34 魔法はイメージが全て
初めてラーラと会った翌日の昼過ぎ。ラーラとアンヌマリーが「鷹の嘴亭」に来店した。
「あれ? リリちゃん居ないのかな」
「どっちでもいいよ。私はご飯を食べに来たんだからね」
ピークを少し過ぎた頃だが、店は八割方席が埋まっている。
「お二人ですか? あら、昨日リリちゃんと来てくれましたね?」
「あ、どうも」
ジャンヌがラーラ達に声を掛け、空いている席に案内する。
「リリちゃーん! 昨日の人が来てくれたわよー!」
「はぁーい」
厨房から、エプロン姿のリリが顔を出し、ラーラの姿を認めると花が開くような笑顔を見せた。
「ラーラさん! アンヌマリーさんも! 来てくれたんですね!」
「う、うん」
「リリ、あんた厨房を手伝ってるのかい?」
「あ、手伝ってるって言うか、作ってます」
「「作ってる!?」」
今日はミルケが少し熱っぽいので、ミリーは二階で看病している。最近はミリー一人で料理を作っていたのだが、今日はリリがピンチヒッターだ。
「今日は母が居ないので」
「そうなんだ。大丈夫なの?」
「全然大丈夫ですよ? 二年くらい前まで私一人で作ってましたから」
「「はぁっ!?」」
ラーラとアンヌマリーは、リリは簡単な手伝いをしているものと思っていた。「鷹の嘴亭」の常連は皆、元々リリが作っていた事を知っているので今更驚く人は居ない。アンヌマリーはマルデラに長く住んでいるが「鷹の嘴亭」に来たのは初めてだった。仕事が忙しいのでいつもギルド近くの店で済ませていたのだ。今日はラーラがどうしてもと言うから足を伸ばした。
「二人とも初めてですよね? 定番のハンブルグがお勧めですよ!」
「「じゃ、じゃあそれで」」
「少しお待ちくださいね!」
店で働くリリはギルドで見る少し遠慮がちなリリと違い、自信に溢れて見えた。その様子に二人は呆気にとられている。
「ね、ねえアンヌおばさん。リリちゃんってあんな子だったっけ?」
「いや、私もあんなリリは初めてだよ」
少し待つと、ジャンヌがハンブルグ二皿をラーラ達の前に置いた。サラダとスープ、白パンも付いている。二人とも初めて見る料理だった。恐る恐るナイフを入れると、その柔らかさに驚く。崩れないよう慎重にフォークで口に運ぶと二人の目が見開かれる。すぐに飲み込んだ二人が声を上げた。
「何これ!? すごく美味しい!」
「柔らかいのにしっかり肉の味がして……いや、これは旨いね!」
初めてハンブルグを食べた人の反応を、周囲の常連とジャンヌが微笑ましく見ている。二人はそんな事に気付かず、夢中で残りを平らげた。
「繁盛するのも分かるね」
「これから昼はここまで食べに来ようかねぇ」
余韻を噛み締めるように二人が言葉を漏らす。そこへリリがやって来た。
「どうでしたか?」
「「美味しかった!」よ!」
「良かったぁ!」
リリは蕾が綻んだような笑顔を見せる。ラーラはその笑顔に見惚れてしまった。ああ、この子は素直で純粋な子なんだ。歳は随分離れてるけど、私にはこの子みたいな友達が必要なのかも知れないな。
「ラーラさん、後でギルドに行きますね!」
「うん、待ってる」
リリに言われ、ラーラも思わず笑顔になる。その様子を見たアンヌマリーは、これなら上手く行きそうだね、と思った。
アンヌマリーは姪のラーラを心配していた。
ラーラは現在二十四歳。身長が低い上に童顔の為、冒険者になった八年前から周囲に舐められないよう我武者羅に頑張っていた。祝福の儀で判明した魔法適正は「風」。元々魔法の才能があり、努力家でもあったラーラは全ての属性魔法を万遍なく使いこなすようになる。特に適性のある風魔法では一目置かれて「天才魔術師」と呼ばれるまでになった。
ところが、Aランク冒険者になった二年前に悲劇が起きた。
クノトォス領の領都エバーデンを本拠に活動していたラーラ達の冒険者パーティは、とある依頼の最中に瘴魔鬼と遭遇した。仲間の危機に、ラーラはとっさの判断で炎魔法「紅炎」を使った。超高温の炎でなければ瘴魔鬼は倒せない。だが、いくら天才と呼ばれるラーラでも、適正属性ではない炎の最上級魔法は負担が大き過ぎた。範囲の制御が甘くなり、仲間の一人を巻き込んでしまったのだ。
その仲間はラーラの幼馴染の女性だった。一命は取り留めたものの右半身に酷い火傷を負い、顔を含めて痕が残る事となった。その女性は「ラーラのせいじゃない。気にしないで」と言ってくれた。事実、ラーラが「紅炎」を使わなければパーティは全滅していたかも知れない。だがラーラは自分を責めた。
