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31 ただいま

 リリ達がシュエルタクスに到着して三日後。そろそろウルの駄目さ加減にも慣れてきた頃、マリエル達ダルトン商会の隊商が街に到着した。


「リリ!!」

「マリエル!!」


 宿の人が呼びに来てくれて、リリは二階の部屋からアルゴと一緒に駆け下りた。三週間近く離れていたので、酷く懐かしく感じてしまう。二人は路上で抱き合った。


「アルゴ! 元気やったか?」

「わぅ!」


 マリエルがアルゴをわしゃわしゃと撫でる。尻尾がブンブン振られていた。


「リリちゃん、元気そうで良かったわ」

「ガブリエルさん! 挨拶もせずに出発してしまって、すみませんでした」

「いや、気にせんでええって。事情は聞いたし。お義母さん、言い出したら聞かん人やからな」


 「カクタスの鎧」の面々とも挨拶を交わす。その日、ダルトン父娘と「カクタスの鎧」はリリ達と同じ宿に泊まる事になった。久しぶりにマリエルと二人部屋になったリリは、離れている間にあった出来事をマリエルに話して聞かせた。マルベリーアンが防寒着を買ってくれて、可愛くないけど凄く温かいこと。何人かの瘴魔祓い士さんと仲良くなれたこと。瘴魔の氾濫を止めたこと。瘴気溜まりの浄化が綺麗だと思ったこと。シュエルタクスの冒険者ギルドでギルマスのエルフさんと知り合いになったこと。ウルさんが思ったより駄目な大人だったこと。


 マリエルはリリの話に相槌を打ち、ハラハラドキドキし、褒め、笑った。マリエルは人の話を聞くのが上手い。気持ち良く話せるのだ。こんな風に何でも話せるマリエルのような親友を持って幸せだ、とリリは思った。

 マリエルも離れていた間のことを教えてくれる。親父殿がリリの料理を恋しがってオカンと喧嘩になった、リリの絵を商会の店舗に飾ったら絵師を紹介してくれと言われた、カクタスの鎧のカトラス・ウィールはウルが居なくて寂しそうだった、など。独特の口調で面白おかしく話すマリエルに、リリはお腹を抱えて笑った。その夜は二人で遅くまで話し込んだ。アルゴはリリとマリエルのいずれかの太腿に頭を乗せ、ずっと二人の話を聞きながら機嫌よく尻尾を揺らしていた。


 翌朝、宿で朝食を摂ってから一行は東へ向けて出発した。その大きさに驚いたファリストン、ボリモーラ、カリヌランと来た時と逆の道を辿る。マルデラが近付くに連れて、リリは母と弟、「金色の鷹」の皆に早く会いたくてソワソワする。

 カリヌランを出発すると国境まで三日。そこから先はアルストン王国で、マルデラまで三日だ。スナイデル公国に向かっていた時よりも、帰り道はずっと早く感じる。


「あー、もうすぐリリの料理ともおさらばか」

「いや、俺もだいぶ教えてもらいましたから。今までとは違いますよ」


 「カクタスの鎧」のリーダー、ジャネットが残念そうに呟けば、料理担当のカトラスが答える。元々料理が好きだったカトラスは、リリに大いに刺激を受けたらしい。


「……期待していいのか?」

「ご期待に沿うよう尽力します」


 まだ自信はないようだった。リリは野営で重宝する調味料や食材を紙に書いてまとめ、カトラスに渡した。


「おお! リリちゃん、助かるよ!」


 リリよりも余程長く旅をする「カクタスの鎧」、それに護衛されるマリエルとガブリエルらにとって、野営料理の充実は旅そのものの充実度が上がることを意味する。そんな大袈裟な、と思うかも知れないが、それくらい従来の野営料理とは味気ないものだったのだ。


 今日を含めてあと六日野営を繰り返せばマルデラに着く。生まれて初めて町を離れ、三つの国を見た。シェルタッド王国、スナイデル公国、ルノイド共和国。当たり前なのだが、それぞれの国にはそこに住まうたくさんの人が居て、彼等は一人で、或いは家族や大切な人と暮らし、様々な仕事に就き、その国の料理を食べ、日々を過ごしている。

 陽が落ちると家々から柔らかい灯りが零れ、その一つ一つが知らない人の営みだと思うと、胸が温かくなるような、少し寂しくなるような不思議な感覚に捉われた。

 それは「憧れ」だったのかも知れない。自分にも大好きな母と弟が居る。父が亡くなったのは今でも酷く寂しいけれど、愛してくれていたのは確かだ。ただ、知らない灯りを見て、そこに今はもう触れられない父の温もりを重ね、憧れの気持ちを抱いたのかも知れなかった。


