40 ラーラ、やらかす
あけましておめでとうございます。
2024年もよろしくお願いいたします!
アルゴとアルガンと一緒に二階への階段を上ると、膝の上にミルケを乗せたジェイクが当たり前のようにダイニングテーブルの椅子に座っていた。
「ジェイクおじちゃん! ミルケ!」
「おお。リリ、おかえり」
「おねえちゃん、おかえりなさい!」
「ただいま!」
「……何だよ、アルガンも一緒か」
「何だって何だよ、逆にジェイクさんも何で普通に居るんだよ?」
「ここは俺ん家みたいなもんなんだよ」
「違うわよ」
「違うよ?」
「うぐぅ……」
自分の家宣言をミリーとリリからすかさず否定されてジェイクが落ち込んだ。ミルケはきょとんとしている。
「みたいな、じゃないよ。ジェイクおじちゃんのもう一つの家だよね?」
「……リリ。お前が天使に見える」
「リリ、ジェイクを甘やかしたら駄目よ。この人毎日来るわよ」
「なっ……ミリー、毎日来ちゃ駄目なのか?」
「駄目に決まってるじゃない。アルガン達が来にくくなるでしょ?」
「ミリーさんマジ女神っす」
ジェイクとアルガンがリリの家で鉢合わせすると、言葉は違っても毎回同じようなやり取りをしている。つまりこれがルーティンなのだ。
「ジェイクおじちゃん、お願いがあるんだけど」
「おう、いいぜ」
「……まだ何も言ってないよ?」
「リリの頼みなら何でも聞くからな。内容なんてどうでもいい」
ジェイクの言葉にミリーが肩を震わせて笑いを堪える。リリとアルガンは呆れ顔だ。ミルケはやはりきょとんとしている。
「ジェイクおじちゃんが嫌なことかも知れないから、ちゃんと聞いてから答えて?」
「分かった。言ってみな?」
「あのね、背中の火傷の痕を私に治させて欲しいの」
「ん? 別に痛くもねぇし、動きに支障もねぇぞ?」
ジェイクの答えは実に冒険者らしいものだった。
「それでも出来るかどうか試させて欲しいの。ラーラさんの幼馴染でレイシアさんって女の人がいるんだけど、右半身に火傷の痕が残ってて、ラーラさんはそれを綺麗に治してあげたいって思ってるんだ。私、ラーラさんの力になりたいの」
「なるほどな。要は練習台になれって事だな?」
「……うん」
「何も問題ない。むしろリリの役に立つなら、俺の背中の一つや二つ、好きに使っていくらでも練習しな」
「ジェイクおじちゃん! ありがとう!」
「ジェイクおじちゃん、せなかはひとつしかないよ?」
ジェイクの軽口とミルケの言葉に皆が笑う。アルガンなど、「俺も火傷して来ようか?」と言い出す始末であった。不謹慎な発言だが、アルガンの目が本気っぽくて怖い。リリはくれぐれもわざと火傷しないようにお願いした。
ワイワイと食事を済ませ、ジェイクの治療は明日の夜やる事に決めた。今日は六人の怪我を治したので魔力量に少し不安があるが、明日は昼間の治療が休みだから全力で治癒魔法を使える。ジェイクはまた明日も来れると思って内心ホクホクしている。
「あ……ラーラさんも呼んでいい?」
「別に構わねぇぜ」
「じゃあ俺も来ようっと」
「何でだよ」
「だって気になるじゃん。クライブさんとアネッサにも声掛けよ」
「おいおい、見世物じゃねぇぞ?」
「大勢来るんなら店でやった方がいいかもね」
「おいミリー」
「その後みんなでお酒でも飲みましょうよ」
「……じゃあいいか」
何故か治療の後は軽くパーティーをする事になった。ミリーが「何作ろうかしら?」と今から張り切っている。
本来なら、レイシアの火傷痕を治せるかどうかと言う不安や緊張があって然るべきだが、オルデン家とジェイク達はいつもこんな調子なのだ。リリは家族と家族同然の人達に改めて感謝した。大袈裟かも知れないが、ここには確かに愛が溢れていると感じた。
アルゴを見ると、ゆらゆらとゆっくり尻尾を振っていた。アルゴもこの雰囲気が心地いいようだ。何だか無性にアルゴに抱き着きたくなって、今日はアルゴと一緒に寝よう、とリリは心に決めるのだった。
翌日、店の営業が終わった後、リリは冒険者ギルドに向かった。ラーラに今夜家に来て欲しいと伝える為だ。ラーラは依頼を受けて出掛けているらしいので、受付のルークに伝言をお願いした。ジェイク達が来る夜まではまだ時間がある。
「私も久しぶりに薬草採取でもやろうかな」
「わふっ!」
「ウフフ。アルゴも森に行きたい?」
「わっふっ!」
「じゃあ行こっか!」
ここ最近は浄化と治癒の魔法に一生懸命だったので、冒険者としての活動を行っていなかった。薬草採取なら二~三時間で終わるものもある。偶には森へ行くのも気分転換になって良いかも知れない。薬草採取は常設依頼である。特に手続きもなく、採取した薬草を買取カウンターで換金するだけだ。
