32 アンヌマリーの危惧
ここから第二章になります!
リリは絵を描いていた。今まで描いた家族の絵を並べて、記憶の中にある父の姿を掘り起こし、家族四人とマリエル、ガブリエルの六人が並んでいる絵だ。細く削った木炭で下書きを終えると、そこに絵の具で色を載せていく。
絵の具や筆、パレットはガブリエルからの贈り物だった。マルデラの町に帰って来て皆へのお土産を配った後、マリエルから渡された。ガブリエルは「先行投資や!」と笑っていたが、手持ちのお金が不足しそうだったリリが買うのを控えた事を知ってプレゼントしてくれたのだ。
瘴魔討伐の報酬をマルベリーアンから受け取り、十一歳の子供らしからぬ大金を手にしたリリだが、その気持ちを有り難く受け取った。
「いや、リリ! やっぱあんた絵ぇめっちゃ上手いわ!」
「そ、そうかな? えへへ」
マリエルはもう何度もリリの絵を見ているが、見る度に褒めてくれる。マルデラでは高いお金を出してまで絵を描いて貰おうとする文化がない。頼まれれば無償で描くが、マリエルはそれを勿体ないと言う。
「はぁ。ちゃんとお金取ったらいいのに」
「えー? だってこれ、趣味だよ?」
「趣味でもそれだけの価値があるっちゅうねん!」
放っておいたら、マリエルはリリのマネージャーになりそうだ。マリエルがリリの為に言ってくれているのは分かるので、リリもあまり反論出来ない。
ダルトン商会の隊商がアルストン王国の王都グレゴールまで行っている間、これまでと同じようにマリエルはリリの家に泊まっていた。帰って来てから、リリは直ぐに「鷹の嘴亭」を手伝おうとしたが、ミリーからマリエルが居る間は一緒に遊んでいなさいと言われている。それで今日は旅の疲れを癒す為、家でのんびり過ごしていた。アルゴも定位置である階段の踊り場で丸くなっている。
「んで、リリ。アンヌマリーさん、やったっけ?」
「うん。グエンさんの手紙を持って行かないと」
きちんと封蝋がされており、手紙の中は見ていない。シュエルタクスの冒険者ギルド・マスターであり、二百歳を超えているエルフのグエンは、リリが魔法を教えて貰えるように手紙を書くと言ってくれた。その手紙を、マルデラのギルマスであるアンヌマリー・ケイマンに渡すように言われたのである。
アンヌマリーとは、リリが冒険者登録してアルゴを従魔にした時以来会っていない。ただジェイク達が時折ギルマスの話を家でするので、彼女が健在である事は知っている。
「暇やし、ギルドに行ってみぃひん?」
「マリエルはいいの?」
「全然かまへん、むしろ行ってみたい!」
マリエルは、リリとは違って家でじっとしているのが苦手だ。目的が無くても、散歩したり店を覗いたりする方が楽しいらしい。今日はずっとリリが絵を描いている所を見ていたので、そろそろ限界のようだ。
「じゃあ一緒に行こうか」
「そやな!」
「アルゴ? 一緒に行く?」
「わふっ!」
アルゴはリリが居る所が自分の居場所だと思っているので異論がある筈もない。店に顔を出し、母に一言伝えてからいつもの道を冒険者ギルドへ向かった。
「マルデラは何度も来てるけど、冒険者ギルドは初めてやなぁ」
受付には見た事のない若い男性職員が座っていた。町を離れた三か月の間に人が入れ替わったのだろうか。
「こんにちは。ギルドマスターに手紙を預かって来たんですけど」
リリは自分の冒険者証とグエンからの手紙をカウンターに載せた。
「こんにちは。えー、リリアージュ・オルデンさん……もしかして、英雄ダドリー・オルデン様の娘さんですか!?」
「あ、ダドリーは確かに父です」
この三年間で、父を「英雄」と呼ばれる事が何度もあった。最初のうち、リリは複雑な気持ちを抱いた。父を誇らしく思うのと同時に、英雄なんかになるより生きていて欲しかったという気持ちだ。折り合いをつけた今では、ちくりと胸が痛むものの誇らしい気持ちの方が強くなった。
