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39 灯台下暗し

 魔力枯渇を起こした翌日から、リリはラーラと都度話し合いながら冒険者ギルドの医務室で実習を行うことになった。週に三日、十五時から十七時の二時間だけ、期間を三か月と定め、救護所のスケットル達にも許可を得た。練習なのでお金は取らない。無料となると救護所の患者を奪う事になりかねないから、時間や期間を区切ったのである。


 リリは別に神官になりたい訳ではないが、身近な人の怪我や病気を治せる力があれば心強いとは思っていた。それにラーラとの約束もある。幼馴染で親友のレイシア。彼女の火傷痕の治療に挑戦する事だ。

 前世では、火傷痕の治療はレーザーなどを使っていたように思うが、もちろんこの世界で同じ事は出来ない。何となくイメージはしているのだが、それが上手くいく確証はなかった。言葉は悪いが、冒険者の古傷などを練習台にしたいと思っている。


「怪我をした直後なら、多分それほど魔力を使わないと思います」

「そうなの?」

「はい。豚さんの場合は時間が経って、傷が悪化していたせいで浄化するのに魔力が沢山必要だったと思うんです」

「なるほどね」

「怪我の直後なら、傷の周りを綺麗にするくらいで済む筈です」

「確かにそうね。問題は病気の方かしら?」

「はい。病気は原因が分かりません。分かったとしても目で見えない事が殆どです」

「体に悪さをしている小さい奴の事よね」

「ええ。見えないから、可能性のあるものを片っ端から浄化する感じです。それに魔力をかなり使うんだと思います」

「そうよねぇ……。リリちゃん、その小さな悪い奴は、全部浄化しないと駄目なの?」


 ラーラの言葉を聞いて、リリはハッとした。


「そうだ……全部浄化する必要はないかも……菌やウイルスが減れば、あとは免疫機能がちゃんと仕事してくれる筈……」


 リリがブツブツと呟き始める。まだ短い付き合いだが、こうなった時に邪魔をしない方が良い事くらいはラーラも分かっていた。

 ラーラが思い付きで言った通り、実際には菌やウイルスを全滅させる事は不可能に近い。人体は常に菌やウイルスに晒されており、健康な時は免疫がそれらを体に影響が出ない程度まで排除している。体力が落ちた時や、菌やウイルスの増殖速度が早過ぎる場合、免疫が上手く働かずに症状が表れるのだ。


 もちろん病気は菌やウイルスだけが原因ではない。それ以外の病気は山ほどある。ただ、現状治癒魔法ではそういった病気に対処出来ない。血液検査やレントゲン、CT、MRIなどがない世界だし、体を切り裂いて患部を切除するという概念もない世界である。治癒魔法と浄化魔法は万能ではない。寧ろ限られた病気にだけ効果があると言った方が良いだろう。


 治せない病気もある。それは受け入れるしかない。逆に治せる病気もあるのだ。それを知ったからには、リリは途中で投げ出すつもりはなかった。


「うん。ラーラさん、病気の場合は魔法を掛けてその場で全快、というのは難しいと思います。数日から一週間程度の経過観察が必要です」

「それだと、治癒魔法の効果があったかどうか分かりにくいのよね……」


 またもやリリがハッとする。確かにラーラの言う通りだ。治癒魔法を掛けなくても自然治癒したかも知れない。……いや、待てよ?


「治癒魔法の効果は直ぐに分かると思います。病気を治すのは、結局治癒じゃなくて浄化の方が重要なんです。病気の場合、治癒魔法は体力を回復する程度の役割しかないです。少なくとも私の場合はそうです」

「なるほど……来た時より体が元気になるから分かりやすい、ってこと?」

「そうです。ただ元気になっても病気が治った訳ではないので、経過観察の為に再び来て欲しいですね」

「うーん……一応患者には伝えるけど、多分、元気になったら来ないと思うわ」

「確かに」


 リリにも思い当たる節がある。前世で病気になった時、藁にも縋る思いで病院に行った。そこで大抵は三日後にまた来て下さいなどと言われる。だが三日経って調子が良くなったら、その約束をすっぽかしたものだった。


「……調子が良くならなかったら来てください、って言うべきですね」

「そうだね。来ない奴は良くなったと思えば良いか」


 ある程度の方針が固まった所で、早速今日から治療を始めることになった。


「来てくれるかな……」

「まぁ初日だし、本職じゃないし。さすがに今日は誰も来ないかもね」

「そうですよね」


 十一歳の小娘が治癒魔法を掛けます、と言って誰が来るだろう。私だったら行かないな。一週間で一人でも来れば良い方かも知れない。


 リリとラーラはそんな風に思っていたが、考えが甘かった。リリは与り知らない事であるが、マルデラの冒険者にはリリの隠れファンが居た。英雄ダドリーの娘であり、もっと幼い頃からちょくちょくギルドに顔を出していたリリは、小動物的な可愛さがあり、性格も素直で明るいことから冒険者の殆どから好かれていた。隠れファンを自称する者はさすがに少数であるが、それでも両手の指で数えられないくらいは居る。ただ、これまではジェイクやアルガンが目を光らせていた為、お近づきになりたくてもなれなかったのである。


