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35 ラーラの決意

 浄化とは、清らかな泉らしい。


「あのね、女神様が降臨するような、もしくは精霊が住まうような、新鮮な水が滾々と湧き上がる美しい泉を想像してみて?」


 前半は完全にファンタジーだが後半は分かる。リリは、人の手が入っていない大自然の中にある天然の湧き水を想像した。


「えいっ!」

「ちょっ!? リリちゃん、それ浄化じゃなくて水魔法! 水が出てるからっ!」


 リリが前に突き出した手の平から、澄んだ水がドバドバ出ていた。だって「泉」って言うんだもん。そりゃ水が出ますよ。想像したのも大自然の湧き水だし。


「わふっ!」


 手から水が出るのが面白いようで、アルゴが空中でパクパクと水に嚙みついている。噴水のように水が放物線を描き、小さな虹が出来た。止めようと思っているのに止まらない。


「あわわわわ」

「ぶはっ! み、水って! 浄化なのに水って! しかも虹!」


 ラーラは堪え切れなくなりお腹を抱えて笑い出した。その前に止める方法を教えてくれ、とリリは切実に思った。しばらく待ってもラーラの笑いが止まらないので、リリは蛇口を捻って水を止める想像をしてみた。ようやく水が止まる。


「ひぃー、ひぃーっ、く、苦しい!」


 訓練所の壁に寄り掛かって壁をバンバン叩いているラーラ。苦しそうなので背中を摩ってあげるリリ。そんな、泣くほど笑わなくてもいいのに。


「はぁ、はぁ……あー、こんなに笑ったの久しぶり」


 目尻に浮かんだ涙を指で拭いながら、ラーラが空を見上げてそんな風にこぼした。昨日応接室で初めて会ったラーラとはまるで別人だ。憑き物が落ちたような清々しい笑顔でリリを振り返る。


「ありがとうリリちゃん」

「どういたしまして?」


 リリは怪訝に思いながら返事をした。浄化魔法は誰がどう見ても失敗だったが、結果的に良かったのだろうか。お礼を言われたのだから良かったのだろう、きっと。


「さて。私が『泉』って言ったから、水に関係する何かをイメージしたのよね?」

「はい、その通りです」

「ごめん、私の言い方が悪かった。泉より、『清らかな』が大事な部分よ。そうだなぁ、リリちゃんは神殿に行ったことある?」

「神殿は……ないです」

「そっかぁ。神殿は真っ白な建物で中も白いの。一番奥に女神像があって、昼間はそこに陽の光が当たるように設計されていて、とっても神々しいのよ」

「神々しい……」

「うん。それで、神殿の中の空気が……外と違って綺麗な感じがするの」

「あ、それ何となく分かります」


 浄化魔法とは単に体や服を綺麗にする魔法ではない。穢れを清浄にする魔法なのだ。そう考えると、悪意の塊である瘴魔に効果があるのも納得である。

 リリがこれまで浄化魔法として使っていたものは、卵を殺菌したり、体や服を清潔にしたり、そのついでに癒しを与えたりとその都度異なるイメージをしていた。リリのちょっとおかしな魔力量によってゴリ押ししていただけなのだ。


 逆に言うと、ゴリ押しでもイメージが出来ていれば何とかなるのである。


 ラーラから神殿内の雰囲気を聞いて、リリは前世の「神社」を思い出した。大きな木々が生い茂る山の上にあるような神社だ。普段見る事が無いような大木、その間を抜けて鳥居をくぐると、境内に入った途端に空気が変わったような気がしたものだ。目に見えない結界に囲まれた神聖な空間。吸い込むだけで体の中が綺麗になるような空気。今まで忘れていたそれらの記憶をまざまざと思い出した。今なら浄化魔法をちゃんと使えそうな気がする。


「やってみます。浄化!」


 リリを中心に淡い金色の光が発生して訓練所を満たす。冬の冷たい空気が春先のほっと和むような空気に変わった。ラーラはそれを胸いっぱいに吸い込む。胸の奥にあった(わだかま)りが解け、体の芯から緊張が消え失せた。


「リリちゃん、凄いよ……浄化は浄化だけど、最上位の神聖浄化だよ、これ……」


 魔力量がおかしなリリが、前世の記憶に基づいて神社の神聖な雰囲気を再現した結果、図らずも最上位浄化魔法を発動していた。これを人は「やらかし」と言う。


「えっと、ダメですか……?」

「ダメじゃない! 全然ダメじゃないよ、リリちゃん! 出来たじゃん、浄化魔法!」

「ほんとに?」

「ほんとほんと!」


 リリが泣きそうな顔で尋ねるので、ラーラは「これじゃない」とは言えなかった。神聖浄化魔法だって浄化魔法だ。間違ってはいない。ただ、卵を殺菌したり体を綺麗にするのに普段使いするような魔法ではないというだけだ。