新しくギルド職員になったらしい男性は目を輝かせ、手紙の差出人を確認してから二階の執務室へ向かった。
「ギルドマスターがお話したいそうです。どうぞこちらへ」
戻って来た男性は慇懃な態度でリリ達を二階の応接室に案内してくれた。アルゴものっそりと付いて来る。ソファに座っていると直ぐにアンヌマリーが顔を出した。
「リリ、久しぶりだね」
「アンヌマリーさん、お久しぶりです。こちらは友達のマリエルです」
「どうも、はじめまして」
「はじめまして。まぁ座んなよ。それで? グエンから手紙を預かって来たって?」
「はい」
リリは手紙を差し出した。それを受け取ったアンヌマリーは封蝋を丁寧に切り、中の手紙を読み始める。が、直ぐに読み終えてリリに手紙を見せてくれた。
『アンヌマリー、僕に少しでも恩を感じてるなら、リリちゃんに魔法を教えてあげて』
手紙に書かれていたのはたったこれだけ。
「全くあのダメエルフ、相変わらずだね。事情も理由も何も書いてない」
瘴魔祓い士のウルは、グエンの事を「大陸最高の魔術師」と言ってたが……ダメなエルフさんなのだろうか?
「あの、アンヌマリーさんはグエンさんとどういった知り合いなんでしょうか?」
「ああ、若い頃一緒のパーティになった事があるんだ。その頃も、あいつは自分の言いたい事しか言わなかった」
「あー、なんかマイペースな人だとは思いました」
リリを見る時、グエンには濃い黄色の靄、即ち強い興味だけがあった。むしろアルゴの方に親愛の情を向けていた気がする。アンヌマリーに魔法を教えるよう手紙を書くのも「個人的な興味」と言っていた。
「でも、あのグエンが魔法を教えてやって欲しいって頼むくらいだ。あんたには何かがあるんだろうね」
この文面のどこに「頼む」要素があるのだろう? と不思議に思うリリだが、話の流れで自分の口から事情を伝えるべきだと考え、話し始めた。
「あの、私、瘴魔の弱点が見えるんです」
「瘴魔の弱点?」
今まで百体以上の瘴魔を倒した方法について説明する。特級瘴魔祓い士のマルベリーアン・クリープスのこと、自分の浄化魔法のこと、魔力の込め方も知らない自分は、誰かからちゃんと魔法を学ぶべきだと言われたこと。
「つまり、リリは魔法の基礎も知らないのに、これまで瘴魔を倒してきたってことか」
「そう、なりますかね?」
「全く……無茶しやがって」
「……すみません」
自分では無茶をしている気はないのだが、六歳から鍛錬を続けてきた無属性の魔力弾、ブレットが、瘴魔の弱点が見える事と相性が良かったのは事実だ。
「しかし、無属性の魔力弾っていうのはあまり使われないんだよ。威力、精度、射程距離、全てにおいて属性魔法に劣るから」
母から「あまり人に知られるな」と言われた時から、自分の魔力弾が人と違うのは薄々気付いていた。
「どれ。その魔力弾をちょっと見せてもらえるかい?」
三人と一頭で裏の訓練所に移動した。今日は誰も居ないようだ。念の為、戻るまで誰も入れないようにアンヌマリーが男性職員に指示していた。
リリ自身、この訓練所に来るのは久しぶりである。ここ二年近くは森で獣や瘴魔を狩る実戦が主だった。
「的はどうする?」
「あれを使います。マリエル、ちょっと手伝ってもらってもいい?」
「ええよ!」
訓練所の隅には、相変わらず廃棄された防具が山積みになっていた。そこから盾や胴鎧のうち金属製のものだけを選んで運ぶ。なるべく的から離れるため、訓練所の角、対角線上にそれらを重ねて置いた。と言っても距離は四十メートル程しかない。リリにとっては物足りない距離だ。
「じゃあ行きます」
右手を拳銃の形にして、その下から左手を添える。次の瞬間にはブレットが放たれて小さな「キキン」という音がした。