もっと上手く魔法を扱えていれば、彼女にあんな酷い火傷を負わせ、一生残る傷痕を付けなくて済んだのに。何が天才魔術師だ。仲間の一人もちゃんと守れなかったじゃないか。
幼馴染は火傷の後遺症で冒険者を続けられなくなった。パーティの仲間は誰一人ラーラを責めなかったが、ラーラはそのパーティを脱退した。
そして、高位の治癒魔法を使える者を探す為に王都グレゴールへ向かった。ソロで冒険者を続けながら、王都の神殿を回って火傷痕を治せる魔術師を探し回った。しかし一度治癒した火傷の痕を元通りに修復できるような魔術師は居なかった。少なくとも、探し続けた二年間では見付ける事が叶わなかった。
ラーラの元仲間達は、マルデラでギルドマスターを務めているアンヌマリーに相談した。ラーラが心配だ、と。事情を知ったアンヌマリーは王都の冒険者ギルドと連絡を取り、ラーラをマルデラに向かわせたのだった。
しかし、ラーラは変わってしまっていた。魔法を使う事を怖れるようになっていた。特に中級以上の攻撃魔法は忌避するようになった。
魔法が使えない魔術師などただの役立たず。今のラーラはそんな状態なのだ。冒険者を続けるのも危い。何よりそんな状態ではラーラ自身に危険が及ぶ。
アンヌマリーは、ラーラがリリに魔法を教える事で、魔法を使う楽しさや喜びを思い出して欲しいと思っていた。無理に冒険者に復帰しなくても良いとさえ思っている。魔法は戦いだけに役立つ訳ではない。魔術師を目指す者を指導する仕事や魔道具作りの仕事だってある。完全に魔法から離れたって構わない。本人は気に食わないようだが、ラーラの容姿は可愛らしい。良い相手を見付けて家庭に入るという選択肢もあるのだ。
だが、どんな道を選ぶにしろ固く閉ざされた心の殻を破らなくてはならないだろう。それはラーラ自身がやらなくてはいけない事なのだ。
昼の営業を後片付けまで終えたリリは、二階に上がってミルケの様子を確かめた。
「お母さん、ミルケの具合はどう?」
「そうね……熱は下がってきたと思うわ」
ベッドで眠っている弟は、少し赤い顔をして額に汗を浮かべていた。タオルを濡らして汗を拭ってあげる。この世界には体温計などない。そもそも平熱が地球と同じかも知らない。自分の額を触ってミルケの額に触れると、やはり少し熱いように感じた。
「救護所に連れて行く?」
「んー、明日まで様子を見て熱が下がらなかったら連れて行くわ」
「うん。私、ギルドに行っても大丈夫?」
「大丈夫よ」
「じゃあ行ってくるね」
汗に濡れたミルケが寝苦しそうに顔を顰めた。リリは反射的に浄化魔法を掛けてあげる。体と服が清潔になったらもっと寝やすいだろう。早く良くなりますように、と願いも込めた。ついでにこっそりとミリーにも浄化魔法を掛ける。二人を置いて出掛けるのは気が引けるが、ラーラと約束してしまった。なるべく早めに帰れば良いだろう。
「アルゴ、行こ」
「わふっ!」
アルゴを伴って、少し早足でギルドへ向かった。昨日一緒にお茶したことで、ラーラに少しは自分について分かって貰えただろうか。僅かでも打ち解けることが出来ただろうか。プリンやハンブルグは気に入ってくれたみたいだし、また食べ物や料理の話でもしようか。そんな事を考えていると直ぐにギルドに到着した。扉を開いて中に入ると、受付カウンターの前でラーラが仁王立ちになっていた。
「リリちゃん、来たわね!」
昨日とはまるで別人だ。言葉ははっきりしているし背筋も伸びている。それどころかリリを笑顔で迎えてくれた。ダドリーが着ていたような長いローブを纏っている。ローブの色はラーラの瞳と同じ濃い紫だ。
「ラーラさん、お待たせしました」
「待ってないわよ? そろそろかなーと思ってただけで」
ラーラの言葉を聞いて、受付のルークが俯いて肩を震わせている。実は、ラーラは昼食から戻ってからずっとこの受付付近をウロウロしていたのだ。掲示板に張り出している依頼票を見たり、ルークと雑談したり、二階に上がってまた降りて来たり、兎に角忙しなかった。ラーラはリリという少女に興味が湧き、早く会いたくて落ち着かなかったのだった。
「お店が終わるのがだいたいこの位の時間なんです。ちゃんと言っておけば良かったですね」
「いいのいいの。さあ、取り敢えず訓練所に行きましょうか」
ルークと目が合ったので軽く会釈すると、彼は手を振ってくれた。ラーラの後ろを付いて行く。昨日は気付かなかったが、ラーラはリリと殆ど変わらない背丈だ。顔も小さくて、笑うととても可愛らしい人だな、と思った。いったい何歳なんだろう?