せっかくの気分転換だから、よく行く西の森ではなく東の森に行ってみる事にした。町の中でアルゴに乗ると騒ぎになりそうなので、東門までは小走りで駆けて行く。門を出て左、つまり街道の北に広がる草原に踏み入って、しばらく経ってからアルゴの背に乗せてもらった。森の縁まで五百メートルはあるが、アルゴが走れば十秒と掛からない。全力で走ればもっと早いが、リリが背に乗っているから抑え目に走っている。それでもリリにとっては飛んでいるのではと思う程の速さだった。
まだ冬の真っ只中だが、アルゴの背は温かくて不思議なほど風が当たらない。だから傍から見るより遥かに快適なのだった。
「アルゴ、ありがとう!」
「わぅ!」
森の縁に到着し、リリは背から降りながら礼を言った。冬だから草は枯れて薬草の見分けがつきにくい。殆どの薬草は根に薬効があるので葉が枯れていても問題ないが、雑草も薬草もただの枯草に見えるので、リリは早々に薬草採取を諦めた。時には潔く諦めることも大事である。
「アルゴ、薬草は諦めてお散歩にしよう」
「わふぅ!」
アルゴは匂いで薬草を嗅ぎ分けられるが、今日は本気で薬草を摂りに来た訳ではない。むしろリリと散歩する方が遥かに重要なので喜んで賛成する。
この辺りは元々森だった場所で、木々を伐採して見通しを良くした所である。根を掘り起こしていない切り株が点在しているので歩きにくい事この上ない。リリは切り株を飛び石に見立てて移動する。少し離れた森の縁には、冬だと言うのに兎や鹿の姿も見えた。普通の獣はアルゴを必要以上に警戒しないようだ。アルゴも狩りをするつもりはないのでのんびりとリリの横を歩いている。
と、突然アルゴが立ち止まって空気の匂いをしきりに嗅ぎ始めた。
「アルゴ、ちょっと寒くなって来たよ。そろそろ帰ろ――」
「がぅ!」
突然アルゴがリリの服の袖を噛んで引っ張った。自分に乗れと言っているようだ。
「どうしたの、アルゴ?」
「わぅ!」
戸惑いながらリリがアルゴの背に乗ると、アルゴは猛然と森の中に突っ込んで行った。
*****
その日ラーラはハウンドウルフの討伐依頼を受けた。獲物が少なくなるこの季節、ハウンドウルフは群れを成して家畜を襲う事がある。定期的に間引いて被害を抑えるのが目的だ。これは牧場主達から共同で出されている依頼だった。
マルデラに来てリリと出会うまで、ラーラは魔法から遠ざかっていた。大切な人を傷付けるくらいなら魔法なんか使えなくても良いとすら思っていた。レイシアを傷付けた事がラーラのトラウマになっていたのだ。
だが、リリと出会って徐々に心境が変化した。リリは誰かの役に立ちたいと思って懸命に魔法を習得しようとしていた。才能と膨大な魔力量によって驚くべき早さで浄化と治癒を自分のものにしつつある。最早自分に教える事はないのではないかと思うくらいだ。
そんなリリの姿を見ていると、彼女に教えている立場の自分が不甲斐ない魔術師ではいけないという思いが募ってきた。リリに失望されたくない、リリが誇れる魔術師でありたい。
だから、もう一度やってみようと思った。逃げるだけではなく、立ち向かってみようと思った。
牧場には先日お世話になったし、ハウンドウルフは群れでもD~Cランク。肩慣らしには丁度良い。リリの治療もないので、朝から東の森へ赴いたのだった。Aランクの自分なら一人でも問題ないだろうと考えて。
確かに最初は問題なかった。三時間ほどで群れを三つ殲滅した。乾燥した森の中では火や炎の魔法は使えない。最も得意な風魔法で易々とハウンドウルフを倒していった。
正直に言って気分が良かった。もしかしたら、もう魔法は使えないんじゃないかと不安だったが、自分でも驚くくらい調子が良かった。風刃は以前と変わらない威力で、発動の速さも問題ない。これなら、森のハウンドウルフを全滅させられるのではないか。
失念していたのは、ラーラはこの森が初めてである事だった。
森に慣れた者であっても不用意に奥へは行かない。久しぶりの魔法に浮かれていたラーラは、そんな基本的な事を忘れていた。そして見事に迷ってしまった。
「ど、どうしよう……」
冬の森で遭難するなど悪夢である。迷った事を自覚した途端、森が悪意を持っているような気がしてきた。僅かな音にも警戒し続ける為、余計に疲労が蓄積される。
「くっ……私、大人なのに……Aランク冒険者なのに……町の近くにある森で遭難するなんて……」
油断すると涙が出そうになる。少し陽が傾いて来て、気温が一段と低くなった気がした。このまま夜になると非常に不味い。体温が下がると思うように動けないし、夜行性の魔物はハウンドウルフより遥かに強い。もし町の方向が分からなければ、どこか隠れられる場所を探すしかない。
久しぶりの魔法が思ったより錆び付いていなくて浮かれていた気分は、とうの昔に消えていた。今はただ、暖かい部屋に帰りたい。
――WAOOOOON!