「え? もう撃ったのかい?」
「あ、はい……三発」
「「はぁ!?」」
アンヌマリーとマリエルが揃って素っ頓狂な声を上げた。自動拳銃のように機械的な機構を必要としないリリは、一秒間に最大五発を撃てるようになっていた。
アンヌマリーは首を傾げながら的に歩いて行く。
「確かに穴が開いてるけど……ちょっと待て。これ全部貫通してるじゃないか」
盾や鎧は五つ重ねた。その後ろにある石壁は厚さ五十センチあるのだが、暗くて見えないくらい奥まで抉れている。少なくとも壁は貫通していないようだ。
……もし盾や鎧が無ければ、壁を簡単に貫通するんじゃないか? アンヌマリーの背筋を冷たい汗が伝う。
「穴は一つだね。二発は外れかい?」
「あ、いえ。全部同じ場所に当てました」
「「はぁ!?」」
また二人の声が揃う。リリの少し後ろで座っているアルゴが、何故か誇らしそうな顔をしていた。
「……リリ。どれくらい離れた的に当てられるんだ?」
「えーと、今は三百メートルくらいですかね」
「さ、さんびゃく!?」
優れた弓兵でも、狙った的に当てられるのはせいぜい百メートル先までだ。弓自体の射程は三百メートルほどあるが、それはあくまで届くだけであり狙える訳ではない。そう考えるとリリの能力は異常である。そもそも魔力弾の射程は十メートルないくらいなのだ。それ以上は魔力が霧散して弾として役に立たない。
「うーん……なるほど、グエンがあんたに魔法を教えろって言う理由が分かった気がするよ」
少なくとも四十メートル先の金属を複数枚貫通する威力。三百メートル離れた的に当てる射程と精度。それを、魔法をまともに学んだ事のない十一歳の少女が放つ。普通に考えて、これは明確な脅威だ。
戦場なら、離れた場所に居る敵将を倒せる可能性がある。目の前に迫る重武装の兵士をまとめて薙ぎ払えるかも知れない。
暗殺にも使える。三百メートルも離れた所から、音もなく矢のような痕跡すら残さない魔力弾が襲って来るなんて誰も想像しない。
こんな逸材を国が知れば黙っていない。
魔法について、その危険性も含めてきちんと学ぶ事は、リリ自身を守るのにも役立つだろう。勿論、リリの周りに居る人間達も。
徹底的に隠すか、誰も害せない程の力を付けさせるか。選択肢はそれしかない。アンヌマリーは、マルデラを守ってくれたダドリーの愛娘が傷付くのは絶対に見たくなかった。
「……リリ、あんたはどんな魔法を使いたいんだ?」
「浄化魔法です。あと、私の浄化魔法には治癒魔法が混ざってるかもって言われたので、もし治癒が使えるなら使えるようになりたいです」
攻撃魔法を極めたいと言われなくて、アンヌマリーは胸を撫で下ろす。無属性の魔力弾であの威力なのだ。もし属性を付与出来たらとんでもない攻撃力になる可能性がある。
だが、リリは浄化魔法と治癒魔法が使えるようになりたいとはっきり言った。その二つは人を傷付ける魔法ではない。それなら多少使えるようになってもそれ程目立たない筈。リリの能力も隠せるかも知れない。
「そうか、分かった。私じゃ浄化と治癒は教えられないから、出来そうな人を探してやるよ」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
リリはぱぁっと笑顔になり、アンヌマリーに深く頭を下げた。こんなに素直で良い子を国なんかに使わせる訳にはいかない。自分が教えるのが一番良いが、残念ながら浄化と治癒には適正がないのだ。人選も慎重に行う必要がある。
教えるのに適切な人間が見つかったら知らせると約束してもらい、リリ達は家に戻るのだった。
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