「リリ! 焦げてまうで!?」

「わふっ」

「あ」


 三か月の旅を振り返り、思いに耽っていたリリはマリエルとアルゴの声で我に返った。今はこうしてマリエルが居て、ガブリエルや「カクタスの鎧」の皆、新たに知り合った沢山の人々、そしてマルデラに帰れば母と弟、ジェイク、クライブ、アルガン、アネッサの「金色の鷹」、「鷹の嘴亭」で働くジャンヌが居る。勿論、いつも傍で見守ってくれるアルゴも。


 お父さん。私、旅をして、色んな場所を見て、沢山の人と知り合いになったよ。私、ちゃんと上手くやれてるかな? お父さんの娘として、ちゃんと出来てるかな?


 父を思い出して寂しくなった気持ちを打ち消すように鍋をかき回しながら、帰ったらお墓参りをしてお父さんに旅の話をしよう、と思うリリだった。





*****





「なぁミリー、もうそろそろ帰って来てもおかしくないよな?」


 ダイニングテーブルでお茶を飲んでいるジェイクがミリーに尋ねる。向かいには膝の上にミルケを乗せたミリーが座っている。


「ねぇジェイク。それ聞くの何度目か知ってる?」

「あ?」

「今週に入って八回目よ」

「…………」

「そんなに心配しなくてもリリはちゃんと帰って来るわよ?」

「いやだってよぉ……やっぱ俺も行けば良かった」

「全くあなたって人は……」


 ダドリーよりリリに甘いのね、という言葉をミリーは飲み込んだ。ダドリーがこの場に居れば、ジェイクよりも酷かった可能性が高い。いやむしろ、ダドリーならリリの旅に本当に付いて行っただろう。男親が娘に甘いのはどの世界でも共通なのだ。


「おねえちゃん、もうすぐ帰ってくる?」

「そうね。もうそろそろだと思うけど」


 ミルケは、リリが旅立って二日程は寂しがってよく泣いていた。ミリーだって寂しくない筈がなかった。心配だってする。だが、親がいつまでも子を守る訳にもいかない。子はいつか独り立ちするのだ。


 その時、一階の扉を開けて階段を慌ただしく上って来る音がした。この足音はアルガンだろう。


「ジェイクさん! ダルトン商会の荷馬車が来るって、街道警備の騎士団が言ってましたよ!」

「なんだと!?」


 ジェイクは詳しい事も聞かず、アルガンを置いて飛び出して行った。ミリーとミルケ、アルガンはその背中を呆気に取られて見送る。


「まあまあ」

「あ、ミリーさん、すみません……ジェイクさん、リリの事になると人の話を全く聞きませんね」

「おねえちゃん、もう帰ってくるの!?」


 少し興奮したミルケの頭をミリーが優しく撫でる。


「そうだよ。多分、あと一、二時間くらいかな」

「あらまあ。ジェイクはどうするのかしら」

「ジェイクさんなら…………待ちきれなくて迎えに行くでしょうね」

「行くわね、きっと」


 「鷹の嘴亭」の二階でミリーとアルガンがそんな話をしていた頃、ジェイクは西門に向かって全力疾走していた。Sランク冒険者が全力で走っていれば、町の人々は何事かと不安になる。強力な魔物でも出たのか? まさか瘴魔か?


「ジェイク! 何かあったのか!?」

「リリだ! リリが帰って来た!」


 思い切って尋ねた住民の声に返ってきた言葉に、人々は「ああ、ジェイクの病気か」と安堵した。


 三十一歳とは思えぬ早さで西門に辿り着いたジェイクが門兵に詰め寄る。


「リリは!? リリはどこだ!?」


 鬼気迫る表情のジェイクの言葉に、門兵はおかしな勘違いをする。


「何!? リリちゃんに何かあったのか!?」

「おい、落ち着け。さっき警邏から戻った騎士団の連中が、ダルトン商会の荷馬車を追い越したって言ってただろうが」


 もう一人の門兵が冷静に同僚を諭した。それを聞いたジェイクが吼える。


「それはいつだ!?」

「へ? あー、二十分くらい前かな?」

「どの辺だ? どの辺で追い越したんだ!?」

「いや、そんな細かいことまで聞いてないよ……」


 魔物の軍勢や敵国の軍隊が迫って来るならともかく、いち隊商が町に向かっているだけなのに何故そんな細かい事を気にする必要がある?