「さてと。まずはリリちゃん、今使える魔法を見せてくれる?」
「はい」
いつものように準備してブレットを披露すると、やはり無属性の魔力弾にしては威力が異常だと驚かれた。その後、リリが浄化魔法だと信じている魔法をラーラに掛ける。
「なるほど……リリちゃんが使ってるのは、浄化じゃなくて聖浄化魔法だと思うわ」
「聖浄化? 浄化とは違うんですか?」
「簡単に言うと浄化の上位版。ただ、効果はあんまり変わらないの。だからあまり使う人は居ないのよね」
上げて落とすとはこの事か。リリはしょんぼりした。
「気を落とさないで。無意識に上位の魔法を使えてたって事は、ちゃんと学んで練習すれば更に上位も使えるようになる可能性が高いの。それに、確かに治癒魔法もほんの少し混ざってた」
リリの顔がパァッと明るくなる。
「これでも私、王都でたくさんの神殿を回って色んな治癒魔法使いに会ったの。自分でも少しだけ治癒を使えるのよ?」
「すごい!」
ラーラは、骨折などの重傷は無理だが擦過傷や小さな裂傷なら治せる。
「まずは浄化と治癒を分ける所からだけど……リリちゃんは、さっきの浄化魔法はどんなイメージで使った?」
「えーと……お風呂に肩まで浸かる?」
「お風呂!?」
リリにとって浄化とは「綺麗にする」こと。服に掛ける時は洗濯を、人に掛ける時は風呂をイメージしていた。因みに卵などの食材には煮沸消毒のイメージである。
「……魔法はイメージが大事なの。いえ、イメージが全てと言ってもいいくらい。現在使われてる魔法は体系化が進んで、みんなだいたい同じイメージで使ってるのよ?」
「そ、そうなんですね……初めて知りました」
アネッサはそんな事は教えてくれなかった。もしかしたら、優れた魔術師だったダドリーの娘だから、それくらい知っていると思ったのかも知れない。
しかし、「魔法はイメージが全て」と言われて妙に納得してしまう。リリのブレットは「銃から発射される弾丸」をイメージしている。それは前世の知識である。実際に銃に触れた事はないが映画などでよく見た。それで銃のイメージは十分だった。
この世界に銃はないので、同じようにイメージ出来る人が居ない。逆に、「無属性の魔力弾は役に立たない」というイメージが蔓延している。イメージが全てと言いながら、そのイメージを画一化しているのだ。それは非常に勿体ないのではないか、とリリは思った。
ただ、イメージの画一化にもメリットはある。期待する一定の効果をあげられる事や、多人数で同時に使う時に合わせやすい事などだ。後者は特に軍隊で有用である。
治癒魔法において使う者によって効果に差があるのは、このイメージの差が主な原因なのだ。魔法があるせいで医療の発達が遅れており、人体の構造や病気の原因、怪我の態様などについて豊富な知識を持つ者が非常に少ない。前世では一般常識であっても、ここでは限られた専門家しか知らない事も多い。知識がないとイメージもままならないのである。
「えっと、浄化のイメージって?」
「清らかな泉よ」
「……え?」
「だから清らかな、い・ず・み!」
「清らかな泉……」
共通のイメージってそんな曖昧なものでいいの? リリは愕然とした。
評価、ブックマークして下さった読者様、本当にありがとうございます!
まさか15万文字を超えてから魔法の定義について語ることになるとは……(汗)
頑張って書きますので引き続きよろしくお願いします!!