「やった! 私、浄化魔法出来たんですね!」

「や、やったね!」


 無邪気な笑顔で喜ぶリリに、水を差すような事を言えないラーラであった。





 暫し休憩を言い渡して、ラーラは一人でギルドの建物内へ戻った。ちょっと頭を整理したい。


 神聖浄化魔法は浄化の最上位であり、もちろん瘴魔を倒せる。普通は何年も掛かって浄化→聖浄化→神聖浄化とステップを踏んで習得するものだ。やってみます、で出来てしまう魔法ではない。

 だがリリは出来てしまった。少なくとも訓練所全体に広がる程の神聖浄化魔法を、ラーラのちょっとしたアドバイスだけで発動してしまった。

 ひょっとしたらリリは「賢者」の天恵(ギフト)持ちなのかも知れない。あらゆる魔法を最上級まで使いこなせる賢者は魔術師垂涎の天恵である。大陸全体で百年に一人居るか居ないかの確率だ。

 賢者ではないとしても、魔力量が膨大な事に疑いの余地はない。普通、あの量の水を魔法で出せば魔力は枯渇する。それをケロッとした顔で出し、その直後に神聖浄化魔法を広範囲で発動したのだ。自分より遥かに魔力が多いだろう。


 リリちゃんが治癒魔法を習得したら、あの子の火傷痕を治せるかも知れない――。


 この世界の治癒魔法が使う者によって効果にバラつきがあるのは、偏に人体の構造や医療知識が普及していないからだ。ラーラやリリを含め、そのことはまだ誰も気付いていない。


 ラーラはこれまで幼馴染のレイシア・ピクトの火傷痕を治せる治癒魔法使いを見付ける事が叶わなかった。レイシアはとても綺麗な女性だ。それなのに自分のせいで顔の右半分が爛れている。服に隠れた右半身も同様だ。


 何とか元通りに治してあげたい。それはラーラの悲願だった。


 治せる治癒魔法使いが居ないなら育てれば良いのでは? リリちゃんなら、あの魔力量と魔法のセンスなら出来るのでは?

 打算が働いたのが自分でも嫌になる。リリは純粋でとてもいい子だ。素直に事情を話せば、きっと頼みを聞いてくれるに違いない。もちろん、切望する効果の治癒魔法が使えるようになるかは分からないけれど。


 あの子は自分の事を色々と教えてくれた。私もちゃんと話そう。そして頼んでみよう。

 ラーラはそう決心し、訓練所に戻る事にした。





 ラーラが訓練所に戻ると、リリが手の平からドバドバ水を出し、それをアルゴがパクパク噛んでいた。物凄く楽しそうである。それにしても、休憩と言ったのに魔法を使うとはどういう事だろう? この子の魔力は底なしかな?


「リリちゃん、休憩できた?」

「あ、ラーラさん! はい、充分です!」


 充分なんだ。休憩って何だろう。


「あのね、リリちゃん。これから魔法の訓練を行っていく訳だけど、その前に私の話を聞いてもらってもいいかな?」

「もちろんです」

「じゃあちょっと場所を移そうか」

「はい」


 ギルドの建物に戻り、一階にいくつかある小部屋の一つに入った。この小部屋は、ギルドと冒険者が打ち合わせに使う部屋である。窓はなく、木の机と背もたれのないベンチが向い合せに置いてある。初めて入ったリリは、前世のドラマで出てくる取調室みたいだと思った。アルゴが入ると滅茶苦茶窮屈そうだ。


「アルゴ、大丈夫?」

「わ、わふ」

「ごめんねー、応接室は今使ってるみたいだから。そんなに長く掛からないと思うからちょっとだけ我慢して? 今お茶もらって来る」


 そう言って出て行ったラーラは、トレイに載せた温かい紅茶のカップを二人分持ってすぐに戻ってきた。


「リリちゃん、私の事を話すね」


 Aランク冒険者になったが、そこで瘴魔鬼を倒すために放った炎魔法に仲間を巻き込んでしまった事を語る。その仲間はラーラの幼馴染で、名はレイシア。一緒に冒険者に登録し、様々な依頼をこなし、お互いに励まし合い、そしてようやくAランクになった。レイシアは自分と違って大人っぽい美人だ。そんな彼女が酷い火傷を負い、冒険者を続けられなくなった。今も痛々しい火傷痕が右半身に残っている。これは自分が未熟だったせいで起きたのだ。彼女の人生を自分が壊してしまった。


 二年間、王都でレイシアの火傷痕を治せる治癒魔法使いを探したが見つからなかった。そして先日、アンヌマリーから呼ばれてマルデラにやって来た。


 リリは一言も漏らさないよう真剣に耳を傾けた。昨日会ったラーラが、人を寄せ付けないような、悲しみに沈んでいるような雰囲気だったのはそういう事情だったのかと納得した。