 医務室の外に「診療中」の木札を掛けた瞬間、一人の冒険者が訪れた。


「あのー。今日はリリちゃんが治癒魔法を掛けてくれるって聞いたんですけど」


 十代後半の男性冒険者が、左の二の腕を押さえながら医務室に入って来る。押さえた右手の指の間から、血がダラダラ流れていた。


「ちょ、ちょっと!? どうしたんですか、その怪我は!」

「いやぁ、ノストランドの森で、ちょいとグリーンベアに引っ掛けられて。もちろん倒したけどね」

「そ、そこに座って! 傷を見せて!」


 鍛えた二の腕に、四本並んだ線状の傷が口を開いている。リリは急いで服の袖を切り取り、濡らした清潔な布で傷口の周りを拭った。動物の爪には色んな菌が居た筈。まずは傷を消毒しなきゃ!


「浄化! からの治癒(ヒール)!」


 金色の光が数秒、次に黄緑の光も数秒、冒険者の腕を包む。傷が塞がった事を確認し、もう一度腕を拭う。


「おおっ!? 傷が全くねぇ! それに全然痛くねぇ! ありがとう、リリちゃん!」


 治療費を払おうとした冒険者を止めて、三か月間、リリの治療は無料だと伝える。すると彼は大層恐縮し、ペコペコと何度も頭を下げながら医務室から出て行った。


「ふぅ、上手く行って良かった」

「さすがリリちゃんね。さっきのが、事前にイメージしてた成果?」

「はい!」


 怪我の治療に関しては、予めある程度のイメージを固めた。即ち傷の消毒と修復させる組織の順番である。細かい所は傷の具合を見て調整するつもりだ。


 床に落ちた血をモップで拭いていると、また別の冒険者達が入って来た。一人がもう一人に肩を貸している。


「すまねぇ。仲間が脚に矢を受けたんだ」

「え、何で!?」

「新人が焦って狙いを外しちまった。運悪く、こいつが矢が飛んだ先に居たんだよ」


 右太腿の表側に矢が刺さっている。後ろに回ると鏃は貫通していない。矢を抜かなければならないが、かなり痛そうだ。


「私も手伝う。そこに寝かせて」

「お、おう」


 右太腿の下に布を敷き、矢を受けた冒険者に木の棒を渡す。


「抜く時痛いから、この棒を噛んで」

「わ、分かった」


 冒険者は素直に木の棒を噛む。相方は心配そうに見つめている。


「あなたは邪魔だから外で待ってて」

「なっ!?」

「お願いします。私達に任せてください!」

「わ、分かったよ」


 怪我をしていない方が出て行ったので早速処置を始める。


「リリちゃん、私が矢を抜くから、太腿を押さえててくれる?」

「はい!」

「抜いたら直ぐに治療を始めて」

「分かりました!」

「じゃあ行くわよ。さん、にぃ、っ!」


 いちで抜かれると思っていた冒険者が激痛で声にならない呻き声をあげる。タイミングをずらすのは無意識に力が入るのを防ぐ為だ。決して意地悪ではない。筋肉に力が入ると組織を傷付ける範囲が広がったり、出血が増えたりして危険なのだ。ラーラは経験からそれを知っていた。


 矢を抜いた傷口からゴポリと血が溢れる。怯みそうになる自分を叱咤し、リリは素早く魔法を掛けた。


「浄化! ……ちょっと傷口を見せてくださいね……」


 リリは傷と刺さっていた矢を観察し、刺さっていた深さを推測する。骨まで傷付いている可能性があるし、出血量から太い血管も切れているだろう。


治癒(ヒール)!」


 先程グリーンベアの爪でやられた冒険者よりも長く、三十秒程の間黄緑の光が冒険者の太腿を包んだ。先に太い血管を修復。骨、筋肉、神経、他の血管、脂肪、皮膚を修復。矢傷は見事に塞がった。

 脂汗をかいていた冒険者は矢を抜いた激痛で気を失ったらしい。今は穏やかな顔をしているが、かなり血を流したのでしばらく安静が必要だろう。リリは外に追い出したもう一人を呼んで事情を説明した。怪我は治したが本人は気絶しているのでしばらく眠らせておく。心配なら外で待っていても良いが、起きたら自分で帰れるだろう、と話して医務室に戻った。今度はラーラが血の跡を拭いてくれていた。


