスベで……ずっと触っていたいくらい。ジェイクさん、ちゃんと触られてる感覚はある?」
「もちろんだ。他の場所と同じように分かるぞ」
ラーラはまだジェイクの背中を撫で回していた。そのままリリの方を向く。
「リリちゃん……完璧だわ! 完璧に成功よ!」
リリもジェイクの背中を触ってみる。ラーラが言った通り滑らかで気持ち良い感触だ。ミルケが赤ん坊の時みたいな肌だな、と思った。
「やった……やりました、ラーラさん!」
「やったわね、リリちゃん!」
二人はジェイクに触れていない方の手でハイタッチした。
「おい……いつまで触ってんだ……」
口ではこう言っているが、ジェイクの顔は満更でもなさそうであった。
リリがジェイクの治療を成功させてからひと月半経過した頃、ダルトン商会の隊商がマルデラを訪れた。マリエルとは三か月ぶりの再会である。冒険者ギルドで治療する日ではあったが、隊商が到着した時たまたま怪我人が居なかったので、リリはラーラにその場を任せてマリエル達を出迎えに行った。
「マリエルー!」
「わふっ!!」
ギルドから西門の近くまで走って行くと見慣れた顔ぶれが目に入る。「カクタスの鎧」のメンバーだ。そして真ん中の馬車からオレンジ色の髪をしたマリエルが飛び降りてこちらに駆け寄って来る。
「リリ! 元気やったか!?」
「うん! マリエルも元気?」
「もちろんや! アルゴも元気そうやな!」
「わふぅ!」
ガブリエル達にも挨拶をして、いつもの癖でマリエルを自宅へ連れて帰ろうとした時、冒険者ギルドから受付のルークが走って来た。
「リリさん、怪我人です! お願い出来ますか!?」
「あっ、分かりました!」
「え、え? 怪我人? リリ、どういうこっちゃ」
「あー、マリエルは血を見るの平気?」
「そりゃ量によるけど」
「だ、だよね。まぁいいや、一緒に行こ」
「え? ええ!?」
リリはマリエルの手を引き、アルゴと共に冒険者ギルドへと走った。
「ラーラさん、すみません!」
「私は大丈夫! この人を見てあげて」
これまで何度か治療に来た事のある男性冒険者がベッドに寝かされている。すぐ傍に付き添いと思われる別の冒険者も立っていた。
「うっ……」
「リリちゃん、その子は?」
「友達のマリエルです。マリエルごめん、外でアルゴと待っててくれる?」
「お、OKや」
ベッドの男性は左肩から右脇腹に掛けて大きな傷を負っていた。上衣は既にラーラが剥ぎ取ってくれたようだ。素早く傷を観察すると、並行に四本の傷が並んでいる。リリは付き添いの男性に尋ねた。
「熊ですか?」
「ああ。ブルーベアだ」
リリはあまり魔物に詳しくない。ラーラの方を見ると教えてくれた。
「体長三メートルくらいの熊の魔物よ。毒は持ってなかったはず」
「分かりました……浄化!」
傷口をしっかりと消毒する。その後すぐさま治癒を掛けた。
「傷は塞がったけど、血液に悪い菌が入ったかも知れません。念のためにもう一度浄化魔法を掛けます」
獣や魔物は四つ足で移動するから爪は必ず土と接触する。土には様々な細菌が潜んでいるので、それが体内に入って悪影響を及ぼす。今回の傷はかなり深かったので、消毒だけでは不足かも知れないと判断した。神聖浄化魔法の光が冒険者を一瞬だけ包む。
「はい、終わりました。隣のベッドに移すの手伝ってください」
「あ、ああ。分かった」
沢山流れた血を出来るだけ綺麗に拭ってから、意識の無い冒険者を清潔なベッドに移す。付き添いの冒険者はリリの指示に疑いなく従った。こういう時は気を遣わずにはっきり命令した方が良い、とリリは経験から学んだのだ。
血だらけになったシーツを洗い物籠に入れて、ベッドを拭いてから新しいシーツに替える。凄惨な現場は跡形もなくなり平和な医務室へと戻った。
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ご飯三杯くらい食べられます。
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