「大事なことだろうがよ!?」


 何故怒鳴られなければならないのだろう? ジェイクの理不尽に何も言い返せない門兵を置いて、ジェイクは西門近くの貸馬屋に走った。

 普段のジェイクは誠実で楽しい男である。冒険者として信頼と実績を積み重ね、確かな腕を持ち仲間を大切にする頼りがいのある男なのだ。リリの事になると周りが見えなくなるだけである。人はそれを「厄介」と言う。


 ジェイクはそれを自覚している。ダドリーが死んでから、リリ、ミリー、ミルケの三人を彼の代わりに自分が守ると決めたのだ。ダドリーは自分の家族とジェイクを守る為に死んだ。残された自分が彼の家族を守るのは当然の事である。

 ただ、ミリーの実力はジェイクも知っており、彼女は自分の身を自分で守れる。ミルケも今のところミリーが常に守っている。リリにはアルゴが付いており護衛としてはこれ以上ないのだが、ダドリーの生前から姪のように可愛がっていたリリを本当の娘のように思ってしまう事を自分でも止められなかった。


 ミリーもジェイクの気持ちが分かっているので、呆れながらも咎めたりはしない。


「リリ、待ってろ! 今迎えに行くからな!」


 貸馬屋から、馬に乗ったジェイクが飛び出して西門を駆け抜けて行く。その姿は正しく愛しい娘に会いに行く父親(親バカ)の姿だった。





*****





 三台の馬車に少し先行して騎乗しているビルデアン・サートリーは、遥か先に上がっている土煙に気付いた。それが徐々に近付いて来る。


「何かが凄いスピードで近付いて来る! 警戒!」


 ビルデアンが後ろに向かって大声で呼び掛け、「カクタスの鎧」は全員が警戒態勢に入った。


「何かあったのかしら?」


 リリやマリエルと一緒の馬車に乗っているウルが暢気に呟く。


「わふ?」


 気配に気付いたアルゴが頭を上げ、スンスンと匂いを嗅いだ。尻尾がゆらゆらと揺れる。


「アルゴ?」

「わふぅ」


 アルゴはそのまま伏せて目を閉じた。自分が気にするまでもない、と言いたげな態度である。それに反して外が少し慌ただしくなった。


「アルゴが警戒してないから危険はないと思います」

「危険はないって!」


 ウルが御者台に座るガブリエルとカトラスに伝えた。


「リリ、もうすぐやな。懐かしい?」

「うーん、そうだね。三か月しか離れてないけど、やっぱり少し懐かしいかな。この辺まで来ると帰って来たって感じがする」

「そうやんな。うちもファンデルに戻った時は――」

「リリー!!」


 マリエルの言葉を遮るように、外から知っている声で呼び掛けられた。リリは馬車から身を乗り出して周りを確かめる。


「ジェイクおじちゃん!?」

「リリ! 無事だったか!」


 馬車が停まり、ジェイクも馬から飛び降りた。全力疾走させられた馬は息も絶え絶えである。馬にとってはいい迷惑だ。「カクタスの鎧」の面々は勿論ジェイクの事を知っている。そしてリリに駆け寄る彼を生温い目で見ていた。


 馬車から降りたリリを、ジェイクは力一杯抱きしめた。


「良かった……良かったよ……」

「ちょ、ジェイクおじちゃん、苦しい」

「ああ、すまん!?」

「えーと、ただいま」

「おかえり、リリ! 少し背が伸びたか?」

「いや、三か月でそんなに変わんないよ」

「ジェイクのおっちゃん、心配し過ぎやで」


 マリエルの呆れたような声も、リリの顔を涙目で見つめるジェイクの耳には入らない。リリが瘴魔の氾濫を止めに行ったなどと聞いたら、ジェイクは卒倒してしまうのではないだろうか。


 それからジェイクは自分が乗って来た馬に半ば無理矢理リリを乗せ、その後ろに自分が乗る。息切れしていた馬にはビルデアンが桶で水を飲ませて落ち着いていたが、二人乗せられた馬は恨めしそうな目をジェイクに向けた。リリがごめんね、と言いながらその首を撫でる。


 一行は再び動き出し、ジェイクは意気揚々と先頭をゆっくりと進んだ。やがて西門が見えてくると、出迎えに来てくれた五人の顔が見えた。


 ミリー、母と手を繋いだミルケ。アルガン、アネッサ、クライブ。


「お母さん! ミルケ! ただいまー!」


 リリはそこに向かって大きく手を振る。何だか少し恥ずかしいような、だけど凄く嬉しいような気持ち。満面の笑みで迎えてくれた五人に、リリは泣き笑いのような顔になる。彼女は確かにマルデラに帰って来た。故郷の町に帰って来たのだった。

第一章はこのお話で終わりです。

ちょっと想定していたより長くなってしまいました……。

第二章は半分くらいの長さになる予定です。

半分くらいで終わればいいなぁ……(汗)

明日から第二章を投稿します。

引き続きよろしくお願いします!

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