狼の遠吠えが聞こえた。ハウンドウルフよりかなり大きな狼の声だ。特異種かも知れない。ラーラは萎えそうになる自分を無理矢理鼓舞する。こんな所で死ぬ訳にはいかない。
『わふぅ、わふっ』
かなり距離が離れていると思ったのに、もう直ぐ傍まで来ている。正確に自分の居場所が分かっているみたいだ。私なんてちっちゃくて細いから食べる所なんか少ないのに……もっとお肉がたくさんついてる獣とかを狙ってよ!
半ば自棄になりながら、ラーラは風刃を最大威力で放とうと構えた。木々の隙間に巨大な銀毛の狼が――銀毛? あと背中に何か乗せてない?
「わっふぅ!」
「わっ!? え、ラーラさん!?」
巨大な銀毛の狼――アルゴがリリを背に乗せてラーラの前に躍り出た。ラーラは発動の直前で魔法をキャンセルした。
「リリちゃん!?」
*****
リリは森の中で偶然ラーラと会い、二人でアルゴの背に乗せてもらって森を出た。ハウンドウルフの討伐で調子に乗ってしまい、森の奥の方へ入って迷ってしまったのだそうだ。後ろから抱き着くようにリリの腰に腕を回したラーラは、安心したのかほんの少し泣いていた。リリは見なかった事にした。
「ラーラさん、このまま家に来てお風呂に入ってください。体が冷え切ってますよ?」
「あ、えーと……うん。ありがとう」
依頼達成をギルドに報告するのは明日でも良いだろう。という事で、リリはラーラを連れて自宅へ戻った。
「お母さん、ただいま! ラーラさんが寒そうだからお風呂沸かしていい?」
「いいわよ! あなたも入ってしまいなさい」
「はーい」
リリが風呂の準備をする間、ラーラはアルゴに包まれながら暖炉の前に陣取った。自分で思っていた以上に体が冷えていたようだ。
「アルゴ、あなたが私を見付けてくれたの?」
「わふ」
「フフ。ありがとう」
「ラーラさーん、お風呂沸きました!」
「早っ!? もう?」
「ええ。お風呂沸かすの得意なんです」
お風呂沸かすの得意なんです。ラーラはそんな特技を初めて耳にした。
「狭いけど、一緒に入っていいですか?」
「あ、えーと……はい、どうぞ」
脱衣所でパッと服を脱ぎ、さっさ風呂に突入する。リリは失礼にならない程度にラーラの体を横目で観察した。
背は私と変わらないし細いのに……大きい。いや、ボリューム自体はそれ程ではないが体が細い分大きく見える。腹筋には縦に線が入ってウエストがきゅっと引き締まっている。お尻も形がいい。総評。スレンダー美人。
私も大人になったらラーラさんみたいになれるのだろうか。リリは成長の兆しが見えない自分の胸を見下ろして溜息を吐いた。ラーラと一緒に湯舟に浸かる。
「どうしたの、リリちゃん。溜息なんか吐いて」
「いや、ラーラさんはスタイルがいいなーと思って」
「そ、そう? そうかな……」
「そうです! 私もラーラさんみたいになりたいです……」
ラーラさんみたいになりたいです。そんな風に言ってくれるリリに、ラーラはキュンキュンしてしまった。
「大丈夫! リリちゃんなら私なんかよりずっと素敵な人になれるわ!」
「え、あ、ありがとうございます」
二人とも十分温まったので、揃って風呂から上がった。
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