「リリちゃん、凄く手際が良かったわよ!」

「えへへ」


 頬を染めて照れるリリがあまりに可愛くて、ラーラは思わず頭を撫でる。何だか昨日のジェイクの気持ちが分かるような気がした。


 結局その後に三人の冒険者が怪我の治療に訪れた。三人はいずれも軽傷だった為、矢傷の冒険者ほど慌てなくて済んだ。

 それにしても二時間で五人って多くない? 冒険者って普段からこんなに怪我してるの? 怪我し過ぎでしょ。


 最初の一人がリリの治癒が凄いと吹聴し、それが隠れファンの耳に入った。後から来た三人は隠れファンの者達である。普段なら救護所に行くまでもないくらいの怪我だったが、何食わぬ顔で治療に訪れた。そんな事は知らないリリとラーラだが、少なくとも治癒魔法の経験を積む役には立った。


 こうして初日の診療はバタバタと終わった。矢傷を負った冒険者は、誰も居ない医務室で目を覚まし、傷がすっかり治っている事に驚愕しながらも、トボトボと一人で家に帰ったのだった。




 リリがギルドの医務室で治療を始めて丁度一週間。診察時間が終わる直前にアルガンがやって来た。


「アルガンお兄ちゃん!? どうしたの、怪我した!?」

「いやいや、ただリリちゃんの様子を見に来ただけ」

「えぇ……」

「ラーラさん、こんにちは」

「あ、こんにちは」


 一昨日の夜、アルガンはジェイクと共にオルデン家を訪れ、夕食を食べて行った。彼らはマルデラに居る時はだいたい週に三日は家に来る。アネッサとクライブは遠慮して、月に一度くらいだ。アルガンは何もトラブルが起きてないか見に来てくれたらしい。


「リリちゃん、変な奴が来たり変な事されそうになったらすぐ呼ぶんだぞ? 速攻でぶっこ……お灸を据えてやるから」

「大丈夫だよ、ラーラさんも居るし。扉の外にアルゴも居てくれるし」


 アルゴは医務室の扉を出た所でずっと待っていてくれる。抜け毛など一切ないのだが、医務室を訪れる人が嫌がる(怖がる)かも知れないから外に居るのだ。扉のすぐ外で待機しているのであまり変わらないような気もする。


「もう終わりだろ? 家まで送っていく」


 アルガンが有無を言わさぬ調子で宣言した。その積極性と男らしさを他の女の人に発揮して欲しい。ラーラに挨拶し、アルゴとアルガンと共にギルドを後にした。


「今日もご飯食べて行くでしょ?」

「いいのか? 悪いな」


 アルガンは一人暮らしだから、家に帰っても外食するのだそうだ。と言うか「金色の鷹」は皆一人暮らしである。ジェイクを筆頭に全員いい歳だが皆大丈夫だろうか。時々心配になるリリである。


「アルガンお兄ちゃん、ラーラさん可愛いよね」

「ん? そうだな」


 あれからラーラにそれとなく年齢を聞いた。彼女は二十四歳、アルガンは二十二歳。ラーラの方が年上だが、彼女は童顔だから十代後半に見える。結構お似合いだと思うのだが。


「タイプじゃない?」

「ふぇっ!? あー、うーん……そういう風に見てなかったから」

「そっかぁ」


 アルガンお兄ちゃんは「可愛い系」じゃなくて「綺麗系」の女の人が好みなのかな?


「そう言えば、レイシアさんは大人っぽくて綺麗な人って言ってたなぁ」

「ん? 誰それ」

「ラーラさんの幼馴染。その人の火傷の痕を治すために、今練習してるんだ」

「へぇ、そうなんだな。だったらジェイクさんで練習すれば?」

「ふぇ?」

「いや、ジェイクさん、背中を火傷したじゃないか」

「あ」


 リリはすっかり忘れていた。三年前にダドリーが亡くなった時、ジェイクは彼の魔法を背中に受けて大火傷を負ったのだ。リリの前で服を脱いだりしないからちゃんと見た事はないが、首の付け根辺りの皮膚が引き攣れている。背中にも痕が残っているのではないだろうか。いや、アルガンが言うくらいだから残っているのだろう。


 灯台下暗しとはまさにこの事だ。週に三日、もしくはそれ以上の頻度で顔を合わせているのに気付かなかったとは。リリは次にジェイクを会った時に頼んでみようと心に決めた。

2023年も今日で終わり……早いですね(汗)

本年も沢山の読者様に作品を読んでいただき、心から感謝申し上げます。

年明けは1/3から更新の予定です。

2024年もよろしくお願いいたします!!

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