 ラーラの気持ちを考えると胸が痛くなる。もしマリエルが自分の魔法のせいで傷付いたら……治療の手段を必死になって探す気持ちが良く分かった。


「リリちゃんは、浄化と治癒の魔法を使えるようになりたいのよね?」

「はい、そうです」

「さっきの魔法……いきなり最上位の神聖浄化魔法を使えた点から考えて、治癒魔法を使えるようになれば……もしかしたら、リリちゃんならレイシアを治せるかも知れない」

「ほんとですか!?」

「ううん、ごめんね、まだはっきりとは分からない。だけど、もしリリちゃんが治癒魔法を習得したら――」

「ぜひレイシアさんの治療をさせてください! 私、がんばります!」


 ああ。やっぱりこの子はいい子だ。とびっきりのいい子だ。私がお願いする前に治療を申し出てくれるなんて。

 ラーラの胸に温かいものが広がる。知らないうちに目に涙が溜まり、それを慌てて手の甲で拭った。


「……ありがとう、リリちゃん。私も一生懸命教える」

「はい、お願いします!」


 話がひと段落ついた所で、先程の浄化魔法を発動した時の話題になった。


「ところで、さっき神聖浄化魔法を発動した時、どんなイメージをしたの?」


 リリはビクッと肩を揺らす。まさか前世の神社です、とは言えない。


「あの、えっと、その……そ、そう! 深い森の中に開けた場所があって、そこにラーラさんが教えてくれた神殿がある事を想像したんです。そこはとっても神聖な雰囲気で、害のある魔物を寄せ付けなくて、他よりも空気が清々しい感じで……そこに居るだけで、何だか身が清められるような、そんな場所をイメージしました」


 咄嗟の答えにしては上出来ではないだろうか。嘘はついてないし。リリは内心でドヤ顔になった。


「なるほど……リリちゃんは凄いね。少し説明しただけなのに、そこまでしっかりとイメージ出来るなんて」

「い、いえ、そんなことない、です」


 ラーラから真っ直ぐ褒められてしまい、ちょっとズルしたようで心が痛む。ゼロからイメージした訳ではなく記憶の一部だから、カンニングしたようなものである。


「浄化魔法については、私が教える事はないわ」

「え、そうなんですか!?」

「だって、私が使えるのは初歩の浄化だもん。リリちゃんはもう、最上位の魔法が使えるのよ?」

「な、なるほど」


 神社のイメージ、凄い。前世の神社に感謝である。


「だから治癒をやっていこうと思う」

「はい……あ。そう言えば、ある人から『魔力を込めてみて』って言われたんですけど、私どうやって魔力を込めたらいいか分からなくって。あと、魔法を使ったらどれくらい魔力を使ったか自然と分かるって聞いたんですけど、私それも分からないんです」


 マルベリーアンの前で全身に力を込めたが、全然魔力は込められていないと言われた。あれはちょっと恥ずかしかった。


「あー、それね。私も最初分からなかったよ」

「え!? そうなんですか?」


 仲間がいた!


「えっと、まずどれくらい魔力を使ったかって話からね」

「はい!」

「魔力量って人によって全然違うし、魔力の自然回復にかかる時間も違うの」

「はぁ」

「……まぁ、難しい事は置いといて、リリちゃんの場合、バカみたいに魔力量が多いと思うのよ。あ、貶してる訳じゃないからね?」

「あ、はい、大丈夫です」

「魔力量が途方もない上に、リリちゃんは魔力の自然回復が異常に速いんだと思う」


 バカで異常……私、大丈夫かな?


「実は、私も魔力回復がバカっ速いの。偶にこういう人がいるらしくって。体質的に、周囲の魔素を取り込む効率が良いんじゃないかって言われてる」

「マソ?」

「魔素っていうのは魔力の素みたいなものよ」

「ほぇー」

「結論を言うと、リリちゃんの場合は使った魔力が分からなくても問題ないわ。今まで魔力枯渇ってしたことないでしょ?」

「はい、ないです」

「そうだよね。魔法を良く知らずに使っても魔力枯渇しないってことは、枯渇の心配が殆どないって事よ」


 おぉ……だからブレット(弾丸)を千発撃っても全然平気だったのか。


「次に、魔力を込めること」

「はいっ」

「これね、『込める』って言い方が良くないと思う。別の言い方をすると、魔法を強くするってことなの」

「魔法を強く……?」

「魔法が届く範囲だったり、威力そのものだったり。低級魔法が中級や上級になるのは、魔法が強くなるってこと。これは分かる?」

「はい、分かります」

「このことを『魔力を込める』って言うのよ。もっと素直に『強い魔法にする』って言えば良いのに」

「えっと、じゃあ強い魔法にするには?」

「最初に言ったでしょ? 魔法はイメージが全て、って」


 え? じゃあ、物理的に何かを込める訳じゃなくて、もっと強く、とかもっと広く、遠くとかイメージすれば良いってこと?


「結果をイメージするの。浄化魔法なら何をどんな風に綺麗にしたいのか。どれくらいの範囲で綺麗にしたいのか。それに見合う魔力量が残っていれば、その魔法がちゃんと発動するのよ」


 ようやくリリにも魔法が何なのか分かってきた。つまり、魔法とは魔力と引き換えに自分のイメージを具現化する事なのだ。少なくともこの世界の魔法はそういう仕組みなのだ。


 え、ちょっと待って? じゃあイメージが出来て魔力が十分にあれば、何でも出来ちゃうってことなの?

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